伝説のオボンの樹

きつねそば
イラスト
編集済み
キュウコン「…今日も…いい天気だ…。」



頬を撫でるような優しい風の心地良さに思わず目を瞑り、そう呟く…。



キュウコン「なぁ…そう思わないか…?」

後ろを振り向くと巨大な大樹、そこには至る所にまるで蛍を思わせる様な輝きを保つ木の実が点々と実っている…だがそれだけだ…問いかけには答えない…ただサワサワと風に揺れるだけだ…。

キュウコン「…むぅ…つれないヤツめ…お前は分かってくれるよな…?」

今度は目線を下にし、ひとつの墓にも問いかける…当たり前だが返答はない…ただ十字に刺した木の棒についでとして飾った赤い真珠が陽の光にあてられて光るのみ…。

キュウコン「…いや、すまない…聞く相手を間違えた…お前の事だ、どうせまた自慢の知恵を語るだろう…そうだな…今回は風速の測り方とみた。」

声なんて聞こえない筈なのに、私の耳にはやかましい程にアイツの声が入ってくる…何故だろう…まだ会えないと分かっているのに想像するだけでそこにいる気がして頬が緩む。

キュウコン「…さて、今日もほぼ退屈な一日を始めよう…。」

重い腰を持ち上げ、私は目の前を横切る川へと足を運ぶ、今からやるのはあの光り輝く木への水やりだ…ん?ジョウロもなしにどうやるのかだって…?簡単だ、尻尾を使う。

キュウコン「…………こんなもんか…。」

自慢の尻尾に水を湿らせ、さらに重くなった身体をグォォと唸り声を上げながら引きずる…そして木の根元で絞るのだ、唸り声の時点で簡単ではないじゃないかだと…?……同じことを言われたよ…。

キュウコン「……………………………………。」

尻尾を絞る間、どうしてか独り言は無くなり沈黙になってしまう…ついアイツのちょっかいを期待してしまうのだ…まぁ、もう亡くなったから幾ら待っても意味は無いのだが…。

キュウコン「よいしょっと…ふぅ…やっぱりお前がいないと毎日がいつも通り…暇で仕方がない…。」

水やりを終えると墓の横に座り、朝食のモモンのみをかじる…。

キュウコン「…早くお前に会いたい…。」

気がつくと勝手に言葉がでていた…一瞬どうしてか分からず、考えてみるが理由はずくに明白となった…「寂しい」、そのことがつい恥ずかしくなり、天国で今の姿を馬鹿にしてるであろうアイツの顔を想像しながら照れ隠しのこおりのつぶてをつい墓にピシッと軽くぶつける。

キュウコン「今頃…天国では新しい友人でも作っていつものように笑顔を作りながら私を笑っているのか…?」

眩い光を放つ大樹の根元に寝転がり、アイツのことを思い浮かべる…不思議なやつだった…今でもアイツとの思い出は鮮明に思い出せる…そう…あれからもう120年が過ぎた…。



120年以上前…。


キュウコン「…………。」

アイツと会う前、既にその時から私の役割は始まっていた…与えられた使命はただ一つ、この樹を枯らさないこと…それが私の生きる意味だった…。


キュウコン「今日もいつも通り…か…。」

尻尾から水を与えながら観察する…相変わらず光る木の実がいくつか実るのみ…この変化の無さに呆れつつも安堵の表情を浮かべ…。


ヒュオオ……………。

キュウコン「ちっ………またか…。」

風に流されて漂ってくる生命の匂い、敏感な鼻はいち早くそれを察知し、対処を促す…樹から離れ、草を掻き分けながら進むその先には…。

キュウコン「……今日は3人か……結構少なくて安心した。」

その目で捉えたのは人間…何かを探してキョロキョロと当たりを見渡しながらこちらへと近づいてくる…察しが良いものはここで気づいてくれるだろう…狙いはもちろん…あの光る木の実だ…毎度のことのように、こうしてやってくるものはあとを立たない…。

キュウコン「去れ…欲深き人よ…。」

草の間から目を紫色に光らせ、人間達の周りに霧を作り出す…これで完了だ…あとは…。


人間「うわぁぁ!?」

人間「来るな…!来るなぁ!!」

人間「た、助けてく…ぎゃーー!!!」

見ろ…このザマだ…私の技、あやしいひかりで侵入者の一番恐れるものを引き出し、こうして追い払う…光る木の実を狙ってはここで自己の恐怖に襲われる…いつしかこの場所は私のせいで恐怖の森と謳われ、暑い時期になると侵入者の処理で忙しくなってしまった…たしか…肝試し…と言ったか…実にくだらない。

キュウコン「…終わったか…。」

そうこうしているうちに人間達はこの森を離れてしまった…気絶してしまったものもいるようだがどうでも良い、目が覚めればきっと形相を変えて逃げ出し、この森を訪れなくなる…あとはいつも通り、あそこに帰ってまた見張り…。



…………その繰り返し………繰り返し………と思っていた…。


その日常は………突如何の前触れもなく崩れていった。




ヤドキング「…………ふーん…………そうやって追い払うんだ、なんか意外な方法なんだね。」

キュウコン「…誰だ!?」

帰る場所、光る樹を目に捉えた瞬間…知らない声が後ろから聞こえた、帰路をつけられた…!?だとしたらあやしいひかりからどうやって…?

ヤドキング「誰だって…そんなこわい顔して言われたら殺されそうで出てこれないんだけど…。」

キュウコン「ほぉ、ならこの樹以外の周囲を氷漬けにするという手があるが…?その方が確実にお前を…」

ヤドキング「ちょっと待ってごめん僕が悪かった!姿はちゃんと表すからそれは無しの方面でお願い!」

慌てた様子で木の上から飛び降りてきたのは巨大な…巨大な…なんだあの白い物体は…。

キュウコン「……なんだ…貴様は…。」

ヤドキング「あー…えっと、名前はヤドキング!これじゃあダメかな?」

速攻で仕留めて森の外に捨てたいところだがどうにも調子が狂う…思わず攻撃の構えを解いてしまい、ヤドキングと名乗る不思議なやつを眺めていた。

ヤドキング「君…あれでしょ?キュウコン、その姿はアローラのものだよね?」

キュウコン「自身の種族など知らん、知ってるのは先祖の本能で頭に入り込んできた技のみだ。」

ヤドキング「あ…そ、そっかー…。」

何なんだこいつは…何が目的かが全く読めない…だが乗せられてはいけない…ここは端的に…。

キュウコン「目的を言え。」

ヤドキング「え?」

キュウコン「目的だ、何をしに来た、あれが目当てか?」

目で光る樹を促し、ヤドキングに問いかける…だが反応は意外なものだった。

ヤドキング「うーん…そのつもりだったんだけどねー……ごめん!やっぱりいらない!」

キュウコン「なんだと!?」

いらない…!?守るべきものとしてはそれはたしかに好都合だが…ここまで笑顔ではっきりと言われると流石に納得がいかない…これでも大切に育ててきたのだ…それを…

ヤドキング「だからこそかな…。」

キュウコン「は?何を…。」

ヤドキング「ん?あぁ、えっとね…君にも分かるようにだから…えーっと…エスパー、超能力はダメで…ぼ、僕の考えてることが自分には分かるんでちゅよー?的な…?」

ゴンッ………!

ヤドキング「あたぁ!?ち、ちょっと!何するんだよ君!」

キュウコン「ん?…あ、すまん…言ってることはだいたい分かったんだがつい拳が出てしまった………。」

何故自分の手が出てしまったのか…この時はまだ分からなかったが後にコイツ(ヤドキング)から教わって知ることになる…これは子供扱いされたからだった…と。だがこの時に理解しておきべきことを私は何故受け入れなかったのか…今となっては恥ずかしい思い出…えっと…アイツ(ヤドキング)はなんと言ったか…たしか…くろれきし…というものだったはずだ…。

ヤドキング「む、無理もないか…ごめん…言い方を間違えた…えーっと…こ、心が読めるんだ…これで分かってくれるかな?」

キュウコン「…信じ難いが…事実のようだな…。」

ヤドキング「よかったぁ…わかってくれた…。」

キュウコン「だがなぜ目的の木の実を欲しなくなった…?」

ヤドキング「あぁ、それね…君が大切にしてるって一目で分かったから。」

キュウコン「…………。」

質問をしておきながらなんと返したら良いか分からず、思わず黙ってしまう…がヤドキングは続けて口を開く。

ヤドキング「君が守ってるその実、オボンのみっていうものなんだ…だけど本来はこうして眩く光るものではない、だから人間達はこれを珍しいと思い始めた…それがいつしか言い伝えとなり、今では願いを叶える伝説のオボンって呼ばれてる。」

キュウコン「なるほど…それで侵入者が…。」

ヤドキング「僕もひとつ欲しくて見に来たんだ、だけどこうして見れば分かる…大切なんでしょ?その樹。」

キュウコン「あぁ、物心ついた時から守っている。」

ヤドキング「やっぱり…親からの伝承?」

キュウコン「違う、夢だ。」

ヤドキング「夢?」

キュウコン「まだこの姿が白い時(ロコン)だ、夢の中で誰かが私に語りかけた、これを枯らすな…とな、そして目が覚めたらこの樹が生えていた。」

ヤドキング「ふーん…僕達からしたら不思議な話だね。」

キュウコン「そうか?…わたしからすればこれは使命だ…意味がなかったとしても…願いを叶えれないものだとしてもこの生き方に悔いはない。」

ヤドキングはへぇ…と納得したかのように声を漏らす。

ヤドキング「じゃあこれからもこの樹を守るんだ…ねぇ、良かったらまた来ても良い!?君ともっと話がしたいな!」

キュウコン「…好きにしろ。」

ヤドキング「ありがとう!じゃ、場所は覚えたから今日はここで、バイバーイ!」



そう言うと嬉しそうな笑顔でヤドキングは踵を返し、森の奥へと手を振りながら姿を消す。




その時私は忘れなかった…アイツに向かって…あやしいひかりを使った…。






…はずだった…。






時は戻り現在に至る…。

キュウコン「…お前には…聞かなかったんだよな…あやしいひかりは…。」

そう…あやしいひかりをかけたにも関わらず、ヤドキングはこのことを夢だった、なにかの見間違いだったとは考えずにまたここを訪れたのだ…その理由は…。

キュウコン「マイペース…混乱しない…つまりはこの技ははじめから無意味だった…今でも笑い話だよ。」

その事を分かっていたのかいなかったのか…ヤドキングは一切この話題に触れることはなく、何度も何度もここを訪れては私に色んなことを教え、この森の世界について教えてくれた…。


そして15年後…ヤドキングは流行りの病で倒れてしまい、その命の幕を閉じることになる…。



キュウコン「…………………………………。」

ここで血を吐いて倒れてしまい、笑いかけながらこの世を去った…今でも覚えている…そして…アイツが言い残したことも…。



「ごめんね…でも…大丈夫…君は絶対に一人で終わらせないから…。」


これがアイツの遺言だ…ゆっくり話す間もくれず、ここを訪れた瞬間急に倒れ、そのまま死んだ…そして彼が病だと悟った時、私はひとつ理解した…あぁ、コイツは木の実の伝説を信じたのだと…なのに……その伝説を眼の前にして…彼はその手を引いてしまった…。


「木の実のおねえさーん!!」

キュウコン「お?来たか…。」

何故彼はすぐに諦めたのか…1000年の長き寿命を持つ私にはきっとまだ理解することはできないだろう…だが…。

「あのね!今日ここに来る途中でこんなの見つけたの!」

「僕はこれ!」

「私はこんなの見つけたー!」

キュウコン「おぉー、今日も色んなものを持って来たな…ひとつ毒キノコ混ざっとるが…。」


今は…今はヤドキング…お前からの贈り物を喜んで受け取ろう…15年かけて集めてくれた…私の大切な友人を…長き時を経てもちぎれぬ、この素晴らしい子孫という生命の繋がりを…。





キュウコン「じゃあ…今日は何から知りたい?」


こうして子供たちが来るようになり、私の昔の名残は今となってはすっかり消え去った…多分だが…アイツ(ヤドキング)の計らいと見て間違いないだろう…そうでないとこうなるはずはないのだ…自ら恐怖の森と言われるこの場に足を踏み入れるものが…ましてや子供だなど…。


…待ってろ…今度は私の番だ…この長き時を終えた時、私はお前の所へと向かおう…そして語るのだ…お前が残してくれた友は今は何代もの世代を繋いで来ていると…子供たちはお前のことをちゃんと面識はなくても覚えてくれていると…。その時私はきっと…きっとその時、お前が私と話がしたくなった理由が…この樹から手を引いた理由が分かるはずだ…。


大樹にまで育った伝説の樹…ひとつひとつ光る伝説のオボンのみに照らされ…最後の時を迎えるまで私は今日もこの樹と共に…。