Anti Rebirth

google翻訳でunrebirthと打ったら失禁と出てきた
イラスト
この作品はR-15指定です
1.

 唯一覚えていたのは、白の光景だった。
 とても静かで、音も無く、ただただ白が広がっているだけ。
 時々思い出すその光景は、酷くぼんやりとしていて、それが何の光景なのかは全く分からない。しかし確固として俺の中に根付いていた。

*****

「……またか」
 朝も早い、薄暗いガラスドームの中。その疑似的な密林でプテラは目を覚ました。身を起こしそう呟くと、水辺から、ざぱぁとカブトプスが姿を現した。
「いつもの夢か?」
「そうだ」
 欠伸をしながらプテラがそう答えると、カブトプスは運動するように軽く爪を振り回しながら言った。
「そうでなきゃ、お前、こんな早い時間に目覚めないからな」
「まあな」
 カブトプスの動きは次第に激しくなり、ヒュンヒュンと鋭い風切り音が鳴っていた。そして最後に十字に爪を交差させて、格好付けたようなポーズでピタリと止める。
 ただ、それを見学に来るニンゲン達に見せた事は無かった。
 プテラがそれを見終えると一番高い木に飛んで、ドームの外を眺めた。
 絶えず打ち寄せる波、海の見える景色、そしてまた、太陽が火山の向こうから顔を出そうとしていた。
 もうそろそろ、朝だ。
「今日は二度寝しないのか?」
 カブトプスがそう聞いて、プテラは答えた。
「いや、今日はニンゲンとの対話があるじゃないか。これでも結構待ち遠しくしてたんだぜ?」
「ああ、それ、今日か。でも、流石に飯終わってからだろ」
「だな。でも、二度寝する気は無いぞ」

 太陽が昇って来た頃、いつもの時間がやって来た。
 小さいゲートが開く音がして、プテラとカブトプスは密林の中へ身を潜めた。
 ゲートから出てきたのは、一匹のピカチュウだった。
 ピカチュウは辺りを不安そうに眺めながらも、目の前にある密林の中へと足を運ぶ。その後ろでゲートが静かに閉まったのには気付かなかった。
 そして、立っている黄色の尻尾がひょっこりと見えたのを、先にカブトプスが見つけた。
 小声でプテラに話す。
「おい、今日、あの電気ネズミだよ」
「マジか」
「任せるわ」
「……仕方ねえなあ」
 プテラは翼を畳んで歩き、茂みを掻き分けながらピカチュウに近づいた。
 ピカチュウが音に気付いて振り向く。頬に電気を溜めて、まだ姿の見えない何かに警戒した。その後ろに、唐突に何かが落ちた音がした。
 驚き、振り向きざまにそれに電撃を放つ。しかし、落ちてきたものはただの骨だった。
 そして、飛び出してくる音が聞こえた時にはもう、遅かった。
 低く、体を横に回しながら跳躍したプテラ。カブトプスの爪よりも長いその尻尾の先端は、ピカチュウの首に正確無比に叩きつけられた。
 ピカチュウは声を上げる暇もなく絶命し、同時にプテラがどしゃ、と背中から落ちた。
 げほげほと咳をしながら起き上がると、カブトプスがやってきて、お疲れ、と声を掛けてきた。
「相変わらず正確だな」
「そりゃな。獲物を仕留めるにはこれが一番安全だしな」
 触れるとまだ少しピリピリとするピカチュウに、プテラは先に齧り付いた。
「特別美味い訳でもないなら、こんな危険なネズミを飯にしないで欲しいな、やっぱり」
 その特別美味い訳でもないネズミの血で口を濡らしながらプテラは言った。
「今でも怖いのか」
「お前はあの電撃を味わった事が無いから、そんな事言えるんだ! 全身を駆け抜ける激痛、体が勝手にがくがくと動く訳の分からなさ、激痛の後もずっと体を支配する麻痺、お前も一度味わえば絶対に分かる!」
「ヤだね」
 げっぷをしながら、プテラは残りをカブトプスに渡した。

2.

 ガラス越しに今日の展示は中止との旨が書かれた立て札が置かれた後に、ニンゲンがこの中へ入って来た。
 男で、白髪交じりのぼさぼさとした髪の毛。土で汚れた白衣を着ていて、身長はプテラと同じほどにあった。また、一見痩せているが、他のニンゲンに比べたら肉付きも中々に良い。その自分達のホネをその手で見つけたと言う手は、ごつごつとしていた。
 そのニンゲンは、アベと周りから呼ばれていた。そして、プテラとカブトプスが生まれた時から傍に居たニンゲンだった。成長、進化して鋭い牙や爪を持つようになっても怖気づく事はなく、健康を確かめる為と口を開けさせてその中に手を突っ込む事もあった。
 そんな自分達の親でもあるアベを、二匹はいつしか好きになっていた。
「はい、口開けて」
 白衣の下からライトを取り出し、口の中をそれぞれ見る。
「虫歯無し、舌の色も問題なしで、外傷も特になく、健康は良し、と」
 そんな風に今日もプテラとカブトプスの健康状態を確かめると、白衣の下にライトを戻した。その中には色々と他にもあるようで、ライト以外にもナイフや傷薬などが出てきた事もあった。
 付いて来るように言われて、背中を向けた親の後ろを歩いていく。
 また、ニンゲンの言葉を、二匹はある程度理解していた。ただ、自分達が同じように喋れる訳でもなく、ここにあるのは一方的な話し役と聞き役だった。
 但し、今日だけは対話になる。
 住処でもある展示場から出て、更に外に出る。
 空調に慣れ切った二匹にとって、身に受ける風はとても心地が良く、時には暑かったり寒かったり。また、外はいつも、近くの潮の匂いが漂っていた。
 東、山の方を見ると、太陽も顔を出している時間だった。
「僕からあんまり離れないでくれよ」
 立ち止まっていると、アベがそう言う。けれど物腰は柔和なのも好きだった。
 何というか、同じ目線で居てくれるんだよな。
 そう、いつかカブトプスが言った事は、すとんと胸に落ちて心の中に強く残っていた。

 歩いていると、いつもの事だったが、他のニンゲンやポケモン達の目線が強く向けられているのが分かる。
 展示場でガラス越しに好奇心で向けられている目と大差ない、珍しいものを見る目。
 今、ここで飛び立ってどこかに去ったとしても、どこでもそういう目を向けられるんだろうな。
 生まれて早いうちにはもう、どこかで分かっていた事だ。心の中で、しっかりと言葉に出来て、しこりが出来た。
 生きている以上、死ぬまで自分達を引っ張り続ける。
 どこでも、いつでも、自分は、今この時間に居るはずの無い生き物として見做される。
 ただ、そのしこりは、確固としてあれど小さなものだった。
 そういう目で見られようとも、食べる事は、喋る事は、時々こうして外を歩いて色々と経験する事は、全て楽しかった。
 しこりはあれど、それを上回る楽しさが今この時間を生きている事には存在した。
 歩いていると、小さな女の子が走っているのが視界に入り、その女の子がはしゃぐように叫んだ。
「プテラとカブトプスだ!」
 珍しいものを見る目である事には変わりは無いが、それでもただ姿を見られるだけで喜ばれるというのは悪い気はしなかった。
 ただ、その女の子の後ろを走っていたのは、今日食べたのと同じピカチュウだった。
 後、もう一つ。この世界は結構複雑らしい。
 それは、言葉に落とし込めていない。ぼんやりもんやりとしたまま、ふわふわと彷徨っている。
 二匹は、少しだけ目を逸らした。

 着いたのは、ポケモンも入れる喫茶店だった。入口はある程度大型のポケモンでも入れるように大きく、テラスも充実している。
 朝の時間帯でも、もう既に人はちらほらと入っていた。
 外に出た事は何度もあれど、入るのは初めての場所。
 アベが扉を開けると、カランコロンとベルの音が鳴った。初めて聞く、硬く、けれど同時にゆったりとするような柔らかさを感じさせるその音は、中々好きになれそうだった。
「いらっしゃいませ」
 と、柔和な声が響く。
 中に入ると、ニンゲン達に混じってポケモンも働いていた。
 蔦を器用に使いながら皿をかちゃかちゃと洗う、首に葉を生えさせた四つ足のポケモン。とてとてと短い足で甘そうな食べ物を運んでいる、長い首に黒の縞模様を持ち、額には赤い石がある黄色いポケモン。
 照明に一つ混じってふわふわと漂う、青白い炎の明かりを灯しているポケモンが居た。
 いつか、自分達をここのポケモン、ニンゲン達全員で見に来た事があったな、とプテラは思い出した。
 アベは、辺りを見回してそして奥の方の席に居るニンゲンとポケモンを見つけて、その方へ歩いた。
 緑色の髪の毛を持つポケモンが、自分達の方を向くと、胸には何か赤いものが突き刺さっていて、一瞬びく、と体が震えるほどに驚いた。
 ――そんな事で驚かないで欲しいな。
 直接、頭に言葉が響いた。
 びくっ、とさっきより強く体が震えた。
 ――僕だよ僕。目の前の、胸に赤いのが突き刺さってる僕。
 微笑みながら、お辞儀をするそのポケモンは、見た目はどう見ても女性のようだった。
 ただ、脳内に響くその声は、男っぽかった。
 立ち止まっているとアベが、カブトプスとプテラに座る場所と止まり木へと促した。
 アベとそのニンゲンの間で話が始まり、間で座っているそのポケモンは、優雅な手付きで湯気が静かに立つ薄茶の飲み物を少し飲んだ。
 話を聞いていると、このニンゲン、ナミはホウエンというここからかなり南の出身らしい。緑色の髪の毛をしたそのポケモン、サーナイト、種族名とは別に名前を持っていてフェロと言うらしい、も、そこが出身だという事が分かった。
 地図とやらを見せられたけれど、良く分からなかった。
 取り敢えず何かを頼まなきゃな、とアベが小さな文字が色々と書かれている紙を手にすると、ナミが唐突に自分達に聞いてきた。
「好きな味は何かしら?」
 カブトプスとプテラは互いに顔を見合わせた。
「好きな味って?」
「食べ物の事だろうけど、肉しか食ってないけどな、俺達。好きな肉で良いのか?」
 サーナイトがはー、と息を吐くと、ナミに何かを伝えた。ナミも飽きれたような目で自分達を見てきた。
「肉しか与えてないの?」
「まあ、肉食なので」
「私は学者じゃないし、身勝手な意見かもしれないけど、折角この現代に生まれてきたんだったらさ、そして人間との生活もしているならさ、もうちょっと現代らしく生かせようよ」
 そう言うと、鞄から棒を取り出して、テーブルの上で振った。
 ころころと、様々な色の四角いものが転がり落ちた。
「ホウエンで、ポケモンにも人間にも愛されている食べ物よ。色んな味があるから、試してごらんなさい」
 これが、食べ物なのか? ただの四角いものじゃないか。
 ただ、カブトプスが先に黄色いものを選んで爪で刺し、恐る恐る口にして、次の瞬間、咳き込んだ。
「なんだこれ! 変な味だ!」
 サーナイトが言った。
「色々味があるからさ、合ったのを見つけてみなよ」
 合ったもの、かあ。
 半信半疑ながらも、赤いのを尻尾で刺して食べてみる。
 ……熱い? 何か、舌がヒリヒリする。何だこれ。妙な感じ。でも嫌いじゃないな。
 黄色。変な味だなこれ!
 青色。……これ、好きだな。うん、良く分からないけれど、好きだ。
 カブトプスは、桃色のポロックとやらを気に入っていたみたいだった。
「とすると、プテラ君はのんびりするのが好きな感じで、カブトプス君は何かと急いだりする事が多いかな?」
 言い当てられて、びっくりした。合っている。
「そういう傾向があるってだけだけどね。
 プテラ君は渋い味のものが好きで、カブトプス君は甘い味のものが好き。アベさん、覚えた?」
 アベは、驚きを隠せないまま、焦ったように答えた。
「じゃ、じゃあ、お茶とジュースでも頼めばいいかな?」
「そうですね、それで一旦頼みましょうか」
 少し時間が経って、デンリュウとか言うポケモンが飲み物を運んできた。自分達でも飲みやすい器に入った飲み物は、本当に初めての味だったけれど、とても好みだった。

 一息吐いてから、本題に入った。
「さて。そろそろ始めましょうか」
 ナミがそう言い、アベの腰の方を見ていたサーナイトが自分達の方へ目を戻した。
 説明が始まった。
 サーナイトというこの目の前に居るポケモンは、エスパータイプという括りの中でも取り分け心を読み取る事に長けているという。
 そして、このフェロと言うサーナイトは、その中でも特殊な能力を持っていると言う。
「フェロは、他者の心と心をつなぎ合わせられるのよ」
 フェロは、俺達に向けてにっこりと笑った。しかし、アベは少し考えてから聞いた。
「それは、対話と言うのでしょうか? もしかして、考えている事がそのまま相手に伝わってしまうのでは?」
「ええ」
 そう、ナミが答えると、アベは緊張するように唾を飲んだ。けれど、ナミは続けた。
「ただ、そうならないように心構える事も出来ますわ。
 多少の慣れは必要ですが、考えている事と話す事を使い分けるように、心が繋がった状態でも、繋がっている前面に出す言葉、そしてその奥で紡ぐ思考、それを分ける事が出来ます」
「ええと、それは……何と言うか……ポーカー……テキサスホールデムのように?」
「ええ、テキサスホールデムのように」
「テキサスホールデム?」
 何だそれ、とプテラとカブトプスが顔を見合わせると、向かいに座るサーナイトが肘をついて言った。
「貴方達のご主人、賭け事が好きみたいね」
「賭け事?」
「あー、何て言うのかな、危険だけど成功すればとても良いハンティングみたいなものかな」
「そんな危険な事、してたんだ」
 そう言うと、サーナイトは目を泳がせて言った。
「あー、えー、うん。危険だよ。危険なのには間違いない」
「?」
 ――まあ、分かっていて欲しいのは。
 いきなり頭に直接語り掛けてきて、また驚いてしまう。
 ――心が繋がっているという状態でも、喋る事と考える事は、使い分けられるって事さ。
「じゃあ、始めましょうか」
 唐突に、ナミが言った。
「まあ、慣れて、思う存分話してくださいな。
 フェロの胸の赤い突起に意識を集中させれば、後はフェロが繋いでくれます」
 プテラとカブトプスはまた顔を合わせ、それからアベと顔を合わせた。
 心の準備とかは出来ていないけれど、まあ、何とかなるんだろう。
 そんな軽い気持ちで、二匹と一人は意識を胸の赤に向けた。

 ――あーあー。マイクテストマイクテスト。
 ――マイクテストってなんだ?
 ――さあ、って、ああ。繋がっているのか、これ。
 ――おお、これは。
 アベが自分達の方を見た。
 ――口に出してないのに聞こえるとは、不思議なもんだな。
「あ、胸から意識を外すのは止してください。フェロの負担が高くなってしまうので」
「あ、すいません」
 フェロはまるで眠っているようにじっと、目を閉じていた。
 ――あー、じゃあ、顔は合わせられないが、うん。そうだな。プテラ。カブトプス。改めて、名乗ろうか。僕はアベ。アベ・タカヒロ。そう言います。
 カブトプスが続けた。
 ――えーっと。俺達は何て返せばいいのかな。と言うか、名前って欲しいな。なあ、プテラ?
 ――そうだなあ。結構羨ましい。
 ――えっ、ちょっと待って、いきなり言われても困るよ。いや、考えてたりした事もあったんだけどさ、中々しっくりこなくて。
 ――例えば?
 ――えーっといや、うん、やめておこう。……ハサミとか、トゲシッポとか言えるわけな……、聞こえた?
 ――……聞こえた。
 ――嫌だな。
 ――…………。ごめん、僕にはネーミングセンスなんて無いんだ。
 ――あー、うん。良く分かった。
 ハサミは、紙をチョキチョキ切っている物の事で、トゲシッポって、……俺の尻尾?
 ――あ、うん。本当にごめん。それ位しか思いつかなくて。
 俺の思考も、漏れているみたいだ。
 ――……それで。こうして話そうと思った理由なんだけど。
 アベが、緊張しているような声で、言った。口には出していないのだけれど。
 そのアベの前に出ている言葉の後ろで、何かが隠れているのが分かった。
 これが、思考と言葉を分けているという感覚か。
 ――これだけは、出来るならば、しっかりと対話が出来ている状態で言いたかったんだ。
 ――何を?
 カブトプスが、じれったいように催促した。
 ごくり、とまた、アベの唾を飲み込む音が聞こえた。
 ――君達は、生き返ったんじゃない、という事。新しく生まれた命だという事。
 いきなり言われたそれは、最初はどうしてそこまで緊張しながら言われた事なのか、良く分からなかった。
 ただ、アベのその緊張から、そして自分のどこかがそれは、とても重要な事だと叫んでいた。
 ――それは……どういう事なんだ?
 カブトプスがサーナイトの胸から視線を一度アベに向けた。そして、理解しきれないように聞いた。
 ――君達は、僕達が作った命なんだ。死から、より戻したんじゃない。見つかった骨やコハクの中に包まれていた僅かな血や体毛から、命を作ったんだ。……いきなり言われて、それがどういう意味を持つのか、君達にはすぐには理解しきれないかもしれない。けれど、それは君達がこれからこの世界で生きる為に、知っておかなければいけない、とても重要な事だと思ったんだ。
 プテラは、その言葉に、何かが引っかかった。
 …………。
 ……。
 ――あれ?
 それは、プテラの心の前に出ていた。
 自分達は死から戻ったのではない。作られた命で、そうならば、記憶なんて持ち合わせていないはずだ。
 ――じゃあ、俺が時々見る夢の光景は、何なんだ?
「……え?」
 その声は、耳に直接届いて。
 今度はアベが、プテラを見る番だった。

*****

 この世界では隕石や火山の噴火、太陽の活動が弱まる、等々の理由で、何度か絶滅が起きている、らしい。
 遥か昔、自分達が滅んだ理由は、隕石が原因だと言う説が強いらしい。
 ――とても、とても巨大な隕石が地球にぶつかったんだ。その破片が、月なのかもしれないとも言われている。
 ――その影響で、地球、この星は様々な変化を起こした。火山が噴火した。空が灰で覆われた。海に毒が流れ込んだ。そして、寒くなった。
 ――古代生物が滅んだ理由として、一番有力なのは、寒くなった、って事なんだ。寒いのは、苦手だろう?
 ――ああ。
 ――そうだな。
 ――寒いのが苦手な生き物達は、体温の調節が苦手な生き物達は、寒いのに適応出来なくて繁栄を失い、やがて絶滅に至った。
 ――これは、僕の勝手な想像だけれど。プテラ、君が覚えているその光景は、君の基となった骨や血までもが覚えていた、その寒くなった世界の、君達が付いていけなくなった、ただ滅びを待つだけの世界の光景なんだと思う。
 ……滅びを迎えた種族。
 それは。今まで、頭では、分かっていた事だった。
 話を聞いて、それがすとんと胸に落ちた。そして、アベが自分達に何を言おうとしたいのかも分かってきた。
 そうだ。
 自分は、カブトプスは。作られた命であって、滅びを迎えた種族であって、そして、唯一無二なのだ。
 同じ命は、この世界のどこにも居ない。
 寂しさが、苦しさが、体を襲ってきた。それは恐怖でもあった。
 生きている事。それは、楽しい。けれど。自分は。
 最初から最後まで、生を受けた瞬間から、死ぬその瞬間まで、天涯孤独なのだ。

「……おい、おい」
 そのツメで突かれて、やっと気づいた。
 辺りを見回すと、皆が自分を不安そうな目で見ていた。
「あ……」
「大丈夫か?」
 アベが聞いてきて、思わず口で「大丈夫」と答えた。
 けれど、通じる訳もなく、でもアベは大丈夫そうだなとほっとした顔をした。
 大丈夫、か。
 プテラは、まだ、その事実から抜け出せないで居た。
 ただ、目の前には二種の木の実を使った色彩豊かな食べ物があった。
「渋い木の実をあしらえた菓子でね、好みだと思うよ」
 ナミがにっこりと勧めた。
 焼き菓子の上に、木の実などを敷き詰めたタルトと言う食べ物だとも明してくれた。
 フェロは、焼け焦げたような黒茶の、ぎっしりとしたガトーショコラなる菓子をフォークを使って食べていた。
 カブトプスの前には、細長いガラスの器に様々な食べ物が層を成して詰め込まれており、その上にマゴとやらを綺麗に盛り付けた見た目も派手な菓子があった。それはパフェ、とか言うらしい。
 どれも、食欲をそそる見た目をしていた。フェロが食べている菓子も、焼け焦げたような見た目なのに何故か美味しそうに見える。ニンゲンは、こういうものをいつも食べているのだろうか。
 カブトプスが爪にマゴの実と、それにくっついた白い何かを口に運んで、目を見開いて、後はもうがつがつと食べ始めた。
 自分の目の前にあるタルトとやらも多分、いや絶対に美味しいのだろう。
 プテラは、何故か少しだけ恐ろしさも感じた。
 目の前でゆっくりと食べるフェロ、そして隣でがつがつと食べるカブトプス。食い散らかしていて、周りが汚くなりつつあった。
 そんな二匹を見ながら、プテラも恐る恐る口を近づけた。
 少しだけ口を付けて、それから端っこを食べて……何というのだろう、これは、完成されていると言うか? ただ肉を食べているだけでは絶対に味わえない美味しさ。味というものを追求してきたその時間の積み重ね? うん。そうだ、取り敢えず、美味しい。とても、今まで味わった事の無い程に、美味しい。
 ただ、自分の大きな口ではそれを一瞬で食べてしまうのも勿体なくて、ちびちびと食べた。
 ……ああ、多分、もう戻れない。この味を知ってしまった。
 恐ろしさの正体はそれだった。
 そして、ちびちびと食べても、すぐに食べ終えてしまった。

 その後、また対話をしたりとで時間が過ぎていき、昼過ぎになる頃、フェロがふぅ、と息を吐いた。
「疲れた? ……あー、そろそろ時間ね」
 ナミが時計を見て言うと、アベも時計を見て、もうそんな時間か、と呟いた。
 どうやら、もう対話は終わりらしい。
「今日は助かりました。約束の代金です」
 アベがナミに封筒に入った札束を渡した。それは、金というものに対してそう知らないプテラとカブトプスでも、大金だと分かった。
 その封筒の厚みは、いつかアベに給料として手渡されていた封筒の厚みと大体同じだった。
 ナミは札束の枚数を数えて、それを鞄に仕舞った。
 そして、カフェを出る時になり、唐突にフェロがまた話しかけてきた。
「僕はね、元々野生だったんだ。最初からナミのポケモンとして居た訳じゃない」
「そうなのか」
「プテラ。特に君はこれから結構悩むだろうけれど、野生では作られた命だとか、そんな事全く関係ない。僕自身が生きる為に色々と殺してきたし、誰かが生きようとする為に僕も何度も殺されかけた。
 けれどもね、ニンゲンの世界ではね、価値を認められればね、そんな事とは無縁で生きられるんだ。
 夜、何を恐れる事もなく、ぐっすりと眠れる。価値を示していさえいればそれだけで、とても美味しい物を食べられる。自分の手を汚す必要すらなくなる」
 ナミが全ての会計を済ませていた。
 もうそろそろ別れの時間だった。
「プテラとカブトプス。正直君達が羨ましいとも僕は思うよ。
 だって、生まれた瞬間から価値があるんだから」
 何となくその言葉に苛ついて、プテラは聞いた。
「……何を言いたいんだ?」
「ま、要するに。そんなムズカシイ事考えなくても、君達は死ぬまで何の脅威にも晒されずに楽しく生きられると約束されているって事さ」
「…………」
 ナミが会計を終わらせて、喫茶店から出た。
 ナミとアベが挨拶を交わし、フェロもじゃあね、と軽く言った。
 そして、さっとナミと一緒に背を向けて、後はもう振り返らなかった。

 帰って来ると、何だかどっと疲れが出てきて、プテラは眠った。
 眠りの中、また、その白い光景を見た。
 アベが言うには、それは噴火した火山から降り積もる灰の色か、雪の色か、どちらかだろうと言っていた。
 それを聞いたからか、寒さを感じた。寂しい、とても寂しい寒さだ。
 そしてそれは目が覚めても体を覆っていた。

3.

 翌日。
 ガラス越しにニンゲン達が自分を興味津々に見ている、いつもの時間。
「やっぱり、子供、欲しいよな」
「唐突にいきなり何だ」
 プテラがいきなり口に出した言葉に、カブトプスは驚きながら聞いた。
「いやー、……段々分かって来たんだよ。俺達が死ぬって事はさ、他の生き物が死ぬって事と全く違うんだよ。
 また、絶滅するって事なんだよ。生き返ったにせよ、作られたにせよ、俺達は、プテラというのは、カブトプスというのは、俺達しか居ないんだ」
「……そうだな」
 俺達は珍しいからこうやって人々に見られているんだよな、という言葉をカブトプスは何となく飲み込んだ。そんな事を言っていると、今までの、のんびりと日々を謳歌していただけのカブトプスが好きなプテラがどこかに行ってしまいそうな気がした。
 ただ。自分がそんな事を言わなくても、きっとその内行ってしまうんだろうとも思った。
 昨日の対話で、広い世界への扉は開かれてしまった。その扉はもう、閉じる事は無い。
「カブトプスは、何か思ったりしたのか?」
 プテラが続いて聞いてきた。
「んー、そんなに特に、なあ。俺達は作られたポケモンだから何かをするとか、そんなトクベツな事をする必要のないだろ? サーナイトも言ってたようにさ、俺達は生きる為に特に何もする必要もないし、お前みたいにそこまで何か考えたりとか、やりたい思いにも駆られなかった」
「……今のところは、とかでなくて?」
「いや、分かんねえや。俺、そこまで考えるの好きじゃねえし」
 爪を軽く振り回して、こうやって体動かしている方が好きだしな、と付け加えた。
 カッケー、とニンゲンの声が聞こえてきて、カブトプスは少し照れた。
「バトルとか、してみたいとかは?」
「いや、このツメじゃ、倒すより殺しちまうだろ」
 次、対話の機会があったら、それ聞いてみればと思ったが、その機会があるかどうかは分からないのだ。
 もう、聞けもしない。

 そして、時が経つに連れて。プテラがドームの外を良く見るようになったのに、カブトプスもアベも気付き始めた。
 体調を確かめる時に、アベが外に出てみたいのかと聞くが、プテラは曖昧に目を逸らすだけだった。
 まだ、考えが纏まっていないのだろうと思うが、アベは言った。
「近いうちに、外、出てみるか」
 そう言うと、プテラは嬉しそうに頷いた。

 それから更に数日後。
 また今日の今日の展示は中止との旨が書かれた立て札が立てられ、アベと共にプテラとカブトプスは外へと出た。
 それから暫くの間船に乗り、プテラが早速船酔いになった。
 飛んでいた方が楽そうで、船の上を飛んでいると、海鳥達が自分をちらりと見て来たりした。
 ただ、妙な奴が居るな、位で、町で見られる程興味を持たれる事は無かった。
 フェロが言っていた事だ。野生では、作られた命なんて関係ない。
 ……その野生を、俺は知らないんだよな。
 ガラスの中で見世物にされている事が嫌いな訳ではなかった。あの場所は生きるのに窮屈では全くなかった。
 そしてアベは良く外に連れ出してくれたし、傷を負えば手厚く治してくれた。
 ただ、それは自分にとって当たり前なだけだったのだ。
 他のニンゲン達、そしてポケモン達がどうやって生きているのか、プテラは知りたくなっていた。
 陸地が見えてきて、プテラは先にそこへ降りた。
 そこは自分が住んでいる町よりも、更に長閑な場所だった。
 他の人達と共に、アベとカブトプスが船から降りてきて、アベが言った。
「それじゃあ、どうする? 今日中には帰らないといけないから、遠くには行けないけど」
 そうアベが言った後、船から昨日の、ナミとフェロが降りてきたのが見えた。
「お久しぶり」
 アベが振り向いて、瞬間、その手がぴくりと動いた。
「待ってって。興味があるのは私じゃなくて、フェロだったのよ」
「……」
 ナミは軽く両手を上げた。
 アベは、そのサーナイト、フェロの方を見てから、言った。
「……なら、こっそり付いて来るような真似は止してくださいよ」
 ナミと、特にフェロが数瞬怯えたのを、プテラとカブトプスは見逃さなかった。
 その手は、何をしようとしていたのだろう?
 分からないけれど、アベは何かを白衣の下に隠し持っているようだった。自分達にも知らせていない、何か。
 アベが自分達の方を振り向いて、言った。
「まあ、人に危害を加えたりしなければ好きに少し遠くに行ったりしても良いよ。
 ……あー、うん。君達がどこに行っても、探せる術を僕は持っているんだ」
 探せる術? 色々と引っかかったが、アベは続けた。
「少し、僕はナミと話さなきゃいけないからね、ちょっと遠くに行ってもらえると助かるんだ」
 どうやら、アベには秘密にしておきたい事があるらしい。
 気になりながらも、カブトプスが行こうぜ、と声を掛けてきて、プテラは頷いた。
 今は話してくれないのだろう。

 森の中をぶらぶらと歩いて、話は真っ先にアベの事になった。
 アベは、何を隠し持っているのか。
「まあ、ポケモンだろうなあ」
「あの白衣の下にモンスターボールを持っている、か」
「それで、多分、俺達がどこに行っても探し出せる術ってのも多分それだろ」
「で、ポケモンだとして、俺達、大してどういうポケモンが居るのかとか知らないよなあ」
「だよなあ」
 それ以上は分からなかった。野生で生き抜いてきたというサーナイトが怯えるほどで、そして自分達がどこに行っても探し出せる。
 そんなポケモン、全く知らなかった。
「ただ、俺達にも見せた事が無いんだよな」
 少しだけ、裏切られたような感覚を二匹は覚えていた。
 アベが自分達が大きくなって、大きな顎や鋭く長い爪にも怖気ずに接してくれていたのは、自分達がアベに危害を加えないと信じていたのではなくて、単純にその何かを持っていたからではないのか、とも思った。
 そんな時、きゅるる、とプテラの腹の虫が鳴った。
「そういや、少し疲れているんだよな」
 プテラにとって、長時間飛んだのは初めてだった。
「何か、狩って来るか?」
「いや、腹減ってるの俺だし」
「まあ、俺も手伝うよ」

 生えている植物は、あのガラスの中のものとは全く違う。太古の環境を模したというその疑似的な森の中と、今現在の環境は全く違うという事はアベから教わって知っていた。自分達の基となった血や骨から受け継いだものに、記憶はほぼほぼ無かったから、その違いを体感する事は出来なかった。
 とは言え、狩りでやる事は同じだ。身を潜め、獲物が近付いてくるのをじっと待ち、襲い掛かる。
 ただ、獲物は幾ら待てども来なかった。
 余所者としてもう、警戒されているのかもしれない。
「……木の実でも探すか」
 けれども、最初に見つかった木の実は見るからに見つかった木の実は見るからに、プテラもカブトプスも苦手な味の酸っぱそうな見た目をしていた。
 一応、カブトプスが跳んで、一つを千切り落とした。
「……食うか?」
「……まあ、食わないよりかは」
 プテラがそれを口の中に入れて噛み砕いて、直後吐き出した。
「酸っぱ過ぎる! 無理だ俺には!」
「叫ぶほどか」
「食ってみれば良いよ、分かるから」
「ヤだね」
 いつの日かのお返しというようにカブトプスは笑いながら言った。
 プテラの腹の虫は先ほどより強く鳴った。
「アベの元に帰れば何かくれるかもよ?」
 カブトプスが提案するとプテラは、それは嫌だな、と言った。
「外で狩りが出来なかったからご飯ちょーだい、って、流石に嫌だよ俺は」
「そうかー……」
「空から探してみるわ」
 プテラはそう言うと、また空へ飛んだ。
 カブトプスはそれを見ながら、プテラがどうなりたいのか分からなくて、少し考えたものの、すぐに止めた。
「のんびり生きられるならそれで良いと思うんだけどな、俺は」
 いつもはただ見られているだけでニンゲン達は喜んでくれるし、こうやって時々外に出たりして面白い事とか知らない事とかを経験出来て。
 それで良いじゃないか。
 プテラが何を思っているのか、どうなりたいのか、分からないけれど考えるのも面倒臭かった。
 プテラは暫く地上を舐めまわすように見つめながら旋回して、唐突に急降下した。
 がさがさっ、と枝を突き破る音以外は、何もしなかった。
 上手く仕留められたのだろう、もう一度飛び上がったりとか、そういうのも見られなかった。

 プテラが獲物を仕留めた場所まで行くと、赤いトカゲのようなものを食べていた。尻尾の先には、地面が焦げた痕があった。
「そこそこ美味いぞ。食うか?」
「ああ」
 上手く仕留めたな、と思いながらも、何かカブトプスの頭に引っかかった。
 食べるのに躊躇う位に。
 ……でも、もう死んでしまったんだからな。関係ないよな。
 そう思って残りを食べている内に、何となく気付いた。
 カブトプスはプテラを見た。
「そういや、親が居るんだよな」
「あー……そうだな。でもまあ、あそこでアベが捕まえてきたポケモンとかを仕留めていた時と一緒……じゃないな」
 この赤いトカゲの進化したらしき姿は、ガラス越しで見た事があった。
 この進化前の姿と変わらず、尻尾から炎を出している姿。体の大きさはそう大して自分達と変わらない。ただ、肉付きは自分達より遥かに良く、そして両手に加えて肩から翼も生やしていた。
 ここはガラスの中じゃない。親が近くに居る可能性がある。
「…………早めに逃げるか」
「……そうだな」
 その時だった。がさがさと音が聞こえてきた。
 走って来る音だった。必死に、全速力で、人以上の重さの何かが足音を立てながら。
 今まで色んなポケモンを食べてきた。ただ、その後、それに対して追求される事なんて一度も無かった。食べたら、終わりだった。
 二匹は、野生ではなかった。人のポケモンとしてではなく、野生として生きるという事を、肉体が理解していなかった。
 出てきた赤い巨体は、二匹が食べたその亡骸を見て、ゆっくりと目線を上げた。目線が次第に合ってくるのに、二匹は金縛りに遭ったように動けなかった。そして、目が合うと、リザードンは激しく、憎悪を込めて二匹を睨んだ。
 そして、殺してやる、と低く呟いたのが聞こえた。

 プテラの激しい後悔は、しかしすぐに恐怖に塗り尽くされた。すぅ、と息を吸うリザードンに対しても、足が動かなかった。
 業火が目の前を覆い尽くし、その目の前にカブトプスが立ち、水を吐いた。
 しかし、水は一瞬にして蒸発し、カブトプスを焼き焦がした。
「があああああっ!」
 相性の悪いカブトプスさえもが悲鳴を上げる強い炎、プテラはやっと足を動かした。カブトプスを掴み、炎を耐えながら空へと逃げた。
 カブトプスの体は全身が強く焼け焦げていた。その甲殻も、体に備わる水の力も、その激しい炎に耐えきれていなかった。プテラも、その炎を直接受けた時間が短くても、体は焼けていた。
 リザードンは、すぐに飛んで追いかけてきた。怒りの形相でもう一度炎を吐き、プテラは必死に躱した。一直線に伸びる炎の槍が、避けても熱気を強く感じさせてきた。
 そして、飛ぶ速さも敵わなかった。
 カブトプスが叫ぶ。
「降りろ! 追いつかれたら俺はどうにも出来ない!」
「分かった!」
 プテラが降り始め、後ろを見た。
 リザードンは上空で翼を強く振るうように体を回していた。
 ……何だ?
 瞬間、背中を切り裂かれたような痛みが走り、プテラがよろけた。二度、三度、連続して切り裂かれ、翼が少し千切れた。
 木に落ち、ばきばきと枝を折りながら、カブトプスは着地した。
「大丈夫か!?」
 プテラは枝に引っかかっていた。
「何とかっ」
 上を見上げると、また、息を吸っているリザードンが見えた。
 慌てて降りようとするも、枝が翼膜に突き刺さっていて動けず、炎が無情に吐かれた。
 カブトプスが水を吐いて応戦するものの、すぐに蒸発してプテラに襲い掛かった。
「あああああっ!」
 体が焼け焦げる痛み、けれどその炎のおかげで枝も燃え、プテラは落ちた。
 直後、リザードンが急降下してきて、カブトプスの目の前にどん! と激しく音を立てながら着地した。
 そのまま振るわれた爪を、カブトプスが両方の爪で受け止めた。片腕を振るわれただけだった、ただ、力も経験も、何もかもがリザードンの方が格上だった。ずず、と受け止めた足が地面を滑る。受け止めるしか出来なかったカブトプスをリザードンが蹴り飛ばそうとして、しかし飛び退いた。リザードンが居た空間にプテラの尻尾が叩きつけられた。
 リザードンがまた、息を吸う。カブトプスとプテラがその前に立ち直した。
 小声で話す。
「戦うしかないか」
「そうだな」
「……何とかなるか?」
「するしかない」
 ……するしかない、とプテラもカブトプスも胸に刻んだ。相手が何であろうと。
 火炎放射、カブトプスとプテラが左右に跳び、リザードンは狙いをカブトプスに付けた。横薙ぎに振るわれた炎をカブトプスは伏せて躱し、その間にプテラがリザードンに頭突きをかました。
 しかし、それも片手で止められていた。全力で、全体重を掛けたはずだ。なのに、片腕で止められた。リザードンは、ず、とほんの僅かに足が滑らせただけ。
 リザードンはプテラを地面に叩きつけた。そのまま踏みつけられる前に、起き上がり、切迫したカブトプスが爪を振るった。半歩下がって避けられ、連続して振るうもどれも軽く避けられる。プテラが起き上がり、切り裂きの隙をカバーするように尻尾をリザードンに突き刺した。
 リザードンは更に後ろへ跳び、避けると同時に、既にもう一度大きく息を吸っていた。今度はもう、二匹に何をさせる暇も与えなかった。
 直撃した火炎放射、殺意の籠った激しい炎に二匹はもう、耐えられなかった。
 炎が通り過ぎた時、完全に焼けたプテラとカブトプスは、ただ崩れ落ちるだけだった。
 リザードンが歩いて来る。
「う……」
「いたい……」
 動く事すらもう出来ずに、ただ呻き声をあげる二匹を、リザードンは冷徹な目で見降ろした。
 見た事の無いポケモンであるのは確かだった。ただ、そんな事はどうでも良かった。
「アベ……」
「ごめん……なさい……」
 リザードンは呟いた。
「…………ごめんな、父さん。せめて仇は取ってやるからな」
 足が持ち上がる。
 思い切りカブトプスを踏み砕こうとしたその瞬間、その足が何故か凍り付いているのに気付いた。
「!?」
 プテラは、呟いていた。
「しろ……い……?」
 さらさらと、いつの間にか雪が降っていた。リザードンが上を見て、炎を吐き、叫んだ。
「何故邪魔をする!!」
 誰かが、やって来ていた。リザードンの叫びに、その誰かは答えなかった。
 視界の隅で、リザードンが必死に氷を振りほどこうとする姿が映った。けれども、吼える声も暴れる手足も瞬く間に氷で封じられ、横に倒れた。
 ……助かった、のか?
 そう思うと、最後に意識を保っていた気力も失われ、意識が薄れていった。

*****
 
 次に目が覚めた時、そこは屋内だった。カブトプスと一緒に寝かされていて、その隣には、青い、巨大な鳥が居た。
「起きたか、馬鹿ども」
 青い鳥が言った。
「……誰?」
 体を動かそうとすると、全身が酷く痛んで、動かない方が良いとアベに言われた。
「人間からはフリーザーと呼ばれている。ルギア様とホウオウ様に仕える……いや、そんな事は良いか。
 私は、お前達を見定める為に居る。……出来れば、姿を見せるまでの事柄なんて、起こして欲しくなかったがな」
「……見定める?」
「お前達を、私達が受け入れるか」
「……」
 お前達、というのは自分達、即ち、新たに生を受けた太古の生物だ。
 だったら、私達、というのは今を生きている生物の事だろう。
「お前達は放っておいたら、きっと数を増やしていくだろう。そして、世界にもその身を羽ばたかせていくだろう。
 しかし、お前達がただ害を為す存在だったら。この世界に馴染めなかったら。
 待つのは悲劇だけだ。今日みたいな事が、様々な場所で起きて、この世界に馴染む前に死にゆき、そしてまた絶滅してしまうだろう。
 そうなるか、ならないか、私は見定めている」
「……」
「例を言おうか。
 遥か遠くで、狂暴な三つ首の竜が居た。その竜達は、最初の内は好き勝手にやっていたが、力を合わせた人間達とポケモン達によって殆どが殺された。今は、僅かしか生きていない。
 聞いた話でしかないが、酷いものだったようだ。誰も得をしない。
 お前達がそんな存在ならば、私はここでお前達を殺す。
 そうすれば、起こらずに済むからな」
 プテラは、泣きそうになりながら言った。
「……、……俺達は、俺達自身の意志で生まれた訳じゃない。
 そんな……そんなもの、押し付けるな」
 フリーザーは、それを聞いて少し慌てたように付け加えた。
「申し訳ない。それも一面なだけだ、最悪な方の、な。
 一番の目的は保護だ。殺されないように見守る立場だ、私は」
 フリーザーは、会話が通じている時点で殺すつもりなど毛頭ない事、この世界に羽ばたいていく事を歓迎している事、そして太古からずっと生きている者達が会いたがっている事などを話した。
 要するに、自分達にはニンゲンの目からだけではなく、ポケモンという視点から見ても大切にされるべき、価値のある生物だと言う事だった。
 それから、諭すように続けた。
「ただな、野生で生きるには、お前達は何も知らなさ過ぎる。身に染みただろう」
 カブトプスが聞いた。
「プテラが、あのトカゲを殺すところからじっと見てたのか?」
「いや、私が追いついたのは、ギリギリだった。
 ……肝を冷やしたよ」
「…………助けてくれて、ありがとうございます」
 プテラも礼を続けた。
 そしてフリーザーは、最後に、と話した。
「今日の出来事から学べる事は沢山あるはずだ。お前達がどうすれば良いか、何をすればお前達の種の未来が明るいものになるか、しっかり考えろ」
 そう言うと、フリーザーはアベに顔を向け、自らボールに入った。
「本当に心配したんだからな、僕達」
 フリーザーの前では落ち着いた表情だったアベが、泣き顔になりながら言った。
 プテラは、目を閉じて、泣いた。
 ……単純な事を忘れていた。
 アベは、自分達を愛してくれていた。アベにとって、自分達はとても大切な、愛すべき存在だった。
 それは自分達が作られた生物でとか、太古に生きていた生物でとか、そんな事よりもよっぽど大切な事だった。

4.

 朝、起きると傷は大分癒えていた。
 小屋に嵌められたガラス窓には雨粒が残っていて、けれど外は晴れているようだった。
 プテラが起きると、隣で寝ていたアベも目を覚ました。
「もう、大分元気になったようだね」
 翼腕を動かして、そうだ、と答えた。
「ちょっと、外に出るかい? リザードンに見つからないように、ね」
 そう言って、アベが先に扉を開いて、外を見る。
「大丈夫そうだよ」
 そう言って、プテラは外に出た。

 雨上がり。空には虹が掛かっていた。
 木々は水の雫に光を反射し、煌めいていた。その枝から垂れるたわわに実る果実は、遠目から見ても美味しそうだった。
 カブトプスも小屋から出てきた。
 アベが、虹が綺麗だね、と二匹に言った。
 本当に、綺麗だった。そして、その中には、無情なほどの残酷さもあった。
 プテラは、カブトプスに言った。
「……人間の世界に居て気付かなかったけれど、多分、ポケモンの世界は太古の昔から変わっていないんだな。
 弱肉強食。本当にシンプルな、そのルールが一番前にある。
 そして、適者生存って言葉もある。
 太古の時代に、俺達が急激な環境の変化に付いていけなくなったから絶滅したっていう意味とかの言葉だが、それは弱肉強食の中にもちゃんとあったんだ。
 俺は、新しく生まれて何も知らなかったから、その弱肉強食の中の、適者生存さえも出来ていなかったんだな。手を出してはいけないものに、手を出してしまった。
 そのせいで、俺どころか、カブトプスまで死なせようとしてしまった」
 本当に、申し訳ない、とプテラはカブトプスに謝った。
 カブトプスはいいよ、と断った。
「今、生きているんだし」
 自分達には、価値があるから生かさせて貰った。自分がただの野生のポケモンだったら、あの場所でリザードンに踏み砕かれて死んでいた。
 リザードンは、今も血眼になって自分達を探しているだろう。子を喪った悲しみで泣いているかもしれない。
 ただ、生きるという事は本質的に、特に肉食である自分達にとって、そういう事だった。数え切れないほどの死を他者に与えながら、自分の生を繋いでいく。
 けれども、その生き方を自分も、そしてカブトプスも知らない。
 プテラは言った。
「俺達、ちゃんと生きて、学んで、この世界に適応しないとな」
「そうだな」
 カブトプスは、先日思った事を思い出した。
 のんびりとしていたプテラが、どこかへ行ってしまう。広い世界へと、行ってしまう。
 ……それは、違った。
 自分達は、どうしようとも、この世でたった一つの種である事は変わらず、そしてこの今で新しく生きていかなければいけない。
 行ってしまうのではなく、自分も扉の先へと行かなければいけなかった。
 息苦しさを感じもした。けれど、リザードンと対峙し、殺されそうになったあの絶望を、将来この世界で生きるプテラとカブトプス達に味わわせたくないとも、強く思った。
 背伸びをしたアベが、歩けるようになった二匹を見て、雨上がりの空を見て、言った。
「じゃあ、帰ろうか」
 二匹は、頷いた。