How many colors?

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イラスト
 まだ空や街がすやすやと寝静まっている間に、私は屋上へと上がった。街はまだ、ぽつぽつと電燈の灯りの粒々を散らばせているだけであるが、空の一片は漸くに薄あお色からマトマのようなあか色に色づき始めていた。闇が空を飲み込んで冥濛な世界に、街全体が自然と光を求めたり、闇から目を背けたりする。だが、誰も何もしなくても、また光を湛え、明媚な世界を照らす。このような、意識しなければ気が付かない、当たり前のことが当たり前に行われることへの感謝と安堵から、私の一日は始まる。呑気にそれを目守まもる私の背後では、背中を向けた巨大な敵がどっかりと鎮座している。だが私からは姿を遠くに確認できる一方で、向こうは私を見つけられない。なぜなら、ここにはその敵からの認識を阻害するベールが張られているからである。イッシュと境を分かち合っているこの街が、カロス出身の私をも、この社会の中の一個人として認識してくれているのである。
 カロスとイッシュは古くからまさにトリミアンとヤナッキーである。なにかあるたびに、戦争が勃発していた。今もその最中で、私がカロスから逃れた大きな理由はそれである。

 私は友人のコンセーとの酒の席で、戦争でこの先どうなるのか、とても気がかりであることを話した。それは戦争が起こった時はいつも、誰しもが思うことではあるが、そのときの私は今までよりも、おそらく誰よりもその気持ちが強かった。おそらく他の人はあまり気にしていないようであるが、少しばかり戦争が長引いているように思えるのである。そのいつもと違う状況が私には非常に気に懸かっていた。それを汲み取ったのか、コンセーは真剣に考え始めた。すると突然膝を打った。
「カロスから一旦離れるのは?」
 コンセーはそう言って、一瞬ハッとなって、ポケモンスクールの卒業式のときのような少し寂しい目をしたように見えたが、すぐにそれを振り払うように小さく頷いた。
「なるほど、それはいいかも。でも、どこに?」
 私がそう言うと、コンセーは一直線にバックの中を漁りだし、一枚の紙きれを取り出してカウンターに広げて、指でトントンと差した。
「ここら辺は? アジルの専門の生物の研究が盛んだって聞くし」
「でもここイッシュのすぐ隣だよ?」
「逆に戦争の向こうの情報も手に入りやすいし、しかもカロス行きの船が停泊する港も近くて交通の便が良いし」
 眉を顰め首を傾げたが、コンセーに「杞憂に過ぎない。絶対大丈夫」としつこく言われ、根も葉もなさそうな自信にアゴジムシが姿を現しそうではあったが、私の三日後の出発は決定した。
 だが約三週間の船路の間、駆り立てられ続ける不安に押しつぶされそうになり、コンセーの虚飾の手箱をやすやすと受け取ってしまった自分を責めた。しかし船が到着し、実際に話をしても、誰も私が「隣のイッシュの敵である」カロスの出身であるということに関心はなく、ただ遠くから来た人という認識をしているように感じられた。私はコンセーのいう杞憂から解放されて愁眉を開いた。カロス出身という肩書の空谷には、他人の跫音の代わりに、私の快哉の声がぱらぱらと散っていった。

 そんな数年前のことを思い出していると、近くの丘の上に漂う朱の中に、散らばる街灯の灯りよりもずっとぴかっと輝く宝石が現れた。――だが次の瞬間、その宝石はふっと消え、丘から大量の黒い影が朝焼けの空に放たれた。なにが起こったのかよく分からなかったが、多分考えられるのは唯一つ。
「丘が動いた?」
 そしてすぐにまた宝石は丘の上に戻り、辺りを照らした。とんでもないものを照らし出した。一本の線のように浮き上がった地面が、浜辺に押し寄せる波のようにどんどんこちらへ近づいてくるのだ。すぐに波はここに到達し、建物全体がドンッと一回揺れ、竜巻のような突風を感じた。だがそれだけだった。謎の衝撃波は何事もなかったかのように敵の方へと流れ去っていってしまった。
 すぐに、「遠くにデカい雷が落ちた」だの、「強力なモンスターが誕生した」だの、無稽な噂が飛び交った。衝撃波は確かに太陽がのぼる東側から押し寄せたが、東はすぐに海である。地震でもなさそうだ、と考えていたが、あることに気が付いた。
「海を挟んで向こう側には……カロス!」
 しかし、船で約三週間もかかるくらい、かなり離れている。もしカロスで起こった何かが衝撃波の原因だとしたら、それはハクダンの森が消し飛ぼうか、終の洞窟がひっくり返ろうか、はたまたそれでも足りないくらいの規模である。だが、この規模の衝撃波を発生させるようなものを私は知らなかった。私はあれこれ考えたが、これといった答えには辿り着けなかった。

 正しそうな情報が判明し始めたのは夕方のことであった。やはりあれはカロスのどこかで発生したらしい。だが最も重要な、何によって発生したかまでは分からなかった。家族はみなカロスから引っ越してしまっているので心配はないが、私は盲目の悪夢に悲しさともどかしさを覚え、二つの心情が互いに研ぎあい、フロストケイブの凍てつく氷塊のようなシナジーを生み出した。しかし、今朝の一件で戦争は終結したらしいことも分かった。なにか関係があるようだが、私の中ではその二つが全く繋がらなかった。まさに、桶屋が儲かっていた。そして、それらは私を帰路に就かせるのには十分なほどであった。
 私はその夜、カロス行きの貨物船に乗り込んだ。

 船でのことはほとんど覚えていなかった。ただただカロスが遠くに感じられて、永遠にここで暮らすのかと考えながら、冥濛で薄気味悪い船倉の中で支給される少量のご飯とおやつに持ってきた干しオボンを貪りながら、ときどき涙を溢していた。長々しい船旅は突然終わり、何も実感もないまま私は船を降りた。
 はじめ私はここがどこだか分からなかった。土が焼けたような異臭が漂っていて、見晴らしが良いが、さっきまでずっと閉じこもっていた船倉の中のように冥濛である。私が出たときとは様相を異にしていた。状況を掴めず辺りを見渡していると、少し離れたところに人が四人集まっているのが見えた。近づくと、人は一人しかおらず、人だと思っていた三つは地面から生えるように伸びた三本の細長い岩であった。私はとても長い黒髪の、黒いコートを着た男に話しかけた。
「すみません、ここはどこですか?」
 その男はゆっくりと振り向いた。
「セキタイです……」
 その図体とは対照的な、塵のように霞んだ声で答えたと同時に、「自分のせいだ」と小さく連呼し、その場に蹲った。
「どうしたんですか、大丈夫ですか」
 私が腰を屈めて男の広い肩を揺すると、男は死んだ友を思って空を見つめるような、悲しみに満ち満ちた顔をあげ、静かに語り始めた。
「愛するモンスターを戦争で失った」
 唐突に出てきたその言葉に私は生き胆を抜かれ、同時に惻隠の情を誘われずにはいられなかった。
「どうしても生き返らせたかった。だから生き返らせた。永遠の命を与えるキカイを造って。だが……」
 その男は不審に間を置いた。
「だが怒りは治まらなかった。この世界が許せなかった。だからキカイを兵器にして、カロスを破壊してしまった。愛するモンスターには全てお見通しだった。そしてどこかに行ってしまった」
 私はまた生き胆を抜かれた。だが、今度は憤激の念を伴った。男の言葉で、あの衝撃波が発生したのも、戦争が終わったのも、キカイによるものだと分かった。私は頭の中で独立していた情報が繋がった。
 私は盲目の悪夢から覚めて、冥濛な世界を見渡した。気持ち悪いほど閑散としていた。男の言うキカイはカロスの全てを破壊したらしかった。豊かな自然を育む肥沃でみずみずしい土やそれを照らす碧空は、乾いた黒い煤のようなものに覆われていた。また、大地や空を彩っていたモンスターは一匹たりともいず、その残骸も見当たらないことがキカイの凄まじさを物語っていた。本当に何もなくなっていた。私の故郷は色を失い、薄汚いモノクロームの世界に変貌を遂げてしまっていた。
 自分の都合でカロスを復旧不可能なまでに破壊し、さらに後悔だか反省だかを取り繕い、本当はただ愛するモンスターにまた会いたいだけであるという利己心や傲慢さが見え隠れしながら、カロスが失われてしまったことではなくそのモンスターへの哀愁に耽り、悲劇の主人公を演じる男の態度が余計に癪に障った。私はまだ蹲っている男を横目に、口を開くことなくその場を立ち去った。
 私は変わってしまったミロワール通りを歩いていた。私のカバンから干しオボンが一つぽとりと落ちた。全てを失い心が引き裂かれ、ぽつんと一人でいる私から、色をなくし、自然もなくなったこの世界に放たれ、乾いた大地に落ちたしわしわのオボン。それは今のカロスを映し出しているように感じられて、耐えきれなくなって、私はその落ちた干しオボンをさっさと埋めてしまった。

 なにもしないまま夕方になった。セキタイの、男がいた場所に立っていると、聞き覚えのある声で話しかけられた。――コンセーだった。彼女もまたそうとうなダメージを受けたらしく、いつになく元気がなかったが、それでも私と会えたことを嬉しそうな様子であった。私も嬉しかった。
 二人で今日のことや私がカロスを発った後のそれぞれのことなど、色々な話をした。コンセーはこれからカントーに行くそうだ。カントーもまた生物の研究が盛んなところだということもあり、今は研究をする元気はおきないが、コンセーと一緒についていくことにした。

 コンセーと一緒でも、カントーへの船旅は長かった。道中、中継港に何度も寄り、あと三日でカントーのクチバ港に着くと言われたときには、手帳に一日一個つけていたバツ印は、五十個を越えていた。
 ついに夕方にカントーへ着くという日の午前中、甲板へ出るとうっすらと陸が見えていた。不均衡に、不自然に海へと伸びている、あれはセキチク半島、その先はふたご島。ふたご島はその名の通り瓜二つの二島が並立しているが、その地下は二つ仲良く、一つの巨大な洞窟にえぐり取られているらしい。その洞窟の奥には何千人、何万人もの冒険家を退けてきた、分厚く硬い氷に覆われた冷凍室があり、そこには伝説の鳥がいるとかいないとか噂されている。だが私には、海に落としたふたご島を拾おうとしている、可愛らしい画に見えた。
 しばらくすると、腕と落とし物が一つずつ増えた。マサラ半島とグレン島である。グレン島はふたご島とは反対に、熱い島である。海底火山の噴火でできた小さな島で、火口には溶岩があり、そこから天高く伸びる太い煙が特徴で、たまに噴火して島の大きさを広げている。
 さらに近づくと、カントーが巨大になって迫って、霞んで見えていたときとは全く違う景色を見ているように思え。セキチクとマサラの間に吸い込まれるように船はクチバへと到着した。

 クチバは朽葉色、濃い橙色の街で、街全体が夕焼けに溶け込むように、一日の終わりを告げていた。私はコンセーと再会したときのことを思い出した。そのときも夕方であったが、それとは映る景色がまるで違った。私はコンセーと今同じ場所にいることに頬が緩んだ。コンセーも再会してすぐの頃とは見違えるように潤いの目を見せていた。
 クチバで一晩を過ごし、翌朝出発した。コンセーはハナダ、トキワに寄ってからジョウトに行くそうなので、ヤマブキで別れた。私は、クチバのショップで偶然見つけた新聞の記事に惹かれ、タマムシを目指すことになった。

 その新聞には、モンスターの科学的な説明に大きな躍進を与える論文が、タマムシ大学の准教授によって提出されたことが書かれていた。
 そもそも生物には、人間などを含めた他の生物とは比べ物にならないほどの、ケタ違いに高いエネルギーを制御できる、よく「モンスター」などと呼称されるものが存在することが、カセキとして出土する生物がまだ元気に生存していたのではないか、と思われるほどずっと大昔から知られていた。モンスターは共通して、秘めたエネルギーを意識的に放出する「わざ」という行為をすることができ、防御や攻撃に利用している。人間との文化的な関わりも古く、人間はモンスターとの関わりを通じて、わざによる恩恵を、時には弊害も受けてきていて、 モンスターなしでは人間の歴史は語れない。そんな古い付き合いであるモンスターであるが、モンスター同士の共通点は何か、モンスターと他の生物との違いは何か、わざなどの高エネルギーを制御しているメカニズムは何か、などのモンスターに関するほとんどの問いについて、科学的な説明は一切できていなかった。
 だがその記事には、トキワの森がひっくり返らんばかりの衝撃的な内容が記されていた。なんと、モンスターには遺伝子上の共通点があることが示されたのである! 端的に説明すると、次のようなことが書かれていた。

 モンスター以外の生物については、基本的に異種間の子供はつくることができない。だが、モンスターにおいては異種間でも子供をつくることのできる組み合わせも多い。しかし、モンスター同士が同種であるというわけではない。それは、次のような組み合わせがあるからである。彼が「ヤドン」、「サイホーン」、「コラッタ」と呼ぶそれぞれ全く異なる環境に生息する三種類のモンスターがいる。ヤドンとサイホーン、サイホーンとコラッタという組み合わせでは雌雄が合っていればタマゴを発見でき、メスの方のモンスターの子供が生まれる(正確に言えば、タマゴは誰も見ていないときに知らないうちに持っているので、彼はできたタマゴから生まれる子供と同じ系統であるほうの親をメスと呼んでいる)。一方、ヤドンとコラッタという組み合わせではタマゴを発見できない。これらのことを考えると、全てのモンスターの親、原点のような存在(彼はMonsterの頭文字Mをとって“μミュー”と呼んでいる)を仮定するとうまく説明ができる。μはモンスターの全ての要素、特徴を有し、それらの要素や特徴の一部が消えたものが現在のモンスターである、と考えられる。また環境によって変化した、μの要素や特徴の残り方、消え方の違いが現在のモンスターの多様性を生んだ、と考えられる。

 私は、終始思わず「えっ……?」と声を漏らしてしまうほど度肝を抜かれた。モンスター同士がタマゴによって繁殖することは知られていたが、異種間でもタマゴができることは今まで確認されていなかったし、考えもされなかった。さらに未知の存在“μ”の予言。彼の織りなすモンスターの歴史の壮大なストーリー、これは准教授に会いたい、と私に思わせるには充分なほどであった。

 私は7番道路を進んでいたが、タマムシが少し顔を見せかけているところで、紫色の何かが草むらの影に落ちているのを発見した。近づいて見てみると、最近見たような気がした姿があった。准教授の論文にあったコラッタだった。しかしそのコラッタは足を怪我していた。大学に行けば治してくれそうだが、応急処置はやっておくべきだと思った。状態異常ではなさそうだが、かなりのダメージを受けているようであった。辺りを見渡すと、映蔚とした茂みを少し行ったところにオボンの木があった。オボンはナリンなんとかなどとかいう成分が含まれ、単純なダメージを回復するのには適していた。タマムシを背に、足元を注意しながらオボンの実をもぎ取った。葉からついたらしき露がぴちゃっと手について、冷たかった。その刺激で私はカロスで干しオボンを落としたときのことを思い出し、今のカントーとカロスは真逆の状態にあることを思った。ここには土も青空もあり、人もモンスターもいる。そんなことを考えながらコラッタにオボンを与えようとすると、コラッタは僅かな力を振り絞って、口からはみ出んばかりの長い歯で噛みつこうとしてきた。食べさせようとしても抵抗してくるのでどうしようかと思案していると、私は咄嗟に閃いて、昨日買った新聞のスポーツ欄とテレビ欄を破って小さな箱を作り、その中で持っていたペンを使ってオボンをすり潰した。そして、それをコラッタの歯の両側の隙間からゆっくりと流し込んだ。さらに、余った液を傷口に塗り、新聞紙で包帯のように結んだ。とりあえずは応急処置が済んだので大学へ連れて行こうとすると、オボンの効果が効き始めたのか、コラッタは少し元気を取り戻して茂みの中に走っていってしまった。逃げ足の速さに私はどうすることもできず、もうすぐそこに見えるタマムシへと足を動かした。

 タマムシは玉虫色、美しい虹色の街で、太陽の光によって街全体が共鳴して目もあやに輝いていた。私はまっすぐ大学へと向かった。
 私は、そんな簡単には会わせてもらえないだろうと思っていたが、すぐに研究室に案内され、准教授は今席を空けているが、ちょっとしたら戻ってくるので、ここで待つように言われた。私は待っている間、何人かの研究者と話をした。カロス出身だというと皆口を揃えて憐憫の情を示した。私はカロスの惨状がここまで伝わってきていることに吃驚するとともになぜか非常に悔しい気持ちが溢れた。またコラッタの話をすると、モンスターは化け物バケモンだからむやみに近づかない方が良いと注意する者もいた。だが私はそれは安直な考えだと思った。確かにモンスターは化け物かもしれない。だが、人間の方が化け物だ。人間の中には一地方を滅ぼしてしまう奴もいるのだから。
 研究者と話をしていると、准教授が帰ってきた。准教授はとても若く、青年のような風貌で、それを見て本当に優秀な人なのだと確信した。私は准教授にモンスターについてどう思うかと質問した。
「確かに研究対象としては文化的に見ても科学的に見ても非常に興味深い。だがそれ以上に私はトモダチのように感じている」
 准教授はこう答えた。多くの研究者はモンスターを研究対象の「物」としてしか見ていないが、この人は「生物」として見ているらしかった。他にもたくさん話をした。それは私の人生の中でも最も充実した時間であった。

 次の日、私は昨日のコラッタが気になって、7番道路のその場所に行った。だが紫色は見当たらず、立ち去ろうとしたとき、草むらから何か黒い影が飛び出し、こっちに向かってきた! と思ったらコラッタであった。そしてその足には、「タマムシテレビ」の文字があった。あのコラッタであった。新聞紙の包帯を丁寧に外すと、昨日の傷はすっかり治っていた。安心して立ち去ろうとすると、コラッタが靴を引っ張ってどこかに連れていきたそうなように見えた。そのコラッタについていくと、無数のモンスターたちが暮らす楽園に着いた。そしてコラッタはラッタのいるところに私を連れて行った。
 ラッタは私に感謝しているのか、食べきれないほどの木の実で私をもてなした。私はその木の実を頬張りながら、改めて辺りを見回した。モンスターたちは独自の社会を持っているように見え、異なるモンスター同士も互いに協力し合っているように見え、確かに祖先が同じだという説明にもあっているように感じた。准教授も、このようにモンスターたちと触れ合う中で、μの理論を思いついたのだろう。そして、そのモンスターたちは決して本能だけで動いているようには見えなかった。モンスターに人間でいう理性というものがあるのか、と言われたらそれは分からないが、少なくとも本能だけで動いているようには見えず、モンスターたちが集団で物事を考えているように思えた。
 そして私は集団のために行動するモンスターたちに気が付かされた。
「私は今まで何もしていなかった?」
 カロスを守ろうとは一切せず、それを失ったらただその原因に腹を立てるだけである。人間に破壊されるだけ破壊されたカロスには、なにも貢献していない。何の意味もない怒りがただ空回りして、勝手に自分で爽快感を味わっているに過ぎない。カロスの惨劇は消せないし、絶対に風化させてはならないものである。また、完全に元のカロスに戻すことは不可能である。だが人間が破壊したのだから、人間である私がカロスを復活させる努力をしなければならない。私は重大な使命感と責任感に、行動を起こさずにはいられなかった。

 次の日の朝、私はカバンいっぱいの荷物を持って、カントーを出た。船で二か月もかかるところに折角来たのに、すぐに帰ってしまうのは馬鹿らしく見えそうだが、私がそこで得た何者にも変えられないものはとても大きく、価値あるものであったと思った。

 「……朝?」
 私はむくっと起き上がった。だらんとかけられた無気力なカレンダーにふと目を遣ると、たくさんのバツ印と、今日の欄に書かれた二重マルと目があった。新天地へと足を踏み入れるような気分になり、心のぐっと奥深くから溢れんばかりの、うずうずとしたなんとも表現し難い気持ちに流されるように、狭い階段を、少し体をひゅっと丸めて、いそいそと上った。
 カロスへ向かうこの船は、予定通り今日の夕方に、約二ヶ月もの航行を終えようとしていた。
 甲板の上に出た。広がる空、海。私のトン、トン、というステップの音にこちら向いたカップルに軽く会釈をして、私はこの身を委ねるように周りの壮大な景色にふっと包まれた。上を見上げても、下を覗き込んでも、無窮の碧瑠璃。そうは言っても、哀しみを煽るような碧ではなく、むしろ胸を弾ませる私の暖色系をより際立たせる色であった。どこを見ても微妙に異なる濃淡の揺らぎ、どこまでも続きそうなほど透き通り奥行きを感じる深さ。そんな空間に散りばめられた魚や鳥。私のこのうずうずはより一層高められていった。

 カロスはこの前とほとんど変わっていないと思っていたが、最近雨が降ったのか、地面は湿っていた。また、ところどころ苔のようなものが敷き詰められていた。それでもやはり見晴らしの良い世界を見渡していると、少し遠くに何かがあるのが見えた。
 近づいて見てみると木であった。クリーム色の花が咲いていた。私は植物たちの生命力、カロスを彩ろう汗を流している姿に感嘆するとともに、私も負けていられないという気持ちに満ち溢れた。ふと見上げると、うっすらと虹がかかっているのが見えた。







『カロスは今、何色ですか?』