ふしぎのタマゴ

 ある日、突如としてその物体は現れた。
 大都会イッシュの摩天楼、ヒウンシティのその上空、約2000フィートの付近。ひこうタイプのポケモンや飛行機が行き交うこの狭い空に、ぽっかりと浮かぶ謎の物体x。夜が明け、空が白むと同時に誰の目にも明らかになったその物体によって、イッシュ全土がパニックになった。

 現地イッシュの研究チームは、早急に研究員を派遣して調査を始める体制を整えた。他の地方からも応援が殺到し、全地方総出の科学者が揃う。優秀なとり使い達も集結し、総出でその物体xの解明を開始した。
天に向かって長く、地に向かって広がりを見せる楕円形のそれは、一番大きい所で外周が直径約300フィート程。浅黒く艶の無いその表面は乾ききっているようで、その周囲からは微量の放射性物質が検出された。
 成分の調査をしようというチャレンジに名乗りを上げたとある研究家が、命懸けで相棒のポケモンと共にその物体に触れてみることになった。全イッシュ国民が見守る中行われた決死のチャレンジは予想に反し、いとも簡単に成功することになった。表面を削ってチームラボに輸送する間にも、その物体xに対して様々なミッションが行われた。ポケモンの攻撃を仕掛けてみようと、サイコキネシス、絶対零度、マジカルシャインなど、今この惑星に存在しうるポケモン達の最強のワザを繰り出してみても一向に割れる気配がない。中に入っているであろうポケモンの正体を確かめようと様々な機械を当ててみようとも、ポケモン達が各々の言葉で呼びかけてみても、異国の言葉を使ってみても、全く反応が無かった。
 夜を徹して25日間行われた第一調査団の活動は、大きなトラブルもなく、そして物体x側にも何の動きも無く終了した。今後は経過観察を続けながら、新しい発見があれば都度国民に発表すると彼らは声明を出し、しかし国民はそれを待たずして、異様な物体と共にそれまで通りの日常生活を送り始めていた。

 第二調査団の活動は主に、チームラボへ移行した。削り取った物体xの成分を調査すると、驚くべきことが分かった。この惑星に存在しうる、タマゴの成分と99%以上合致していたのだ。
「これは、巨大なポケモンのタマゴなのか?」「もはやタマゴという前提の上で、どうしてこんなにも巨大なのか、そして空に浮いているのかを調査するべきだ」様々な議論が繰り返され、導き出された仮説を証明する研究が続けられた。
 ポケモントレーナーでもある研究者Pは、物体xの周囲を飛び交う野生のポケモン達の行動を観察している時、あることに気づく。ポケモン達は、同様にそのタマゴに敵意を持っていないのだ。「あ、タマゴか」と言わんばかりに飛んでいき、まるで遊具で遊ぶように外周を一周したりする。ぶつかってタマゴに怒るポケモンこそ何体か居たが、まるでこの環境に溶け込んでいるなとPには思えた。

 同時期、イッシュからはるか離れたアローラ地方でウルトラビーストと呼ばれる生命体がこの惑星に現れたという機密情報と共に、マッシブーン、フェローチェの生体が届けられた。それらは特殊加工されたモンスターボール、名称ウルトラボールに収納されている。イッシュの研究員達は、禍々しくもあり美しくもあるその容姿に目を疑った。ある者は「こんなものが大量にあのタマゴから現れるかもしれない」と恐怖し、ある者は「巨大なウルトラビーストがあの中からいつか飛び出してくるかもしれない」と慄いた。
 研究員たちは、それらを携えて来たポケモントレーナー、少女Sと少年Mにも畏怖を抱くことになる。彼らはウルトラビーストを捕獲すると同時に、それらがやって来た未知のウルトラスペース、ホールまで知り尽くしているというのだ。研究員は彼らに、イッシュの物体xがウルトラホールからやって来た仮説に対して意見を求めた。
「物体xと対峙した時に、ウルトラビーストと同じ感覚は全く感じませんでした」とM氏。
「ウルトラビーストは、ビーストブーストと名付けられたオーラを纏って現れるんです。あの物体からは、そんなオーラは何も感じない」
「わたしはむしろ、ふつうのポケモンのタマゴ、というか、うーん」S氏は研究員の威圧を感じながら、そうためらいがちに言い、それをフォローするように「そうですね。僕もそう思います」とM氏も続けた。
「僕らのような特異な経験をしないポケモントレーナーも、皆そう言うのではないですか?」
 その質問に、とある研究員は口を閉ざし、とある研究員は「そうなんだ」と返す。
「成分も見ても、ポケモンの反応を見ても、これはもう、ポケモンのタマゴに間違いが無い」
「これがタマゴだとして、なぜこのような巨大なタマゴが、このイッシュに、この空に現れたんだ」
 この後、ウルトラビーストに対する科学的な多角的調査が行われたが、結局のところ相関関係は無いという結論に至った。

 それから程なくして、ホウエン地方にてんくうポケモンレックウザと、DNAポケモンデオキシスという2体の新種のポケモンが現れたという機密情報が届いた。捕獲したトレーナー少年Rと、旅を共にした少女Sもイッシュに訪れた。研究員達は前回と同様にその少年少女たちと新種のポケモンを見比べ、慄くことになる。
「宇宙から来たポケモンとの遭遇の前に、私達はとある組織が復活させた超古代ポケモンに遭遇しているんです」
「超古代ポケモン?」「グラードンとカイオーガのことか?」研究員はどよめく。
「あ、捕獲もしています。今ボックスに預けてあるんですが」
「ボックスに?」「グラードンとカイオーガを?」
「僕らがこいつらと対峙した時の感覚と、宇宙からきたポケモンと遭遇した時の感覚は、やっぱり違っていました。でも、やっぱりあのタマゴには、何も感じません」
 少年Rがそう言うと、「私もそうです」と少女Sも同調した。そして、続ける。
「もしあのタマゴから生まれてきたポケモンが、もし人類に牙を向いても、私、ポケモンの敵ではないんじゃないかなって、そう思います」

 イッシュの研究員達は、少年少女4人の話を聞いてから、ある結論に結びついた。それは「この物体xは、そこまで珍しいものではないのではないか?」ということだった。他の地方にもそれぞれに、多種多様なポケモンが、宇宙から、異空間から現れているのだ。この惑星の位置が、他の惑星や並行世界と交わりやすい位置にあるのかもしれないし、もともと存在していたものが具現化されたもしれない。そもそも、イッシュのポケモンが産んだタマゴかもしれないのだ。
 以上の結果より、研究チームがイッシュ国民に出した答えは、以下の通りだ。
「ただちに影響はありません」
それは国民を日常生活に戻すあまりにも分かりやすい言葉であり、同時に今の時点ではこれ以上何もわかりようがないという声明だった。

 国民の生活は、依然として混とんする暇もなく、せわしない消費活動の最中に会った。物体xに初めて触れた研究員の書籍が全イッシュでベストセラーになり、彼らの苦悩や愛をもとにした映画は興行収入ランキングのトップに躍り出た。今や、ヒウンアイスに続く名物として観光名所にもなっている。熾烈な経験をしたからこそ、物体xに関する第二研究団の活動は継続的な経過観察が主になり、ポケモンのタマゴの研究に重きが置かれることになった。
 研究者Pは、経過観察研究の主任として、自宅の窓から通勤の電車に至るまで、毎日そのタマゴを見ることに費やしている。彼は、まるで子守をさせられているような気分になっていた。それは、自分だけじゃないと彼は、就寝前のベッドの中で思う。ヒウンに住むヒトが、ポケモンが、イッシュが、この惑星が、そのタマゴを見守るおやなのだ。もしかしてこのタマゴは、この惑星が、この街が、ポケモンと共に産んだタマゴなのかもしれない。そして生まれてくるポケモンは、きっとこの街を愛し愛されるはずだと思い、楽観的すぎるかな、と考えながらまた今日も深い眠りに落ちた。
 陽光に温められ、回転するこの惑星というゆりかごの中で、そのタマゴは静かに誕生の時を待っている。