山あり谷あり笑顔あり!

お祭りが好きだった。

皆で騒いで、笑って、ポケモンバトルを見て、「ハウもいつかここで偉大なバトルをするんですぞ!」とじーちゃんに期待されて、誰にも負けない立派なトレーナーになるんだって皆に言いふらし。
花火は綺麗だし、食べ物は美味しいし、永遠にこの夜が明けなければいいのにって本気で思った事もある。

何故だろう、楽しくないなって心の奥底で思うようになったのは。
記憶を遡っちゃダメな気がする。オレがオレで無くなるような、例えるならパンドラの箱みたいな、そんな感じがするんだ。

えー、やだなー、オレ、グラジオとかグズマみたいな厨二病って言うの?そーいった闇っぽいやつ嫌いなんだけどー。

今日はリリィタウンの年に一度のお祭り。
陽が段々傾き始め、昼間の暑さも少しだけ和らぐ。飾られた提灯に明かりが灯った。村の子供達が待ちきれないと広場を駆け回り、大人達がそれを横目に祭りの準備に取り掛かっていた。

「ハウ、今日の試合楽しみにしてるぞ!」
「うん!まかせてー!」

そうそう。オレは今年も祭り一番の目玉であるカプ・コケコに捧げるバトルをするんだ。全力で楽しむんだ!
相手を教えられて無いけれど誰だろう?今度島巡りする事になったあの子かな、それとも昨日じーちゃんとバトルしていたあのトレーナーかも。

マラサダの屋台が準備を終えて客寄せを始めた。最初から目星付けてたお店だから一番乗りで駆け寄ってメニューを見る。カウンター越しのお姉さんがニコニコしながらアマサダをお勧めしてくれたからそれに決めた。
商品をもらってすぐに一口齧り付くと、程よい砂糖の甘さが口いっぱいに広がってもっと堪能したくて目を閉じた。あー、幸せー。
そんなアマサダに夢中のオレにお姉さんの言葉が耳に入る。

「ハウさん、コウタさんとの全力バトルですね!応援してます!」
「…え?コウタ?」

オレ、コウタと戦うの?
揚げたての、ふんわりしたアマサダを少しだけ握り潰した。ちょっと熱い。同時に後ろが騒がしくなって振り返ると、約一年前、一緒に島を巡りポケモンリーグの天辺で強さを競い合ったオレのライバルであり、アローラのチャンピオンがリリィタウン入り口に居た。
沢山の人に注目され、囲まれた彼がこっちを向いて、オレと目が合って嬉しそうに手を振ってくる。

「あー、ほんとだぁ。来てたんだぁ。」

左の手で振り返して、オレも笑った。相変わらず凄い人気だなぁ。
口の中は甘いはずなのに、どこか苦い味がする。





ポケモンバトルは好きだった。

ポケモン達が一生懸命頑張ってる姿に燃えるし、成長が目に見えて分かるし、勝ったら嬉しい。負けたって次の糧になるから、いつだって発見があって楽しい。

けれどやっぱり限界ってあって、どうしても超えられない壁がオレにはある。最初はしまキングのオレのじーちゃんだった。
けれどそれよりも上の存在が島巡りを始めた時からずっと近くに居た。それがカントー地方からアローラにやって来た同い年の男の子、コウタ。

最初彼に負けても「あー、悔しいなぁー。」くらいだった。同じ駆け出しトレーナーで、ポケモンのレベル差もあまり変わらなかったからのもあると思う。次は勝つんだー!って心に誓って、ほぼ同じペースでキャプテンやしまキングを倒して、途中でグラジオとリーリエが加わって、エーテル財団?とか言うすっげーでっけー組織だって倒して。
楽しかったんだけど、その途中で気が付いたんだ。
「あれ?オレ、一回もコウタとのポケモンバトルに勝ったことないんじゃない?」って。

だから秘密の特訓とか沢山したよ。他地方のチャンピオン達の試合とかテレビに齧り付くように見たし、手持ちのポケモン同士戦わせたりもした。そんなことをしてたらいつの間にか島巡り中にじーちゃんに勝っちゃって、「よくここまで強くなりましたな!」ってお墨付きまで貰ってさ!あー、あれは本当に嬉しかったなぁー。

ククイ博士がラナキアマウンテンにアローラチャンピオンを決める施設を作るって知った時、絶対オレがチャンピオンになるんだって未来を思い描いたんだ。

…けど、今日までオレがコウタに勝ったことはない。
あのポケモンリーグの大舞台でアローラの頂点を決める争いまでしたのに、オレ、本当に本当に強くなったはずなのに。なんかあと一歩届かない。向こうはチャンピオン、オレは未だにただのトレーナー。

笛の音が響いてお祭りが始まった。じーちゃんによる開会の挨拶を適当に聞き流し、食べ終わったアマサダの包みをゴミ箱に捨てた。コウタは後から来ていたククイ博士とバーネット博士と一緒に談笑している。あ、コウタの足元に座ってる白いニャースは彼のお母さんの子だな。このままだと久々に島巡りの時の顔馴染みが集合しそうー。

ちょっと懐かしくなって自分からコウタの所へ駆け寄った。皆オレに気がついてそれぞれ挨拶してくれるのを簡単に返してからコウタに右手を差し出した。
それが握手の合図だと悟ったコウタが左手を出して、力強く握る。
久々の彼はどこか大人びた顔付きで、更に強さに磨きをかけてきた雰囲気が漂う。
オレの知らないものを沢山見て経験してきたんだと言われなくても分かる。

「久しぶり。」
「えっとー、半年以上会ってなかったよねー!元気ー?」
「元気だよ。ハウも元気そうで良かった。」
「オレ、今日は負けないからねー。」
「望むところだ!」

手のひらからピリピリと相手のやる気が伝わって武者震いがした。この試合前の高揚感は何度経験してもたまらない。ポケモントレーナーになって良かった、と、いつも思う。
けれど今日はそこで悦に浸っている場合じゃない。コウタの黒い瞳が鋭く光り輝くのを見て、小さく息を飲む。

オレは今日、勝てるんだろうか。誰にも言えない恐怖が足の先からじわじわと襲って来るのに気が付かないフリをした。笑って、笑って、ひたすら口角を上げていつも通り振舞った。

広場中央の土俵のステージでは催し物のオドリドリ達とそのトレーナーによるダンスや、オシャマリのシャボンの舞等の催し物がプログラム通り進んでく。どれもキラキラしてて、魅力的で、すっかり夜になっている事も皆忘れてた。オレとコウタは大トリを務める。一つの項目が終わる度、自身の緊張のメーターが上がってくのが嫌で今度は出店でカラサダを買った。コウタがサイコソーダを飲みながらオレに話し掛けてきた。

「ホウエンとかシンオウじゃ、ああやってポケモンの技の魅せ方で競う種目もあるんだって。」
「へぇー!すごいねぇー!」
「ハウはさ、他の地方とか興味ないの?」
「んー?考えたことないかなぁー。」

アマサダと違ったスパイシーなテイストに舌鼓みを打ちながらコウタの問に思考を巡らせた。グラジオやククイ博士達から他地方の話は聞くし世界は広いんだなぁって思った事もあるけれど、オレがアローラから出るなんて想像すら出来ない。

また一つ、ポケモンパフォーマンスの演目が終わり拍手が沸き起こる。コウタがお祭りのプログラムを見て声を漏らした。

「もう俺達の番だ。」
「…そっか。」

『Ladies and gentleman!』

舞台進行の放送が意気揚々と流れ、互いの検討を祈るように視線を交えながらオレらは立ち上がった。

『最後はメレメレ島が生んだアローラの最強トレーナー達によるポケモンバトル!カプ・コケコも乱入したくなる熱い試合をとくとご覧あれ!』

お祭りが今日一番盛り上がる。ステージの上に立って周りを見ると、思った通り沢山の観客に混ざってリーリエやグラジオ、グズマといった馴染みの姿が見えた。チャンピオンリーグでコウタと戦った時とはまた違う空気に飲まれないように深呼吸をした。

「では始めますぞ!使用ポケモンは一体!どちらも全力でぶつかる!我々をハラハラさせるのです!」

モンスターボールを握りしめ、願掛けをするように勢いよく投げた。この試合に誰を出すかさっきまで散々悩んだけれど、やっぱりここはこの子で戦いたいって思いが強かった。

「ゆけ!ライチュウ!」

ふわりと浮かぶ愛らしい丸みを帯びた小麦色のボディを稲妻型をした尻尾の先に乗せてライチュウが元気良く鳴く。ライチュウならきっと大丈夫。コウタのポケモンの事をよく知ってるはずだから。
その相手としてコウタが繰り出すは…。

「いっておいで!リザードン!」

バサリと翼を広げてリザードンが高く投げられたボールから飛び出して来た。
普通じゃ考えられないくらい経験を積んだ強者のオーラが見ただけで感じられる。

(始めて見る子だ。いつの間に?)

コウタの手持ちポケモンがオレの知っているのと違う。たったそれだけの事が、なんだかとてつもなく怖くなってしまう。
今のオレは、上手く笑えているだろうか。





コウタという友達が好きだった。

父親似という日焼けしても黒くならない肌、十一歳にしては肝が座っていて、優しくて、自然と皆を引っ張っるリーダー的存在。
アローラに来てすぐにカプ・コケコからZクリスタルを貰える程の素質には、じーちゃんも驚いていた。
そんな子と島巡り最初から友達になれたのはオレ自身すっげー誇らしいと思っている。

一年前もこのお祭りで彼と戦った。二回目のバトルがそうだった。じーちゃんも生まれた時から知ってるリリィタウンの皆も見てる中での敗北は、まだまだ初心者だから仕方ないと笑うにはちょっと辛いものがあった。同じ舞台、あの感覚はもう味わいたくない。

勝ちたい。今日こそはなんとしてでも。

「では、試合始め!」

じーちゃんが出した開始の合図と共にリザードンが眩い光に包まれた。Z技とはまた違う輝きに、会場がザワつく。
リザードンの姿が一回り大きくなり、頭の角も一本増えた。雄々しい遠吠えにライチュウが耳を下げて怯んだ。そりゃあそうだ、こんなの初めて経験するんだから。

「わ、わー!すごーい!それどうなってるのー?」
「カロス地方に伝わるメガシンカさ!」
「へー!オレ、はじめて見たよー!」

動揺している事がバレないように精一杯振る舞う。メガシンカ自体は聞いたことがあった。一定時間通常よりパワーアップ出来る特殊進化。
テレビで見るのとはまた違った、生の迫力にふくらはぎから足のつま先が震えた。それが武者震いなのか、恐怖なのか、よく分からない。

「でも、ライチュウ相手だとこっちも厳しいね!」
「ふふーん!どんな相手でも全力で行くよー!」

腕を交差させ、手首に巻きついたZリングをキラリと光らせた。ライチュウが電気を含んだオーラを纏い、高く浮かび上がる。もうさっきの臆病なライチュウはどこにもいない。
一撃で、キメる!

「ライトニング・サーフライド!」

アローラの海のような鮮やかなアクアブルーの稲妻を纏い、ライチュウが急降下する。それは夜空によく映える大きな流れ星の様だった。オレの勝ちたいという願いを背負い、リザードンに襲い掛かる!

「ブラストバーンで打ち返せ!」

その勢いを止めるかのように、三本の太い火柱が地面から吹き上がる。ヴェラ火山が噴火したらきっとこんなだろうと思えるくらいの大地の怒り。熱風がオレの所まで流れ込んで、立っているのがやっとだった。周りの悲鳴も炎によって掻き消されてしまう。
兎に角ライチュウが心配で、薄目を開けて空を見上げた。その時、かなり高い所に半月に照らされた黄色いポケモンが一体、じっとこっちを見つめていたのが見えて、ああ、ちゃんと俺らのバトル見に来てくれたんだね、って心の中で話しかけた。

どさり、重く柔らかいものが落ちた音がして、そっちを見た。ライチュウだった。
丸まった背中が一生懸命生きようと上下に動いてはいるけれど、再び立ち上がる気配はない。全体的に毛先が焦げた姿に胸が苦しくなる。心臓がうるさい。

「ライチュウ戦闘不能!リザードンの勝ち!」

…また負けた。相性なんて関係ないくらい、レベルの差があった。ライチュウを抱き抱えると、ライチュウは安心したように目を閉じた。様々な感情が頭の中で交差して、混乱して、涙さえ出てこない。ライチュウに謝罪の言葉を口にするも、声は掠れて口パクみたいになってしまった。

「久々に戦えてよかったよ。ありがとう、ハウ。」

コウタが目の前まで来てくれて、しゃがんでオレに手を出してくれたから力なく握手に応える。少しはコウタにオレの悔しさが肌を通して伝わっていればいいのに。
ねぇ、君は一体どこまでオレの先を行くの。
お祭りも、バトルも、コウタも好きだったのに今は辛いよ。

「うん、やっぱりコウタは強いね。」

やっぱり君は、オレから好きなものを奪い取るくらい強くて越えられない存在なんだね。
…嗚呼、そんな風に全部コウタのせいにしてしまうオレは。

オレ自身が嫌いだ。





「ライチュウは元気になりましたよ。」

ポケモンセンターでジョーイさんからモンスターボールを受け取った。まだ何か言おうとしてきたコウタを振り切りここまで来た。祭りのフィナーレの花火の音が聞えてくる。

「ありがとー!ライチュウもごめんね。また一緒に強くなろうね。」

ボールがカタカタと揺れる。こんなオレにまだ付き合ってくれるんだと思うとさっき出なかった涙が込み上げて、シャツの袖で乱暴に拭った。

「貴方も相当ストレスが溜まってるんじゃないかしら。鎖骨周りのリンパ腺をマッサージするだけでも気分って落ち着くものよ。やってみてね。」
「…あ、うん!わかったー!」

ジョーイさんに心配かけまいと、カウンターから離れた。ふと、カフェスペースが気になって吸い込まれるように席に座った。店主のおじさんが渡してくれたメニューを見て、エネココアを注文した。
ドンドン、花火の音が派手になっていく。おじさんが「見に行かないのか?」と言ってくれたのを笑顔で首を横に振った。

ピンク色のマグカップからほんのりと湯気が立つ。年中暑いアローラでも、冷房が良く効いたこの空感だからこそ温かいものが美味しかったりするんだ。
ふわり、ココアじゃなくてお花の香りが鼻腔を擽った。不思議なそよ風が頬を撫でてきて、カサカサしていた気分が急に和らぐ。なんだろうと後ろを向けばキュワワーがカラフルな身体のお花を揺らしていた。その傍にはリーリエ。

「フラワーヒールです。あ、あの、ハウさん元気無さそうだったから…。あれ?ポケモンの回復技って人にも効くんでしょうか?」
「あはは、ありがとう。元気になったよー。」

それなら良かったです、とリーリエはオレの右隣の席に座った。彼女の頭の上にちょこんと乗ったキュワワーは花冠みたいに可愛くて、金髪がより際立つ。

「コウタさ、凄かったよねぇ。」
「あのリザードンさんは最近バトルツリーでも戦っているのを見ます。こないだカントーチャンピオンのレッドさんからメガストーンを貰ったって聞いてました。」
「バトルツリーかぁ。あそこ、色んな地方のトレーナー達が居るんだよね?」
「ええ。コウタさん、色んな方といっぱい交流してますよ。」
「あは、なんかどんどん遠くに行っちゃう気がするよねー。」

カップの取ってを握る手に力が入る。リーリエはその整った顔をきょとんとさせてオレの顔を覗き込むように見つめてきた。流石のオレもちょっとドキッとして、仰け反るような姿勢になる。

「な、なに?」
「そうでしょうか。ハウさんもコウタさんもあまり変わらないと思いますが。」
「えー、嘘だぁ。だってリーリエも見たでしょ?さっきのバトル。」
「ハウさんもライチュウさんも十分強かったです!」

一番誰かから言って欲しかった言葉に、今度は悔しさじゃなくて嬉しさの涙で目が滲んできた。リーリエがくすくす笑ってロズレイティーを注文したから、お祭りはもういいの?と聞くと当たり前だと言わんばかりに頷いた。

「今のハウさんを一人にしてはおけません!」
「オレ、そんなに追い詰めてるように見える?」
「ええ、とっても!」

それはそれで精神的ダメージがあるんだけどな。エネココアを飲みながら、自分から何を話せばいいか分からずに床に届かない足をぶらつかせる。花火の音が止んだ。無言の空気を先に壊したのはリーリエだった。

「私、お二人が島巡りをしている時はトレーナーじゃなかったから、お二人共凄いなっていつも思ってました。ほしぐもちゃんを守ってくれるし、スカル団やエーテル財団に立ち向かえるって普通じゃ出来ないです。」
「ありがとう。」
「ほら!ハウさんは笑ってる方が何倍も素敵です!」

彼女は決してお世辞を言っている訳じゃない。素直に嬉しいし、ありがたい。
というか、こうして捻くれている時に傍に居てくれる友達なんて普通なかなかいないんじゃないかな。本当にオレって人に恵まれてるなー。
凹んだり、浮かれたり、この短時間でコロコロ変わるオレの忙しい感情をちょっとだけ客観的に考えて可笑しくなった。人に話を聞いてもらえるって凄い良いことなんだ。いつもオレの話を聞いてくれるのはポケモン達で、オレが悩んだりすると顔色を伺うように行動で慰めてくれるんだけど、それとはまた違うリーリエの態度が心地良い。

「一年前も皆の前でコウタに負けてさ、それから今日まで勝ったことが無くて。」
「はい。」
「オレ、前に、グズマさんにキャプテンになれなくても他の何かになって欲しいって偉そうに言ったのに。オレが未だに何にもなれてないから。」
「…。」
「コウタに勝てないのを理由に好きなものを嫌いになっていってさ。さ、最低だなって思ってたの。」

リーリエの真摯な態度といつの間にかカウンターの奥におじさんが姿を消したのも手伝って、少しつっかえながらも今の本音を吐き出していた。リーリエが推理をする探偵みたいに顎に手を当てて何か考えている。なんて返せばいいか困ってるのかな。

「私が何か言うより、もっと相応しい方がいます。」

ねっ!って、オレの方とは逆の方を見て言うリーリエの視線を追う。そこにはさっき全力バトルしたコウタの姿があった。またしてもフツフツと得体の知れない黒い感情が湧くけれど、悟られないように笑顔を作る。コウタは反対に真剣な顔付きだ。

「コウタさん、ちゃんと自分から言わないと。」
「うん、分かってる。」

リーリエが椅子から飛び降りて、両手で拳を作り肘を曲げる彼女特有のポーズ「がんばリーリエ」をバッチリ決めてポケモンセンターから出て行った。マグカップの中身は空っぽだった。

「ハウ、外に出ない?」
「…うん。」





コウタとこうして二人で歩くのは約一年振りかな。
えっとー、最後は何処だったっけ?あっ!コウタがチャンピオンになった後、ウルトラ調査隊のお手伝いした帰り道だ!
あの時、何を話してたかな。チャンピオンになれなかった悔しさは既に持っていたけど、コウタと同じようにオレもアローラのトップクラストレーナーとしてお手伝いを頼まれてたのが嬉しかったから、オレたち周りから見ても超強いんだねって楽しく話してたと思う。

そっか。あれからオレ達、なんだかんだで別行動をずっとしてて、一緒に時を過ごしたりして無いんだ。だから遠くに行っちゃったような気がしてたんだ。

来た道を戻る途中、お祭りが終わった後特有の寂しさを向かい風が運んできた。提灯の火も消え、人々が帰路に戻り、騒がしさも闇に溶けて何事も無かったかのようにいつもの夜のリリィタウンに戻っていた。
つい先刻オレらがバトルした土俵も静かにそこにあるだけ。

「ハウと久々に戦えて良かった。」

一歩先を歩くコウタが、前を向いたままそう言った。どことなく下がっていた顔を上げたけど、コウタは独り言みたいにそのまま続ける。

「ハウに勝てて、ホッとしちゃった。」
「コウタ…?」

コウタの肩が震えていた。泣きそうなの?と言いたい言葉を飲み込んで、続きを待った。

「バトルツリーにさ、グリーンさんっていう元カントーチャンピオンが居るんだけど。」
「うん。」
「チャンピオンになって、自分が一番強いって過信してたらすぐに隣にいたライバルに抜かされて、追いつけなくなるぞって言われたんだ。」
「うん?」
「実体験なんだって。詳しく聞いて、想像して、ハウが僕にとっていつかそんな存在になるんじゃないかって怖くなった。」

それってつまり、コウタはオレを恐れてるってこと?オレみたいに?
話を自分の中で噛み砕きながら頭を垂らし、ぐるぐる巡る想いと向き合う。コウタもまた、オレをきっかけに何かを嫌いになってたりしないだろうか。
そんな関係、望んでないのに。

「だから今日、お祭りでハウと戦えるって知ってハラさんに頼み込んだんだ。結果的には勝てたけど、そのうち逆の立場になるかもって思うとさ、勝っても嬉しいんだかよく分かんなくなって。ハウが強いのは僕が一番良く知ってるから。」
「…オレねー。」

コウタが右回れした足音が聞こえ、顔を上げる。多分、いつしかそれぞれの道を歩むようになって、交流も無くなってたから勝手にお互いすれ違って。本当は何も心配する事なんて最初から無かったんだと今までの不安の原因と解決策のピースがパズルみたいにハマっていく。

「コウタっていうトレーナーが大好きだよ。お祭りも、ポケモンバトルも!」

大好き。自分の唇と喉と肺を震わせ紡いだその言葉は、オレの心のプニプニした柔らかい所をプツリと突き刺す。捻くれた大嫌いなオレが何よりもオレに一番言って欲しかった言葉。それはコウタにも届いたみたいで、彼のぱっちりとした黒い瞳から大粒の涙が一つ地面に落ちた。

「僕は、」
「コウタはー?」

コウタと初めてあった日、新しい友達が出来るとオレは凄く嬉しかった。
今、あの時みたいに上手く笑えてるよね。

「ハウ。」
「んー?」
「バトル、しよっか。」

近くの家の明かりが消えて人工の光が周りから無くなった。この世界にはオレとコウタだけが存在する。
モンスターボールを掲げて、オレは言った。

「負けた方がマラサダ奢りねー!」





とっぷり夜が深まる中、オレは地べたに座って笑っていた。六対六の全力バトルは、誰がなんと言おうと今まで以上に夢中に最高で最強で。これ以上にないものだった。

「またポケモンセンターに行かなきゃなぁ。」
「この時間ってやってたっけー?」
「分かんない。いつも夜は寝てるもん。ハウ、回復道具足りる?」
「さっきげんきのかたまり皆に使った!」

疲れがピークに達して、汚れるのなんて気にせず寝っ転がった。星が一つ一つ個性を持って輝いていて、空がどこまでも高い。
この夜が、明けなければいいのに。
でもね、いくらそう願っても太陽は必ず新しい何かを運んで来る。それならいっその事、それを待たず先に自分から動いてしまおうか。

「コウタ。オレに何か言いたい事あるよねー。」

ゆっくり上半身を起こして、コウタを見た。この暗さでも分かるくらい白く煌めくキュウコンの身体に『すごいきずぐすり』を吹きかけながらコウタが戸惑うような声を一つ。オレが笑いかけると、覚悟したように言ってくれた。

「世界をもっと見たい、旅がしたい。」
「やっぱりー!そんな気はしてたよー。」
「今の子達を皆家に置いて、僕一人だけで。」

その発言はキュウコンも初耳だったのか、寂しそうに鳴いてコウタにくっつく。粉雪のような毛並みを丁寧に撫でてコウタは続ける。

「今行きたいのはガラル地方。バトルツリーには色んな地方出身のトレーナーが居るけれど、ガラルトレーナーだけはまだ会った事が無いんだ。」
「完全に未知の世界だね。でも、コウタらしいや。」

東の空はまだ黒い。

「コウタが帰ってきたらまたバトルしよーねー!オレ、その時はその…レッドさん?みたいに超強くなってるから!」
「あはは、ハウは有言実行タイプだから怖いなぁ。でも、負けないよ。」
「楽しみだなー!」

キュウコンをボールに戻したのを見届けて、今日はここでオレのケンタロスに顔と身体を埋めて二人で野宿しようと提案した。お互い家はすぐそこだけど、帰りたく無かったから。

朝が来たらオレ達はまた離れ離れになる。
今度は自分の弱い部分より強い部分にフォーカスしながら、切磋琢磨するために。
一体オレはどこまで強くなっちゃうんだろう。次、コウタとバトルする時はカプ・クケコも逃げ出しちゃうくらい凄いものになりそうだ。

考えれば考えるだけ愉快になる。こんな楽しくて真っ直ぐな人生を歩めるなんて幸せだな。

そう思えるオレは、オレ自身が大好きー!