鳥籠の鳥は遥か遠くユメを見る

山ナシ、谷ナシ、オチもナシ
イラスト
 個室に二人きりと言うのは、実に艶やかな展開だと思わないかい?
 そうでもないって、連れないなぁ君は、もう少し照れたり恥ずかしがったりしてくれないとからかい甲斐がない、じゃなかった面白味がないじゃないか。
 それじゃどっちでも同じってまぁそうなんだけど、だって、ちょっと傷付くだろ、こう、そりゃあ恋人に見えるくらい年が近い訳じゃあないが、親子に間違えられるほど年が離れているって訳でもないんだ、まるで私に魅力がないみたいじゃないか。
 冗談だよ、そんなにしょぼーんとしないでくれ、落ち込まないでくれよ。
 個室に二人きりと言っても病院の病室じゃあいくらなんでも華やかに欠けると言うものだ。
 私を口説くのならそうだな、退院後に星の綺麗な夜に浜辺で愛を囁くとか、ちょっと、なんだその苦虫を噛み潰したような顔は、失礼だぞ、もう少し女性の扱いと言うものを今のうちに覚えておいた方が良い、いつか絶対に苦労するぞ。
 まったく、そんな事より話の続きを聞かせてくれって? 仕方がないな、どこまで話したんだったかな、そうそう、洞窟の出口が見えた、と言うところだった。
 
 ずいぶんと歳の離れた彼と知り合ったのは、単純に家が隣だったからだ。
 両親は共働きで普段から留守にしがちで独りきりで居るのが多かった、そんな様子を見兼ねて、それから話しをするようになったのだ。
 ある時、病気になって入院し、それから長い病院生活を続けることになってしまったのだが、共働きの両親は仕事が忙しく、中々病室に立ち寄る事も出来ないで居たため、こうして病院を訪れて話し相手になっていると言うわけだ。
 冷たい親だとは思っていないし、不満があるわけではない。
 難しい病気であるのだけど治らない病気ではない、ただしお金が掛かるのだ。
 その為に必死で働いてくれているのだろう、私や彼には知られまいとしているようだったけれど、私も彼も知ってしまっている。
 だから、中々病室に立ち寄る事が出来なくとも、恨んだりはしていないし、それはきっと彼も同じだと思う。
 
 じゃあ続きに戻ろうか、私はフラッシュを使えるポケモンを連れていないから、それは過酷な道程だったよ。
 何せ辺りは真っ暗で何も見えやしない、手探りで進むしかないんだから、出口の明かりが見えたときは、ようやく外に出られると安堵したさ。
 襲い掛かってくるような野生のポケモンに遭遇しなかったのがせめてもの救いだったけれど、こんな過酷な探索はもう二度とごめんだね。
 そんな事を言いながらどうせまた行くんだろって? ふふ、そうだね、君もわかってるじゃないか、その先に見たことのない景色がある、知らないポケモンが、新しい出会いがある、そうしたらどんなに険しい道程だって先へ進みたくなるのがポケモントレーナーってものさ。
 あぁ、でもバトルについては聞くなよ、私はバトルは専門じゃないんだ、だから細かいことを聞かれても答えられないからな。
 別にバトルの事なんて聞かない? それは助かる、トレーナーと言うとバトルのイメージがやっぱりあるけど、私の場合はそうだな、ポケモントラベラーとか言った方があっているんじゃないかな。
 うん、ポケモントラベラーなんて良い響きじゃないか。
 さて、ようやく洞窟を抜けたのだけど、洞窟を抜けると何があったと思う?
 なんだろうじゃなくて、君はもう少し想像力を働かせたらどうだ、山頂を臨む場所に出た、惜しい、確かに山頂は見えたけど見所はそこじゃないからハズレとしよう。
 じゃあ何があったのかって? 山頂、こう言う場合って山頂って呼べるのかな、一番高い場所だろ山頂って、でもまぁ良いや、山頂って事にしよう。
 山頂は盆地みたいになっていてな、周りは山に囲まれていて、まるで箱庭を連想させたよ、そして目の前には一面の花畑が広がっていたんだ。
 凄いだろう、見たこともない花だ、とても美しい光景だぞ、どんな花かって、見たことのない花だし、別に花の種類に詳しいわけじゃないからわからないけれど。
 え、色とか? 色は、そう、色々だよ、色々、色とりどりの選り取り見取りさ、世界中の色を集めて来たんじゃないかってくらい凄かったんだからな。
 採ってこなかったのかって? 摘んだりしたら可哀想だろ、え、その採るじゃない? 写真の方の撮る? それならそうと言え、勘違いしてしまったじゃないか、結局写真も撮ってないんだけどな。
 カメラだって持っていなかったし、私の図鑑がロトム図鑑だったら良かったんだけどな、だってロトム図鑑にはカメラ機能が付いているんだろう? 中々便利そうじゃないか。
 え、携帯のカメラを使えば良いだって、そ、そうか、いやその時はそう、偶々バッテリー切れしていたんだ、残念だったな。
 そんな所に出掛けるのに連絡出来なかったら危なくないのか? それもそうだけど、いつもの事じゃないぞ、その時は偶々、偶々だからな、普段はそんな事はないし、一度したミスを繰り返すような私じゃない、同じミスはしないさ。
 じゃあ次は写真を頼むだって? いや、その、写真はだな、写真を撮るのが苦手なんだ、緊張で手が震えてしまってな、だから写真は勘弁してくれ。
 それに写真で見るより絶対に自分の眼で見た方が感動するぞ、写真なんかじゃなく、次は君自身が、君自身の眼で見に行ったらどうだ?
 
 見てても飽きないような綺麗な花畑だったんだけどな、いつまでもそれじゃあ話も進まないし、そろそろ次に進むとしようか。
 花畑の向こう側には今度は森が広がっていたんだ、山の上だしそんなに広い森じゃあないぞ、でも森は森だ、森と言えば当然ポケモンの宝庫だろ? まだ見たことのないポケモンがたくさんいるに違いない。
 だが拍子抜けする事に何処を探してもポケモンの姿はない、花畑でもそうだったんだけど、不思議な事にポケモンを一匹も見掛けなかったんだ。
 こんな綺麗なお花畑なら、アゲハントとかバタフリーとか居ても良いんじゃないかと思ったんだけど、ん、アゲハントもバタフリーもそんな高い山の上までは飛んでいけないんじゃないのか? そうなのか、まぁ確かにそんな高い山をわざわざ越える必要もないのか、いやいや、実際アゲハントがどのくらい高くまで飛べるのかはわからないけれど、でも多分理由は別にもあるんだ、私はそう感じたぞ。
 奥に進むにつれて、居心地の悪さと言うか近寄り難さを感じてな、今さら言っても仕方ないのだけど、神域とか聖域とか、きっとそう言う場所だったんじゃないのかな、人もポケモンもイタズラで踏み込んで良い場所じゃなかったのかもしれない。
 でも普通に入ってるって? 仕方ないだろ、じゃあ先に説明しておいてくれよ、進入禁止の立て札を出すとかさ。
 それに今さら言っても仕方ないって言っただろ? 後から思い返すとって事だよ、その時はすごい綺麗だとか、神秘的な場所だとか、そんな事しか考えてなかったさ。
 しばらく進んでいくとな、また少し開けた場所に出た、木々の切れ間だ、他の木と混ざらないように分けている、そんな風にも見えた。
 なんでわざわざ分ける必要があるんだって? 私が分けた訳じゃないからな、でもその木が何か特別だってのはわかったぞ、だってその木には、光輝くような黄金色の実がなっていたんだから。
 
 まるで小さなお日様が実っているようだった、太陽の光を反射して、いや吸収してなのかな、本当に輝いているように見えたんだ。
 それはそれで食欲をそそらない? た、確かに考えてみたらそうかも知れないな、普通の食べ物は光ったりしないもんな。
 で、でもそれは話だからだぞ、実際に見たら君も絶対に食べてみたくなるさ、いや食べずにはいられないはずだ、私だって食べてみたかったんだから。
 結局食べなかったのか? うーん、口が滑った、結論だけ言えばそうなんだけど、そこは順を追って話したい、ちょっと置いておいてくれ。
 さっきは神秘的とかなんとか言ってたけどな、今度はそれを通り過ぎて魔的だった。
 魔性ってこういう時に使う言葉だって思い知らされた感じだ、魔性の女とか格好良いとか思ってたけど、そんな良いものじゃないかも知れないな。
 どうしても食べてみたい、もうそれしか考えられない状態だった、魅せられていたと言う奴だ。
 たくさん生っているし一つくらい貰ってもわからないだろう、そもそも自生している木の実を取ったところで誰に責められるわけでもない。
 正気を失っていたのかもしれない、その実を食べる事だけ考えて歩み寄って行った。
 我ながら思い返すと酷い姿かもしれないな。魔性の女は目指さない方が良さそうだ、だってそうだろう? 君が正気を失って虜になっても困るじゃないか。
 それに私を巡って争いなんて起きても困ると言うか、なんで笑ってるんだ、ちょっと本当に失礼だぞ。そりゃあ私は確かに背はあまり高くないし、同年代の女性と比べたら少しばかり慎ましやかかも知れないが一人前のレディとしてだな、ってなんで今度は必死に笑いを堪えてるんだ、失礼だって言ったから? 確かに言ったけどそれはそれで充分失礼だぞ、笑いたければ笑えば良いじゃないか、ちんちくりんとでも蔑めば良いだろ、って本当に笑う奴がいるか。
 とにかく、それくらい凄い木の実だったんだ、イマイチ凄さが伝わらないだって? 君が人の事を馬鹿にしていたからだろう、もう続きは話してやらないぞ。
 そうか、謝るか、じゃあ許してやろう、これ以上文句を言っても大人気ないからな、私だから許してやるけれど、普通だったら絶対に許してなんて貰えないんだからな。
 話に戻ろうか、どうしても我慢できなくて、そもそも我慢しようともしてなかったんだけど、木の実に手を伸ばしたんだ。
 でも、その手が木の実に触れることはなかった。
 見られている気がして振り向くと、そのポケモンはいた、ポケモン、多分ポケモンだ、見たことのない鳥ポケモン、でもポケモンと呼ぶのも失礼なんじゃないかってくらい、綺麗だった。神々しいって表現が一番近い、だから本当にポケモンなのかなって、そう思ったんだ。
 全身が輝いているようだったけれど、フリーザーじゃないぞ? フリーザーは水色だけど、そのポケモンは赤色? 黄色? に輝いていたんだ。でもサンダーでもないぞ、稲光のような光り方じゃない、でもファイヤーのような炎が燃えるような光り方でもない。そう、まるで太陽のような暖かい光だった。
 そのポケモンは、私が木の実に伸ばした手を引くと穏やかに頷いた。
 その実を取ってはいけない、子供に言い含めるような優しい仕草さ、頷き返したらそのポケモンは微笑んで、いや微笑んでいるように感じたってだけなんだけどさ、それから大きな翼を広げて飛び立って行ったよ。
 もしかしたら本当に神様だったのかも知れないな、ポケモンの姿を借りて来たのか、それともポケモンの神様なのか、飛び去る姿を見てそう思ったんだ。
 何故だと思う? そのポケモンは虹の尾を引いて飛んで行ったんだ、そうしてそのポケモンが見えなくなると、虹の航跡だけが残されていた、と言うわけだ。
 その後ろ姿に見惚れて、それからそのポケモンが生み出した光景にまたしばし見惚れてしまったよ。
 空に掛かる虹の橋、黄金に輝く果実、私にはそれが、空から零れ落ちた虹の滴に見えたのさ。
 本当に、綺麗な光景だった、絶景なんて言葉で表すのは無粋ってものさ、理想郷とか、天上の楽園のようとか、色々言葉はあるかもしれないけれど、私はこう表現したい。
 それはまるで、夢のような光景だった、とね。
 
 と、そんな所で今回のお話はここまでとしよう。
 その光景を胸に、心に焼き付け、虹が消えるまで眺めていた訳だけど、本当にただ黙って眺めていただけだからね。
 帰りも来た道を戻るだけだから話の種になるような事もないかな。
 帰りは鳥ポケモンで一っ飛びかって? 私は空を飛べるポケモンは持ってないから、またあの道程を歩いたさ。
 やっぱり二度とごめんだと思ったね、あぁそうさ、結局また行くのだろうけどね、だって私はポケモントレーナーなんだからな。
 さて、そろそろ今日はお開きとしよう、あまり長居していては遅くなってしまうぞ。
 面白い話を聞かせてくれてありがとうだって? 照れるじゃないか、こんな話で良ければいくらでも聞かせてあげるよ。
 喜んでくれるのが何より嬉しいからね、そんなに楽しそうに聞いてくれるんだ、こちらこそお礼を言いたいくらいだよ、あぁ、わかった、次の話を楽しみにしていてくれ。
 また話を聞かせてねと、そう言った彼を見送った。
 
 そして、鳥籠の鳥は、遥か遠くユメを見る。