エーテル財団職員の奮闘


「では、今日もよろしくお願いしますね」

 いつも通りの朝を迎えたエーテルパラダイス。財団の副支部長ビッケの一言で今日の勤務がスタートする。保護区でポケモンを観察する者、アローラ地方の各地に足を運びパトロールする者、ラボで研究をする者。職員が一堂に集まるのは朝礼のみである。まぁ、だいたいの職員は朝礼の存在意義を問おうとしてるかもしれないが。
 一言しかない朝礼も終わり、皆がそれぞれの持ち場に付いていく。彼も自分の持ち場に行こうとした時、ビッケに声をかけられた。

「あ、アキラさん。今日はウラウラじまのホテリやまへパトロールに向かってください。担当の人が休みになったので代わりにお願いします」
「分かりました。主に野生ポケモンの生体の観察や保護をする事が目的でしたっけ」
「そうです! よろしくお願いしますね!」

 笑顔が眩しい彼女からの指示を受け、彼は船乗り場に向かった。ウラウラじま行きの便に乗り、目的地への到着を待つ。

 一ヶ月前にエーテルパラダイスに入社したばかりのアキラ。彼は保護区での活動が担当だったが、今日は先程も言われた通りパトロールを任された。
 そもそも財団代表のルザミーネの不祥事で財団を離れる者が多かったのだが、彼は「トレーナーとしてポケモンの事をもっと知りたい」と思い志願した。
 元々がエリートトレーナーだったので知識はある方だが、本人はまだ未熟だと思っているが、同じ部署の仲間からは変わりもの扱いされている。まぁ先輩達には敵わない事の方が多いのだが……

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「ウラウラじま~、ウラウラじま~。足元にお気をつけてお降りください~」
 マリエシティに着き、ここからホテリやまに向かう。その為には11番、12番道路を経由しなければならない。カプの村方面から行くのが近いが生憎船は出ていないし、リザードンフライトも使えない。そもそもライドギアが普及される前に島巡りを終えている為、ライドギアすら持っていない。しかもアローラ地方ではライドギア専用リザードン以外では技のそらをとぶを使ってはいけないと言う法律もある為八方塞がりだ。
 11番道路は難なく越えられたが、問題は12番道路だった。デコボコ道が行く手を阻む。普通ならライドギアでバンバドロを呼び出すのだが、彼はライドギアを持っていないのでそれも無理だ。
 ではどうするのか。
「出てきてくれ。メタング」
 モンスターボールから彼の相棒であるメタングを出す。メタングは彼が子供の時から一緒で、ずっと彼に育てられていた。
「メタ」
「メタング、この道路を越えたいんだ。上に乗らせてくれるかい?」
「メタ」
 一声頷くと、アキラが乗れるぐらいの高さまで降りてくる。彼は慣れたような動作でメタングの上に飛び乗る。
「ありがとう。目的地はホテリやまだ、頼むよ」
「メタ」
 返事が全て一緒だが、メタングはこれが普通だ。それをアキラは完全に理解している。彼だからこそ出来る事だろう。メタングは彼に気を使いながらも速めのスピードで低空飛行をする。あっという間に目的地に到着してしまった。
「ありがとう、メタング」
 彼はメタングをモンスターボールの中に戻し、徒歩移動に戻る。

 ホテリやま──地熱発電所があり、良く研究員が集まる場所となりつつある。また、デンヂムシ等の進化の為に来るトレーナーも多い。アキラは早速パトロールを開始する。

「ん……?向こうが騒がしいな……」
 アキラは何かが起こっていそうな方へと向かう。そこには、多数のヤミカラスと彼らに襲われているトゲデマルがいた。普通トゲデマルは身体にある毛で身を守るのだが、今アキラの目の前にいるトゲデマルは、何故かは分からないが毛が出てきてなかった。

「まずい、何とかしないと……」
 メタングを出して攻撃しようとしても、トゲデマルを巻き込んでしまう可能性もある。かといって見過ごす訳にもいかない。
 アキラは一瞬凄く迷う顔をしたが、すぐにポケットからモンスターボールを取り出す。そしてそのボールを投げるポーズを取り、ヤミカラス達の合間を縫いトゲデマルに命中させる。
 一回、二回、三回と揺れ、トゲデマルが無事ボールに入った。元々保護とはこのようなやり方ではないだろうが、今の彼にはこのような方法しか思い浮かばなかった。ヤミカラス達は獲物を失った為か去っていった。

「ビッケさんに報告しなきゃな……」

────────────────

「そうですか……アキラさんの行動は間違っては無いですが保護とは違うので、逃がさなければいけなくなりますね」
「そうですよね、ですが今すぐ逃がすことは出来ないと思います。このトゲデマルはもしかしたら、まだ身体が未発達の可能性もあるので……」
「それでしたら、アキラさんがその子を野生でもやっていけるようになるまで育ててください!」
「わ、分かりました」

 エーテルパラダイスへ帰還したアキラを待っていた指示は、捕まえてしまったトゲデマルの育成だった。元エリートトレーナーの彼なら難なくこなす……という訳でもなく、実はメタング一匹しか育てた事のない彼に取っては難題だった。何を食べさせたら良いのだろうか、何をしてあげたら良いのだろうか。何も分からなかった。だが、彼には頼れる存在がいた。

「先輩!あの、今お時間ありますか?」
「お、アキラじゃないか。どうかしたのか?」

 彼に先輩と呼ばれたのは、同じく保護区での活動を行っているリュウジだった。アキラは彼に今回の出来事の流れを話す事にした。
「実は……」
「成る程なぁ~、それは大役じゃないか」
「そうなんですけど、あの子の育て方が分からなくて」
「へぇ、お前さんなら難なくこなすだろうなと思ったけどな」
「メタング以外育てた事が無くて。それにメタングとはずっと一緒にいたからそれとはまた違う気がするんです」
「そうかぁ、うーん……。そうだ、俺のパートナーはでんきタイプなんだ。何か分かるかもしれない。紹介するから場所移動しようぜ」
「分かりました」
 保護区でのモンスターボールの使用は禁止である。保護してるポケモンに投げ付けるのはもちろん、手持ちからポケモンを出すのも許可が無ければ禁止されている。元々連れて歩いているのならOKだが。そして財団ではその日やる仕事を終えてさえいたら、後はポケモンの為になる事なら何でもしてもいいという独自のルールがある。流石保護団体と言うべきか。

 外に移動したリュウジはモンスターボールを手に取りボタンを押す。
「出てこい、ライボルト!」
「ウォン!」
 勢い良く飛び出してきたライボルトは、真っ先にリュウジを押し倒し上に飛び乗り顔を舐める。その顔はとても嬉しそうだった。
「おいおいライボルト、ここは外だぞ?帰ったらいくらでもしても良いから今は解放してくれ」
 リュウジの一言でライボルトは身体の上から飛び降り、お座りをした。
「ライボルトが俺のパートナーだ。何か聞きたいことはあるか?」
「いつも何を食べさせてます?」
「電気タイプ専用のポケモンフーズかな。あれが便利なんだよな~」
 ポケモンフーズはポケモンセンターに行けばだいたいある。
「ありがとうございます。電気タイプって身体に電気エネルギーを溜める子が多いですけど、ストレスとかになった時はどうしてますか?」
「ライボルトの場合はバトルかなぁ。アイツああ見えてバトルでは激しく相手を攻撃するんだぜ。バトル出来ない時は、誰もいない所で放電てあげるとかかな」
 そう言いつつリュウジはライボルトの頭を撫でる。ライボルトは満更でもない顔をしていた。
「成る程、ありがとうございます!勉強になります」
「そう言って貰えると嬉しいよ。んじゃ頑張れよ。何かあればまた相談に乗るから」
「え、もう帰るんですか?」
「今日は定時退社したいからなー」
「分かりました、お疲れ様です!」
「お疲れさん。頑張れよー」

リュウジはライボルトをボールに戻し、速足で退社していった。

「俺も作業済ませて帰らなきゃな」

彼の場合、帰ってからも仕事なのだが……

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 アキラはアーカラ島のカンタイシティにいた。そこに彼の家があるのだ。
「えっと、ポケモンセンターに寄るんだったな」
 彼は自動ドア設備がされてあるポケモンセンターに入っていく。そしてフレンドリィショップの方向へ歩いていき、店員に話しかける。
「あの、でんきタイプのポケモン用のポケモンフーズを二袋ください」
「かしこまりました」
 ショップの店員がお店の奥に入っていき、商品を取ってくる。
「二点で2000円です」
 アキラは財布から2000円を出し、店員に手渡す。
「ありがとうございました」

 安くない買い物だったが、必要な物だから仕方ない。ポケモンセンターを出て、家があるアパートまで歩く。その間にアキラは色んな事を考えていた。ポケモンフーズはちゃんと食べてくれるのか、あの子は傷を負ってないか……等、上げていけばキリがない。一応手当てはしたが、心の傷というケースもある。襲われた事で目の前の存在が怖くなる可能性もある。
 そんな事を考えている内に、家に着いた。彼はドアの鍵を開け、中に入る。特に何も取り上げる所が無い室内だ。強いて言うなら整理整頓がされている事ぐらいか。
「出ておいで」
「……マキュ」
 アキラはボールのボタンを押し、トゲデマルを出す。トゲデマルは一瞬周りを見渡したが、アキラの姿を見ると部屋の隅に逃げていった。
背中を彼に晒していて無防備であったが。
彼が身体を触ろうとすると、その気配を察知したのか、微弱の電気を放出する。だが、その量はあまりにも少なかった。そしてやはり毛は、ねているままだった。
「ポケモンフーズ置いておくからな」
 アキラも現段階では何も出来ず、今日の所は食べ物を置いておくに留める事にした。トゲデマルが少しずつ心を開いてくれる事に賭けていた。
「食べてよく寝るんだぞ」
 部屋の電気を消し、布団に入るアキラ。だが、寝はせずトゲデマルを観察するつもりだった。

 が、気付いたら朝になっていた。

「やべぇ、俺寝てしまってたな……トゲデマルは……」
 寝惚けた目でトゲデマルを確認すると、ポケモンフーズを少し食べた状態で寝ていた。こちら側に顔を向けて。
「傷付いてはいるものの、まだまだ子供って所かな」
 見た所身体に目立った傷はなく、いたって普通そのものだった。事情を知らない者から見たらの話だが。

 今日は財団の仕事は無く、一日中フリーだった。まぁ、彼からしてみたらトゲデマルの育成も仕事に入っているが。そもそもどのぐらいの期間育成しなければならないのだろうか。そこが謎だった。
 (あの子が自分の身体を自分で守る事が出来るように育てるには……どうしたら良いんだ? そもそも育てる前にどうコミュニケーションを取れば良いんだ……?)
 彼の言う通り、まずはアキラの事を敵じゃないと認識してもらわなければならない。そこが難題になるだろう。
 (……とりあえず起きるまで静かにしておくか)
 
 アキラが調べ物をしているとトゲデマルが起きた。彼の姿を確認すると、部屋の隅まで後退りする。
「大丈夫だって、俺はそんなに怖くないよ」
 そうは言うものの、トゲデマルからしたら怖いに違いない。アキラもそれを分かっていた。言葉をかけてどうにかなる相手なら既に心を開いているはずだ。もちろん言葉をかけ続けたらなつく事もあるだろうが、そうなるための切っ掛けが無いとダメだ。
 だが、アキラはこの状況を打破出来るかもしれない道具を持っていた。それは……
「なぁ、これで遊ばないか?」
 ゴムで出来た、当たっても痛くないボールだった。モンスターボール等ではなく、ただのボール。
「こうやって遊ぶんだ。見てなよ」
 そう言い、トゲデマルの元にボールを転がす。投げると刺激を与えてしまうので厳禁だ。トゲデマルは一瞬ビクッとしたが、すぐに無反応になった。
「うーん、ダメか」
 だが、よく見たらトゲデマルはボールを突っついたりしていた。しかし、アキラが見ると、すぐに無反応に戻ってしまった。
 (もしかして誰かに見られるのが恥ずかしいのか?もしくは怖いのか?どちらにせよ、俺は背中を向けていた方がいいかな。)
 そうしてアキラがトゲデマルを見なくなり暫く経つと、コロコロ……とボールを転がす音が聞こえた。本当はカメラ等で撮影したいが、生憎彼はそんな物を持っていない。どう遊んでいるかを想像することしか出来なかった。
 
 そうして、時間が経ってお昼時。ふとアキラがトゲデマルの方を見るとボール遊びに夢中で彼が見ているのも気付かなかった。ポケモンフーズの方を見るとまだ入っていたが、湿気等で味が落ちている可能性もある。彼は中身を入れ替える事にした。だが、トゲデマルを刺激せず容器を取るのは中々にキツい作業だ。そこで彼は先が曲がった長い棒を使い容器をこちらに持ってくる事にした。そっと棒を伸ばし、先を容器の縁にかける。音をたてないように引きずっていく。
 何とか彼の方に持っていく事に成功したが、フーズを入れるときにどうしても音が出てしまう。音を出したらトゲデマルを刺激してしまう可能性もある。そこでアキラは一粒一粒丁寧にフーズを並べていく事にした。音をたてない為に一粒手に持って容器に並べていくという気が遠くなりそうな作業だった。だが彼はトゲデマルの為に何とかこの作業を終わらせ、さっきと同じように棒で容器を押し、トゲデマルの方へと運んでいった。容器を押し引きするときにフーズが動いて音がしたのだが、トゲデマルは案外気にしていないようだった。
「ふぅ……疲れた」
 気を抜いた途端、両手を後ろに付いてしまい大きな音が出てしまう。トゲデマルは案の定反応するそぶりを見せる。だがそれも一瞬ですぐにボール遊びに夢中になっていた。
 (ボールに興味津々なのかな。とにかく少しずつ前に進んでそうで良かった)

 アキラはトゲデマルが夢中になっている横を通りすぎ玄関の外に出る。そして彼はボールからメタングを出す。
「メタング、今家に保護と育成対象のポケモンがいるんだ。その子は臆病で他のポケモンを見ると驚くかもしれない。だから家では暫くお前を出せないかもしれない。ごめんな」
「メタ」
 メタングをボールに戻し、再び玄関に入るとトゲデマルが遊んでいたボールがこちらに転がってきていた。何事かと思いアキラが奥を見ると、ちょうどポケモンフーズを食べている所だった。彼はトゲデマルが食べ終わるまで待つことにした。そして時間が経つとトゲデマルは食べ終わり、寝てしまった。気のせいかもしれないが、昨日より多くフーズを食べている気がする。
 この日は何事も無く終わった。

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「今日もよろしくお願いしますね」
 ビッケの一言で勤務が始まる。朝礼が終わると共に、彼女が話しかけてきた。
「アキラさん、トゲデマルの様子はどんな感じですか?」 
「ゴムボールを転がして遊んだりしています。 食事もちゃんと取れているようです。 ただ、まだコミュニケーションが取れて無いのでそこが問題かなと……」
「分かりました。 ……育成といっても正式な捕獲ではなく保護の為、長くアキラさんの所に留めておく訳にはいきません。長くて三週間ぐらいでしょうか。それまでに成長してくれたら良いのですが……」
「分かりました。 それまでに野生でもやっていけるように育ててみます」
「お願いしますね!」
 と、マラサダを頬張りながら頼んできた。もちろん食べている合間にだが。
「あ、お一つどうですか?」
「ありがとうございます。 家で食べますね。 そろそろ保護区の方に行きます」
「はーい。 お願いしますねー!」

 保護区には沢山のポケモンがいる。ポケモンに襲われた個体だったり、トレーナーが逃がしたポケモン、その他野生では生きていけさなそうなポケモンが集まっている。それらのポケモン達を保護し、時にはまた野生ポケモンとして過ごせるようにお手伝いをするのが保護区担当の役目だ。
「やぁサニーゴ。ほら、オレンの実だよ」
「サニサニー♪」
 例えばこのサニーゴはドヒドイデに襲われていた所を職員に保護された。今では傷も治り、美味しそうにオレンの実を食べているが、まだ枝が完全に生えきってないのだ。枝が元通りになったら野生に帰す事になっている。
「よぉアキラ。仕事頑張ってるな」
「ウソソ!」
 やって来たのはリュウジ。後ろにウソッキーを連れてきている。このウソッキーも保護対象で、近くに水タイプのいない場所が見付かり次第そこに帰す事になっている。
「先輩、フーズの件ありがとうございます! 結構食べていました」
 当のトゲデマルは今日も家で寝て遊んで食べて寝ているが。
「だろ? ポケモンフーズ便利だよなー」
「ですね!」
 そんな話で盛り上がっていると
「ちょっと先輩達も手伝ってくださいよー。 五つ子大変なんですから」
「イブイ!」
 両手にイーブイを抱え、足元のイーブイにまとわりつかれている女性職員、ミカが呼び掛けてきた。
「へいへい」
「五つ子ってなんだよ……」
 彼女はアキラよりも後に財団に入社したが、時期的にほぼ同僚となっている。彼の方が少しだけ先輩なのだが。
 五つ子のイーブイはトレーナーが逃がした個体で、一ヶ月ぐらい育てたら育てやさんの方に手渡す事になっているらしい。
「ちょっと、逃げちゃダメー!」
「イブブーイ!」
 追い駆けっこになったイーブイ達が保護区フロアを駆け抜ける。それを見た職員達は微笑ましそうに笑っていた。

「はぁ、今日も疲れた……」
 結局あの後フロア中を走らされ、息があがってしまった。家の中に入ると、トゲデマルがボールで遊んでいた。アキラと目が合うとボールで遊ぶのをやめてしまった。
 (まだ怯えているな……。どうするべきなのか。それならあの方法を試してみるか?)
 目をそらしトゲデマルがボールで遊んでいるのを確認すると、トゲデマルの前へ移動しボールを手に取る。
「なぁ、一緒に遊ばないか?」
 そう言い、アキラはボールをトゲデマルの前に転がす。トゲデマルは無反応だったが、彼が背中を向けるとボールが転がってきた。
「おっ、その気になったんだな」
 優しくトゲデマルの方向にボールを転がす。トゲデマルは恐る恐るボールを転がす。
 (おっっっし!!)
 アキラは心の中でガッツポーズをし、ボールを返す。トゲデマルをボールを返し、これが何回か続いた後、トゲデマルに笑顔が少し見られた。
「ボール遊び楽しいか?」
 アキラの問いにトゲデマルはボールを送る事で返事を返した。

 そしてアキラは仕事をし、トゲデマルと遊び寝る、トゲデマルは寝て遊んで食べて寝るという生活を一週間過ごした。

 少しずつトゲデマルはアキラに心を開いていった。一方で、メタングが入っているボールは少し震えていた。

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『先輩!今日はトゲデマルちゃんをエーテルパラダイスに連れてきてください! ミカより』
「ミカの奴、何を考えているんだろうか……。トゲデマル、今日はお出掛けだ。」
「マキュ!」
 素直に返事をし、足元を歩く。出会った頃よりだいぶ明るくなっている。
 今日も船に乗り、エーテルパラダイスへ向かう。そもそも毎回出勤に船を使うとなるとお金が足りないのでは?という声もあるが、エーテル財団が全額保証している。職員にも優しい会社だった。

「先輩!こっちですよー」
 朝礼が終わると同時にミカに呼ばれる。
「とりあえず外に出ましょう! モンスターボールを使うので」
 トゲデマルもボールの中に戻している。外に出た彼らはモンスターボールを取り出し、お互いにポケモンを出す。
「出てきて、ズルッグ!」
「ズルッ!」
 ミカがボールから出したのはズルッグ。トゲデマルと同じく自分の身体の特徴を活かして身を守るポケモンだ。
「トゲデマル、出ておいで」
「マッキュ!」
 勢いよく飛び出たが、ミカ達を見るとアキラの後ろに隠れてしまった。
「はは、まぁそうなるよな……。で、何が目的なんだ?」
「ズルッグとトゲデマルちゃんで遊んでほしいな~って」
「成る程なぁ、うまくいくかは分からないけど。 トゲデマル、ほら抱っこだぞー。 この子達は怖くないぞー」
 アキラはトゲデマルを抱え、ズルッグとご対面させる。ズルッグは興味津々でトゲデマルを覗き込む。トゲデマルは少しもぞもぞしている。
「そのズルッグも赤ん坊なんだっけ?」
「そうですね~、うまくかわの伸びを維持出来ないです。 トゲデマルちゃんと似てますね」
「だな……っ、なんか腕に当たっているような」
 アキラがよく見てみると、トゲデマルの少し伸びていた毛が腕に当たっている。まだ完全には伸びてないのだが。
「お、凄いじゃないか! ってか何で毛を立てたんだ?」
「抱っこが苦しいんじゃないですか? もしくは暑苦しいとか。それともむさ苦しいとか」
 ミカが辛辣な言葉を吐く。
「サラッと酷いことを言うな。 じゃあ降ろすぞ」
 トゲデマルを降ろすと、すぐにズルッグがずつきをかまそうとする。
「ストーップ! ズルッグ、ずつきはメッ!だよ」
「ズル……」
 ミカが止めたおかげで直撃は免れた。他のポケモンと見つめ合う事に慣れてないトゲデマルだが、逃げる事だけはしなくなった。
「この調子ならもう少しで臆病な性格は良くなりそうだな。 ありがとうな、ミカ」
「いやいや、そんなぁ。 ズルッグのおかげじゃないんですかね? とりあえず、もう少し毛が伸びるようになったらいいですね~」
「そうだな」
 ふと二匹の方を見ると何やら追い駆けっこをするみたいだが、二匹ともこけてしまっている。まだ走るのに慣れていないのだろう。アキラとミカも思いっきり笑った。

 そして今日の勤務が終了し、アキラ達は家に戻った。彼は布団の上に倒れ込むが、トゲデマルに揺さぶられる。
「マキュ!マキュキュ!」
「ん~……遊んでほしいのか?」
「マッキュ!」
 アキラがそう言うと、トゲデマルは跳び跳ねて喜んだ。いつも通り転がして遊ぶのだが、うとうとしていたアキラは誤ってボールをなげてしまった。トゲデマルの方へそのまま向かうのだが、トゲデマルは背中を彼に向け毛を出し身を守ろうとした。結果としてはボールに穴が開き、空気が抜けてしまった。
「あ、ごめんな。 ってか、自分の身を守ったのか……?」
 恐らくトゲデマルの本能だと思うが、今のアキラは思考回路が纏まって無かった。
「あーもう、寝よ……。 おやすみ……」
「マキュキュ。マキュ!」
 トゲデマルに起こされそうになった事は言うまでもない。

────────────────

「そうですか……分かりました。 あの子の身体を見るに、あのぐらい毛が伸びていたら正常です。 明日、ホテリやまへ逃がしてきてください」
「分かりました」
 翌日の朝礼後、昨日の事をビッケに話したアキラ。彼女からいつか言われるであった言葉をとうとう言われてしまった。
「辛いかもしれませんが、お願いしますね」
 そう言う彼女も辛い顔をしているように見えた。

「どうしたアキラ。沈んでいるじゃないか」
 アキラが外で海風を浴びているとリュウジに話しかけられた。
「先輩……。明日トゲデマルとお別れなんです。 最初の方は気にしてなかったのに、一緒に過ごしていくと同時に……」
 その先の言葉が言えなかった。何故ならば
「それが仕事なんだ。 どんなに愛着がわいても、いつかはお別れしなきゃなんねぇ。そうやって俺はずっとやってきてるつもりだ。 結構くるけどな」
 アキラが言えなかった事をリュウジが繋ぐ。リュウジの顔も真剣だった。
「そうですよね、先輩」
「そうだ。 辛くても、お別れする時は笑顔だ。 見えなくなるまで笑顔だ。 不安にさせない為にな」
「分かりました、先輩」
 少しだけスッキリした顔でアキラが応える。
「おう、いつも通りやれよ」

『ええっ!? トゲデマルちゃん明日逃がすんですか!? 残念です、ズルッグ気に入ってたのにな……私も寂しいです ミカより』
 家に戻ったアキラは、今日仕事を休んでいたミカにメールでこの件を伝えた。そしたらそう返ってきた。確かにアキラも寂しいと思っている。だが、仕事だから仕方ない。そう割り切るしか無かった。
「トゲデマル、明日お別れしなきゃならないんだ」
「マキュ?」
 トゲデマルにも伝えたが、どうやら伝わってないようだった。
「そっかぁ、分かんないよな。 ……最後のおやすみ、だな」

 この日、アキラは中々寝付けなかった。

──────────────────

 アキラにとって辛い日、お別れの日が来てしまった。少し重い足取りで乗船所に向かい、ウラウラじま行きの船に乗る。
 アキラはトゲデマルを膝に抱えながら海を眺めていた。
「……はぁ……。」

 12番道路に着いたアキラはメタングをボールから出す。
「メタング、あのデコボコ道をまた越えたいんだ。 乗せてくれるかい?」
「……」
「どうしたんだ、メタング?」
「……」
「なんで黙っているんだよ……」
 メタングはそっぽを向いている。彼には何故か原因が分からなかった。
 そう黙り続けていると、メタングがトゲデマルのボールを見つめていた。危害を加えるつもりではないみたいで、ただ見つめている。
「もしかして……お前、寂しかったのか?」
「……」
「俺がトゲデマルの事に付きっきりで、お前はボールの中で一人ぼっち……」
「……」
「ごめんな、メタング。 お前にも構ってあげれなくて」
 アキラはようやくメタングの気持ちが分かり、メタングに謝る。
「……メタ」
 許したのかどうかは分からないが、メタングはアキラが乗れる高さまで降りてきた。が足を掛けようとすると、いきなり上昇する。
 つまりアキラはこける。
「何すんだよー! ……まぁ、これでおあいこさまか。 ごめんなメタング。 次こんな事があったとしてもお前もちゃんと見ているよ」
「……メタ!」
 メタングはアキラに手を差し伸べ、彼を立たせる。そして彼を乗せ、ホテリやまへと向かっていった。


 とうとうホテリやまに着いてしまった。
「……出ておいで、トゲデマル」
「マキュ!」
 トゲデマルの故郷、ホテリやま。今日トゲデマルをここで逃がすのだ。
「トゲデマル。今日でお前とはお別れだ。 寂しいかもしれないけど、我慢してくれ」
「……マキュ?」
 トゲデマルは幼く、まだ別れという事を理解してないようだった。アキラの足にすり寄ってくる。
「ごめんな、もう一緒にはいられないんだよ……」
 そう言うとアキラはトゲデマルを抱え、岩場の方へと歩いていく。そして、開けた場所で地面に降ろす。
「元気でな、トゲデマル」
 だが、トゲデマルはアキラの後ろを付いてくる。
「来ちゃダメなんだ。 お前はここで暮らすんだ」
「マキュ!マキュキュ!」
「ダメなんだ。分かってくれ……」
 分かってくれないと知っていてもアキラはそう言う。トゲデマルと離れるために、トゲデマルを自分から引き離す為に。
 ───だが
「カー! カァー!」
 トゲデマル目掛け図上から三匹のヤミカラスが襲ってきた。
「トゲデマル! 行くぞメタング!」
「メタ!」
 勢いよくボールを投げ、メタングを繰り出す。野生ポケモンを無闇に傷付ける事は禁止されているが、保護対象を守る為なら可能とされている。
 トゲデマルは毛を逆立てて身を守ろうとする。だが相手は賢く、トゲデマルの顔を狙おうとしている。
「メタング、サイコキネシスでトゲデマルをこっちに連れてきてくれ! 優しくな」
「メタ」
 アキラがメタングに指示すると同時に、トゲデマルの身体が浮き、ヤミカラス達を避けアキラの足元に降りてきた。
「続けてバレットパンチだ!」
「メタ!」
「カァァ……」
 素早い弾幕の拳が一匹のヤミカラスに襲いかかる。たまらず一匹は逃げてしまった。だが反撃として相手のつつくを何度か喰らってしまう。タイプ相性としてはいまひとつだが、何度も喰らうとダウンに繋がりかねない。
「いわなだれだ!」
「メタァ!」
「カァー……」
 何処から出てきたか不明な岩石がヤミカラス達に降りかかる。二匹とも戦闘不能になったが、先程逃げたと思われたヤミカラスが別のポケモンを連れて戻ってきた。
「あれはドンカラス。 さしずめボスって所か」
「ガァーーー!」
 威嚇するような雄叫びをあげた後、メタングに突進してくる。ブレイブバードだ。
「かわせ!」
 だが相当速い。メタングはかわしきれず少しかすってしまった。
「強いな……いわなだれ!」
「メタァ!」
 再び岩石を落とすが、ドンカラスは難なく全て避けてしまう。そして今度はメタングとすれ違い様に斬りつけてきた。
「メ、メ、メタ……」
「しまった! つじぎりか!」
 エスパータイプにあくタイプの攻撃は効果バツグン。一気に戦局が不利になった。ここから巻き返すのは中々難しい。そんな時、トゲデマルが動いた。
「マキュキュ!マーキュッ!」
「おい! 何してるんだよ!」
 いきなり飛び出すと、電気を纏いドンカラスに突撃していく。スパークだ。威力は微弱ながらも、自分の意思で攻撃していった。
「トゲデマル……お前」
 ドンカラスに振り払われ地面に落ちるトゲデマル。だが痛がる素振りを見せただけで怯えてはいなかった。
「凄いよ、本当に。 よぉし、俺達もやるぞ!メタング!」
「メタァァ!!」
「まずはサイコキネシスで周りの石を浮かばせろ!」
「メタ」
 いわなだれで落ちた岩をドンカラスの周りに展開する。これでドンカラスに逃げ道は無くなった。
「次はいわなだれだ!」
「メタ!」
 そして身動きが取れない所で効果バツグンの技を当てる。ドンカラスも避けようとしているが、その行動は虚しい結果に終わってしまった。
「ガ……ガァ……」
「とどめのコメットパンチだ!」
「メタァ!」
 岩石をも砕く重く堅く強い拳でドンカラスと岩石とヤミカラスを吹き飛ばしてしまった。
「ガァーーー……」
「ふぅ、これでひと安心だな。 ん?」
 突然メタングの身体が青い光に包まれる。進化が始まるのだ。
「メタング、まさか……」
 アキラが島巡りの最中に成し遂げられなかった、エリートトレーナー時代でも成し遂げられなかった事が、今ここで叶う。
「メッタァァ!!」
「やっぱりだ! メタグロスに進化したんだな! おめでとう!」
「マキュキュ!マキュ!」
 トゲデマルも進化を喜んでいるように見える。逞しくなったメタグロスは、頭をアキラに撫でられて嬉しそうだった。

 だが、肝心の目的が終わってない。
「トゲデマル、お前はここで暮らすんだぞ……良いな?」
「……マキュ!」
 少しだけ悲しそうな顔をしたトゲデマルは、走り去ってしまった。
 (これで、良いんだよな)
 アキラが手を振ろうとした時、トゲデマルが戻ってきた。手にある物を持って。
「マキュ!」
「これは……たいようのいし?」
「マキュキュ! マキュ!」
 石をアキラに手渡す。まるでありがとう! と言っているようだった。そしてまた、今度は本当に走り去っていった。モンスターボールも何も入っていない状態になった。
「マキュー!」
「じゃあな! トゲデマルー! ありがとうー!」
 アキラは笑顔で手を振った。トゲデマルが見えなくなるまで、笑顔で……
「ウッ、ウッ……トゲデマル……。 バイバイ」

────────────────

 エーテルパラダイスの外のベンチにアキラはいた。海風が当たる場所。いつもリュウジやミカと話す場所。
「よぉ、お疲れさん」
「先輩、お疲れ様です!」
 首筋に冷たい物が当たり、それを受け取る。ミックスオレだった。顔を上げるとリュウジとミカがいた。
「あ……先輩にミカ。 どうしてここに?」
「お前さんがいるとしたらここしかないだろ? それは奢りだ。 グビッといけ」
「あ、ありがとうございます」
 冷たいミックスオレを飲んだアキラの顔は先程よりも幾分かはマシになった。
「まぁ、これも経験の一つだ。 これから先もこんな事が沢山ある。 お前さんが主に担当しているサニーゴだってそうだし、俺が担当しているウソッキーも。 俺達はそうやって悲しみを受け入れ乗り越え、一歩一歩階段を上るんだ。」
「先輩……そうですよね。 俺、もっと成長します」
「でもでも先輩、泣きたい時は泣いてもいいんですよ?」
「ミカの言う通りだ。 泣くという事はそれだけ親身にお世話して愛着がわいたという証拠だしな」
「先輩……ミカ……ありがとうございます」
 ようやく前を向き直ったアキラだった。リュウジに気合いを入れられ、その光景をミカに笑われていた。

「は~い。 皆さんお疲れ様です! 特にアキラさんはトゲデマルの保護と育成お疲れ様でした! マラサダの差し入れですよー」
 いつも通りマラサダを持ってきながらビッケがやって来た。
「おっ、ありがとうございます」
「わー、マラサダだー! ビッケさんありがとうございます」
 マラサダと聞いて、アキラがある事を思い出す。
「あっ!」
「どうしたんだ?」
「先輩、まさかホテリやまに忘れ物したんですか?」
「朝ごはん食べ忘れたとか?」

「一週間前に貰ったマラサダ食べるの忘れてたー!」


 新米エーテル財団職員、アキラの奮闘はまだまだ続く……。