妹がユンゲラーになりました

めたもんナイト
「波音」「マスク」「神経衰弱」
 一気に現実へとたたき起こしてくれたのは、大きな悲鳴だった。

「ふいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!?」
「んがぁっ!?」
「きぃっ!?」

 マンキーがハンモックから転げ落ちる。床に落ちたマンキーに追い打ちをかける形でタケルが落下する。「きぐぶっ!」っとマンキーは可哀想な声を上げた。タケルは状況を察するや否や、素早く飛びのく。

「マ、マン、キー?」

 ゆらり。マンキーが立ち上がる。
 眼が据わっていた。

「お、落ちつけマンキー。これは事故だ! そうだろ?」
「ききぃ……」

 タケルが必死に弁解した。一人と一匹の間に、緊張が走り――マンキーが飛びあがった。

「ききー!!」

 マンキーが雄たけびを上げる。タケルは扉へダッシュした。

「ふいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 ぴたり。一人と一匹の動きが止まった――強力なサイコキネシスによって。タケルは身を任せて浮かんでいるが、マンキーは怒りでいまだジタバタしていた。

「ミコ! タケル!」

 子供部屋の扉が開け放たれる。飛び込んできたのはタケルの母だ。ぷかぷか浮かぶタケルとマンキー、そして――タケルの妹であるミコのベッドで、なぜか呆然としているポケモンが一匹。黄色っぽい体に、これまたミコのパジャマを着ている。尻尾にはミコ愛用のピンクのリボン。母親は困惑しつつも、即座にタケルとマンキーを回収した。

「ミコはどこ!? 何者っ!?」

 キッとポケモンを睨みつける。ポケモンは泣き出した。

「えっなっなんで泣くのよ! 泣いたって駄目よっ! どうせまた、あの子のエスパー能力を狙ってきた悪党なんでしょ!!」
「母さん母さん」

 右脇に抱え込まれたタケルが服を引っ張る。

「なによ!」
「いじめは駄目だぜ。泣いてるじゃねーか」

 うんうん、と左脇に抱えられたマンキーも頷く。パッと母親は両手を離した。タケルとマンキーが顔面から床に落ちた。

「そんなに言うならタケル、あんた聞きなさい」
「えええー……」

 タケルは心底嫌そうな顔をする。横目でポケモンを見ると、まだ泣いていた。結構怖い顔したポケモンの癖に、なんて女々しい奴だ。タケルは思った。よく見かける黒尽くめに目出しマスクとか、いかにも悪党っぽい見た目で「ふははははー!!」とかべらべら喋ってくれればやりやすいのに。
 咳払いをひとつ。用心しながらポケモンに近づく。タケルの服の裾をつかみながら、マンキーも近づいた。

「あー、もしもし?」
「きぃー? ききぃ?」
「ふ、ふでぃ……ふいいい……」

 会話を試みると、ポケモンは泣きじゃくりながらもぽつぽつ話し始めた。

「きき? ききー? ききき?」
「ふいいい! ふいいいいいん!」

 盛り上がりを見せる2匹。事情を理解したのか、マンキーが真っ青になる。タケルを見つめ、身ぶり手ぶりで説明しだす。

「ききー! ききききき! ききき!」

 マンキーの説明にタケルは相槌を打ちながら真剣に聞き入った。マンキーとポケモンが顔を明るくした。タケルはフッと微笑むと――

「何言ってるのか全く分からんっ!」

 こぶしを握って叫んだ。
 マンキーとポケモンがこけた。

「ききー!!」
「ごっふ!?」

 マンキーの右フックがさく裂した。

「漫才やってる場合じゃないでしょ! こうしてる間にもミコが……! ミコ!!」

 母親は真っ青な顔で叫ぶと部屋を飛び出した。数分もしない内に、完全な旅装束ルックで舞い戻る。腰のボールの中ではトレーナーと同じく、ポケモンたちが怒りに燃えていた。

「母さんはミコを助けに出かけるから、ユンゲラーの尋問は任せたわよ! 何かわかったらすぐにポケナビに連絡しなさい!」

 母親がポケナビとモンスターボールをタケルへ放る。そのままミコの名前を叫びながら家を飛び出していってしまった。

「うーむ。犯人の身が案じられるな」

 見つかり次第ボコボコにされるに違いない。ひとまず、タケルはポケモンに向きなおった。ベッドから落ちたせいかずきずきとする頭に顔をしかめる。

「お前ユンゲラー?」

 ポケモンは首を横に振った。

「じゃあ何?」
「ふでぃっ!」

 ポケモンがきょろきょろしだす。机の引き出しが勝手に開き、中からポケモン大百科が飛び出した。

「あっ! おれの百科事典!!」
「ふぃー!!」

 宙に浮いた百科事典のページが高速でめくれる。あるページで止まると、タケルの眼前に突きつけられた。

「『ユンゲラー ねんりきポケモン……』ってお前やっぱユンゲラーじゃん」
「ふでぃ!!」

 ユンゲラーは「続きを読め」となおも百科事典を押し付けてきた。
 ――体から特別なアルファ波が出ている。
 ――そばにいると頭痛がしたり、機械を狂わせたりする。
 ――超能力少年が……
 タケルは、ある説明文に目を止めた。

『ある朝のこと。超能力少年がベッドから目覚めると、ユンゲラーに変身していた』

「お前……まさか」

 ――タケルの妹、ミコは生まれつきの超能力少女だ。
 力を狙って来る悪党ども数知れず。超能力でぶっ飛ばすこともあるが、年々強まる力の制御をミスって街も一緒にぶっ飛ばしてしまうこと。仕方なく、一家で町や村を転々としながら生活していたのだが……。
 ごくり、と唾を飲む。

「ミコ?」

 掠れた声でタケルは問いかけた。ユンゲラーが頭を縦に振った。だがまだ、到底信じられない。タケルは少し考え、ぴっと指を一本立てた。

「第一問!」
「ふでぃ?」
「ミコ5歳の誕生日プレゼントはなんだ?」

 ふわり。部屋に飾ってあったピカチュウぬいぐるみが浮かび上がった。

「第二問! ミコは何歳までおねしょしていた?」
「ふでぃー!!」

 タケルは殴られた。

「第三問! 昨晩やった千里眼・透視眼・超直感・読心禁止かつ目隠し耳栓つき神経衰弱の勝敗結果は!?」
 「そんなに制限付けるなんてずるい」とタケルは昨晩言われた。譲らなかったが。
「ふでぃ!」

 ユンゲラーが超能力で筆記用具を浮かせる。ノートに書かれた勝敗はすなわち――ミコの完封勝利。ユンゲラーはどや顔だ。

「得意そうな顔すんな! お前がサイコメトリーでカードの残留思念読み取るとか卑怯極まりない技使いやがったからだろーが! 次やる時は禁止だ禁止!」

 抗議するタケルにユンゲラーが鼻で笑った。タケルは腹立ちまぎれに百科事典を床にたたきつけた。
 クイズは――答えなかったものもあるが、ほぼ正解だ。ひとまず信じるには十分だった。

「お前が仮にほんとーにミコだとして……どうやって元に戻すんだ?」
「ふぃ」
「その様子じゃあ、お前にはわかんないんだな」

 ユンゲラー改めミコがしょんぼりと肩を落とす。

「とりあえず母さんに連絡しとくか」

 タケルはポケナビを手に取った。反応しない。肩をちょんちょんとマンキーがつつき、百科事典を見せた。

「えーっと、『精密機械を狂わせることが……』おいざけんな」

 ミコを待たせて、タケルは台所で電話をかけた。

『何かわかった!?』
「いや……母さん、あのさ……このユンゲラーが、ミコみたいなんだけど」
『は?』

 母親が素っ頓狂な声を上げた。

「あー、だからね。ミコはさらわれていないんだ。だってここにいるユンゲラーがミコなんだから」
『タケルくん。常識的に考えて、人間がポケモンになると思うかなぁ?』
「思わないけどさぁ……」

 実際になってしまったものは仕方がない。電話口から、深い溜息が返ってきた。

『けどもしかしもないの! ならんもんはならんっ! もう……母さんはミコを探すから、あんたはユンゲラーを逃がさないのよ!』
「でも――うっ! 切れちまった……」

 タケルは困った。部屋に戻ると、ユンゲラーがまたしくしく泣いていた。マンキーがよしよしと同情気味に背中をさすっていた。これだけ悲しそうに泣かれたら、嘘か本当かの前に、信じてやらないとタケルの良心がちくちく痛む。
 それに万が一、億が一、ミコが本当にユンゲラーになってしまった、という可能性もあるんじゃないかとタケルは思う。 その場合、突然ユンゲラーになって途方に暮れている妹を問答無用でぶち倒し、尋問したタケルは極悪非道の兄貴という扱いになってしまう。

「母さんは頭っから信じてくれないし……誰か、ポケモンに詳しい人に訊くしかないのかなぁ」

 ポケモンに一番詳しい人、といえばオーキド博士だ。まさか近所の物知りばーさんに聞いたところで、ポケモンになった人間を元に戻す方法なんて知らないだろう。問題は、タケルがオーキド博士の住所もポケナビ番号も知らないという事だ。葉書を出しても良かったが、そんなに長くミコをこのままにしておくのは不憫すぎた。

「あ、そうだ」

 タケルはぽんと手を打った。オーキド博士のポケモン講座が、毎週水曜日にラジオで流れている。ラジオ放送の時間に行けば会えるかもしれない。カレンダーを見ると、今日がちょうど水曜日。今から飛んで行けば、昼までにはコガネシティに着く。

「ミコ。……なんかユンゲラーをミコって呼ぶのは変な感じがするなぁ……オーキド博士に会いに行こうぜ。何か分かるかもしれない」
「ふでぃ?」
「ラジオ塔だよ。フワライドに掴まって行こう」
「ふでぃ!」

 ミコが頷く。タケルはマンキーをボールに戻し、ぽつりと呟いた。

「お前、モンスターボールに入るのか?」
「ふでぃっ!」
「いってぇ!」

 銀のスプーンが飛んできた。

「何々……“あたしはポケモンじゃなくて人間! どーしてモンスターボールに入らなきゃならないの!”って?」
「ふでぃっ!」

 ノートに書かれた言葉を見せながら、ミコはぷんぷん怒る。

「だってお前、今体重が50キロ以上あるんだぞ。人間だった時ならともかく、おれとお前でフワライドに乗ってくくらいだったら、走ってコガネシティ目指したほうがまだマシだってもんだぜ」
「ふでぃ……」





「あれがラジオ塔か」
「ふでぃん」

 タケルたちはコガネシティ上空までやってきていた。ミコは結局、モンスターボールには入らなかった。仕方なく、ぷかぷか浮かぶフワライドを追いかけてサイコキネシスで飛んできたのだが。

「疲れきってんじゃねーか」
「ふでぃ……」

 ラジオ塔の付近に着地するなり、ミコはその場に座り込んでしまった。タケルが呆れる。

「だからモンスターボールに入れって言ったんだよー」
「ふでぃ! ふでぃ!」

 ミコはかたくなに首を横に振る。行きだけでこんなんなるくらいなら、帰りはどうするつもりなんだ。タケルは今から心配でならなかった。

「結構時間かかっちゃったな……やべっ! 時間は!?」

 太陽が大分高い。タケルは慌ててポケナビを取り出した。ポケナビの液晶は真っ暗だ。壊れてることを思い出し、痛む頭を押さえながらがっくりした。

「しまった……しかたねー、急いでラジオ塔に行くぞ! ミコ!」

 タケルはミコを引っ張り、ラジオ塔に入った。

「ごめんなさいねぇ、ぼくたち。博士はお仕事中なの。会うことはできないわ。会いたいならちゃんと約束してから会いに来るのよ? 分かったかなぁ~?」

 ぺいっ。
 ラジオ塔から放り出された。

「なんだよー! 博士と約束って……博士のポケナビ番号なんてしらねーよ!!」
「ふでぃいいん!!」

 博士どころか受付で放り出されて、タケルは叫んだ。正面はダメそうだ。仕方なしに人目につかない場所まで移動し、テレポートで侵入する。倉庫になってる部屋にテレポートすると、タケルは頭痛がより強くなった気がした。

「う゛ー……」
「ふでぃ?」
「ちょっとな……それより、オーキド博士を探そうぜ」

 ミコが意識を集中する。時を置かずして、ぱちりと目を開いた。

「ふでぃ」
「おっ、見つけたのか。じゃあテレポートだ!」
「ふでぃっ!!」

 痛む頭を押さえつつ、タケルはミコに掴まる。瞬く間に景色が一変した。鏡や小道具のたくさん置かれた部屋――オーキド博士の控え室だ。

「なんじゃお前ら!?」
「えっ!?」

 声の方をタケル達が振り向く。驚いた顔のオーキド博士とクルミちゃんがいた。

「テレポートか? ……って、待てユンゲラーじゃと!? い、いかん!」
「えっ!博士!?」

 オーキド博士は慌ててポケットからポケナビやら図鑑やらを引っ張り出して遠くへ放り投げた。

「悪がきどもがっ! 勝手に入ったら駄目じゃろ!!」
「でもおれ達博士に用があって……!!」
「博士! クルミちゃん! どうしましたか!」

 慌てたスタッフがどやどやと飛び込んできた。博士はぎょっとすると、タケル達とスタッフの間に――というより、ミコをスタッフから遠ざけるように割り込んだ。

「ユンゲラーに機械を近づけてはならーん!!」
「え? え?」「なんですか!?」「ユンゲラー?」

 スタッフ達が足を止めた。その隙を狙い、タケル達は博士に飛びつく。

「テレポート! 出来るだけ遠くへ!!」
「なんじゃとー!?」
「ふぃいいいいいいん!!」

 ぐるり。景色が一変する。

「でぇっ!?」「ふぃ!」「ぬおっ!?」

 テレポートするなり、冷たいコンクリートの上に落ちた。着地した場所は前後に長く、暗い通路が続いていた。コガネシティ――地下通路だ。

「あ、あいててててて……」

 博士が腰を押さえて呻く。着地した時に打ったようだ。

「大丈夫ですか?」
「ふでぃ?」

 博士がタケルたちを強く睨む。タケル達も流石に、びくっと後ずさった。

「大丈夫じゃないわいっ! あいてて……君たちはなんなんじゃっ!」
「ふ……ふでぃ! ふでぃっ!!」
「怪しいもんじゃないですっ!」
「どっからどう見ても怪しいわいっ!」
「おれ達は博士に訊きたい事があって来ただけですっ! 悪気があったわけじゃないんだよー!!」
「訊きたい事?」

 博士は胡乱な眼でタケル達を見据える。及び腰になりながらも、タケルは必死に言いつのった。

「そーですっ! ポケモンに詳しい博士なら知ってるかと思って! ユンゲラーになった人間を元に戻す方法って知りませんか!?」
「……君はわしをからかっておるのかね」

 博士はさらに疑惑を深めたようだ。

「ふでぃ! ふでぃ!!」

 今度はミコが博士へ訴える。ポケモンには弱いようで、少しだけ表情が和らいだ。

「……そのユンゲラーが元人間とでもいうのかね?」
「妹のミコです」
「ふでぃー!」

 博士がじっとミコを見つめた。ため息をついて言う。

「……仮に、ユンゲラーが元人間だと信じるとしよう。君はミコくんを元に戻す方法が知りたいと言ったな」
「はい」
「わしには、元に戻す方法は分からん」
「え!?」
「ふでぃ!?」
「前例がない。出来るとすれば、それこそ伝説級のポケモンじゃろう」
「そんな……」

 頭が痛い。鳴りやまない頭痛が、タケルの頭を締めつける。博士の言葉がずんと重くのしかかる。頭と同じくらい、胸に重いものが乗っかったような気分だった。

「うう、む……」

 ふと、タケルは妙なことに気がついた。博士も“まるで頭が酷く痛むかのように”押さえている。

「博士?」
「う、む……ちょっと耳を貸しなさい」

 厳しい表情で博士が言い、タケルは耳を寄せた。博士はちらりとミコを見る。

「頭が酷く痛むのではないか?」

 博士の言うとおりだった。だんだんと頭痛は酷くなってきている。タケルは最初、気のせいかと思っていたのだが――もしかして、博士も頭が痛いのだろうか?

「ミコくんがユンゲラーに変身した影響じゃ。ユンゲラーは強いアルファ波を発しておって、周辺の精密機器を狂わせたり、頭痛を引き起こしたりする」
「じゃあこの頭痛の原因は……」
「しぃっ! ミコくんに聞かれてはならん!」

 博士が叱責する。二人でミコを窺うが、ショックでうつむいたままだ。聞こえていなかったらしい。ホッと胸をなで下ろす。

「どうにかならないんですか?」
「ボールに入れるしかない。嫌かもしれんが……」

 博士は白衣を探ると、空のモンスターボールをタケルに手渡した。確かに、今も頭痛は続いている以上、仕方がない。タケルはうつむいているミコに近づいた。

「ミコ」
「……?」

 ミコが顔をあげる。目から流れた幾つもの涙が頬を伝う。モンスターボールを見て、大きく目を見開いた。

「だ、大丈夫だよ。ちょっと入るだけだ。あとでちゃんと出してあげるよ」

 じりっ。ミコがタケルから距離をとった。表情には強い脅えが見え隠れしている。まずい。タケルの首筋に冷たい汗が流れる。ミコは何か勘違いしている。
 ――おそらく、“タケルが自分を捕獲しようとしている”と思っている。

「ふでぃっ!!」
「ミコ!」

 タケルが手を伸ばす。掴む前に、ミコはテレポートで姿を消した。タケルはオロオロしながら博士を振り返った。

「どっどうしよう!」
「ひとまず連絡を……って、ポケナビおいて来たんじゃったああああああああああ!?」

 博士が頭を抱えて絶叫する。タケルと博士は急いで――といっても、博士は腰が痛くて動けないので、フワライドが乗せて飛んだ――地下道を出て、そこらのトレーナーからポケナビを貸してもらい、ラジオ塔に連絡をとった。博士の指示により、緊急放送がコガネシティに流れる。

『――コガネシティ付近でユンゲラーを見つけた人はただちに保護してください。ラジオ塔へお願いします。特徴は尻尾についたピンクのリボンで……』

 すべての放送が切り替わり、コガネシティに響き渡る。博士をポケナビを貸してくれた人に預け、タケルはフワライドと共に上空へと上がった。コガネシティは大きく、入り組んだ都会の街だ。ミコを見つけるのは時間が――

「いたぞー!」「ユンゲラーだ!」「追いかけろ!!」「まわりこめ!」「俺が捕まえるぞ俺がっ!!」

 ずるっ。

「めちゃくちゃ見つかってんじゃねーかっっ!!」
「フワー」

 思わず突っ込んだ。眼下のコガネシティではミコがあっちこっちでテレポートしたり、サイコキネシスでトレーナー共々ポケモンふっ飛ばしたりと、派手に動き回っていた。

『ユンゲラーの保護にご協力お願いします! 最初に連れて来た方には何と! クルミちゃんのサイン入り色紙をプレゼントオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ずごっ。
 フワライドとタケルはビル壁と激突した。

「なにやってんだあああああああああああああああああああああ!!」
「ふわー!!」

 これでは見つかる見つからない問題以前に、ミコの身が危ない。タケルは急いで騒ぎの中心地――ポケモンやトレーナーが群がってる場所に突っ込んだ。

「ふでぃっ!」

 見つかる。だがミコはタケルを見とめると、すぐにテレポートで逃げ出した。

「むこうだ!」「逃がすなっ!」「クルミちゃーん!」「一斉にかかれー!」「邪魔をするな!!」「どけどけっ! サインは俺のもんだっ!」

 しかし、どこへ逃げても追いかける人々の声ですぐ分かる。ミコ自身、気が動転していて上手くテレポートできないのかもしれない。死屍累々と転がるトレーナーやポケモンをよけながら、タケルは再度上空へ舞い上がった。ミコを上空から見つけると、再び急降下する

「ほほほほほ! 私のソーナンスちゃんの“影踏み”からは逃げらぶべっ!!」
「ミコっ!」

 落ちてきたタケルの足がクリーンヒットし、高笑いしていた女性が倒れる。心の中で謝りつつ、乗り越えてミコへ駆け寄った。ソーナンスの特性“影踏み”――ミコはこちらを睨みつつも、動けない。

「覚悟っ!」
「っ!?」

 追いついたトレーナー達が技を放った。ミコの眼が光る。全ての技が軌道を捻じ曲げられ、他のトレーナーやポケモンに襲いかかった。悲鳴。ぎりぎりと痛む。
 ――頭が、痛い。
 強く痛む。比例して、ミコの超能力も強まっていく。

「ブースター、火炎放射だ!」「ギャロップ、火炎放射よ!」

 肩で息をするミコに、別方向から二つの火炎放射が同時に襲いかかった。

「フワライド!」
「ふわー!!」

 シャドーボールが放たれる。同時にタケルは走り出した。視界の端で、シャドーボールと火炎放射がぶつかり合う。タケルの目に、驚いたようなミコの顔が映った。そのままミコを押し倒す。肌を焦がすような熱波が迫った。

「ふでぃっ!?」
「伏せろっ!!」

 倒れこんだタケル達の頭上を火炎放射が通り過ぎた。

「ふ……ふでぃっ!」
「逃げ――ちっ! ソーナンスが――くっそ! マンキー!!」
「ききー!!」
「からてチョップだ!!」
「そーなんす!?」

 素早く起き上がり、タケルはマンキーを繰り出した。雄たけびを上げ、マンキーはソーナンスに躍りかかる。フワライドがタケル達を守るように飛んできた。

「そこのクソガキどきなさーい!!」

 頭に足跡をつけた女性が青筋を立てて叫んだ。殺気立ったトレーナーとポケモン達が取り囲む。ミコがタケルの肩を引いた。横目で見ると、困惑したような顔をしていた。腕を振り払い、タケルは怒鳴る。

「誰が退くかあほ!! 死んでもどかんわぼけー!!」
「ききー!!」
「ふわー!!」

 マンキーとフワライドも同意する。周りのトレーナー達がどよめいた。今攻撃すれば、タケルにも当たる。息も荒く睨みを利かせるタケルの腕を、もう一度ミコが引っ張った。

「だからっ! 誰が――え?」
「ふでぃ」

 ミコが頭を垂れていた。
 ――“捕まえてくれ”というように。
 一瞬、何をいっとるんだこいつは、とタケル頭が真っ白になった。

「はーい、そこまでそこまで!」
「!」

 聞き覚えのある声がした。バッと振り向く。そこには、母親と――

 ――ミコ(人間)がいた。

「えっ」
「きき?」
「ふわー」
「……!?」

 全員が硬直した。





「つまり、強い暗示をかけたのよ」

 ポケモンセンター、治療室前。
 ミコ(偽)改めユンゲラーは治療室の中だ。波音のヒーリングミュージックに包まれつつ、ラッキーとジョーイさんが暗示を解いている。

「ユンゲラー自身が“自分はミコだ”って思いこむくらいの強い暗示。元々、“シンクロ”があるし、不可能ではないわ」
「そうすると、あのユンゲラーは正真正銘……」
「そう。ただのユンゲラーです」

 博士ががっくりと肩を落とした。

「夜中にミコとすり替えて、後は私と息子が勘違いしてくれるのを待つだけ。恐ろしい計画だったわ」
「いくらなんでも、あたしがポケモンになるわけないでしょーが!」

 本物のミコが怒り、タケルはがっくりと肩を落とす。母親も呆れ顔だ。

「だから再三言ったでしょう。“そんなアホな話あるかっ!”って。本当に、ご迷惑おかけしました、博士」
「いてぇいてぇって!」

 母親が頭を下げつつ、タケルの頭をぐいぐいと下げる。ミコもぺこりと頭を下げた。博士は疲れた顔をしつつ、苦笑いした。

「まぁ……タケルくんもミコくんを助けようと必死だったのじゃろう。いささか、いやかなり、やり方に問題はあったが」
「博士を誘拐するわ、コガネシティで大騒動起こすわ……明日は新聞一面間違いなしね、お兄ちゃん」
「うるせー!!」

 からかい気味に言ったミコにタケルは半泣きで叫び返した。

「ま、一応……ありがと」

 ぼそりと、ミコは小さい声で付け加える。タケルがそちらを向くと、ふいっと顔を逸らしてしまった。

「そうね、守ろうとしたことだけは褒めてあげるわ」

 母親も片目でウインクする。

「だけはってあんだよ……っと、そうだ母さん、ユンゲラーはどうなんの?」
「そうねぇ……トレーナーは今頃お縄だし」
「良ければ、うちの研究所で引き取ろうかと思うのじゃが……」
「よろしいんですか?」
「うむ」

 博士と母親の会話に、タケルは複雑な顔をする。
 嘘とはいえ、ユンゲラーある意味で本当に“妹”だったのだ。治療室の中のユンゲラーは、眠っている。
 ――眼が覚めれば、すべては夢だ。

「お兄ちゃん」
「なんだよ」

 迷うタケルの顔を、ミコが覗き込む。見慣れた方の妹の顔。どうせテレパシーで、自分のもやもやする心中もお見通しなのだろう。すべてを見透かした眼が、細められる。

「あたしも“妹”欲しいなー。なーんて」

 ミコが言った。タケルの背中を、ぽんと押す。やれやれ、敵いそうにない妹がまた増えるな、とタケルは思った。

「あのさ、母さん、博士――」

 ユンゲラーが博士のもとに行ったのか、どうかは――たぶん、未来予知するまでもない。