Scherzo frutto dell'albero

ヴェルデ
イラスト
編集済み
 体にひんやりとした風が当たった途端、妙に暗かった視界が急に何かを取り去ったかのようにさっと明るくなる。その眩しさに一瞬目を細めた後、俺は眼前に広がる光景に息を飲んだ。
 灰色の雲がまだチラホラと見えるが空は美しい青色で、雨上がりなのか大きな虹も架かっていた。俺の周りには雨が降っていたことを証明するように、濡れた葉や黄色い実……形からして恐らくオボン……が少し冷たい風に揺れている。
 遥か下の方には地面らしきものが見え――いや、そんなものは俺には見えない。見たくない。見たら足が震えて、ここから一歩も動けなくなる。現実を認めてしまったらこの美しい景色にサヨナラを告げ、暗い世界とアゲインすることになってしまう。
 必死に地面から視線を逸らし、そんなことを考えていると上の方から滴が落ちて来た。突然の冷たさにびくりと体を震わせながら上を見ると、そこには青空の半分を埋め尽くす大きな葉。雨が降っている時にはその大きさを借りるかもしれないが、晴れている今は美しい空を隠す邪魔者でしかない。
 手を伸ばし、葉をどかそうとしだが――できなかった。葉の大きさに騙されてかなり近くに見えているが、実は結構遠いということではない。俺の勘が、この葉は容易にどかせることを告げている。

「何で手が届かないんだ……?」

 不思議に思い、手があるだろう場所に視線を移した。しかしそこに俺の手は存在せず、見えるのは葉やオボンだけ。首を傾げながらも視線を上へとずらしていくと、手というよりも腕そのものが見えない。
 一体何が!? と一瞬パニックに陥り、腕をぶんぶんと振り回しかけて気が付いた。見えなくても、腕を動かしていることはわかるし、手を握ったり開いたりすることもできる(やはり見えないから、何となくその動作ができているのがわかる、という程度だが)。どうやら見えないだけで、体のパーツが消えているわけではないみたいだな。あ、肩は元からないに等しいから無視するけど。
 視界から入る情報をフル活用してわかったのは、今の俺は手も足もない入れ物か何かに体をすっぽりとおさめられているらしい、ということだった。その証拠に、足を動かしているつもりでも視界に僅かに映るのは、黄色くて丸みを帯びた入れ物だけ。
 そうか。だから、あの恐怖の光景を目にしても、震えで視界が揺れなかったのか。いつもはそれで絶景もあってないようなものだったから、助かった――、

「じゃねぇ!!! 何で俺、こんなよくわからんやつに入れられているんだよ! 一体どういう罰ゲーム!? それとも今まで類を見ないほど、すごく手の込んだドッキリ!?」

 わあわあ騒いでいると、体の振動が伝わるからか入れ物もゆさゆさと揺れる。それに合わせて頭の一点が引っ張られるような感覚を覚えた。どうやら頭は入れ物から出ている状態だが、何かがついているらしい。入れ物が揺れる度に、その何かは必死に俺を元の位置に戻そうとしている。さしずめ俺の命綱といったところか。
 そう考えて、それもそうかと思う。体が入れ物におさまっているのなら、俺はとっくに地面さんとお友達になり、ただ空を見上げてぽけーっとしていることだろう。ありがとう、命綱。頼むから切れないでくれよ。
 見えない命綱にそうお願いしていると、七色の橋の向こうに小さな影が見えた気がした。見間違いかと思ったが、それはだんだんと大きくなり鮮やかな色をつけてくる。やがて姿がはっきりと見えるようになり、俺は思わず見惚れてしまった。
「わあ……」
 それはとても美しい鳥だった。全体的には夕焼けのような色をしているが、翼の端は鮮やかな緑色をしており、トサカや尻尾(?)の部分などは黄金に輝いている。羽ばたいた時にたまに落ちる羽は七色の輝きを放っており、掴めないとわかっていても手を伸ばしたくなった。
 ぽけーっとしながらも鳥の美しさをあれこれ褒めていると、いつの間にか距離がかなり近くなっていたらしい。羽ばたきから起こる風をモロに喰らい、入れ物が大きく揺れる。それに合わせて命綱が必死に働いているが、頭が引っ張られてものすごく痛い。これ以上揺れたら切れてしまいそうだ。
 姿はもう十分に堪能してお腹一杯だから、さっさとどっかに行ってくれ。鳥に心の中でそう頼むが、声に出さないものはどう頑張っても聞こえるわけがなく、一向に去る気配は見られない。
 だったら俺が出せる限りの大声で――と思った時、ぶちりと何かが切れるような音と共に頭に鈍い痛みが走った。あ、と思う間もなく入れ物は重力の法則に従い落下を始め、地面が両手を広げて俺を歓迎しようとしているのがわかる。
 地面よ、お前は俺を歓迎しようとも、俺はお前を歓迎することはできない! 特に、今のように何もできない状態で、上から落ちている時にはな! あ、最初から地面に足がついている時は歓迎するので、態度は変えないで下さいね?

『そんな水臭いことを言うなよ、兄弟! 歓迎するぜ!!』

 俺の叫びも虚しく地面が満面の笑みでそう言って(いや、本当は何も言っていないが、俺にはそう聞こえた)、豪快すぎるハイタッチをしようとした時――




「うわあああぁぁぁ!!!」

 ドスン!!! という派手な音を立てて俺はベッドから落ち、尻を強かに打ったのだった。痛む尻を擦りつつ、俺はあの体ではなく元の――ピカチュウの体であることをぺたぺたと確認した後、思わず虚空に向かって叫ぶ。

「夢オチかよ! いや、夢でよかったけど! 逆に現実だったら、色々と悲しすぎるんだけど!!」

 ――現実だったら。その言葉に、自分で言ったにも関わらず、ふと引っかかりを覚える。現実で体験したことは一度もないのに、何でこんなに気になるんだ?
 ん~? と首を傾げた時、視界に朝食用にと昨日採ってきたオボンの実が目に入る。そういえば夢で見た木の実もオボンだったよな。もしかして、これ(オボン)か? オボンが俺の何かに引っかかっているのか?
 そう思った時、ふっと頭の隅で固く閉じていた扉が開いたのがわかった。自分の知らない記憶がどっと流れ込んでくる。かなりの量だと思うのに、脳みそが全くパンクしないのが素晴らしい。
 兄妹達の中では一番体が大きかったこと。母さんはたくさんの子供を持っていつも大変そうだったけど、それと同じくらい嬉しそうだったこと。もうすぐで大人になるという時に綺麗な鳥がやって来たせいで落ち、地面に――――。

 そうだ。思い出した。俺は、


「俺は前、オボンの実だったんだよ!!」
「何言ってんだ、お前は」
 朝とんでもない目覚めをしてからその事実を思い出した後、俺はいつもの大きな木がある広場のような場所に行って、いつもの仲間にこのことを報告した。そして言い終わった直後に皆に呆れられた。
 皆の反応を見てから、自分でもよくわからないことを言ってんなと思った。俺が皆の立場だったらもう一度寝てこいと言っている。でも、でもさぁ。夢だと思ったのは実は前世の記憶そのものだった、とわかったらテンションが上がらないか? 皆にこの驚きと興奮を分け与えたいと思わないか? 思うよな? ……思う、よね?
 だんだんと自信やら何やらが消えていく俺を見て、「バカやアホに効く薬ってあったけ」なんてことを言っているのは、さっき俺に「何言ってんだ、お前は」とツッコんだアブソル。やつは珍しい色違いで、本来紺色の部分が赤い。それに加えて顔もイケメンだし、何なんだ。イケメンは全て爆発しろ。
 そのアブソルに「バカやアホに効く薬なんてないわ、欲しいのなら自分で作って頂戴」と冷たく答えているのはグレイシア。氷タイプだからか色々と冷たいのだが、そこがいいというやつが後を絶たない。
 冷たいだけのどこがいいんだ。俺なんか少し前、ほとんど何もしていなかったにも関わらず「永遠の眠りにつかせてあげましょうか?」なんて言われたんだぞ? もしや、あいつから頻繁に送られる冷たい視線が皆の「正常」を寒さの中に放り込み、そして眠らせてしまったのか!? 寒いのに寝るなんて危険すぎるぞ、今すぐ皆の心にモフモフでぽっかぽかなブースター達を送り込まなければ!! 
 ……いや、一匹で想像を爆発させすぎたな。少し反省する。まぁ、真相がどちらなのかは置いておくにしても、だ。何にせよ俺にはグレイシアの魅力とやらは、全くと言っていいほどわからん。
 そんな二匹を眺めながら「薬はないけど、毒はあるわよ?」と何気に恐ろしい発言をしているのはロゼリア。糸目を標準装備しているが、開眼したら誰よりも怖いという噂を聞いている。糸目でも怖いというのに、これ以上怖くなってどうする。
 そのロゼリアに「探せばあるかもよ?」とないに等しい希望を、聞こえるか聞こえないくらいかの小さい声で言っているのはナゾノクサ。彼女は優しいが臆病なので何かあるとすぐ地面に潜ってしまう。誰にでも優しいからいいけどさ。
 皆の発言を聞いて、「兄さんがバカやアホなのは、もう薬なんかじゃどうにもならないよ。探すなら来世でそうじゃなくなる薬じゃないと」と普通に酷いことを言っているのは俺の弟であるピチュー。おい、弟よ。俺は来世にしか希望を見いだせないほど、救いようのないバカでアホなのか? 泣くぞ? 兄ちゃん、皆の前とか気にせずに大声で泣いちゃうぞ??
 結構本気で泣きそうになっている俺を気遣ってか、「そんなこと言わないで。もしかしたら本当のことかもしれないよ?」と優しさによって浄化されそうな言葉を皆にかけているのはチェリムちゃん。
 今はネガフォルムなので行動がやや控えめだが、日差しが強い状態になってポジフォルムへと変化すると明るくなり、見ているだけでも元気になるので、このメンバーの中ではアイドルのような存在だ。皆は基本的にポジフォルムとなった彼女しか見ていないが、俺はネガフォルムであっても彼女をよく見ている。
 明るい彼女もいいが、控えめな彼女もまたいい。その行動一つ一つに浄化される。浄化されてあの青い空に吸い込まれ、幸せの星になる。いや、むしろそうなりたい。彼女になら星にされてもいい。結構マジでそう思う。
 チェリムちゃんの発言に癒されて他のやつの発言を忘れかけていたが、よくよく思い出してみると、彼女やナゾノクサ以外俺に対して酷いことしか言っていない。いや、ナゾノクサは酷いことは言っていないが、暗に俺はバカでアホだということを肯定している。
 いや~、俺はいい仲間を持ったもんだなぁ。感動のあまり体が震えて、少し涙も出てきたぜ。というか、アブソルに全力で雷落としたい。そしてモテたい。チェリムちゃんにカッコいいと言われたい。アブソルをけちょんけちょんにやっつけた俺を見て、輝かしい笑顔をこちらに向けるチェリムちゃん……。ああ、その神々しさに想像しているだけでも浄化されそうだ。
 再びチェリムちゃんのことを考えて自分の存在すら忘れかけていると、ピチューがまるで色々と終わったやつを見るような目で俺を見ていることに気が付く。……俺の一体何が終わっているというんだ、弟よ。そういう目で見るのだったら、そう思う理由を誰にでもわかるように千文字以内で答えてくれ。
 ピチューにそういう思いを込めて視線を向けたが、彼はこりゃダメだ、とばかりに首を振って俺からそっと視線を逸らした。ピチューにばかり気を取られていたが、よく見ると周りも似たような行動をしている。
 ……揃いも揃って俺をバカ扱いするとは。いい度胸だ。そっちがそうなら、俺にも考えがある。黙って巻き込まれるがいい!!!

「よし、決めた! 俺は今日から『オボン』を名乗る! てめぇはクラボ、お前はカゴ、お前はチーゴ、お前はナナシ、お前はオレンな!」

 アブソル、グレイシア、ロゼリア、ピチュー、ナゾノクサの順に指差し、勝手に木の実の名前をつけてやった。それぞれ木の実の名前を付けられた瞬間、なぜかビクリと体を震わせたが気にしない。ちなみに種類は色を見て適当に決めた。我ながらいいセンスをしていると思う。
「おい、何でチェリムだけそのままなんだよ! オレ達につけたのなら、チェリムにもつけるべきだろ?」
 イケメンフェイスを僅かに歪ませた状態でそう言ってきたのは、イケメン羨ましすぎる少しだけでいいからわけてくれ、と俺が常日頃思っているクラボ。確かに皆に木の実の名前をつけている中で、チェリムちゃんだけそのままなのはおかしいかもしれない。
 だが、あえて言わせて頂こう。

「チェリムちゃんは、チェリムちゃん以外の何者でもない! よって、チェリムちゃんに木の実の名前をつけるなんてことは、俺にはできない!!」

 力強くそう言うと、クラボは納得していない表情ではあったがそれ以上文句は言わず、カゴにはなぜか睨まれた。
「ちょっと、他の皆は何となくわかるけど、何で私だけ『チーゴ』なのよ? あれ、どちらかというと水色に近いじゃない!」
 クラボが黙ったかと思うと、今度はチーゴが目をつり上げて怒ってきた。糸目だからぱっと見吊り上がっているのかよくわからないが、雰囲気と角度からして多分つり上がっていると思う。
「え? 一応チーゴも片方のバラが青いし、あの木の実が人間達の間で緑色の欠片と交換されているのを見たことがある。だったら水色じゃなくて緑でも大丈夫だろうと思った。それだけだ。というか、名前の文句は一ミリたりとも受け付けない」
「少しは受け付けなさいよ! の前に、どうして急に木の実の名前を名乗るのよ。オボンはアホらしい夢を見て、更にアホになったの?」
 文句を言いながらも名前を付けられても否定しないことや、俺のことをちゃんとオボンと呼んでくれていることから、チーゴはまんざらでもないのかもしれない。他の皆も付けられた名前に関しては何も言ってこないから、このままでいいのだろう。
「チーゴよ。どうして急に、と言ったな? これには深い訳がある。さっき、俺の前世はオボンで、後もう少しというところで地面に落ちてしまったと言った。これが固い地面だったら本当に悲惨だったのだが――」
「長い。さっさと話しなさいよ」
 遠い過去を思い出しながら語っていたら、これは話が長くなると察したのかカゴが流れをぶった切ってきた。事実そうなので、文句は言えない。

「ではご希望にお応えして、結論から言おう! 俺はあの鳥に復讐をしたい! だから勝手に仲間にした! 以上!」

『はあぁぁぁ!!??』
 俺の簡潔で素晴らしい発言に、皆の表情と発言がシンクロする。あ、チェリムは顔がよく見えないから論外ね。皆が呆れを通り越して最早無表情にすら見えるが、俺は本気だ。
 あの時、幸運にも普通の地面に落ちた俺は、傷一つなくそこに転がった。しかし場所が悪かったのか、ポケモンどころか人間にすら見つかることなく朽ち果て、何もできることなく地面へと還ってしまったのだ。種が残ったかどうかもすら怪しい。
 あの鳥が近くにさえ来なければ、落ちる場所ももう少しは変わっていたはず。ほとんどの原因はあの鳥にある! いや、鳥がいてもいなくても落ちる場所は変わらなかった可能性は否定できないが、それはあくまでも可能性の話だ!
 決意の炎をメラメラと燃やす俺に、オレンが何か言いたげに口をもごもごさせる。視線で言いたいことがあるならさっさと言えと促すと、オレンは小さな声でこう言った。
「お、オボンくん……。あの鳥に復讐するって言っても、どういう種類のポケモンなのかわかっているの? その前に、そのポケモンがどこにいるか知っているの?」
 なるほど、抱いて当然の疑問だ。俺は腰に両手を当てると、あの時見たのと同じくらい綺麗な青空に視線を移す。答えが返ってこないことに、オレンが「ま、まさか……」と呟くのが聞こえた。
 ふっ、ご名答。俺は視線を空から皆の方に戻すと、にぃっと口角をつり上げる。
「わからんし、知らん!!!」
 俺の力の籠った解答に、皆が同じようなタイミングで綺麗にずっこけた。辺りに砂埃が漂うのを見ながら、こうも綺麗にずっこけられるものなんだな、と変なところで感心していたのは秘密だ。




 俺が前世を思い出し、あの鳥に復讐をすると宣言してから数日が経った。だが俺はあの鳥に復讐することなく、もうすぐ開催される虹神様の何とかを祝う祭りの手伝いとして、祭りに必要な木の実集めをさせられている。
 祭りの名前は確か神様に関係する名前だった気がするが、よく覚えていない。だが、祭りの内容はよ~く覚えている。毎年指定された木の前に森にある木の実を山のように集め、虹神様がこの森に来てくれたことと何かを祝う、というものだ。具体的には木の周りで感謝の舞を踊ったり、手作りの楽器でちょっとした演奏をしたり。祭りと言うだけあって毎年どんちゃん騒ぎになるが、何がそんなにいいのやら。
 街や他の森からも少し離れ、特に噂になるようなものもない。そんな物好きでもない限り誰も訪れないようなこの小さな森に、何で森に住むポケモン達のほぼ全員が手伝わされるほどの大きな祭りがあるのか。誰かから聞いた気もするが、そのほとんどを聞き流してしまったのか、欠片も覚えていない。何なんだ、このアンバランスな記憶力は。
 祭りについてはともかく、なぜ何もせず色とりどりの木の実なんか集めているのか。それは、あの鳥の情報を全く入手できなかったからに他ならない。色とかの特徴を言っても「木の実で体の色を染めた、おしゃれなピジョットじゃないの?」と適当にあしらわれ、絵を描いて聞こうにも俺の絵心は壊滅的だ。一度描いてみたものを試しに近くにいたカゴに見せたところ、「何それ、突然変異で色鮮やかになったズバット?」と言われてしまった。
 そんなこんなで情報の「じ」の字も集めることもできず、今こうして代わりに木の実を集めているのだった。情報を集められなかった苛立ちから、ヤケクソのように見つけては採り見つけては採りを繰り返していたのもあり、思ったよりも早く、そして多く集めることができた。
 これならすぐに鳥の情報集めを再開できる。そう思って持てる分だけの木の実を持ち、何往復かしてほとんどの木の実を指定された木の前……開催日に皆が集まる、会場のような場所に運んだ。そしてこれで最後だ、といくつかの木の実を腕に抱えた時、強い風が吹いて周りの木々が、草花が揺れ動く。
「うおっ……」
 あまりの風の勢いに尻餅をつきそうになるが、尻尾を使って上手くバランスを取る。それから抱えた木の実が落ちて転がらないよう、両腕に力を籠めると風が背中に当たるように移動した。木の後ろなんかに隠れれば楽だろうが、どこもこれも風によって揺れているから後ろに隠れたら逆に危険な気しかしない。
 少しずつ背中に当たる風が弱まり、やがてそよとも感じられなくなった。風がやんだことに安堵しながら、俺は木の実運びを再開する。妙に周りが騒がしい気がするが、きっとあの風で運んでいた木の実が地平線の彼方まで転がってしまった~! ということで騒いでいるのだろう。
 木の実との追いかけっこ、色々と大変だとは思いますが頑張って下さい、と心の中でエールを送りつつ、俺は早足で会場へと向かった。
 そして、そこに着いた途端ポカンと口を開けてしまった。木の実を一つも落とさなかったのが奇跡みたいだ。
「……え?」
 本来なら多くの木の実が積みあがっているはずの木の前には、木の実の「木」の字も存在せず、代わりに何かに食い散らかされたような跡だけが残っていたからだ。他のポケモン達もこの光景を見て一体誰が、とか虹神様への捧げものが、とか色々と騒いでいる。
 俺が木の実を運んでいた時に感じた騒がしさの原因は、このこともあったのかもしれない。確かにこれは騒ぐ。俺だったら絶叫して、その場で気絶しているかもしれない。鳥の情報を集めるための時間が、再び木の実を集める時間になってしまったというショックで。
 また集めるのか~と遠い目をしながら、持っていた木の実を綺麗だった場所にそっと置く。それを見た他のポケモンも運んでいた木の実を綺麗な場所に置き始めた。掃除好きなチラーミィ達も、せっせと跡を片付け始めている。
 戸惑いやら何やらは残っているが、これなら案外すんなりと木の実集めが再開されるかな? と思い、まだ実があった木の場所を思い出していると、

「オボン、今すぐ来なさい! 文句を言ったり来なかったりしたら、宿り木の種を植えるわよ!?」

「へ!?」
 なぜか開眼し、その中に炎を宿した状態で俺の前にやってきたチーゴにそう言われ、頭に大量のクエスチョンマークが浮かぶ。だが何か言って宿り木の種の餌食にはなりたくないので、何も言わずに彼女の後をついていくことにした。


 しばらくチーゴの後をついていって着いたのは、いつもの大きな木がある広場のような場所で、そこにいたのはクラボ、カゴ、ナナシ、オレン、チェリムちゃん……つまり、これまたいつも集まってはくだらない会話をしたり、森で遊んだりしているメンバー全員だった。
 なぜ皆が集まっているのかと、消えかけていたクエスチョンマークが再び浮かぶのを感じていると、すっとチーゴが皆の前に移動する。そして目に宿った炎を一段と燃え上がらせると、よく通る声でこう言った。

「皆、木の実を全て食べた犯人を私達の手で捕まえるわよ!!!」

「……はい?」
 突然何を言い出すんだと思っていると、チーゴが全身をメラメラと燃やしながら理由を語った。お前、草タイプだろ。いつから炎タイプに転職したんだ、と心の中でツッコんだのは、俺だけではあるまい。
 チーゴが語った理由は簡単に言うと「犯人捜しって燃えるし、カッコいいからしてみたい!」というようなものだった。そんな理由で犯人捜しをしようとするんじゃない。というか燃えすぎだ。俺達を火傷させるつもりか?
 チーゴの変貌ぶりに思わず数歩下がっていると、彼女の言葉を聞いて何やら考えていたらしいクラボが一度目を閉じ、不自然に片方の前足で左目を隠したかと思うと、またすぐに目を開いた。
「……!?」
 開かれたクラボの目を見て、思わず声を失う。やつの目は色違いということもあり、両目が深緑に近い色合いをしているが、今は左目だけがオボン(木の実の方な。俺ではない)の色と同じ黄色に染まっている。……いわゆる、オッドアイというものだ。
 なぜ急に目の色が……って、考えるまでもないよな。さっき見た不自然な前足の動き。あの時左目に何かしたに違いない。以前、人間が綺麗なものを目に入れて、その色を変える瞬間をなぜか知らんが見せられたことがある。
 その時、人間は「あっ、ちょっとそこのピチュー! 新しいカラコン買ったんだけど、どうかな? こんな感じになるんだけど!」と何かを話していたが、当時の俺は興味がないとばかりにそれを無視して、すぐにその場から去ってしまった。
 あの時もっと観察していれば、現在進行形で降りかかってきている謎が解明されたのかもしれないというのに。何をしているんだ、当時の俺。過去に戻る方法があるのなら、すぐに森に戻った俺を殴って、何を言っているか理解してこいと言いたい。
 まぁ、過去の行動を悔やんでも仕方がない。あの時ちらと見た動作から考える限り、人間の目の色を変えていたのはあの綺麗なものだ。恐らく、クラボも同じものを使ったのだろう。どうやって手に入れたのかは知らないが、片方の目の色が変わってもカッコいいとはどういうことだ。これもイケメンだからこそなせる業だというのか……!?
 色々と複雑な感情を抱いていると、俺達の反応を見てふっと穏やかな笑みを浮かべたクラボがゆっくりと口を開いた。

「皆も驚いたか……。それはそうだろう。オレの『正体』を見せるのは、お前達が初めてだからな。今の今まで黙っていたが、実はオレは異世界からこちらに逃亡してきた赤の翼(レッド・ウィング)の末裔で、自らの意思でその姿を変化させることができる。そしてこの『真実を暴き出す陽光の目(トゥルー・サンシャイン・アイ)』はその血を受け継ぐ者が持つ特殊な能力だ。この能力を持っていたことにより逃亡することになったのだが、チーゴ達が犯人を捜したいというのなら仕方がない。オレの能力で犯人を必ず『偽りなき白の世界(オールホワイト・ワールド)』へと――」

『待て待て待て待て!!!』

 いつまで経っても終わらなさそうなクラボの話に、クラボ以外の全員がツッコミを入れる。色々と問題しかないセリフがイケメンの口から飛び出してきたように見えたんだが、俺の聞き間違いじゃないよな? もし俺の聞き間違いだったのなら、全員のツッコミを得ることはないだろう。
 ということは、実際に飛び出したのか。あの、聞いているだけで色々なところが麻痺してきそうなセリフが。タイプの関係で麻痺とは縁がないと思っていた俺に、麻痺しそうだと言わしめたあの言葉が。
「……マジかよ」
 ――最っ高に、カッコいいじゃねぇか! 口には出さないまま、俺は心の中で荒ぶるテンションのままに、ひゃっほいとよくわからない動きをしていた。何だ、その俺の心をくすぐる設定や素敵ワードは! カッコよすぎだろ!!
 俺の中で、クラボの印象が「何かムカつくイケメン」から「色々と素敵すぎる、少しムカつくイケメン」へとランクアップした。キラキラした目を隠すことなくクラボに向けていると、あの素敵ワードを聞いても表情の一つ変化させていないカゴが「……あんたも仲間なのね」とどこか遠い目をして呟いたのがわかった。何でそんな目をするんだ。謎すぎる。
 カゴの反応に首を傾げていると、話をぶった切られたクラボが少し不満そうな顔をしながらも「つまり、オレも犯人捜しを手伝うつもりだから。そこのところよろしく」となぜか素敵ワードを封印してそう言った。どうやらチーゴの話に乗ってくれるらしい。
 チーゴは炎の消えた目でクラボを眺めていたが、やがて何かを悟ったかのような表情になると無言でこちらにこう言ってきた。

『あなた達も手伝ってくれるわよね? 元々そういう話だったし』

 チーゴの無言の圧力に、俺達はただ頷くことしかできなかった。


 あれから再び燃え出したチーゴと、素敵ワードを連発するクラボにカゴやオレンが固まりつつも、ナナシやチェリムちゃんのお蔭もあり話がとんとん拍子で進んでいった。
「あの風から考えると、犯人は飛行タイプのポケモンじゃないのか?」
 クラボがそう言った時、ナナシが「あ」と何かを思い出したかのようにどこかに走って行ってしまった。どうしたのかと皆で首を傾げていると、弟は消えたのと同じ方向から片手に何かを持って戻って来た。
 それは遠くからだとよくわからなかったが、近づいてくるにつれ七色に光り輝く羽であることが――って、七色に光り輝く羽!?
「おい、ナナシ! どうしてそれを持っているんだ!?」
「……オボンくん。それじゃ話せないと思うよ?」
「……あ」
 オレンの言葉でナナシから離れるも、着いた途端に俺にガクガクと体を揺さぶられたナナシは少しふらふらになっていた。だがそこはナナシと言うべきか、すぐに体勢を整えると羽を俺達に見せながらそれを見つけた状況を説明する。
「あの風がやんだ時、僕の傍に落ちていたんだ。もしかしたら犯人が落としていったのかもと思って、隠していた場所から持って来たんだけど……」
「何でそんな大事な証拠を隠していたの!?」
 チーゴがずいと俺やオレンを押し退けてナナシに詰め寄るが、ナナシは笑顔で「綺麗だったから後で売ろうかと思って」と言ってのけた。下手をすれば毒状態か宿り木状態にさせられるという状況での笑顔。……弟よ、お前色々強すぎ。兄ちゃん、心臓だけじゃなく体も凍りそうになったぞ。主に連帯責任を取らされるんじゃないか、という恐怖で。
 ピキリと体を固まらせた俺に、オレンがそういえばなぜナナシを揺さぶったのかと聞いてくる。オレンの言葉に、ナナシによってすっかり忘れそうになっていた大事なことを思い出した。
「そうだよ、その羽! 数日前、俺が話した鳥が落としていった羽にそっくり……というか、そのものなんだよ!!」
 俺の言葉にクラボ達が驚きの表情を浮かべる。驚くのも無理はない。数日前、前世や鳥のことは詳しく話したが、羽のことはいい言葉が見つからずにあまり話せていなかったからな。
「…………」
 彼らがまだ驚きの中にいる中、カゴだけが七色の羽を見た後、じっとある方向を眺めている。チェリムちゃんがカゴにどうしたのかと聞くと、彼女は何も言わずただ戸惑いの表情を浮かべた。
「どうしたの? カゴちゃん」
 オレンもカゴにそう聞いているが、カゴはやはり何も言おうとしない。何か見つけたのなら、さっさと言った方がいいわよ! じゃないと宿り木状態にするから! とチーゴに言われ(正確には脅され)、カゴは視線をある方向へと向けたまま口を開いた。
「……あそこの木の上に、ナナシが持っている羽をばら撒いている鳥がいるように見えるんだけど」
『何!?』
 バッと、記録するものがあるのならそれで保存しておきたいと思うほどのシンクロ率で、皆がその方向を見る。俺もワンテンポ遅れてそちらを見ると―――、

「――本当に、いた」

 前世の記憶と何も変わっていない、あの鳥がいた。何をしているのかは知らないが、木の上でバタバタとあの七色の羽をばら撒いている。まさかこんな近くにいるとは思わなかったが、いるのならちょうどいい。
「捕まえに行くぞ!」
『おお!!』
 俺の声を合図に、俺達はあの鳥の元へと走り始めた。何のスイッチが入ったのか、オレンが先頭のクラボやカゴと同じところを走っている。臆病なオレンのことだから、てっきり一番後ろを隠れながら走ってくると思ったんだが。一体どこでスイッチが入ったんだ?
 不思議に思いながらオレンの後ろ姿を見ていると、ラッキーなことに俺のほぼ横を走っていたチェリムちゃんが小さめの声でその理由を言ってくれた。
「……オボン君、驚かないでね?実はオレンちゃん、知っているポケモンにしろ知らないポケモンにしろ、『炎タイプ』を見るとポケ格が変わっちゃうみたいなの。さっきまでのオレンちゃんが『オレンちゃん』だとすると、今は……『オレン君』って感じかな。普段は変わってもわからないよう演技をしているみたいだけど、今はあの鳥を前に演技という言葉がすっ飛んだ状態になっているみたいね」
「あ、そうなんだ~。――って、え!?」
 ……チェリムちゃん。それを聞いて驚かないポケモンは、多分いないと思う。炎タイプを見ると、性格じゃなくて人格が変わるって何。それにチェリムちゃんの言い方からすると、性別も変わっているように聞こえるんだが……、ああ。それで「性格」じゃなくて「ポケ格」なのか。
 過去に一体何があればそうなるんだ……、とオレンのバサバサと揺れる葉を眺めていると、俺の考えがわかったのかチェリムちゃんが補足説明(?)をしてくれる。
「私も詳しくは知らないけど……。オレンちゃん、臆病で弱点のタイプを見るだけでも隠れちゃう自分を変えたくて、毎日自分に『炎タイプは怖くない』って言い聞かせていたんだって。そうしたらいつの間にかああなっちゃっていたみたい」
 毎日自分に言い聞かせていただけで、新たなポケ格が誕生しちゃったのか!? それクラボの設定並みにすごいぞ。彼女の場合はそれが「設定」じゃなくて「現実」だから、もしかしたらクラボよりすごいのかもしれない。
 何か犯人捜しが進むと同時に皆の秘密(?)がどんどんカミングアウトされていくが、チェリムちゃんにも秘密があるのだろうか。説明を終え、今はひたすら前を向いて走る彼女をちらりと見る。花びらに隠された横顔を想像して、彼女に限ってはないなとその考えを打ち消した。
 完全にその考えが消えるようにと軽く頭を振ってから、俺も前もようやく向く。いつの間にか、鳥がバタバタとしている木は目の前にまで迫っていた。


 目的の木の前につくと、いきなりクラボが「冷酷の嵐(クルーエル・ストーム)!」と言いながら、通常よりも大きなかまいたちを放った。残念ながらかまいたちは鳥に届く前に消えてしまったが、俺達の存在を鳥に知らせることには成功したらしい。バタバタしていた鳥の動きが滑らかになり、わざわざこちらの近くまで降りてきてくれた。
「そこの木を激しく揺らしたのは、そなた達か?」
 鳥がこちらに向かってそんなことを聞いてきたが、俺達はそれを華麗にスルーして攻撃体勢を取る。オレンの姿が見えないなと思ったら、彼女は高くジャンプして鳥に向かって目覚めるパワーを放っていた。
「っ! これは……『水タイプ』の目覚めるパワーか!?」
「そうだよ。ボクが炎タイプにはあまり効かない、草タイプの技なんか使うと思うのかい? もしそうだったら考えを改めることをおススメするよ」
 技が効いているらしい鳥を見て、オレンがニヤリと笑った。普段のオレンとは真逆な雰囲気の彼女を見て本当にポケ格が変わったんだと思い、心の底ではチェリムちゃんの話を信じていなかった自分に気が付く。信じていると見せかけて実は信じていなかった、なんてことオレンが知ったら、確実に傷ついてしまう。
 俺ってこんなやつだったっけ? と思っていると、鳥に向かってカゴが水の波動を放ち、ナナシがプレゼントを贈る。水の波動は鳥が避けてしまったが、続いて来たプレゼントはかわすことができなかった。危険なプレゼントが鳥に当たる直前に爆発し、爆風に煽られて鳥のはばたくリズムが崩れる。
 それを狙ったかのように巨大な光の束……ソーラービームが鳥の眼前すれすれに放たれる。一体誰が……とビームが発射された場所を見ると、チーゴとなぜかポジフォルムへとフォルムチェンジしたチェリムちゃんがいた。
 どうしてフォルムチェンジしているんだ? と一瞬疑問に思ったが、ふと空を見るといつの間にか「日差しが強い」状態になっている。誰かが日本晴れを使ったらしい。だから狙ったタイミングでソーラービームを放てたのか。
 いや、狙ったタイミングで放てても当たらなければ意味がないじゃねえか、どうすんだよと文句を言いかけた時、ソーラービームによって目が眩んだのか鳥の更にはばたくリズムが乱れた。
 そしてこれ以上飛んだら危ないと思ったのか、バサバサと不規則なはばたきのまま俺の目の前へと降りてきた。……なるほど、ソーラービームはこれを狙ったのか。これなら文句は言えない。
 ……皆の気持ちは無駄にはしないぜ! 俺と祭りのための木の実を全て食べられたポケモン達の恨み、全身で喰らいやがれ!

「いっけええぇぇ!!!」

 俺が今持てる全ての力を使って、最大級の雷を鳥へとピンポイントに落とす。ダメージが大きかったのか呼吸が少し荒くなったが、倒れるほどじゃない。だが、トドメを刺すつもりは全くない。俺達は鳥を倒すのが目的じゃないからだ。俺の復讐は、あの雷に全て持っていって貰った。これ以上鳥を傷つけるつもりはほとんどない。
 今必要なのは、「いかにして鳥をぶっ倒すか」じゃない。「いかにして鳥を気絶させ、長老の前に突き出すか」だ。あともう一つ攻撃を加えれば、気絶させることができる……気がする。もう一発雷を落とすか十万ボルトを放つという手もあるが、それだとダメージがデカすぎる。
 どうしたものかと頭を抱えかけた時、クラボがこちらを見て口パクで何かを伝えようとしていることに気が付いた。動かすのが早いので読み取るのに少し時間がかかったが、何とか読み取れた。

『アイアンテールで気絶させろ』

 なるほど。効果は薄いとは思うが、確かに脳天にアイアンテールを叩き込めばあの鳥も気絶するかもしれない。だが、それを実行するためには、俺の前にある大きな壁をどうにかしなくてはいけない。壁は登るかぶち壊せば超えられるが、俺の前にあるのは登り切れないほどに高く、ぶち壊せないほど頑丈で分厚い壁だ。
 その壁と心の中で数秒間対峙した後、クラボに向かってこちらも口パクで返事する。

『残念ながら、俺には無理だ。他を当たってくれ』

「いや、ここは『わかった、俺に任せてくれ』っていうところだろ!?」
 俺の返事に、思わずクラボが声を出してツッコむ。声には出していないが、カゴ達もそう言いたげに俺を見ている。俺を除くと、この場にいるのは攻撃力や急所に当たる確率が高い技しか覚えていないクラボと、「気絶」させることはできない技か効果抜群な技しか覚えていないカゴ。草タイプであるチーゴ、オレン、チェリムちゃんと、俺と同じ技を使えるものの威力が心もとないナナシ。
 このメンバーと状況を考えれば、確かにクラボの言っているようにした方がいいだろう。だが、よりにもよってこの俺に、あんな高いところにある頭を目がけてアイアンテールを使え、だと?
 俺の高所恐怖症、なめんな。足が地面から少し離れた程度で、足が震えて動けなくなるんだぞ? ついでに言うと心臓もすごくバクバクして、降りるのにもかなりの神経を使うんだぞ? そんな俺があんな場所でアイアンテールなんかしてみろ。技を繰り出す前に気絶するわ。
 全身から「他を当たれ」オーラを出していると、顔がはっきりと見えるようになって更にかわいさが増したチェリムちゃんがこちらに向かって歩いてきた。ああ、その笑顔でお願いされたらどれほど高い場所にでも行けそうな気がする。いや、気がするだけで実際に行けるかどうかはわからないけど。
 彼女の口からどのような言葉が飛び出すのかと、足が地面についているにも関わらず心臓がバクバクと鳴り響く。俺の気持ちがそうさせるのか、やけにチェリムちゃんが歩いてくる速度がゆっくりに思えてもどかしい。くそ、どうしてこんな大事な時に限ってゆっくり進むように感じるんだ。
 もっと早く進んでくれよ、と言うことを聞かない時間にそう頼んでいるうちに、チェリムちゃんが目の前にまで来た。……彼女は、一体何を言うつもりなのだろうか。思わずごくりとツバを飲む。緊張から生まれた汗が俺の背中をつぅ……と流れ落ちたその時、チェリムちゃんは零れんばかりの笑顔で俺にこう言った。

「――――――――」





 気がついたら、全てが終わっていた。ぼーっと立ち尽くす俺の前にいたのは、アイアンテールで気絶させられて地面に横たわる鳥。その隣には長老……種族で言うとコータス……が、怒りによってシワが深くなった顔をこちらに向けていた。シワの深さからその怒りがどれほどかが読み取れるが、今の俺は長老の怒りなんかこれっぽっちも気にならなかった。
 チェリムちゃんがアイアンテールを使うこと(というか、高いところに行くこと)を拒否している俺に対して言ったこと。その内容は今思い出しても意識が遠のきそうだから何も触れないが、その言葉が生み出した毒はずっと俺の心を蝕み続けている。
 彼女がそれを言ったお蔭で俺は半分意識が飛んだ状態で、鳥の脳天にアイアンテールを決めていた。前後の記憶は曖昧だが、鳥の脳天に鋼の尻尾を叩きつけた感覚は何となく覚えている。鳥が何かを悟ったかのような表情を浮かべていたことも、カゴがチェリムちゃんに向かって声を荒げていたことも、何となく覚えている。
 ……気が付かなかった。彼女が、チェリムちゃんが心を毒状態にするほどの「毒舌」の持ち主だったなんて。長老がこちらに向かって何かを叫び出したが、その内容はよくわからない。俺がわかったのは、あの時ナナシ達が取った行動の意味はこういうことだったのか、というものだけだ。
 もういっそのことオレン(木の実じゃなくて、ナゾノクサの方)のように地面に埋まりたい。そんなことを考えていると、背中をバチンと叩かれた。熱を持った痛みに、思わず顔を歪めながら犯人の方を見る。そこには真剣な表情をしたオレンが立っていた。
「キミはいつまで過去のことを引きずるつもりなんだい? ちょっとした過去に囚われているオボンくんなんて、オボンくんのようでオボンくんじゃない。ボク達はいつものアホなオボンくんが見たいんだ。……さっさと立ち直ってくれるかい?」
 励まされているのか貶されているのかよくわからない言葉をかけられながら、俺は無意識の海に沈みかけていた気持ちが水ポケモン達に押されるように、どんどんと浮上していくのを感じた。
 そうだ、前世という大きな過去ならともかく、チェリムちゃんからかけられた言葉のようにちょっと……なのかどうかは判断できないが、まぁ、とにかくそういう過去のせいでいつまでも落ち込んでいるのは俺らしくない。
 いつも明るくどこへでも突っ走るピカチュウがこの俺、オボンだぜ!!!
「む? やっとピカチュウが直ったのう」
 前を向きなおした俺の表情の変化に気が付いたのか、長老は一瞬満面の笑みを浮かべた。だがそれは本当に一瞬だけ。そこから先はさっと憤怒の仮面を被り直したかと思うと、カッと普段閉じているとしか思えないほど細い目を見開いた。

「貴様らは『虹神様』に何をしてくれたんじゃああぁぁぁ!!!!!!」

 長老の怒鳴り声に、せっかく戻ってきていた意識がまた半分飛びかけた。よく飛ばなかったと自分で自分を褒めてやりたい。
怒りからか甲羅から出る煙の勢いを激しくする長老の話によると、祭りの主役とも言える「虹神様」は俺達が気絶させてしまったホウオウというポケモンらしい。手厚く歓迎するはずの俺達が虹神様を気絶させるなんて言語道断――と、怒りのままに長老が俺達を森から追い出すと言いかけた時。
「……ん」
 気絶していたホウオウが目を覚まして、翼を器用に使ってのろのろと立ち上がった。
「おお、これはこれは虹神様! もうすぐ貴方様のご加護を感謝する祭りが行われるというのに、この者達が何と失礼なことを――」
 その途端、長老はさきほどの表情を嘘のように引っ込めると、ホウオウに向かって何度も頭を下げる。そして、今すぐこの無礼者達を追い出すので……と、偶然か長老の付き添いなのか俺達の近くにいたポケモン達を呼んで、本格的に俺達を追い出そうとしてきた。

「何よ、それ!? 失礼なことをしたのはその虹神様の方じゃない!!」

「長老、アナタの頭は怒りのマグマによって、正しい判断という水を全て蒸発させられちゃったみたいだね。……ぶっ飛ばすよ?」

「今こそ、オレの『真実を暴き出す陽光の目(トゥルー・サンシャイン・アイ)』が力を発揮する時だな」

「――――――」

「この方達、兄さんよりも救いようがないね。来世にすら期待できないかもしれない」

「今すぐ永遠の眠りにつかせてあげましょうか?」

 それを見て怒るチーゴにオレン、左目の色を変えたまま攻撃態勢を取るクラボ、言葉の毒を吐くチェリムちゃんにそれに近くて遠い言葉を吐くナナシ、眠り粉を使わずに相手を眠らせようとするカゴ。
 俺達を追い出そうとしているやつらもヤバいと言えばそうだが、チーゴ達も傍から見たら十分ヤバいと思うのは俺だけだろうか。意見を求められそうなポケモンが一匹もいないのが悔やまれる。
 これはとりあえず、敵である周りのポケモン達に雷の一つでも落とすべきか? それとも見方であるチーゴ達に十万ボルトでも放って、少しは落ち着けと言うべきか? もしくは思い切って、敵味方関係ないとばかりに放電を放つべきか?
 一体どうしたらいいのやらと、視線をあっちにやったりこっちにやったりしていると、ホウオウがバサリとその大きくて綺麗な翼を広げた。
「……誰でもいいから、我の話を聞いて欲しい」
 その目に光るものを溜めていたのが見えたことで、俺はホウオウが一度しかまともに話せていないことを思い出す。……「虹神様」と呼ばれて祭りまで開かれているのに、ろくに言葉も発せられずに存在を忘れ去られかけたとなりゃ、ちょっとは泣きたくなるよな。
 特に前半の理由の原因はほぼ俺達だから、少し申し訳ない気持ちにすらなってくる。……前世のことや、今日の木の実のことはそれくらいじゃなくならないけどな! 雷に持って行って貰ったはずの復讐心がじわりじわりと戻ってきているのを感じていると、ホウオウが情けない声でこう言った。

「そなた達はそこのピカチュウ達が勝手に我を気絶させたと勘違いしているが、それは大きな誤解だ。本当に悪いのは――我なのだから」

「に、虹神様!? 貴方様が悪いだなんてことは全くございません! 全てはこのピカチュウ達が悪いのです!!」
 驚きの表情を浮かべたまま、全ての責任を俺達に押し付けようとする長老に、ホウオウが地を這うような声で黙れと言う。その声に、今か今かと捕らえるチャンスを窺っていた周りのポケモンの動きもピタリと止んだ。
 ホウオウが長老達を見ながら、静かな声で言う。

「そなた達は我が善で、我を気絶させたピカチュウ達のみが悪と考えているらしいが……それは全く違う。先ほども言ったように、悪なのは我だ。――我が、お腹を空かせたあまい祭りのために集められたものと知りつつ、『つまみ食い』をしてしまったのがいけないのだ」

 なるほど。あれはやはりホウオウが原因で、彼の「つまみ食い」があの事態を……………………って。


『はあああぁぁぁぁ!!?? あれが「つまみ食い」ぃぃぃ!!!???』




 皆と驚きと呆れに満ちた声に情けない声をあげつつも、意外と丁寧に説明をしてくれたホウオウの話によると、

・自分はもうすぐ開かれるこの森の祭りのために遥か彼方から飛んできたが、そのせいで我慢ができないほど腹が空いてしまった。

・予定していた場所に着くよりも前に高く積まれた木の実を見て、後でたっぷり食べられるものだと知りつつも、誰もいない時間を見計らって「つまみ食い」をしてしまった。

・木の実が予想以上においしくて、せめて半分くらいは残すつもりが全部食べてしまった。そしてこれは不味い、と思い慌てて飛び去った。

・腹ごなしもかねて木の上でバサバサと飛んでいたところ、理由の「り」の字も聞かされないまま俺達に気絶させられた。しかしタイミングがタイミングだったことから、恐らく彼らは木の実を全て食べてしまった自分に怒りを覚えてきたのだと悟り、その攻撃を受け入れた。

 とのことだった。この話に長老は最後までデタラメだ、ピカチュウ達が虹神様を利用しようとして嘘を吹き込んでいる、だから早く追い出さなくてはと騒いでいたが、ホウオウにギロリと睨まれてからは頭や手足を甲羅の中に引っ込めてしまった。
 静かな甲羅と化した村長を見て、不愉快な思いをさせてすまなかったと謝るホウオウ。そのかなりのいいポケモンぶりに、俺の中に次々と罪悪感という名の矢が突き刺さる。木の実のことはもちろんあったが、俺はほとんど自分の復讐のためにホウオウに雷を落としていた。気絶させた時はどうだったか曖昧だけど。
 それなのに全くこちらを恨む様子は見せず、むしろ攻撃されて当然くらいのことを思っているだなんて……。再び心を満たし始めていた復讐心が、まるで泡のように弾けて消える。前世の俺の素晴らしい未来を奪った張本人、とか勝手に思っていて本当にすまない。自分への呆れがすごすぎて、むしろ無表情になりそうだ。
 ホウオウの澄んだ目を見ることができずに、俺はただ下を向く。そんな俺を見てか不思議そうな声を出しながらも、ホウオウは周りに集まったポケモンに対してテキパキと指示を与えていた。
 ……本来は長老がするべきところなのだろうが、その長老が甲羅に引き籠ったままなのだから仕方がない。それに、指示をしているのは長老よりも遥かに偉い(と思われる)ホウオウだ。誰も文句を言わずに動いていった。


 ホウオウの指示もあってか、俺達はより多くの木の実を集めさせられるくらいで、森から追い出されることもなかった。長老は不満しかないという顔をしていたが、ホウオウに見捨てられるのが怖いから仕方なくという感じだったんだろうな。
 まぁ、長老のことはぶっちゃけどうでもいい。大事なのは今。……つまり、地獄のような木の実集めが終わり、無事に迎えた祭りが始まる瞬間だ! 正確には祭りが始まる数十分前だけど、そんな細かいことはどうでもいい!!
 本来なら木の実は全てホウオウに捧げるため、俺達は食べられない。何だよそれ、ふざけんな。ルール作ったやつ表へ出ろや! と思わずにはルールより、今回も木の実は全てホウオウに行く予定だったのだが、ホウオウの提案により彼だけではなく、何と俺達も自由に木の実を食べていいことになったのだ!
 いつもはホウオウですらもルールに口出しできないらしいのだが、あれは自分が原因なのだから今回くらいは、と嫌な顔をする長老を渋々納得させたらしい。まぁ、そのせいで俺達が集めさせられる木の実の量が増えたんだが、苦労の後に待っているものの方が大きかったから、これに関しては別に恨んでいない。
 ふはははは、いつもはルールを作ったやつに呪いの念を飛ばすどうでもいいイベントが、今回は皆に幸せをばら撒いている素敵イベントにしか見えないぜ! ありがとう、ホウオウ! お前がいいやつすぎて、誰かに利用されたりしないか本気で心配になってきたよ俺!!
 まるで山のように積まれた木の実を前にそんなことを考えていると、チェリムちゃんと何か話すことがあると言ってどこかに行っていたカゴがやってきた。
「カゴ、チェリムちゃんとの話は終わったのか?」
 これらの木の実をいかにして多く、そして素早く味わおうかと考えながらカゴに話しかける。カゴは俺の隣に座ると、昨夜に雨が降ったのかところどころ陽光を浴びてキラリと光る木の実の山を見ながら言った。
「ええ、終わったわ。でも、あれは全てわたしが勝手にそう思っていただけで、彼女は全然そうじゃなかったみたい」
「へぇ……」
 カゴがチェリムちゃんに対して何を思っていたのかは知らないが、彼女が満足そうな顔をしているので別に気にする必要はないと思い、何も聞かなかった。そして完全なる攻略法を頭に描き終えた俺は、小さな声でカゴを呼ぶ。
「なぁ、カゴ」
「何? 特に用がなかったら眠らせるわよ」
 さらりと怖いことを言っているが、目が本気ではないので構わず続けることにする。
「この数日間で、色々なことがわかったよな。まさかクラボが本当に『逃亡』していたなんて、全く思ってなかった。クラボだけじゃない。オレンやカゴも、他の場所では『嫌われている』存在だなんて、考えすらもしなかったし」
 俺達が必死に木の実を集めていた時に訪れた、ほんの少しの(実際は結構長かったと思うが、それはそれくらいの長さにしか感じられなかった)休憩時間。そこでホウオウが独り言のように語ってくれたのは、この森が受けている加護についてだった。
 この森は別名「癒しの森」と呼ばれている。それはホウオウの加護により、傷ついたポケモン達が安心して傷を癒せることから、そう言われているらしい。加護がどういうものなのかは詳しく語ってくれなかったが、恐らく特定の存在以外は森に入れないとかそういうものなのだろう。
 何でも長い旅に疲れて森に寄ったホウオウが住民達の温かな歓迎を受け、その中で現実に苦しめられているポケモン達を少しでも救いたい、という理由で森に加護を与えたらしい。当時からホウオウいいやつすぎるぞ、おい。
 普通、加護を与えるのにはそれなりの強力な「媒体」が必要らしい。で、この森の場合は「地面」が媒体になっているとか何とか。地面が強力な媒体っていまいちピンと来ないが、全てを支える土台のようなものだから媒体にはうってつけなのだという。
 確かに木とか俺達とか、色々なものを支えているな(支える、という表現がこの状況に合っているのかどうかは知らない。だが、とりあえずこの表現にしておく。誰に説明しているのかは、俺にもわからない)。なかったら、色々と困るもんな。地面、ありがとう。あの夢の中では色々言ってすまなかった。……あの状況でのアレは、今でもあまり歓迎できないがな!
 まぁ、それで木々達も地面の影響を受けており、空からでも悪意ある者達にはこの森を見つけることができないらしい。そして木の実や葉もお守り代わりにもなるんだとか。何それ、便利。
 そんな色々と便利な森に集まるのは、多くが人間や同胞達から傷つけられて居場所を失ったポケモン達だ。俺やナナシ、チーゴ、チェリムちゃんやあの長老のように元から森に住んでいるポケモンも少なくないが、傷ついてやってきたポケモン達の方が圧倒的に多いという。
 クラボは色違いであることと、アブソルという種族であったことから仲間からは嫌われ、人間からは誤解を受け、元いた場所から逃げてこの森にきた。俺は知らなかったが、アブソルは人間達の間では「災いポケモン」と呼ばれているらしい。あいつは災いの「わ」の字も呼んでいないのに。誤解も甚だしいもんだ。
 オレンは二つのポケ格を持ってしまったことで仲間から怖がられ、あらぬ噂によって元いた場所から追い出された。そして色々あってボロボロになった状態で倒れたのが、偶然この森の前だった。炎タイプなんか怖くないという言い聞かせだけではなく、大切な者達以外は信じられないという気持ちが「彼」のあの性格を作り上げたのではないのか、と俺は思っている。
 カゴはぱっと見は普通に見えるが実は色違いで、クラボと同じように仲間から嫌われた挙句に元いた場所を奪われ、点々と街を彷徨っていた時に偶然この森の存在を知ってやってきた。彼女は今でこそ色違いとはわかりにくいが、最初……イーブイだった頃はハッキリとそれだとわかる色だったために苦労してきたらしい。彼女がよく言っている「眠りにつかせる」というセリフは、色違いだと知られて攻撃されても自分は十分反撃できるという気持ちの表れなのかもしれない。
 最初クラボやオレンの秘密を知った時は、ふざけてんのかと思うくらいぶっ飛んだ秘密だな、とこっそり思ったものだが、すぐに受け入れた。そしてその理由や過去をしっかり知った今は、色々な個性のポケモンがいた方が楽しいよなと思っている(理由を知ったのはオレンだけで、クラボがああなった理由は知らないままだけど)。
 というか、今まで結構一緒にいたのについ先日秘密や過去を知るとか、どんだけ他に興味がなかったんだ、俺。チェリムちゃんしか視界に入っていなかったのか? それに、彼女の本当の性格を知っても「ちゃん付け」しているってことは、俺はまだチェリムちゃんのことを癒しだと思っているんだな。自分で自分にびっくりだ。
 俺ってそんなに執着するタイプだったけな、とぼんやりと自己分析を開始しようとした時、カゴがそういえば……と言いながらこちらを見た。
「わたし達も元『木の実』なのよ。種類はオボンが言った名前の通り。あ、チェリムはモモンらしいわ」
「…………え?」
 カゴの口から出てきた衝撃の言葉に、頭にあった攻略法が抜け落ちていくのがわかった。ああ、完璧な攻略法が……。またすぐに考えないと――じゃなくて、カゴ達が本当にカゴ達だったって、マジかよ!?
「俺の知らないところで、皆情報を共有していたのか!? というか、何で俺が言った時一緒にカミングアウトしてくれなかったんだ!!?? 信じるどころか、逆に俺が嘘吐きみたいなこと言っていたし!!!」
 知らない間に仲間外れにされていたというショックから抜け出せずにいると、カゴが頬をぷうと膨らませる。……不覚にも、かわいいとか思ってしまった俺は悪くない。
「わたし達は結構前だけど、ちゃんとオボンにも言ったのよ? でもその時オボンは『皆、俺をバカだと思ってふざけんのも大概にしろよな』って言って、全く相手にしてくれなかったじゃない。あの時のわたし達の態度は、それに対するちょっとした仕返しよ」
 そうだっけか? 全く記憶にない。だがカゴが言うのなら、恐らくそうなんだろう。俺が相手にしなかったのに自分が言った時は信じろだなんて、そりゃ仕返しの一つや二つはしたくなるよな。何でその時の俺は相手にしなかったんだ。バカだと言われて冷静な判断が家出でもしていたのか。
 自分のバカっぷりに何も言えずにいると、ふとある事実に気が付いた。
「……はは、何だこれ」
 素敵ワードで相手を痺れさせるクラボに、冷気で眠らせようとするカゴ。スイッチが入ると相手に火傷を負わせるようなチーゴに、言葉や態度で凍らせようとするナナシ。主に言葉で心を毒状態にしてくるチェリムちゃ……いや、モモンに地味にダメージを与えてこようとするオレン。
 皆、前世とは完全に反対のことをしているじゃないか。これこそ、ふざけてんのかと思うようなことだ。だがこれも個性と言ってしまえばそれで終わりだろう。ふざける、ふざけないの境界線は、他ならぬクラボ達にしかわからない。それに何だかんだあっても彼らのお蔭で毎日が楽しいのだから、それでいいじゃないか。
 心の中で勝手にそう締めくくると、カゴがあっと声をあげ空の方を見る。何だと思いつられるようにして空を見ると、雨上がりでもないのに大きな虹が架かっていた。……そういえば、誰かが祭りが始まる時にはなぜかいつも大きな虹が出ると言っていたな。それか。
 つまり、祭りは既に始まりを告げているのか。……こうしちゃいられないぜ!

「そ、そういえばオボン! この祭り……『レインボー・カーニバル』が始まる時に出た虹を見たポケモン達は……し、幸せになれるってチーゴが――って、いない!!!???」

 何やらカゴが後ろの方で叫んでいるのが聞こえたが、今の俺には関係ない! 俺は電光石火を使って山のてっぺんまで駆け上がると、一番近くにあった大きなカゴの実にかじりついた。
 下の方からポケモン達の声が聞こえてくる。どうやら他の皆も祭りに参加しに来たらしい。皆に負けてたまるか! 全種類の木の実をコンプリートするのはこの俺、オボンだぜ!!
 心の中でそう宣言しながら、木の実を持っていくポケモン達に目をやる。そして、にっと口の端を持ち上げると、大きな声でこう言った。

「俺達の『祭り』は始まったばかり…………つまり、まだまだこれからだ!! 楽しもうぜ!!!」