Let's enjoy CARNIVAL!!

and find your own story ;)
「波音」「マスク」「神経衰弱」
「アローラー! 潮風に誘われ遊びに来たよー!」

 元気いっぱいに手を掲げて、ハウとライチュウがヨウの家にやって来た。メレメレ海の潮風はかなりお誘い上手らしく、こうしたハウの来訪は特に珍しいことでもない。ヨウが「アローラ! いらっしゃい」と彼らを家に招き入れると、ハウたちも慣れたもので「おじゃましまーす」「チュウチュウ!」と居間に上がった。ハウは通りすがりに寝そべっているニャースの頭をなでて、ぬにゃあーと鳴き真似をしている。たぶんあれがニャース語でアローラという意味なのだろう。

「見て見てー! いいものゲットしたんだー!」

 リュックをテーブルの側に下ろし椅子に座って、ハウが取り出したのは一組のトランプだった。ほら、と見せてくれた絵柄の面に描かれているのは、モクロー、ニャビー、アシマリや、にょっきりながーい首のナッシーなど、アローラではおなじみのポケモンたち。それぞれハイビスカスや青い海を背景にしたこの地方の雰囲気そのままのイラストで、中にはアローラ・フラを踊っているヤレユータンや、サーフボードに乗った白いロコンもいた。

「わー、可愛いトランプだね!」
「でしょー。早速ヨウと遊ぼうと思ってー、持ってきたんだー。」

 にいっと歯を見せながら、ハウはトランプの束をくる。滑りが良すぎてかえってカード同士くっつき、ちゃきちゃっちゃきと変なリズムを刻むのが、いかにも新品のトランプらしかった。

「いいね。何しようか?」
「うーん、じゃあー、メモリーやろう!」
「メモリー?」
「知らない? こうやってートランプを裏向きにして並べてねー、二枚ずつめくってくんだ。で、数字がそろったらカードを取れて、もう一回めくれるー。最後にたくさんカードを持ってた人の勝ち!」
「ああ、神経衰弱か。」
「へー、カントーではそう言うんだー。」

 よく知る遊びを指すなじみの薄い単語を、ハウは面白がって繰り返す。「しんけーすいじゃく、しんけーすいじゃく」と数回つぶやいた後には、裏向きになったカードがテーブル一面に散らばっていた。

「よーし準備オッケー! 順番決めよー。」
「ぬにゃあー。」

 ヨウの代わりに答えたのはニャースだった。さっきまで玄関の近くにいたのに、いつの間にかこちらにやって来ていたらしい。ニャースはヨウの膝の上に陣取ると、ヨウとテーブルのすき間からぴょこっと顔を出し、広げられたカードを眺めていた。

「おー、ニャースも一緒にやる?」
「ぬにゃあ!」
「えー、ニャースにトランプできるかなあ。」
「あははー、どうかなー?」

 首をかしげる二人に、ニャースは「できるよ」と言わんばかりにぬにゃあともう一鳴き。
 さらにテーブルの上に浮かんでカードが並べられるのを眺めていたライチュウが、ほとんど落ちるようにして勢いよくハウに飛びつくと、ニャースに負けないくらい元気いっぱいの声を上げた。

「うわわっ。ライチュウも一緒にトランプしたいのー?」
「チュウー!」
「えーっライチュウまで!? 大丈夫かなあ。」
「んー、まあなんとかなるんじゃない? ヨウん家に遊びに行くの、昨日の夜からずっと楽しみにしてたもんねー、ライチュウ。」

 ライチュウはハウに身体をすり寄せると、ご機嫌な鳴き声で答えた。
 それからハウは、カードをめくりながら二匹にゲーム内容を説明する。時々うなずくようなそぶりを見せて聞くライチュウと、ヨウの膝の上で耳をぴくぴく動かしてじーっとハウの手元を観察しているニャース。ポケモンがトランプのルールを理解できるかどうか定かではないが、そんな彼らの様子を見ていると、まあ細かいことは気にしなくていいかと、ヨウは肩をすくめた。

「じゃあ始めよっかー。まずは順番を……」

 とハウが言い終える前に、もうライチュウはテーブルの上に踊り出て、カードを一枚ぱたんとひっくり返した。「あー!」とハウがさけんでいる間にもう一枚。「ライチュウまだめくっちゃだめだよ」とヨウが言うのをバックグラウンドミュージックにして三枚目。表を向いたのは5、8、6のカードで全然数字はそろっていなかったのに、ライチュウはなんだかとっても嬉しそうな様子で高く歓声を上げながら、四枚目もぱたん、五枚目もぱたん。次々にぱたんぱたんぱたんぱたん……

「ぬにゃあーっ!」

 突然ニャースがテーブルの上に乱入した。とっさに抑えようとしたヨウの手をするんと抜け、ニャースは表向きになったカードに飛びかかる。あっちのカードにぴょんと飛び乗り、こっちのカードに大ジャンプ。ライチュウはますます興奮して片っ端からカードを返していく。

「ニャースっ!」
「ライチュウ、ストーップ!」

 二匹を止めようと、ヨウとハウは同時に身を乗り出した。ちょうどその時ニャースとライチュウがテーブル中央にそろっていたから、自分のポケモンを捕まえることだけに集中していた二人は、真ん中で鉢合わせて、ごっちーん! しこたま頭をぶつけてしまった。その拍子にハウはバランスを崩し、ライチュウを抱きかかえたまま椅子から派手に転げ落ちてしまう。どったーん!

「いったたた……ハ、ハウ! 大丈夫!?」

 仰向けにひっくり返ったハウのお腹の上でライチュウが楽しそうに手足をぱたつかせており、その下から「だ、だいじょうぶー」と苦笑いを伴った声が聞こえた。床には頭を打ちそうな物も置いていないし、とりあえずは無事だろう。ヨウがほっとして腕の中のニャースを見ると、ニャースは何枚かのトランプを手に持って満足そうな様子だった。よく見ると、それらのカードはすべて同じ数字が二枚ずつそろったペアになっていた。どうやらゲームの目的は理解していたらしい。

「なんだかすごい音が聞こえたけど大丈夫?」

 ヨウがハウを助け起こしているところに、お母さんが自室から出てきた。

「あらハウくん、いらっしゃい。」
「おじゃましてまーす。」
「ハウが持ってきてくれたトランプで遊ぼうと思ったんだけど、ちょっとポケモンたちの元気があり余ってて。」

 お母さんは、くしゃくしゃの髪を結び直しているハウを眺め、カードを抱えこんでご満悦のニャースを見つめ、「なるほどね」と笑った。それからテーブルの上に散乱したカードの一枚を手に取る。

「まあ、この絵柄すごく素敵ね。」
「でしょー! おれのお気に入りはねー、これー。」

 ハウがぱっと拾いあげて見せたのは、ピチューとピカチュウとアローラライチュウの三匹がそろったイラストだ。真ん中のライチュウがウクレレを持っており、あとの二匹が両脇で跳ねている。

「うん、とっても可愛いわ。」
「ライチュウが弾いてるウクレレのメロディが今にも聞こえてきそうでー、好きなんだー。」
「だったら本当に聞いてみる?」

 ちょっといたずらっぽく言ったお母さんの言葉の意味を、ヨウもすぐには理解できなかった。頭の上に「?」を浮かべる二人を尻目に、お母さんはいったん部屋に入ると、すぐに戻ってきた。手にしていたのは一本のウクレレ。

「じゃーん。」
「わー、ウクレレだー!」
「お母さんウクレレなんて持ってたの?」
「最近習い始めたのよ。」
「こないだはアローラ・フラを習い始めたって言ってなかったっけ?」
「それがね、フラをやっていると音楽にも興味がわいてきちゃって。」

 ぽろろんとウクレレを弾きながら、お母さんはフラの腰つきでゆらりと回る。それから「はい」とウクレレをハウのライチュウに差し出した。

「ここをこうしてはじくと、ほらっ、音が鳴るのよ。」

 ライチュウは早速お母さんを真似てウクレレを持つと、弦に手の先っぽを乗せる。びぃんっと音が鳴ったので、ライチュウは耳をぴんと立ててびっくりしたが、すぐに嬉しそうな様子でもう一度弦に触れた。びぃんっじゃらーんぽろろん!

「上手よ、ライチュウ!」
「すげー、トランプの絵とおんなじだー!」

 誉められてライチュウはさらに何度も弦をはじいた。それは楽譜も技術もないでたらめな演奏だったけれど、ヨウとハウはにこにこと手をたたき、お母さんは即興でフラを始めた。

「せっかくならお外で踊りましょうよ! ほら、ヨウもハウくんも!」

 お母さんに誘われてヨウもハウもライチュウも、ついでにニャースも、みんなそろって外に出た。
 ライチュウはウクレレを念力で持ち上げれば楽なことに気づいたようで、ふわふわと宙に浮かぶウクレレを、同じくふわふわと宙に浮かぶしっぽに乗ったまま弾く独特の演奏スタイルを取っていた。

「トランプの絵と違うけどー、これはこれで面白いねー。」

 ハウがくすくすとヨウに耳打ちした。
 だんだんウクレレに慣れてきたライチュウがメロディらしいメロディを奏で始めたので、お母さんも調子よくステップを踏んでいる。
 するとちょっと不思議なその光景に誘われて、その辺を歩いていた観光客やスクール帰りの子供たちが、なんだなんだと寄ってきた。

「ライチュウのウクレレおひろめ会なの! 皆さんもさあ、踊って踊って!」

 お母さんの声に最初に応じたのは、観光に来ていたノリのいいお兄さんだった。その次はニャースで、にゃっにゃっと歌うように声を上げながらお母さんの足元をくるくる回った。それを見ていたスクール生が

「よその地方のニャースだ。」
「しかも歌うニャースだぜ。」
「えーっ、歌ならあたしのポケモンだって!」

 とピンプクをボールから出したので、ぼくもおれもと赤白のボールが続けざまに舞い、キャモメにキャタピー、ヤングースが飛びだした。
 ライチュウの伴奏に、思いついたままの動きで踊るお母さんとお兄さん。ニャースとピンプクがそのリズムに合わせて歌うと、子供とポケモンたちはぴょこぴょこ跳ね回った。

「なんだかすごくにぎやかな感じになってきたねー。ヨウ! おれたちも踊っちゃおー!」

 ハウが手を引くので、最初は少し照れていたヨウも、なんとなく体を動かし始めた。そうしていったんはずみがついてしまえば、後はもうメロディとリズムが背中を押す。次第に体も温まってきて、ヨウはハウと「へへ」と笑み交わした。
 そんな二人の頭上で、ライチュウがぐるんと大きく回転して飛びながらウクレレの音色を降らせた。なかなかアクロバティックな奏者である。

「あたしもウクレレ弾いてみたいなー。」

 見上げてつぶやいたのはピンプクを出したスクールの女生徒で、観光客がそれに便乗した。

「あっ、俺もっす! せっかくアローラに来たんだし、どうせならもっといろんなアローラの楽器も見てみたいっすね。」
「そういうことならー。」

 ハウがぱっといいことを思いついた顔をし、「ちょっと待っててねー」とリリィタウンに向かってダッシュした。
 しばらくして戻ってきたハウは、ウクレレを二本持っていた。さらに後ろに連れているケケンカニには、何かを山のように抱えさせている。派手な羽飾りがついたハンマー状のもの、二本一組の竹棒、ひょうたんを加工した太鼓など、ヨウにはなじみのない物ばかりだったが、たぶんアローラの伝統楽器なのだろう。そんなにたくさん誰が演奏するのかと思ったら、ケケンカニの巨体の影から、リリィタウンの子供たちがひょこっと顔をのぞかせた。いや子供だけではない。仕事や相撲の稽古を終えた若い衆に、その連れのポケモンやしまキングのハラさんまで、ハウと一緒にやって来ていた。

「ずいぶん楽しそうな祭りが始まったと聞きましてな。我々も混ぜてもらえますかな?」

 そこからはもう、どんちゃんヒャララの大騒ぎ。
 ウクレレの持ち方を教えてもらった少女とお兄さんが、まずはとにかく右手を弦の上で動かしてみる。ぽろろんぽろろんと、これがなかなか上手い具合に二重奏になって、ライチュウも大喜びで演奏に加わった。
 ハウたちが持ってきたアローラの伝統楽器は、マラカスのように振ったり、地面や体に打ちつけたりして音を出すものだと、リリィタウンの青年が教えてくれた。アローラ・フラで演奏するらしい。

「アローラ・フラはポケモンと息を合わせるのが重要なんだ。見ててごらん。」

 彼は自分のカイリキーに大きなひょうたんの太鼓を持たせると、目を合わせてうなずいた。ひょうたんの中は空洞になっており、カイリキーが一打ちすると、ぽおん! と高らかな音を響かせる。それを合図にしてフラを始める青年。初めはゆっくり、徐々に激しく、青年の踊りと太鼓のリズムが交差する。
 四本の手を使って、ひょうたん太鼓を時に連打し時に持ち変え、とても人間には真似できない動きで音を奏でるカイリキーと、その響きに遅れることなく大地を力強く蹴り、たくみに腕や腰を揺らす青年のアローラ・フラに、ヨウはポケモンと心を重ねて戦うZポーズの源流を見た気がした。

「うわーお兄ちゃんとカイリキーかっこいい!」
「古式のアローラ・フラか。珍しいな。」

 スクール生が呼んだ友達や、通りすがりに興味を引かれた人もどんどん加わって、その人だかりがさらに人を呼んだ。
 楽器を借りた人やポケモンたちは、最初は思い思いの音を出していたが、だんだん周りと息が合ってきて、あっちで鳴らした太鼓の音に、こっちのマラカスがシャカシャカと応える。手に持った小石をカスタネットのようにかちかち打って合いの手を入れる人もいて、なんだかいよいよ本物のお祭りのようになってきた。
 誰がいつの間に用意したのか、ストライプやダマスク柄など様々な模様が描かれた三角旗のガーランドを、翼を持つポケモンたちがくわえて飛び、色とりどりの風船が宙を舞う。いや、あそこの紫は風船ではなくフワンテだ。
 道ばたの花を摘んで作った花輪を耳にかけてもらったフシギダネや、嬉しそうに風船を抱えているザングース。手持ちポケモンも野生ポケモンも、観光客も地元の人も、手に手を取って歌い、踊り、行進する。年齢も性別も生まれも種族すらも越えて、一期一会の相手と一度きりのセッションを楽しむ彼らに、難しい言葉は要らなかった。





「はあー、めっちゃ楽しかったねー!」

 一番道路はずれの砂浜に、ヨウとハウとライチュウは並んで寝転がっていた。心地よい疲れにくったりと身を預ける三人を、波音と潮風が優しくなでていく。
 見上げた空はすっかり夕暮れ色で、端の方はもう夜に染まり始めていた。視界を横切っていった三羽のキャモメは、きっと巣に帰る途中だろう。
 結局その後、楽器を鳴らし歌い踊る一団は、即興の祭りを楽しみながらリリィタウンまで移動した。到着したころには日もずいぶん傾いていたから、みんなで楽器を片付け、道の掃除をして、場はお開き。各人それぞれの日常に戻っていった。「次はいつやるの?」と子供に尋ねられたハラさんが「いつやりますかなあ」と笑ってヨウとハウのほうに目を向けるものだから、二人で困って頭をかいた。

「なーなー、ヨウー。」

 ハウがこちらに顔を向ける。

「明日もこれぐらい楽しかったらいいねー。」
「あはは、それじゃまるで毎日カーニバルだ。」
「うわーそれって最高ー! おれ三か月くらい平気で遊びたおせちゃうよ。大好きなポケモンたちと一緒ならさー。」

 ねー、とライチュウにほおずりするハウ。
 大好きなポケモンたちと一緒なら。ヨウもにっこり笑ってうなずいた。