Who and you may to show light

ズッ友だょ……!!
イラスト
編集済み
 朝、目覚めて窓の外を見ると、昨晩まで降りつづいていた雨は天気予報通りに止んでいた。雲の端から顔を出す太陽を見て一安心。
 服装はいろいろと悩んだ末にいつもの服に落ち着いたが、コートはどれにするか悩む。おそらく今日は山の上で寒い風が当たる中を歩き回ることになって、あまり暖かい室内にいないだろうから厚手のコートにする。その色に合わせたマフラーも忘れずに装着。
 通学カバンからポーチと財布とパスケースのいつものセットを取り出して、バッグへとフリーフォール。その際に一緒にプリントが挟まったクリアファイルを見つけて、もうすぐ提出期限だったなぁと憂鬱になって顔をしかめたが、これから遊びに行くんだ、後回しにしよう、と見なかったフリをして通学カバンのファスナーを閉める。
 枕の上に置いてあるモンスターボールを手に取って、それもかばんに突っ込む。別に草むらに入るわけじゃないけど、美味しいものにありつけるってことでヤツも今日のことは楽しみにしているから連れて行くことにする。今日の待ち合わせの駅へは定期が効いていないから、大きくて乗れるポケモンを持っていればこういう時に電車代が浮くのだけど、持ってないのは仕方ない、だからってタクシーレンタルするわけにもいかないし。
 スマフォをタップすると、寝る前に開いていたトラス公園公式ホームページの画面が表示された。『黄金の夜景を貴方へ』『その実はアオハルの風味』『ただいまオボンフェスタ実施中』など文字が現われるが、タブをしまってグループトークの画面を開き、今日の待ち合わせの時間を確認する。
 少し早めに家を出て、来た電車に飛び乗る。揺れる電車の車窓からボーっと外の景色を見ながら、今日の参加メンバーのことを考える。みんな元気だろうか? 前回の集まりから、何か変わりはあっただろうか?
 私たちが木蘭もくらん小学校を卒業して、もう7年も経つ。
 時の流れは早いものだ。


  *  *  *  *  * 


 待ち合わせの場所に着くと、既に一人の先客が、静かにベンチに座って本を読んでいた。
「入谷さん、おはよう」
「あ、あーちゃん、おはようございます」
 私に声を掛けられた今回の参加メンバーの一人、入谷さんは読んでいた本に栞を挟んで、顔を上げる。
「早いね、1本早い電車に乗れたから私が一番乗りだと思ったんだけどな」
「私もさっき着いたばかりなので」
「何を読んでいたの?」
「小説だよ。大きな洋館を舞台に、凶悪なゴーストポケモン軍団と霊能一門の人間達の対決を書いた話」
 あらすじに興味はそそられるが、かつて旅に出て野宿をした際、真夜中にゴーストポケモンに脅かされて酷い夜を経験して以来、ゴーストポケモンというものがすっかりダメになっていた。
 みんなで踊って愉快で楽しいハッピーな話ならば読んでみたいのだが、ヴァイオレンスで血が飛び散るホラーアクションな予感がする。
「面白いよ、少し読んでみる?」
「うーん、別にいい」
「そう? オススメなんだけどな」
 残念そうに入谷さんは持っていたその本をバッグにしまう。
「あっ、ところで、あーちゃんは進路を決めた?」
 その問いに、思わず声が詰まった。
 大学への進学が掛かっているのは私と入谷さんくらいだし、他のメンバーにはあまり関わりないから出した話題だろう。それに何も答えられず、戸惑ってしまった。
「……え、いや ぜんぜん決まってない。入谷さんは?」
「私は……一応、来年は理系クラスで出してあるけど、大学どこに行けるか心配で」
「やっぱり理系にするんだ、入谷さんならどこでも行けるんじゃないの?」
「調べてみるとポケモンを扱えないと難しい――というか、扱えないとダメなところばかりで、選択肢がね」
「ああ……」

 入谷さんは木蘭小の頃は勉強のできる子という印象はあまりなかった。学校のテストは私とそう変わらない点を取っていて、小学校を卒業後はそのまま学校に残って中学受験をして、現在は名門の有名進学校に通っている。
 ご存知の通り、この国では【10歳になるとポケモンと一緒に旅に出る】という文化があり、義務教育は小学校4年生で終了となる。ただ、学校制度はそこで終わりではなく、12歳からは中学校が始まる。多くの子どもはその2年間の間にバッジ集めの旅に出て、各地を回って広い世界の見識を集めることになる。
 入谷さんは小学校を卒業した後、旅に出ることはせず、そのまま小学校に残った。体調など諸事情で旅に出られない子や、勉強を続けたい子、旅に出たくない子など、すべての子どもが旅に出るわけではなく、子どもが旅に出るのはその子が持つ権利であって義務ではない。そうした子どもたちは小学校の教室を利用して、授業を引き続きを受けることができる、中学入学までこの2年間を小学5年生・6年生と呼ぶことがあるが、これは俗称で予備校の扱いとなる。
 彼女は小学校の頃からポケモンに触れることに苦手意識があり、旅に出たくないという本人の希望で学校への残留を決めた。もともとそこまで勉強は得意じゃなかったはずだが、個人の努力の結果なのか2年間の授業の成果なのか、成績も上がって有名進学校への入学を決めた。
 ポケモンを捕まえることも触れることなく中学、高校と進んできた。昔よりはポケモンへの苦手意識は無くなったらしいが、今でも入谷さんは自分のポケモンを所持していないし、これからも所持することはないだろうと思う。無理に所持することになっても、ポケモンを可愛がれる自信は無いだろうし、仮にそうなってしまえばポケモンも可哀そうだろう。


  *  *  *  *  * 


 あまり会話が続かず二人とも無言になったところで、向こうから人間を乗せた一匹のウインディが駆けてやってきた。
 ウィンディは私たちの目の前で立ち止まり、乗っていた人物が飛び降りると元気にあいさつをする。
「ただいま参上! お待たせ~」
 長い髪を一つに束ねて、木蘭小の頃から長身に運動神経抜群で、クラスの憧れの的だった鵜野さんだ。
 前回の同窓会から引き続き、ウィンディのウルクに乗ってやってきた。
「ウルク君、元気にしてた?」
「ああ、なんか最近デブっているから運動させているんだ」
 主人になんか失礼なことを言われたことを察したのか、ウルク君は不満そうにウーとうなる。

 鵜野さんは小学校卒業後に旅を出て、その後4年間旅を続けていた。そのため中学校には行かず、家に帰ったら1年間の猛勉強を経て、ブリーダーの専門学校を受験、見事合格して学生に復帰した。
 旅に出た子どもたちは、10歳から12歳までの長い休みを利用した2年間だけの社会体験という位置づけとして、多くの子は中学校入学までには家に帰ってくる。より厳密に言うならば小学校の勉強の復習などの準備もあるので、中学入学の3ヶ月前までには、旅を切り上げて家に戻ってくることになるため、だいたい1年9ヶ月の旅となる。ただし、そんな短い期間ではポケモンを強く育てることもできないし、ジムバッジもすべて集めることができない。そのため、本気でポケモンリーグへの挑戦を目指すのであれば、必然的に中学校に行かずに旅を続けることになる。
 鵜野さんもその一人で、トレーナーとして大成をする夢を追いかけて、中学入学を蹴ってでもトレーナーを続けていた。
 だが、ポケモンリーグへの参加資格、そしてプロトレーナーになるための第一段階となる8つのリーグバッジを手に入れるために旅を続け、必死の思いをしてバッジは6つまで揃えたものの、鵜野さんは7つ目がどうしても手に入らなかったそうだ。鵜野さんは思い悩んだ末に旅を4年で諦めて、夢半ばで家に戻り、学校に通うことになった。
 帰ってからは猛勉強の日々だったそうだ。私自身も旅に出ていた2年の間に勉強をしていたことをだいぶ忘れしまったし、4年間もポケモンに向き合い続ける日々を繰り返していた後で、そのブランクを埋めるのは、さぞかし大変だっただろう。

「ブリーダーの学校は順調?」
「あぁ、そうだな。先週は臨床検査学の授業があって、検査機器の扱いやポケモンの保定の仕方についてやった」
「そんなこともやるの?」
「やるよ~。うち、バッカだからさぁ。勉強ではなくポケモンで身を立てるしかないと思ったわけだよ。でもダメだった、うちはオノッチのようには成れなかったんだ。そんな中学蹴ってでもトレーナー目指そうとしたけどやっぱオワタな奴が入る学校だから、座学はあまり無いと思うじゃん、そんなことないんだよなぁ! これがさぁっ! 教科書もこんなに分厚くて、影討ち不意討ち騙し討ちだよ」
「大変だね」
「うちも二人みたいな頭が欲しい」
「はははは……」
 鵜野さんの明朗な言葉に、声では笑いつつも、私は心の奥では落ち込んでしまった。
 ここにいる入谷さんも鵜野さんも、これから来る他の人たちもそうだけど、自分のやりたいこと、やるべきことがちゃんとあって、山あり谷ありで夢や将来に向かって進んでいる。それに比べて私には何もないし、ここまでの人生も他の人たちと比べても非常につまらない、平凡すぎる人生を送っていた。


 私は、小学校を卒業後は旅に出る道を選んだ。
 旅に出た理由も、別に何も考えてなくて、みんなが行くから一緒に行くという曖昧なものだった。
 はじめてのポケモンを手にしたら、まずは2週間は家でポケモンと慣れることから始めた。
 そうして出発の日を迎えたが、いくら授業でさんざんやり方を教わっていたとはいえ、外で寝るのが怖かったので、進んでは暗くなる前に引き返し、進んでは引き返しを繰り返して2週間。最初のポケモンをもらってから最初の町にたどりり着くまで合計1か月の時間が立っていた。
 それでも初めのジム戦は1回でバッジをもらうことができた。ジムはトレーナーの教育を目的としていて、そのトレーナーの力量に合わせて使うポケモンやワザを制限して戦ってくれる。だから一番最初のジム戦はチュートリアルであって落ち着いて戦えば誰でも勝てる試合になっている。ことは人から聞いていて、頭ではちゃんとわかっていたけど、大げさな大舞台で勝ててしまった私は「もしかして自分は天才じゃないのか?」などと完全に浮かれてしまった。
 そのため、2つ目のジム戦は挑戦するたびにボロボロに負けてスネてしまい、親に電話を掛けて「旅をやめて家に帰りたい」などと泣きついたのだった。今にして思えばあれはホームシックの一つなのだろうけど…… バカだ、本当に恥ずかしい、消してしまいたい過去だ。
 もちろん、そこで旅を諦めることはせず、何とか頑張ってバッジを3つ手に入れて、ポケモンに乗って道路を走ることが許される騎乗免許を取ったところで、旅をやめて自分の住んでいた町へ帰った。本当はさらにバッジを入手して、ポケモンに乗って空を飛ぶ、飛行免許が欲しかったのだが、3つが私自身の限界だった。
 バッジを手に入れると、ポケモンに乗って水上を渡ったり、岩などの重い物を移動させることができるなど、様々な資格を取れるようになる。それらは旅の手助けになるだけでなく、旅を終えた後でも生活のための便利な技能となり、今後の就職先によってはそれが必須になることもあるので、将来はトレーナーとして活躍する気は無いが、こうした資格取得が目的で旅に出てバッジを集めるという人がほとんどである。
 私はポケモンを持ってポケモンと共に生きるという道に向いていないということが分かったことと、とりあえずポケモンに乗って道路を移動できるようになったことの、その2つが私の旅の収穫になった。

 旅を終えた私は家に帰り、そのまま地元の公立の中学に進学し、高校に通って今に至る。彼氏は欲しかったけどそんなイベントは起こるはずもなく、学校生活も特に変わったことは何もなかった。
 普通に旅に出て普通に戻ってきた。私は一体なんだろうか?
 学校から配られた進路希望のプリントが頭をよぎる。机の前でしばらく考えたけれど、白紙のままで何も書くことが出来なかった。その現実を直視することを拒絶して、クリアファイルに挟んで教科書と共に通学カバンに放り込んだ。
 何もない私には、いろんなことをやっているみんなが羨ましくて、輝いて見える。


  *  *  *  *  * 


「あ、いたいた」
「おおー! マメーだ!」
「こんにちは、マメー」
「ごめんね、なかなか駐車場が見つからなくて遅れちゃった」
「マメー、エスターは元気?」
「エスター? ……ふっふっふ、うーの、よくぞ聞いてくれた。 おめでとう、エスターはビブラーバに進化したぞっ!」
「おおおお!!」
「ぱちぱちぱち~ あと一息だね」
 本名が遠藤、だからエンドウマメのマメー。マメーは小さいころからフライゴンが大好きだった。彼女はエンドウマメだからか緑を自分のテーマカラーだと捉えていて、筆箱も下敷きも緑色で、そうした緑色繋がりなのか、とにかくフライゴンが好きだった。旅に出たら絶対にフライゴンを手に入れるんだといつも言っていた。
「ここまで長かった…… もう帰るところもないし、もし進化させることができなかったらどうしようかと思ったよ」
「あー…… うん、マメーはね……」
「マメーなら大丈夫だよ、絶対に」
「えー 本当? わたし、オノッチみたいになれる自信は無いよ」
「あいつは別格だから」

 マメーの両親は旅に対して理解を示さない人だった「女の子は旅になんか出るべきじゃない」「一人娘にあんな危険なことをさせるものか」と、ぶっちゃけるならカッチカチの頭の固い親だった。小学校卒業後の彼女は、そんな親の機嫌を取るために旅に出ないで小学校に残り、そのまま中学校に進んだ。でも、本当は自分だけのポケモンを持って、旅に出たくてしょうがなかった――。
 木蘭小の頃の彼女は、自分は友達と一緒にポケモンを持って旅立てるものだとずっと思っていた。先生も近所の人も子どもには旅に出ることができる権利があると言っていたし、だから、なんだかんだ言っても最後は、親は子どもを旅に送り出してくれるものなのだろう、と私もみんなも楽観的に考えていた。
 みんなで一緒に旅の計画を立てて、真っ先に彼女はパソコンでここから一番近いナックラーの生息地を調べて、いつかの未来のパートナーに出会える日々を、今か今かと待ちわびていた。
 だが、最後までそれがくつがえることはなかった、親はまるで取り付く島もなく、罵声を上げて彼女の思いを縛り上げた、私たちは泣きじゃくる彼女に「一緒に行けなくてごめん」と謝られたものだった。あの当時の私にはあまりに幼すぎて、彼女の身に何が起こっていたのかが、まるで理解できていなかったけれど。マメーが可哀そうであり、彼女には謝る必要など全くないことだけは分かっていた。

 そして、中学卒業を控えた15歳の時に親と大喧嘩して、そのまま家出して旅立った。それ以降、家には帰っていないらしい。
 旅立った彼女は小学校時代の計画通りに、ポケモンを育てながら最低限のバッジを入手した上で、砂漠地帯の外れに陣取る調査員キャンプへと向かった。
 念願のフライゴンを手に入れるためにはまずは進化前のナックラーを手に入れる必要があるが、ナックラーの種族は砂漠地帯に棲む『極地棲息ポケモン』のため扱いが極めて難しく、エサの選び方や乾燥地に合わせた飼育環境の整備が必要で、素人には捕獲どころかその生息地にすら立ち入ることすら許可が下りない。そのためマメーは遺跡調査員に加入して各種資格を取ることで、砂漠地帯に立ち入ることが認められる『遺跡マニア』のトレーナーネームをゲットして、最短ルートでナックラーを入手した。

 そうして今、マメーはちょっと遅れてやってきた青春の旅を大いに満喫している。

 自らの推しポケモンのためならばと、とんでもないことを成し遂げている彼女だが、ちゃんとエスターをフライゴンに進化できるかは、まだ分からない。
 ポケモンがどれだけ強くなれるかはトレーナーの力量が関係しており、ただやみくもに戦わせるだけではポケモンは良い経験を積み重ねることができず、実力も頭打ちをしてしまう。なにしろあの育てるのが難しいと言われるドラゴンタイプだ、フライゴンに進化させるためにはかなりのレベルが要求されるだろう。
 いつでもいつもうまく行くなんて、そんな保証は無い。家を捨てて、すべてを投げうってもそれが報われるかどうか、マメーがそれに応えることができるかは、誰にも分からない。

 あの頃は分からなかったが、今ならばマメーの両親があんなに旅に出ることを反対した理由も分かってきた。
 ポケモンと立ち向かい戦う術を身に着けることは、このポケモンという強大な脅威がある世界を生きるにおいて不可欠なことで、なるべく出来るだけ若いうちに経験して糧にしなければならない、だから子ども達は10歳という節目で旅に出ることになる。だが、人間はポケモンに比べて貧弱で、ポケモンに対して無力だ、だと言うのに10歳という肉体的にも精神的にも幼すぎる年齢で過酷な世界に放り出してしまうのは危険すぎる。小学校の頃は実感の湧かないおとぎ話で済んでいたものの、旅に出て実際に人が死んでしまう現実を目にした今では……。もしも自分に子どもが産まれた時に、はたして笑って送り出すことができるのか……? その自信はない。

 最近は、旅に出る年齢を15歳からにしよう、という議論があるらしい。つまり義務教育を中学校までに延ばし、15歳から自由に高校に行ったり旅に出たり働いたりできるようにするというものだ。いくら若いうちが良いからといって、学校をたった4年間しか通わず、数の計算もロクにできないうちに旅立つなど言語道断だとか。
 小学校の4年間も最後の1年間は、野生ポケモンのいる世界を旅して生き抜くための、実用的なサバイバル術に終始して、机に向かうマトモな勉強はほとんど行われない。分数の掛け算すら出来ない状態でポケモンを持って旅に出ていいのだろうか?
 私は難しいことはさっぱりで、よく分からない。ただ、個人的な意見を述べるならば、中学3年生までの義務教育は必要ないと思う。この世界で生きるために必要なことは分数の掛け算なんかではなく、目の前のポケモンにどう向か合うかだと思うし、私が10歳という時代にそうした実体験を得られたことは幸せだったと思う。


  *  *  *  *  * 


「そういえば、そのオノッチは? まだ来てないね」
「連絡は無いけど、あとちょっとで着くんじゃないかな」
「ツツジンは今日がコンテストだっけ?」
「いや、コンテストは明日だね。前日に現地入りしなきゃならない今回は来れないって」

 ツツジン、名前がツツジというわけではなく、苗字が金澄かなずみだから同名の町のジムリーダーの名前から付けられた。ツツジンは現在ポケモンコーディネーターとして活動している。
 小学校後の2年間は旅に出て、中学の前に私と一緒に住んでいた町に戻ってきたが、中学在学中もポケモンと一緒にパフォーマンスの技の特訓を欠かすことなく続けていた。卒業後は進学せずにポケモンコーディネーターの道を目指し、再び旅立った。もともとコーディネーターになるつもりだったが、仮にうまく行かなかったときの保険と、コーディネーターに必要な教養を身に着けるため、将来のことを考えて中学は出ておこうと考えていたらしい。
 ポケモンコーディネーターの道は険しい、一般的には華やかで優雅なイメージが持たれているが、それはトップに立つほんの一握りの人だけの世界であり、それ以外は過酷で貧しい生活を余儀なくされる。まず、ポケモン用と人間用の服装と装飾品、それを流行や他の参加者との相性を合わせて複数用意しなければならない、レンタルすることも可能だが、購入した物でないと上位に上がれない。
 ポケモンのコンディションが何よりも大事になり、通常のトレーナー業と比べて、より繊細な体調管理が必要になるため、ポケモンたちへの食べ物は高くて良いものを選ぶことになる。すべてをポケモンのために注ぎ込み、人間は極貧生活を耐え忍ぶという現実があるのだそうだ。
 それらを大会主催者がうまく支援できれば良いのだが、地方によってはパフォーマーやミュージカルアクターアクトレスなどと別々の呼ばれ方をされることから分かるように、ポケモンリーグのような全国規模の組織で運営しているわけではなく、地方ごとに興行する団体が異なっている。そのため規模が小さくスポンサーも付きにくいため、主催側には金銭の余裕がない。時にはカンパを募ることすらあるそうで、コーディネーターはできるだけ自費で賄わなければならなくなっている。

「ツツジン、明日のコンテストうまく行くといいね」
「そうだね」
「うん」
「で、オノッチは、オボン園に現地集合じゃなくて、ちゃんと待ち合わせ場所に来るの?」
「待ち合わせのここに来るって言ってたけど」
「まあ、オノッチは鳥ポケモンに乗ってくるだろうから、遅刻していたらスマフォ操作できないし、連絡無いなら普通に遅れているだけだね」
「タブンネー」
「だろうね」
「わかる」
 そんなことを話していたら。

 突然、周囲の気圧がぐっと重くなったような、そんな感覚がした。
 その瞬間、体長2mほど巨大なドラゴンが斜め上から滑空して来て、着陸の直前でブレーキをかけながら、地面に降り立つ。減速しての急降下の際に巻き起こった突風が、私のロングパンツをめくり上げて大きくはためかせた。
 企業ロゴが描かれた飛行帽を被って背中に専用の騎乗具を取り付けられたカイリュー、その騎乗具には企業ロゴと共に『Pokemon RenTaxi Service』とデカデカと書かれていた。そのカイリューから降り立ったのは今回の参加メンバー最後の一人である、大野さんこと、オノッチだ。
「ごっめーん 遅刻した~」
 とテヘッと笑って、ごまかしながらオノッチはカイリューから飛び降りる。後部座席に乗せていた荷物を降ろし、頭にかぶっていた飛行帽とジャケットを脱いで、騎乗具についていた荷物ボックスの中にそれらを放り込んで、金具でしっかり固定する。そして
「あとは大丈夫だから。迎えはいいからね~」
 とカイリューの背中をポンポンと叩くと、カイリューはキメ顔でビシッと敬礼をして、再び大きく翼を広げて、あっという間に飛び去って行った。

 一同、無言。

「……あれ、もしかして、遅刻したこと怒ってる?」
「お前……」
 周囲の冷めた眼差しをみて、ふざけていてはマズイ空気を感じ取って、申し訳なさそうにオドオドを口を開いた彼女に向かって、鵜野さんは言う。
「カイリューの無駄遣いしやがって!」
「ほへ?」
 何を言われたのか分からずきょとんとして首を傾げるオノッチ。おそらくは鵜野さんは突然のことにビックリして、なんでもいいからツッコミを入れたかっただけだろう、たぶん特に深い意味はないと思う。
 カイリューと言えば四天王クラスが使うとされ、名実ともに最強格のポケモンであり、『はかいこうせんの申し子』と呼ばれている。
 かつて昔は幻のポケモンと呼ばれ、その姿を目にすることも難しいポケモンだったが、今は本もテレビもネットもあるので写真や映像で姿くらいはよく知られている。そんな現在でも、実際に自分の目で見ることが叶わないくらい珍しい。育てるのが難しいドラゴンの中でも更に難しい種族であり、入手が厳しく制限されている上に、仮に進化前のミニリュウを手に入れたところで最終進化形のカイリューまで育てきれる人はほとんどいない。まあ、そんなカイリューも、あのオノッチにしてみれば身近な存在なのかもしれない。
 ちなみに、私は実物のカイリューをこの目を見るのは生まれて初めてだった。
「カイリューをタクシー代わりとか、ずいぶんと贅沢なやつめっ!」
「いや、待て待て落ち着くんだ、うーの、これは必要なことだったんだ。今回は地方を越えて移動するから、高速大型ポケモンで飛ばないといけなかったんだ。今日は運良く配獣可能で借りられたから」
「そのカイリューに乗って、なぜ遅刻したんだか」
「あーね…… カイリューだから大丈夫だろうって油断していたんだ、神速でびゅーん!って、カイリューってもっと速いと思ってた」
「まあ、確かに速そうだと思うけど……」
「その言葉、当事者がいなくて良かったな」
「それを聞いたカイリューの『ガーン』って顔が目に浮かぶ」
「前に仲間のカイリューに乗せてもらった時は、速すぎて首が千切れるかと思ったのになぁ……」
「タクシーだし、お客さんを乗せているから、安全運航でそんなにスピードを出せなかったのでは?」
「あ、そうか」
「ところで、さっき地方を越えてやってきたと言ってたけど、そんなことってできたっけ?」
「ポケモンのそらをとぶってそんな遠くまで行けないよね」
「人を乗っけて長距離を飛ぶってかなりの体力が必要で、街をいくつか超えるので限界だから、確か空を飛ぶで地方を超えるのは危険だって禁止されてたような…… いいのかな」
「うん、いいんだよ。よく知られているバッジ中盤あたりで取れる普通の飛行免許ではダメだけど、私が持っているのはさらにその先、特級の飛行免許だからね。これから遠征も多いし飛行機なんかよりずっと手軽だから一応取っとけって仲間に言われて取った。でも、取りはしたけど私はそれに対応した高速の大型飛行ポケモンを持ってないから、さっきみたいなタクシーレンタルでしか使えないけど」
「特級の飛行免許って、そんなのあるの?」
「リーグ認定をもらって、さらにその先で取れるよ」
「先があったのか、上の世界はどうなってるんだ」
「だよね……」
「それで、タクシーでカイリューだったのか」

 オノッチがここまでの移動に利用したポケモンタクシーサービス【通称:タクシー】は、ポケモンレンタル業の一つで、電話一本やネットワンクリックで移動手段としてポケモンを一時的に借りることができる。人間を乗せられる大きさのポケモンを飼うのはエサ代も場所もかさんで、気軽に持つことができないため、陸上や海上を移動する手段が欲しい場合に、該当するポケモンをレンタルできるこのサービスは意外と重宝する。
 通常ならばポケモンセンターのパソコンの預け入れシステムを利用してレンタルポケモンをやり取りすることになるが、空を飛んで移動する場合はポケモンが自力で帰ることが出来るので、センターの場所に縛られず、好きな場所で乗り降りができる。また、乗るための免許を持ってない場合でもポケモンを操縦するトレーナーに一緒に来てもらい、同乗して運んでもらうこともできる。
 話によるとアローラ地方ではこのシステムがインフラとして浸透しているそうで、ライドギアと呼ばれる携帯型転送装置を用いて、好きな場所でポケモンをレンタルすることが可能となっており、なんとレンタルポケモン以外に乗って移動してはいけないそうだ。
 タクシーと言えばピジョットやギャロップやラプラスなど、ごく一般的に知られている、人にとても慣れやすくポケモンを借りることになるものだが。まさかあの幻のカイリューまでレンタルできるとは思いもしなかった。タクシーを使う時にトレーナーカードの提示があるけど、ランクが高くなるとそんなものまで借りることができるのだろうか。


  *  *  *  *  * 


 10歳から始まる旅の目標として、各地の街を巡ってバッジを集め、最終的にはポケモンリーグへの挑戦を目指すことになる。
 ツツジンのようにコーディネーターなどの他の目標を立てている人もいるが、昔の子どもも今の子どもも、男の子だって女の子だって、いつでもだれでも子どもたちは、ポケモンリーグ挑戦の夢に憧れてみんな旅立っていく。だけど、そのほとんどは私や鵜野さんのように脱落して、自分の町へと帰っていき、最後まで旅を続けていられる人はほんの一握り。

 オノッチはそんな一握りの存在だった。

 小学校卒業後に旅に出て、そのまま今まで旅を続けてきたポケモントレーナー歴7年のベテランであり、すでにここの地方のバッジを8つ集め終わり、リーグ認定トレーナーになっている。将来の夢はもちろん、プロトレーナーだろう。
 しかし、そうしてトレーナーとして成功すれば、夢のような世界が待っているかというと、そんなことはない。
 どんなに人の街が発展しても、ちょっと大きなポケモンが暴れれば住民の暮らしに被害が及ぶ、山のポケモンが人里に降りて暴れたり、湖の水ポケモンが喧嘩して洪水を引き起こしたりなど、そうした脅威と戦うために強いトレーナーが求められる。国は一人でも多くの強いトレーナーを育成するために、ポケモンセンター無償化や各種サービスなどに多額の金を投じている。国が10歳からの旅を推奨しているのも、国民全員が自分で身を護り、脅威に対処できる術を身に着けさせたい背景もある。
 そうして育った、バッジをすべて集めてリーグに認定されたトレーナーたちは、今まで投資をしてくれた国のために力を尽くす義務が生じてくる。例えば、民衆の手に負えない凶暴な野生ポケモンが暴れ回り街を破壊した時には、行政はリーグ認定トレーナーに出動を要請し、出動したトレーナーはその凶暴なポケモンを駆除しなければならない。つまり腕が認められれば、危険な場所に行き、危険なポケモンと戦うことになるのだが、その報酬は危険度に比べて安価となっている。昔はそれなりに貰っていたらしいが、税金の無駄遣いという声があって、減らされてしまったそうだ。

 もっとも、高い報酬が支払われていたとしても危険な任務であれば、それだけリスクを伴い自分の命や大切な仲間たちの命を危険に晒すことになる。今まで共に歩んできた大切な仲間のポケモンたちが死ぬかもしれないならば、たとえどんなに金を積まれたところで断るものだろう。
 強いトレーナーであればあるほど、命のリスクに敏感になり、保身して危険な任務は受けなくなる。だがその臆病さがしゃくに障るようで、心無い人たちがそれを非難する。『何故命を懸けて戦わないのだ』『力のあるものは、力の無いものを助けるべき』『この卑怯者め、私たちの国税をなんだと思っているんだ』などと徒党を組んで抗議をしだす。
 それはきっと、人は誰しも強いトレーナーを目指して旅立つが多くの人は挫折して諦めていく、夢を諦めて折れてしまった自分自身への怒りが一握りの成功者に対してのひがみやねたみとなって、そのように駆り立ててしまうのかもしれない。
 自分に向けられてきた賛辞や感謝の言葉が、僻みや妬みの罵声に変わっていくにしたがって。そこから逃げ出すように強いトレーナーは俗世との関係を断ち、人が踏み込むことができない山に籠るようになって行方をくらますという。
 何万人もの小さな子どもたちが大きな夢を抱いて旅立つ、その最終到達点。たくさんの人の声援に囲まれてきらびやかな舞台に立つものだと誰もが憧れていた最高の夢の頂点には、人々の非難から逃れて誰一人としておらず、光が入らない暗闇の世界が待っていた。だなんて、いくらなんでもあんまりだし、なんとも皮肉に思える。
 ポケモントレーナーとして旅を続けて、いずれはポケモンマスターになる、そんな小さいころから憧れつづけた夢の栄誉を全て捨ててしまいたくなる程に、辛い現実が待っている。それでも尚、オノッチのようにプロトレーナーを目指し続けられるのは、子どもの頃に抱き続けていた夢はそんなものに負けることは無いからなのだろうか?


  *  *  *  *  * 


 メンバー全員がそろったので、先導するマメーについて行くと、駐車場には赤橙色のウィンカーライトに黄緑色のボディという、あきらかにマメーの車だと分かるフライゴンカラーのミニバンが止まっていた。
 マメーが鍵を開けて運転席に座ると、他の4人もドアを開けて車に乗り込む。自動車の免許は身長を満たしていれば15歳から取得できるが、移動手段としてはだいたいポケモンがいれば用事が足りてしまうので、自動車免許を取得している人は珍しい。ただ、同時に多くの人数や荷物を積んで移動できたり、移動時に天候を気にしなくて良いので、こういう皆で集まって移動する時には誰か自動車を持っているといい。マメーが車を所持しているのは遺跡での仕事で、重い資材を運ぶ必要があるからだろう。

 今回集まったのは私を含めて5人、同じ木蘭小学校で一緒に4年間の時を過ごしたクラスメイトたち。
 昔はもっとメンバーもいたけれど、集まれる人数がだいぶ減ってしまった。ツツジンのように今回はたまたま予定が合わなくて来れなかった人の他にも、新たな人間関係が出来てそちらに行った人や、突然連絡が途絶えてしまって関係が途切れてしまった人もいる。
 何かしらの近況が伝わって来るならば良い方で、私の耳に入ってくるだけでも、現在5人の同級生が亡くなっている。その多くが旅の途中でポケモンにやられて、無言の帰郷をした例もあれば、消息が途絶えたまま生存が絶望的とされる行方不明者もいる。人間がこの世界を歩くには、あまりにもろすぎる。
 マメーやオノッチのようにポケモンと一緒に旅をせず、危険の草むらから離れた平和な学校生活を送っている私であっても、裏の山から興奮したリングマの群れが下りてくるかもしれない、池のコイキングが突然進化して暴れて町が水没してしまうかもしれない。私たちがポケモンと隣り合わせで生活している以上は、いつ何があってもおかしくはない、今日普通に話していた人が、明日になったら死んでしまって、もう二度と話せなくなってしまうかもしれない。

 私は、怖い。

 だから、こうしてグループで連絡を取り合い定期的に集まって、私は出来る限り参加するようにしている。
 この集まりがあと何年続くかは知らない、この女子会もいずれは誰もいなくなって、消えてしまう日が来るのだろうと思う。でも、続く限りはこうして、昔のように何の隔てなく一緒に遊ぶ時間を過ごしたい。
 こんなことを言ったら大人たちはこれを鼻で笑うのかもしれないけど、今の私にとっての懐かしき青春とは、たくさんの友達と一緒に遊んでいた7年前のあの時代だった。
 辛い現実など何も知らなかったし、知っていても何とかなるだろうって、何も気にしなかった、夢に満ちあふれて、10歳の旅立ちの瞬間にワクワクしながら同じ時間を過ごしていたあの頃……。
 これからどんなことが待っていようとも、あの頃の気持ちを大切にしたい。

 ただ…… 
 
 それは私があの頃の過去にしがみ付いているだけじゃないかって最近は思えてきた。
 みんなが一緒でいられるのは小学校まで。そこを卒業したら、バラバラの道を歩き始めることになる。それぞれに今ができて、それぞれの夢や将来に向かって別々の方向にむかって生きていく。
 授業の合間の休み時間に、机の上で鉛筆を転がして占いの本を読み合ったり、クラスメイトみんなでプロフカードを交換し合っていた頃はもう戻ってこない。
 みんなは未来に向かってどんどん突き進んでいると言うのに、私は何も為さず何も進まず、小学校時代の繋がりを求めてしまっている。
 いまは高校二年生の冬。
 私もみんなのように将来を考えていかなければならないのに……。



「おや、あーちゃん。何か悩み事でもあるのかい?」
「え……?」
 突然、隣の座席から鵜野さんが私の顔を見て話しかけて来た。
「なんだか顔がぽわわわーっと上の空だし、ノスタルジックに浸っているじゃん」
「あ、ああっ これはね……」
 考え事にふけっていたのが、ついうっかり顔に出てしまったようだった。
「いや……みんなそれぞれ、いろんなことをしていて、これから進む道が見えていて羨ましいなぁ、って思って」
「うん?」
「私には何もないや」

 大学にブリーダーに遺跡調査員にプロトレーナー、そしてコーディネーター。周りのみんなは将来のことが決まっていて今もずっと頑張り続けている。
 学校から進路希望用紙を貰って、いざ書こうと思ったけど頭が真っ白になってしまって、何も書けなかった。私は何をしてきて、どこに向かっているのだろう? 頭の中には夢じゃなくて、ぼんやりとした憧れくらいしかない。
 朝起きて朝ごはんを食べて電車に乗って授業を受けて家に帰って夕ごはんを食べてネットサーフィンをして寝る。そんな何にもない時間がずーっと続いて行くものだと思っていた。
 でも、そういうわけにも行かないんだ。もうすぐ高校も卒業するから、いよいよ進路を決めないと。
 不安と夢と将来と……
 私は何をしたいんだろう?

「ていっ」
 鵜野さんが私のほっぺたをプニュッと突いた。
「さあ、鳴け 鳴くんだ」
「ぷ、ぷにー!」
「――落ち着いた?」
「……うん」
「進路ねぇ…… まあ、そういう時期かもしれないな」
「みんなは今までいろんなことをしていて、したいことや夢が見えていて、明確に将来のことを考えてて、同じ年って感じがしなくて私だけ置いてきぼりみたいに思えちゃって……。考えても考えても全然浮かばない。みんなしっかりしてて尊敬しちゃうなぁ、私も早く決めなくちゃいけないのに……」
「そんなの、決まってなくてもいいんじゃない?」
「えっ?」


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「みんなしっかりしてて尊敬しちゃうなぁ、私も早く決めなくちゃいけないのに……」
「そんなの、決まってなくてもいいんじゃない」
「えっ?」
「進路希望用紙なんて適当に書いちゃえよ」

 うちの言葉にあーちゃんはビックリした表情を返した。
 あーちゃんは考えすぎなんだよなぁ 昔から頭がよく回るけど細かいことに気にしすぎるというか。いろんなことを同時に考えた結果、頭がパンクして答えが出てこないんじゃないのかな。
 だから考えないでおくのが一番いい気がする。そもそも、それお前が言うなって悩みじゃないか。
 なんかムカついたからほっぺを突いてやったけど、効果はあったかな?
 他の人はどうかは知らないけど、うちは将来について考えられてないし、これから不安しかない。たぶん、それは他のみんなもそうだと思う。
 でもあーちゃんは旅もして学校にもちゃんと通って、円満な今を生きているし、明るい将来が見えている。
 まあ……だからこそ、刺激が無いから余計に将来について不安になってしまうのかもしれないけど、他のみんなのように切羽詰まった状況じゃないのだから、慌てることはないって。

 小学校の頃のうちは、バトル実習において男子にも負けなしで、クラスで一番強かった。
 授業用のポケモンを借りてのポケモンバトルだったけど、どんなポケモンが回ってきても勝つことができていた。 
 だから、将来はリーグ制覇だと意気込んで旅に出て行った。
 うちの旅はかなり順調に進んでいたと思う、バッジも良いペースで入手していたし、特に何も考えず中学校の入学も蹴って旅を続けることにした。

 折り返しとなる5つ目のバッジも入手できた。だけど、7つ目のジムの前に全く勝てなくなってしまった。
 6個目のバッジまでは生活でよく使う資格が関係しているため、将来がっつりトレーナーになる気がない人でも取れるようになっている。だが、7つ目以降はそうしたことが無くなるため、求められるレベルがはねあがり、本気でリーグに挑む人のための試練となる。
 うちは今までどのように勝ち、バッジを入手できていたのかが、分からなくなってしまった。
 そんな時に開催された木蘭小の同窓会で、オノッチが7つ目のバッジを手に入れたことを知ることになった。

 言葉を失った。

 オノッチはうちの親友で、バトルは強かったけど小学校の頃は平均以上って感じで、うちほど強くは無かった。旅の最中もたまに連絡を取り合って情報交換をしていたし、バッジの数もうちより少なかったはずだった。
 うちの中でよく分からないものが渦巻いた。これは嫉妬だ、生まれて初めて親友を激しく憎んで嫉妬した、自分とアイツの何が違うと言うのか。成功するためには突出する何かがある必要があるってことは分かっていた、今のままでは決して花開くことは無いってね、頭では分かっていたとしても、今まで費やしてきたこと捨てることもできず、これから何をすればいいのか分からなくなっていった、残ったものは真っ黒な嫉妬心。そうして時間だけが過ぎて行った。

 14歳の時に父親から「家に戻ってこい」という連絡が入った。
 すっごく傷ついた。
 よく分からないけど嫌な気分だった、ひたすらムカつく、何だかマメーの一件を思い出すというか、旅なんかやめて帰ってこいとかそんなことを言われている気分だった。
 まあ、遠くから見ても抜け出しようがないスランプに陥っているのが分かるわけで、これ以上旅を続けても何も解決にならず、このままではダメになってしまう、だから親心で戻ってこいと言ってくれたのだろう、ありがたかったはずなのに……。余計なおせっかいだと素直に受け入れられない自分の心が悲しかった。

 家に帰って半年間は虚無にふけり、残り半年間の猛勉強をしてブリーダー養成の専門学校を受験した。
 中学を蹴ってでもトレーナー目指した人の受け皿になる専門学校だから、筆記試験よりもバトルとかトレーナーの腕をみる実技試験が重視され、持っているバッジの数で試験項目も免除されていたが、不甲斐ないことに簡単なはずの筆記試験に超苦戦した。
 苦労して入学したブリーダー学校のクラスメイトたちは、勉強もポケモンもデキる人ばかりだったけど、みんなおかしかった、顔だけは笑って元気にふるまっても、その奥は死んだ目をしていた。
 入学当初はそんな卑屈な奴らが嫌いで心底軽蔑していたのだけど、やがて気づいてしまったのさ、これ、うちの姿じゃんって。そこはかつて追いかけていた旅の夢に破れて、心が折れた奴らの巣窟だった。
 うちも、自分の将来なんて分からねぇよ…… 単位をちゃんと取って卒業できるかも怪しいよ……
 あーちゃんよぉ、お前がそれを言っちゃオシマイよぉ、この中で将来が一番見えているじゃねぇか。

「おーい、オノッチ。お前は将来のことは考えている?」
「んー 何も?」
 声を掛けたら、前の助手席に座るオノッチが後ろを振り向かずに答えてくれた。
「たまたま旅を続けられているから、ダラダラと惰性でいろんなところに行っているだけ。プロトレーナーになりたいとは漠然と思っていたけど、将来の夢かってというとなんか違うんだよね」
「わたしも、推しポケのためなら何でもするっ! と言っても、ぶっちゃけ遺跡や考古学に興味があるわけじゃないから、いずれは転職もいいかなぁって思ってるよ」
「私も将来のことは考えはするけど、ポケモンを避けて通って行くのが辛い…… 私の好き嫌いの問題だから自業自得だってわかってはいるけど…… みんながうらやましいよ、ポケモンに触れられるし、旅先の各地でいろんなものを見ているし」
 他の二人もそれに続いてくれた。
「うーん」
「ゆっくり考えなよ、確かにあと1年ちょっとで卒業かもしれないけど、これから先の方が長いし、いつだって進路なんて考え直していいものだと思う。だってあーちゃんも、今までいろんなことをしているんだからさ」
「……そうかなぁ?」
 そんなガラにもないことを言いながら、せめて精一杯の笑顔を見せてあーちゃんを励ます。
 あとできればでいいけど、鵜野さん、だなんてよそよそしく苗字で呼ばず、みんなみたいにあだ名で呼んでほしいな。


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 林を縫うように蛇行する坂道のカーブを何度も繰り返し、急な山を登りきると、あたりが開けて巨大な公園が現われた、3種類の巨大なドーム型の建物を中心にして花壇と池と電灯がそろい、くねくねと曲がる歩道脇のいたるところにオレン、オボン、ウブ、ノメル、カシブなどの立ち木が植えられていた。ちょうどシーズンのため、木の実に交じってクリスマスの飾り付けがされており、枝にはLEDの電飾がされていた。今回の目的地であるトラス公園の到着である。
「うわー!! すごい絶景!!」
 車から降りた私たちは、そこの展望スペースからここまで車で登って来た道と、眼下に小さく見える建物の数々を一望して叫んだ。夜に来れば街並みに明かりが灯り、さぞ夜景がきれいなスポットだろう。5人で夢中で写真を撮り合いながら、道を歩いてオボン果樹園へ向かう。

 この時期のトラス公園では、敷地のオボン果樹園の一部を解放してオボン狩りのイベントを行っており、入場料を払ってオボンの実の食べ放題ができるようになっている。
 樹木にところせましと実ったオボンの実には、昨晩の雨の影響か、外果皮に水滴をたたえて太陽の光をキラキラと反射して、新鮮でみずみずしい印象を受ける。
 雲はまばらで空は青く澄み渡っている、太陽が昇って気温が上がったからだろうか、昨晩の雨水が蒸発して、向こう側には薄い虹のようなものも見えていた。柑橘類特有の、丸みを帯びて光沢のある葉っぱに付いたしずくも光る。
 樹木ごとに熟し方の差があるようで、ほとんどが完熟して真っ黄色の実の木もあれば、まだ緑色がまばら残っている実の木もある。オボンの樹木の間には、それを食べるためのスペースとして木製のテーブルと椅子が置かれ、その上には果物ナイフやまな板やお皿が用意されていた。
 ポケモンは一人一匹のみ連れ歩きすることが可能で、自分のポケモンといっしょにオボンをもいで食べることができる。鵜野さんの後ろでウルクくんが、さっそくガツガツとオボンの実を貪り食っている。最近デブっているから運動、とはなんだったのだろうか? などと思いながら、私は鵜野さんに話しかける。
「鵜野さん、さっきはどうもありがとう」
「ん? ああ、うちは大したことを言ってないから、感謝なんてしないで。……まあ、あんま悩むなよっ!」
 鵜野さんは笑みを浮かべながらそう言うと、ウルクくんを連れて、果樹園の奥に進んでいってしまった。照れているのかもしれない。
 カッコイイなぁ、私も鵜野さんみたいになれたらいいなぁ。
「うーん」
 私は籠を手に、オボンの品定めに入る。
 なんとなく緑色が混じっているのは固そうだし、熟しすぎている実に手を出すのも怖い、ほどほどの実がなかなか見つからない。
「あーちゃんっ」
「へ?」
「はい、あーん」
「!!」
 マメーがいつの間にか、樹木からもいで切り分けていたオボンの欠片を、フォークで私の口に突っ込んできた。

 想像していたような酸っぱさはなく、口の中に甘さがパアアアと広がって、噛むたびにプチプチとした粒が破裂してオボンの甘酸っぱさが広がって行く。
 思わずとびあがりたくなる、贅沢な風味。

「おいひぃ――っ!!」
 不安と夢と将来と、面倒なことなんて全部食べて忘れてしまって。
 明日からのことは明日から考えよう、今は友達と今しかないこの時間を、存分に楽しもうと思った。