しがないきのみ

将来の夢は魔法使いかタルトの生地です
イラスト
編集済み

ぼくは名もなき、しがないこの星に生ける者。 いつも木から、この辺りを見守っている。



ぼくの家族は、みんな同じ木の下にいる。 毎日のように家族が増えては、毎日のようにぼとっ、と鈍い音を立てて落ち、毎日のようにヒトやポケモンにもぎ取られ、出会いと別れを繰り返す。
それは、『きのみ』として生まれてきたぼく達の運命でもある。 ぼくの『おとうさんとおかあさん』、それに『おにいちゃんとおねえちゃん』も、もう同じ木にはいない。
ぶちっ、ぶちっ、と乱暴にぼく達を取っていったとしても、ぼく達はフォルテシモで悲鳴をあげることもできないし、泣くこともできない。
逆に、「生命をありがとう」とヒトやポケモンに感謝されても、「どういたしまして」の言葉を返せず、そのまま他の生命に昇華されてゆく。
それが、ぼく達の運命だ。



この運命はきのみ達皆が受け入れているけれど、とりわけぼく達の種類はヒトやポケモンの傷に大きく作用する効果があるらしい。
だから、傷ついた多くのヒトやポケモンはぼく達を欲してこの地にやって来る。 生命の危険さえ感じて切羽詰まっている時もあれば、まるで独り占めするようにたくさんぼく達を取っていくこともある。
でも、それでも。 ぼく達のチカラがヒトやポケモンのためになるなら。 生命を救えるなら。 ぼくは自分がこのきのみとして生まれてきたことに、誇りを持つ。
もっと酷いのは、なかなかヒトの世界で『ヒンシュカイリョウ』が進められていない珍しいきのみ達だ。 ぼくも詳しいことは分からないけれど、彼らにはポケモンの能力を上げたり下げたりする効果があるみたいで『ポケモントレーナー』と呼ばれているヒト達が、血走った目でもぎ取っていくって話を聞いたことがある。
確かに、この地でポケモンバトルをしているトレーナーを眺めていた時、ピンチになったポケモンが突然動きが速くなったり、パワーが上がったりしている。 もっとすごいのは、ワザを受けた時のダメージが小さくなっていたことだ。
世の中には、ぼく達以上にすごいきのみがたくさんいるんだなぁ、ってつくづく思う。
ただひとつ、面白いことがある。
この世界のきのみは、基本的によっぽどのことがなければ長持ちする。 ヒトに植えっぱなしにされたきのみが最終的には枯れる、って話は聞いたことがあるにしても、一度実がなれば、あとはヒトにもぎ取られるだけだったりする。
流石に、雪が強く降る日なんかは傷んじゃったりすることはあるけれど。



とてもとても暑い日が続く季節がやってきた。
今日はヒトがきのみ狩りに訪れていて、この地域は賑わっている。 ヒトの世界でいう『ナツヤスミ』の時期は、トレーナー以外でもぼく達を採りにやって来るヒトが多く、毎年この季節はとっても賑やかだ。
生き生きしたたんぱんこぞうやえんじ達の顔は、正に向日葵のよう。 親と思われる男性や女性に抱っこや肩車をされたヒトの子どもによってぼくの家族がもぎ取られ、新しい家族に迎え入れられる。
そのうちぼくの家族達はソテーにでもされて食べられてしまうんだろうけど、彼らはヒトの血肉となり、ヒトの一部を形成する。 ヒトの身体の一部という名の、新しい家族になるんだ。
新しい家族の一員になった彼らは、取り残されたぼく達のことを覚えているだろうか。



取り残された、ってなんだろう。
この気持ちはなんだろう。
ぼくは、力が出なくなったり、苦しんでいるヒトやポケモン達が元気になれればよかったのに。
どうして、どうして取り残されたなんて思うんだろう。
皮のあたりが、じゅわって疼いた。



ちょっと涼しくなってきた。 木の葉っぱに赤いグラデーションがかかってくると、またきのみ狩りの季節がやってくる。 今日見かけたのは、お腹を膨らませた髪の長い女性と、メガネをかけてひょろっとした優しそうな男性だ。

「どうか、私達の赤ちゃんが、無事にすくすく育ってくれますように。 元気に産まれて来てくれますように」

「ここのオボンの実は、人間の身体にもいいって評判なんだよ。 きっと大丈夫さ」

そう言うとメガネの男性は、ぼくの隣にいた家族を優しい手つきでもぎ取って、そのごつごつした、でもあったかそうな手で髪の長い女性に手渡した。
2人は、幸せそうに笑い合うとその場を去っていった。
ヒトがすくすく生きていくためには、どうしても他の生命から分け与えてもらわなくてはいけない。



寒い季節がやってきた。 雪が降る季節だ。
あまりにも強い風が吹くと、生まれたてのぼくの家族は木々の枯れ葉とともにぼと、ぼとと落ちて雪の中に吸い込まれてしまう。
雪が溶けてしばらくすると、もうすっかりぼくの家族は傷んでしまう。 時々、お腹を空かせたポケモン達が拾って食べたりなんかもするんだけれど。
今日もまた、ナワバリ争いでボロボロにされた小さなポケモン達が、すがるようにぼく達の木の下にやってくる。 木から落ちたぼくの家族は、もうすっかり傷んでしまったけれど、ポケモン達は傷んでいないところを上手く取ってガツガツと食べて、口周りを果汁でベタベタにする。
家族達は、最後の最後まできのみとしての役割を全うした。 きっと、幸せなんだろうなぁ、って思う。



ぼくは、どんな風にきのみとしての運命を迎えるんだろう。




かまくらを作ってぬくぬくしているポケモン達が、ぼくの家族達を『新しい家族』として迎え入れている。 これまで、この地域はのどかな場所と言われていて、ヒトの社会の中では治安がいいらしい。
いつかぼくも、ぼくの家族だったきのみ達のようにああして優しいヒトやポケモンに迎え入れてもらえるのだろうか。




暖かい季節がやってきた。 この季節に流行りだすのは、『むしくいきのみ』だ。
キャタピーやビードル、ケムッソなんかのむしポケモン達が、ぼくの家族を食べっぱなしにしちゃうのだ。
チュウトハンパに食べ残されたきのみ達は、ちょっと不服なのか、身体を大きく風に合わせて揺らすんだけど。
そういえば。 最近風が強くなってきた。 風が強いのは寒い日なのかもしれないけれど、暖かい季節の方が、風が強い日が多い気がするんだ。
この時期だったかな。 お腹を大きくしていたあの髪の長い女性が、小さな赤ちゃんを連れて、またここに訪れたのは。

「オボンさん、ありがとう。 あなた達から命を分け与えてもらって、こんなに元気な女の子が生まれましたよ」

髪の長い女性に抱かれている赤ちゃんは、きょとんとした顔でぼく達をじっと見つめていた。 白いレースに隠れている、ぼく達よりも小さな手____指をしゃぶっている。
まるで雨の雫のように綺麗に潤っている赤ちゃんの瞳は、ぼく達を吸い込んでいる。 けれど、まだ生まれたばかりのヒトには、太陽の光は刺激が強かったのか。 赤児は眉間にシワを寄せてぐずってしまった。

「おお、よしよし。 ちょっと眩しかったかしらねぇ」

髪の長い女性は、ラルゴぐらいのテンポで赤ちゃんを宥めるように揺らしてあげる。

「ねんねんころりよ、おころりよ」

まるで歌声が赤ちゃんを抱いているかのようだった。 ぐずっていた赤ちゃんは、髪の長い女性の歌声を聴くと、たちまち目をとろんとさせて微睡みに落ちていった。
赤ちゃんだけでない。 この森に住み着いているポケモン達も、女性の歌声にうっとりしてしまったのか、うつらうつらとしている。

「元気な子を産ませてくれたからには、この子にはあなたにちなんだ名前をつけたいって、ずっと思っていたんです」

女性は、木を見上げると薄く微笑んだ。 その笑顔は、まるで陽だまりのように暖かく、優しく、綺麗という月並みな言葉しか思いつかない。

「この子の名前は、『ユズ』。 綺麗な柚子色をしているオボンの実と引っ掛けたの。 旦那もいい名前だって褒めてくれたわ」

ユズと名付けられた赤ちゃんは、女性の腕の中ですやすやと眠っている。 ぷっくりとしたほっぺたは、まるで丸みを帯びたぼく達にもちょっと似ていた。




この日は、雨と風がとっても強い日で。 ポケモンもヒトもほとんど寄ってこない。
ぼくの家族のほとんどが、地面にぼと、ぼとと落ちていき、ぼくの見えるところでは、葉っぱが何枚も宙を舞っている。 今日はいちだんと天気がひどくって、木の枝なんかも飛んできている。
大きな木の枝に混じって、ぼく達の木の前に大きなキカイが現れた。 確か、『クルマ』っていったっけ。
クルマから現れたヒトは、目元を黒い丸いもので隠している大きな男性2人だった。 1人はお肉がたっぷりでっぷりしていて、もう1人は対照的にひょろっと木の枝みたいな体つきをしている。
男性達は、ぼくの方へと近づいてくると、舐め回すようにぼくを見つめた。

「今日のポケモンオークションまで時間がねぇんだ。 この生憎の台風だし」

「ここのオボンは、ヒトが食べてもメッチャウマイらしいっすよ!」

「よぉし、じゃあこいつ丸かじりして行くか」

ぶちっ。
ふくよかな男性の汗ばんだ手で、ぼくは乱暴に掴まれた。 微かにぼくの身体がヒトの握力でギリギリと音を鳴らしているのがわかる。 痛い。 とても痛い。
ぼくが男性の口に近づけられたその時、ぼくは己の『終わりの時』を悟った。

がぶり。

むしゃむしゃ。

がぶり。

彼の口からはタバコのニオイがする。 タバコのせいか、うっすらと黄ばんだ歯でぼくは食べられていく。
ぼくがなくなっていく度に、ぼくがぼくじゃなくなっていく。
ぼくは、こうして、きのみの運命を、迎えたんだ。
ぼくが家族として迎えられたのは、ポケモンオークションに向かう途中の、悪い人達だったんだ。




「ぴゃぁー、美味かった美味かった! さてと、早い所行くか!」

「天気も良くなってきたし、これならオークションに間に合いそうっすね!」

ポケモンハンターの大柄な男達は、車に乗り込むと勢いよくエンジンをかけ、泥が混じった水飛沫を飛ばしながら車を走らせた。
その場に残っているのは、ハンターの1人が食い散らかしたオボンの果汁のみ。
気がつけば、空は雲ひとつない快晴。 台風一過の影響か、大きな虹がほんのりと、雨上がりの空を彩っていた。
木に生っているオボンの実達には、雨水の水滴が滴っている。 太陽の光に反射されて、絵になるくらいに非常に美しく見えた。
しかしその水滴は、もしかしたら家族を失ったオボン達の涙なのかもしれない。




何年もこの木を見守ってくれたひとつのオボン。

家族がいなくなることをきのみとしての運命として受け入れながらも、その在り方に葛藤したひとつのオボン。

そして何より、ヒトとポケモンを愛していたひとつのオボン。

そんな家族が、あんな形でいなくなってしまったことが、取り残されたオボン達にとっては、やるせなかった。




それから、何年の月日が経ったのだろうか。 何度目かの暑い季節のある日、旅の道中にある1人のポケモントレーナーの少女が、オボンの木____があった場所を訪れた。
少女の瞳は、まるで雨の雫のように美しく潤っており、肌もまるでもぎたてのきのみのようにみずみずしい。
昨日は雨が降っており足場も悪く、少女のランニングシューズは泥が少し跳ねた跡が残っている。

「ママがあたしの名前をここにあったオボンの木から閃いてつけた、って言ってたけど……ここの木、切り倒されちゃったんだね」

少女はもの寂しそうに、お下げに結った髪を揺らしながら、他にオボンの木はないかと辺りを見回す。

「せっかくトレーナーになって旅に出たら、ここに来たかったのになぁ……でも」

少女は頭の上で手を組むポーズを取りながら、青い空を仰ぐ。 そして、寂しさを残しつつも、空に向かって語りかけるように薄く笑った。

「……オボンの神様がいるんなら、あたしのこと、見守ってくれてるよね? あたし____ポケモントレーナーになった『ユズ』はすくすくちゃんと育ってますよー、っと」

すると。
ぴちゃり、と水か何かが落ちるような音がユズの背後から聞こえた。
ユズが振り返ってみると、オボンの木の跡地から少し離れたところに、オボンの実が生っている木があったのだ。
雨水の水滴が滴っており、木の下に出来ている大きな水溜まりにぽた、ぽたと落ちている。
まるで、神様がユズとの再会に涙を流しているような。
ユズがもう一度空を見上げると、大きな虹が架かっていた。




ぼくは名もなき、しがないこの星に生ける者。
昔、ぼく達の木よりも、もっと大きな木があって、ずっとこの地を見守り続けていたらしい。
もちろん、心無いヒトやポケモンも訪れることがあるかもしれない。 ヒトもポケモンも、生命のありがたさに感謝をすることを忘れてしまうかもしれない。




でも、忘れないでいてほしい。
ヒトもポケモンも、ぼく達を通して心に残る出来事を作っていくことを。