スプラッシュ・ミラージュ

ご当地アイドル『花音』
「波音」「マスク」「神経衰弱」
編集済み
 スプラッシュ・ミラージュ。

 それは、水と音と光の映像体験。映像に合わせて、水と音と光が変化していく最近話題のナイトショー。
 その話題のイベントが、ここ、ジョウト地方タンバシティで開催されることになって、普段は静かな海岸が大勢の観光客でにぎわっていた。
 海岸の端の方では、一人の少女がポツリと立っていて、誰かと待ち合わせをしているように見える。

「チケット、ゲットできて良かったなぁ…」
 
 約束の時間より大分早くついてしまって手持ち無沙汰なアキネは、沈みゆく太陽と賑わう海岸をぼーっと眺めていた。
 会場はまだ入場できないからガラガラで、スタッフと思われる人たちが慌ただしく設営と準備に追われている。
 アキネの手にはチケットが握られていて、なんとなく数週間前のコガネシティでの事を思い返していた。
 ゲームコーナーで行われていた、『制限時間内にコインを一番増やせた人が優勝!』とかいうイベント。
 友達と遊びに行ったらたまたま開催していて、しかも優勝賞品が今日のショーの観覧チケットだった。
 面白そう!という誰かの声で皆で挑戦してみたら、見事アキネが優勝したというわけである。
 彼女曰く、ゲームコーナーにあった、スロットとカードめくりのどちらでも良かったのが幸いした。
 動体視力と反射神経が必要なスロットより、カードめくりの方がアキネには合っていたし、10回1セットのカードめくりは、一度出たカードは出ない上に、柄のみ、数字のみの当て方も出来るから心なしか当てやすい気がしていた。
 神経衰弱のゆるいルール版というのが、アキネの感覚だ。

 …皆が来るまで、まだ結構時間あるなぁ…。

 待ち合わせの時間まで大分あることを確認すると、会場をエリア外から見て回ることにした。
 海岸の一角に組まれたステージは、大きな板が組まれているだけの簡単なセットだが、三面で構成されていて、ちょうど三面鏡を開いたような形になっている。
 背後は海で、ちょうど夕日が沈んでいくところ。
 ショーが始まる頃には、完全に海に吸い込まれていっているだろう。
 ステージの端には、関係者用のテントと大きなスピーカーが設置されていて、最後の調整と打ち合わせが行われているようだった。
 あとは色んな色のライトが準備されている。
 チケットを手に入れてから、このショーのことを調べてみたが、どうやら水を使った体感型エンターテイメントという奴で広範囲に水が降りかかるらしい。
 一般的にはウォータープロジェクションというらしいが、アキネにはよく分からなかった。
 ふと、一陣の風が吹いてアキネの帽子をさらっていった。
「あっ…!私の帽子…!!」
 帽子は優雅に宙を舞うと、ちょうどいいところに飛んできたヤミカラスがパクっとくわえる。
 あ…と思ったら、悪そうな顔をしたヤミカラスと目が合った。
「か…返して!私の帽子だよ!」
 アキネの言葉に耳を貸す気配もなく、ヤミカラスはすいーっと海の方へ飛び去ろうとしていく。
 どどどうしよう…と手をぎゅっと握って立ちすくんでいたら、背後からタイヤが地面を擦る音が聞こえてきた。
「俺に任せな!そこの清楚ギャル!」
 威勢のいい少年がキックボードを華麗に止めると、素早くビリヤードのキューで何かを打った。
 それは、ヤミカラスの傍まで打ちあがると、赤い光を発しながら弾ける。
 あれは…モンスターボール?
 ボールの中からエイパムが飛び出すと、器用な尻尾でヤミカラスから帽子をひったくり、空中で一回転しながら降りてきた。
 驚いたヤミカラスがエイパム向かって攻撃してくるが、下で待機していたニョロトノのみずでっぽうを食らって観念して飛び去って行く。
 エイパムから帽子を受け取ると、アキネはニッコリ笑ってお礼を言った。
「あの、ありがとう。えっと…それからお兄さんも。」
 エイパムのトレーナーは、ゴーグルをつけ前髪をバクハツさせていて、見るからにお調子者って感じの少年だった。
 それでも、とてもポケモン達に好かれているようだ。エイパムもニョロトノも嬉しそうにトレーナーの方に駆け寄っていく姿を見れば一目瞭然。
 ゴーグルボーイは誰が見てもわかるくらいワザとらしく謙遜していたが、アキネが持っていたチケットの存在に気づいて、したり顔をしてみせた。
「今日のショー、ド派手にやるから楽しみにしててくれよな!」
「ということは…スタッフさんですか…?」
「お…おう!あそこの怖い顔のお姉さんもそうだぜ。」
 にやりと意味深に笑うと、関係者用テントの方を指さした。そこには、凄く怖い顔で仁王立ちしている女の人がいる。
「ちょっと!どこ行ってたのよ!!」
「わりぃわりぃ、折角久しぶりにタンバに来たんだし、少しくらい息抜きしたっていーじゃねーか。」
 先ほどまで最終確認していた女の人はツカツカと歩いてくると、ゴーグルボーイに怒気迫る顔で近づいた。
 この人は二つ括りにした髪が特徴的で、星のイヤリングが可愛い。
 凄く怒っているのだが、少年には全く気にする気配はなくて、アキネはポカンとした顔で二人のやり取りを見つめてしまった。
「まったくもう!もうすぐ開始なんだから、準備手伝って!」
「わぁってるって!相変わらずマジメ学級委員なんら…イテテテテ!!!じゃ…じゃーな!清楚ギャル!」
 最後まで言い終わる前に、女の人にひっぱたかれて関係者以外立ち入り禁止となっているテントへ引きずりこまれていった。

「な…なんだったんだろう…」



 完全に日が沈んで辺りが薄暗くなってきた頃、観覧エリアはショーを楽しみにする人たちでごった返していた。
 アキネも無事友達と合流出来て、ショーが始まるのをわくわくしながら待っている。
「いやぁー流石アキネだよなー!相変わらず強運の持ち主!」
「シュンタは早々にコインを使い果たしてリタイアしてたよな。」
「トウマも大して増やせなかっただろ!」
 少年たちがいがみ合い始めたのを見て、アキネは止めるべきか迷った。この二人、しょっちゅうこんな感じで喧嘩しているからだ。
 でもやっぱり止めたほうがいいよね…と口を開きかけた瞬間、フッと照明が消えた。
 ざわざわする観客たちに、甲高い女の人の声が響く。
「レディースアンドジェントルメーン!ようこそ、一夜限りの水と映像のショーへ!最後まで楽しんでいってねー!!」
 司会進行役のお姉さんの合図で、ステージが一気にカラフルに色づいた。あちこちから赤・青・緑・黄と色んな色のライトが照らされる。
 ステージの端にいた、眼の下に星のマークをつけたネイティオが、羽を手旗信号みたいに動かすことで、ライトの指示を送っているようだった。
 光の線がついたり消えたり、右から左へ動いたり、とても綺麗だ。
 エレクトリックなダンスミュージックに合わせて、ステージ下から高らかに放水されて、小雨となって観客に降り注ぐ。
 どうやら、ステージ裏に水ポケモン達がいて、スタッフの合図でみずでっぽうを発射して演出しているらしい…と思う間もなく、きゃあきゃあ叫ぶ観客の声でステージのテンションが上がっていった。
 アキネ達も前の方にいたから、思いっきり水しぶきを浴びて開始早々びしょ濡れだ。
「はははっ!おもしれー!!」
 シュンタの笑い声につられて皆笑顔になる。ちょっとしたお祭り騒ぎに、普段はおとなしいアキネも何だかドキドキしてきた。
 何発かみずでっぽうみたいな水しぶきが高らかに上がった後、ステージ上で水が噴き出し始めた。
 噴水は扇型のように広がると、水の壁を作り上げた。
 それが、ステージ中央、右ステージ、左ステージと3つ出来上がる。高さはざっと建物3階分ほど。
 息をのんで見守っていると、下からライトが照らされ、水の壁に映像が映し出された。
「うわぁ…凄い…!!」
 水の壁がスクリーンになって、ジョウト地方の町々の映像が右から左へ、近づいたり遠のいたりしていく。
 さしずめスプラッシュスクリーン。野外シアターみたいなものか。
 映像に合わせて水が噴射されたり、ライトが照らされたりして、凄くカッコいい。

「ここからは、ジョウト地方を巡っていくよー!まずはワカバタウン!」

 MCの声を合図に、ワカバタウンを空から見下ろす映像が水の壁に映された。
 次はヨシノシティ、キキョウシティ…と順番に映し出されて、どうやらワカバタウンから旅立ったトレーナーの軌跡に沿っていることに気づく。
 何だか自分もポケモントレーナーとして旅立ったみたいで、自然と映像の世界に入り込んでしまった。
 タッツーとシードラが無数のあわを飛ばすと、青や緑のライトに照らされて、観覧エリアに一層幻想的な雰囲気を作り上げる。
 そんな空気の中で、色んな人との出会い、ポケモンとの絆、ライバルとのバトル、とキラキラした映像が流れると、アキネは羨望の眼差しを向けていた。
 いつかトレーナーとして旅に出たい。そんな風に思わせてくれる空間だ。
 やがて悪事を働く組織との戦い、エンジュシティの襲撃…と試練が続いたところで、一斉に照明と映像が消える。
 真っ暗になったステージに、観客も静まり返っていると、不気味な音楽とともに中央のステージに白いライトが当たった。
「きゃあぁぁ!」
 映し出されたのは、仮面を被った怪しげな男。
「あれって…、何年か前に現れた仮面の男じゃね?」
 シュンタの声にトウマが頷く。
 仮面の男ことマスク・オブ・アイスとは、昔ジョウトを騒がせた、時間の支配を目論む悪い奴のことだ。噂ではジムリーダーだったとかいう説もある。
 解散したはずの悪の組織の残党を使ったり、伝説のポケモンを従えていたりと、とにかく酷い事件だったと聞いたことがある。
 カントーとジョウトのポケモントレーナー、ジムリーダー総出で倒したという伝説級の事件で、アキネ達もよく聞かされていた。
 マントをゆらゆら揺らしながら、仮面の男がぐーんと近づいてきた。
 きゃあぁぁ!!という悲鳴と共に、水しぶきがばっしゃーんと降りかかる。
 映像なのに本当にこっちに襲ってきそうで、迫力満点だった。下手なアトラクションよりこっちの方がよっぽど凄みがあって、体験型エンターテイメントと銘打っているだけの事はある。
 突然、暗いままだった左右のスクリーンにスポットライトが当たった。
 それぞれ一人ずつ、少年のシルエットが表示される。
 右側には、ゴーグルをつけ、ビリヤードのキューを手に持つ少年。左側には髪の長い少年。
 そこまで見て、ようやくこのショーが『ポケモントレーナーとして旅立った少年が旅をしながら仮面の男と出会い倒す物語』を表現していることに気が付いた。
 それは、アキネたちに伝えられている、有名な話そのままに。
「…あれ…じゃあさっきのゴーグルの人って…」
 このシルエットには見覚えがあった。というか…ついさっき会った…ような…?

 よーし!いっちょ派手にやったらあ!

 そんな声が聞こえたような気がした瞬間、左右のスクリーンから水しぶきが高らかに上がると同時に、巨大な影が右から左へと舞った。
「マ…マンタイン…!?」
 ばっしゃーんと波打つ音に、観客も夜空に舞うマンタインに見入る。
 まさか本物のマンタインがステージ背後の海で大ジャンプするなんて誰が予想できただろうか。
「今のって演出なのか…!?」
「えっ、たまたまじゃね!?」
「さっ…さっきのマンタイン…、たくさんテッポウオ連れてたね…!」
 シュンタとトウマも驚きを隠せないが、アキネのツッコミはそれよりもマンタインに帯同していたテッポウオに向けられていた。
 マンタインとテッポウオが一緒にいるのはよく見かけるが、さっきのマンタインは数多のテッポウオのみずでっぽうをジェット噴射のようにして、空を飛んでいた。
 あんなに連れているのは、見たことがない。
 慌ててステージの両端を凝視すれば、夕方に見かけたゴーグルボーイがニヤニヤしながらステージ裏で身をかがめていた。
 反対側には、あの二つ括りの髪の女の人がやっぱり怒っていて、その隣には目つきの悪い赤い髪の少年が腕組みしながら呆れている。
 その様子だけで、どういう事なのかは明白だった。
「アキネ、何見てんの?」
 シュンタの声に我に返ると、何でもないと慌てて首を振った。
 裏方のスタッフさん達を見てたなんて、ちょっと言えないし、映像の主役のトレーナーが裏方でスタッフやってるとか絶対信じてもらえない。
 スクリーンの映像は、少年たちと仮面の男とのバトルに変わっていた。
 ニューラとか、ウソッキーとか、おそらく少年達の手持ちが入れ替わり立ち替わり仮面の男に向かっていくが、ふわりとかわされるとホウオウとルギアが出てきて反撃される。
 呼応するように、左右のスクリーンには、エンテイ・スイクン・ライコウが映し出され、5体が入り乱れて戦う様子が描かれる。
 白熱した戦いは混迷を極め、オーダイルとバクフーンの吠える姿に切り替わった。
 2体が力をためる様子が描かれ、一斉攻撃の準備をする様子に、アキネも無意識のうちに手に汗を握っている。

 クライマックスだぜ!バクたろう、ブラストバーン!
 …オーダイル、ハイドロカノン!

 聞こえないはずの裏方の声が聞こえたかと思ったら、映像のオーダイルとバクフーンが水と炎の攻撃を仮面の男へ向けてぶっ放すと同時に、中央のスクリーンから大量の水しぶきと水蒸気がどーんと噴き上がった。
 水蒸気で視界が遮られる直前、ゴーグルボーイが親指を立ててイカした顔をしていたような気がする。
 
 もしかして、後ろで本当にバクフーンとオーダイルが技をぶつけた…!?
 
 尋常じゃない水蒸気に思わず手で顔を覆いながら精一杯考えたが、そうとしか思えなかった。炎と水の究極技でもぶつけなければ、こんなにもくもくと水蒸気を出せないと思う。
 ド派手なイベントって言ってたけど、無茶苦茶じゃない…!!
 ようやくあの言葉の意味が分かって、アキネは心の中で最大限文句を言った。
 だが、顔から笑みが消えることはなかった。
 ここまで派手にされたら、もう笑うしかない。
 タンバの海風が水蒸気を吹き飛ばすと、会場全体がびしょ濡れになっていて、他の観客も呆気に取られていた。

「すっげー!!たーのしー!!」

 高らかに笑うシュンタの声で、トウマとアキネも思わず大きな声で笑い出して、大きな拍手を送った。
 つられるように、次々に他の観客からも大きな拍手が送られ、会場は大歓声が音楽をかき消してしまいそうな状態になる。
 スプラッシュスクリーンから仮面の男はいなくなり、カラフルな光がパチパチ光ったり消えたりして、勝利を表現していた。
 僅かな時間だったが、彼らのようにジョウト地方を旅したような気分になって、わくわくとドキドキが止まらない。
 やりすぎとも言える演出が脳裏に焼き付いて、今日のショーは忘れられそうもなかった。
 やがて勝利を祝うみずでっぽうが高らかに舞うと、司会進行を務めていたお姉さんが大きく手を振りながらステージ上に現れた。
 音楽とカラフルな光が徐々に収まり、スポットライトがお姉さんに集中する。
「これにて水と映像のステージ、スプラッシュ・ミラージュを終了いたします!皆様最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!」
 お姉さんが一礼すると、大歓声と鳴りやまない拍手が会場を包み込んだ。
 普段は波の音しか聞こえないタンバシティの夜が、今日だけは賑やかな夜で、多分一生記憶に残ると思う。
 ステージ袖では、裏方のあの人たちも満面の笑みを浮かべていた。

「どうぞ企画運営のスタッフ達にも盛大な拍手をお送りくださいませ!司会進行はタンバ発のアイドル、波音『HANON』がお送りしましたー!」