竜の夢と約束

この作品はR-15です
とある森の中。
2匹のポケモンが楽しそうに会話をしていた。

「ねぇ! モノズ君は夢とかある?」
「うーん….ボクはこの森が大好きなんだ。 だからこの森と森で暮らしているみんなを守れるぐらいに強くなる事かなー」
「じゃあ、わたちの夢はモノズ君を守れるぐらいに強くなることねー!」
「えー? なんでそうなるのさ?」
「モノズ君が森と森で暮らすみんなを守るんでしょ? なら、わたちがモノズ君を守ればモノズ君は無敵よー!」
「ボクだって1匹のオスだぞ! メスであるキミに守られるほどやわじゃないよ!」
「うん! だから、わたちがピンチの時にはモノズ君が助けてくれるんでしょ?」
「え、ま、まあそうだけど…」
「だから、モノズ君がピンチの時はわたちが助けてあげるの! 2匹で強くなって、一緒にみんなを守ろう?」
「うーん….キミの言うことはいつも無茶苦茶だよ。 あはははっ!」
「あはははははー」


***


「ふぁぁぁっ……あー、なんかずいぶんと懐かしい夢を見たな」

朝日の眩しさに目を細めながら、眠そうに大きな欠伸を1つしながら体を起こしたのは、『きょうぼうポケモン』のサザンドラ。
サザンドラは眠そうな顔をしながらも小川まで飛んでいき、穏やかに流れる水の中に自分の顔を勢いよく浸した。

「…っああ! やっぱり、目を覚まさせるのにはこれが1番効くわ!」

水面から顔を持ち上げたサザンドラはそう呟くと、顔をブルブルと左右に振って、毛並みに付着した余分な水分を弾きとばした。

「相変わらず豪快な目の覚まさせ方だな。 サザンドラ」
「よう、クリムガン」

その光景を少し呆れた表情で見ていたのは『ほらあなポケモン』のクリムガン。

「今日も朝早くから森のパトロールか?」
「まあな」
「ほんと、毎日ご苦労な事だよ」
「そりゃあどうも」
「たまには、休んで羽を伸ばしたほうがいいんじゃないか?」
「うーん….っても、もう日課になっちまって、やらないとなんか気持ち悪いんだよ。 それに、森を見て回った後はいつも昼寝してるから休んではいるぞ?」

何が心配なのかと逆に聞き返してくるような返答に、クリムガンは小さなため息をついた。
サザンドラは毎日、森をパトロールしてくれている。
それこそ、雨が降ろうと雪が降ろうとお構いなしに毎日欠かさず行っているのだ。
『きょうぼうポケモン』と知られているサザンドラが毎日森をパトロールしてくれると、変なポケモンや人間が森に近づく抑止力になる。
その事実にクリムガンを含めたこの森に暮らすポケモン達はみんな感謝している。
感謝しているのだが、モノズの頃から友達のクリムガンはこの森のためにと、自分の事を二の次にして行動するサザンドラをとても心配している。
しかし、今まで何度も休めと言っても休まなかったサザンドラだ。
これ以上、言っても考えは変えないだろう。

「ったく、お前も少しは俺を見習って恋愛の1つでもしてみたらどうだ?」
「うーん…わりぃ。 オレはそういうのに興味はないんだわ。 んじゃ、そろそろオレはパトロールに行くわ。 またなクリムガン」

クリムガンに笑顔で小さな頭がついた腕を振ると、空を飛んでクリムガンと別れた。

「恋愛…か」

空を飛びながらサザンドラは先ほどクリムガンに言われた単語をボソッと呟いた。


***


「ヘヘッ、いたぶるにはちょうどいい弱いポケモンがいるじゃねぇか…」
「くっ…」

迂闊だった。
森がやけに騒がしかったから、もう夜だというのに森の中を出歩いたのが失敗だった。
まさか、この森にこんな凶暴なポケモンがいたなんて。

「憂さ晴らしに、そこら辺のポケモンを手当たりしだい攻撃していたわけだが…。 どいつもこいつも1撃で気を失いやがって、まったく歯ごたえがねぇ。 だが、お前は他の奴らと違って少しは頑丈そうだなぁ?」
「…な、何が目的だ!?」
「目的? 強いて言えばお前達弱者をいたぶる事だな。 ハァーハッハッ!」

モノズの目の前にいるポケモンは不気味な笑い声をあげながらそう答えた。
こんな奴に負けたくない!
モノズは心の底から思った。
しかし、不意の一撃をまともに受けてしまったモノズは立っているのがやっとの状態で、気絶せずにこうして立ち上がれるだけ奇跡的な状態であった。
モノズは目が見えない。
だから、視覚以外の嗅覚、聴覚、触覚のみで周囲の状況を把握していた。
目の前にいるポケモンから攻撃を受けた感触からして、目の前にいるポケモンは自分と同じドラゴンタイプのポケモン。 しかも自分より大柄なポケモンだと推測できた。
タイプ相性だけを見ればお互いに弱点を狙えるが、モノズは人間で言うとまだ子供と言っていいほど幼く、ドラゴンタイプの技は使えなかった。
さらに、攻撃を受けたことで自分が歩いてきた道とは別方向に吹き飛ばされてしまったことで、視覚を頼れないモノズは自分が今、どこにいるのかすら把握できないでいた。

「さて。 加減してやっから簡単に気絶しないでくれよ?」

そこからモノズは何度も目の前にいるポケモンの攻撃を受け続けた。
体中に駆け巡る激痛。 いっそ気絶して楽になりたいとモノズは願った。
だが、姿すらわからないポケモンはモノズの意識が無くならないギリギリのラインで攻撃をしていたため、その小さな願いが叶う事はなかった。

「そろそろ終わらせるか。 じゃあな、少しは楽しませてもらったぜ!」

(風を切る音がする。
きっと、ボクと同じドラゴンタイプだから鋭い爪を持っているんだろうな…。
ああ…これで..やっと..)

「諦めちゃだめーー!!」
「え?」

不意に聞きなれた声がモノズの耳に響いた。
その瞬間、モノズは誰かに突き飛ばされていた。

「モ、モノズ君…生きてる…よね?」

モノズを気にかけてくるその声、そしてこの匂い。
忘れるはずがない。 あのポケモンだ。
ボクよりも強くなって、助けてあげると言っていたあのポケモンだ!

「よかった…わたち、間に合ったみたいね..」
「ど、どうし…」

モノズはそこまで言いかけて、いつもの匂いのするポケモンから血の匂いがする事に気づいて言葉を詰まらせた。

「ヒャハハ! まさか、おまけが出てくるとはなぁ! 俺としたことが、ついうっかり手がでちまったぜぇ! かわいい顔が血で台無しだなぁ!? ヒャーハッハッハ!」

その言葉にモノズは最悪の光景を想像した。
不安にかられながら、恐る恐る友達の匂いがする方向に顔を向けると、優しく頭を撫でられた。

「だ、大丈夫よ! アイツの爪が当たちゃって、少し派手に血が出てるだけだから」
「で、でも…ボクを庇ってキミは…」
「その話はあとでね」

襲ってきたポケモンの声がする方向に体を向ける。

「さあ~て。 そいつを助けに来たんだ。 せいぜい俺を楽しませろよな?」
「あんたの楽しみにつき合ってるほど、わたち達は暇じゃないの!」

友達が走り出す音。
友達がいた場所に攻撃が当たる音。
ズサザザと地面を滑る音とそれに伴って巻き上げられた土の匂い。

「モノズ君! 逃げるよ!!」

友達はボクの返事を聞かず強引にボクを背に乗せて、駆け出した。
思っていたよりも、小さな友達の背中。
その感触だけでボクよりも明らかに小さな体のポケモンなんだとわかる。

「クソ! あいつ、目に泥なんかかけやがって!」

背後から襲ってきたポケモンの怒る声が聞こえてくる。
何があったかはよくわからないけど、友達はボクよりも大柄なポケモンの目に【どろかけ】をして、視界を奪っている間にボクを背負って逃げているのだと思う。

「はぁ…はぁ….とりあえずモノズ君はここに隠れてて」
「キミはどうするの?」
「わたちはなるべくモノズ君からあのポケモンを遠ざける」
「そんな…!? 一緒に逃げよう!」
「ごめんね。 わたちにはモノズ君を背負いながら遠くに逃げるだけの体力はないの。 それに、モノズ君はもう自力で動けない。 2匹で逃げるのは無理よ…」
「…そんなっ! なんで…なんでボクなんかのためにキミが犠牲にならないといけないんだ!!」
「勘違いしないで! わたちは犠牲になんてなるつもりはないよ。 モノズ君にこの森を守る夢があるように、わたちにだって夢があって、それを叶えるためにしているだけなんだから!」
「…ゆ、め…? でも、あれはボク達、2匹が一緒にいないと叶わないじゃないか!」
「そう! だから、またこの森で会いましょう? わたちは必ず帰ってくる! 約束よ!」

そう言い残すと友達はボクをおいて駆け出してしまった。


「ま、まって! ボク、も……」

しかし、ここでモノズがあれほど願っても叶わなかった願いが叶ってしまう。
ダメージの蓄積によるピークが来たのか、それとも一時的に安全な場所に逃げられた事による無意識の安心感からなのか。
どちらにせよ確かなのは、ここでモノズの意識は完全に途絶えたという事だけだった。


***


「…ったく。 最悪な夢を見ちまった…」

早朝のパトロールを終えて、昼寝をしていたサザンドラは最悪の気分で目を覚ました。
自分では十分に休息を取っているつもりであったが、やはり疲れているのだろうか。
そんな事をぼんやり考えながら、サザンドラは昼食として準備しておいたリンゴを食べる。

「サザンドラくーーん!!」

嵐が来た。
そうとしか言えないほど、大きな声を出しながら昼食中だろうとお構いなしにサザンドラに飛び付いて来た1匹のポケモン。

「ったく、お前はいつも元気だな…ニンフィア」
「えへへへ~」

満面の笑顔でサザンドラの胸の体毛から顔をあげたのは『むすびつきポケモン』のニンフィア。
ニンフィアとは『しんかポケモン』であるイーブイが進化した姿の1つであるが、人間と強く絆を結んだイーブイが進化した姿と言われている。
本来ならこうして、この森にいるのはおかしいポケモンだが…
サザンドラはチラッと目の前のニンフィアにつけられている人工物に視線をむける。
ニンフィアの右耳に着いている青いリボンは、左耳に元からあるリボンのような器官と似せられてつけられている。
それこそ、このニンフィアが人間と接点を持っていた証明でもある。

「お前なー。いい加減、人間の元に帰れよ。 そいつもきっと心配してるぜ?」
「だーかーら!! 人間の友達がこの森でのんびり暮らすように後押ししてくれたのよ!! 何回言えばわかるのよ!」

頬を膨らませながら、プイッとそっぽを向いて怒るニンフィア。
しかし、顔を背けてはいるもののサザンドラに抱きつくのはやめないようだ。
このニンフィアは1カ月ほど前に突然、この森に現れて、毎日サザンドラの元に遊びに来る。
正直、サザンドラはニンフィアが少し苦手だ。
ドラゴンタイプはフェアリータイプと相性が悪いから苦手意識があるとかそういう理由ではない。

「サザンドラ君~! だーーいすき♪」
「うーん…また、お前はそうやって茶化して…」
「茶化してないもーん! 本気で好きなんだもーん♪」

そう。
サザンドラは、出会った日から毎日何度も「好き」と伝えてくるニンフィアにどう対応していいか、わからないため苦手なのだ。

「おっ! 今日も来てるのかー、ニンフィア」
「あっ、クリ君とガッちゃんだ!」
「こんにちはニンフィア! この前、教えて貰った料理、クリ君に好評だったのよ! ありがとね!」
「どういたしましてー!」
「なんだ…お前達まで来たのか」

サザンドラがニンフィアの対応をしていると、今朝会ったクリムガンと『ぼうくんポケモン』のガチゴラスが訪ねてきた。
ニンフィアがクリ君と呼んだのがクリムガン、ガッちゃんと呼んだのがガチゴラスのことである。
ちなみに、ガチゴラスは見た目の印象とは真逆にメスのポケモンであり、クリムガンと付き合っていたりする。

「ちょうどいい。 どっちでもいいからこいつをどうにかしてくれ…。 身動きがとれねぇ..」
「えーー。 わたしはサザンドラ君が好きだからこのままがいいよー」
「あのなぁ…」

相変わらずのニンフィアの態度に呆れながらも、サザンドラは困り顔でクリムガンとガチゴラスに助けを求める視線を送った。
しかし、2匹はニンフィアに抱きつかれてなすすべもないサザンドラを助けようとはせず、自分よりも小さなポケモンに抗えないサザンドラという光景が何だか面白くて、笑ってしまった。

「ハハッ、こうなると森の守護竜さまも形無しだなー」
「フフッ、とてもお似合いだと思うわよ」
「だよね? だよね!? ほ~ら! 周りもわたしとサザンドラ君のお付き合いを祝福してくれてるよ!」
「いや、まだ付き合ってすらいねぇからな! 勝手に話を進めるな」
「またまたぁ~、まんざらでもないくせにぃ~」
「う、うるせぇ! オレは午後のパトロールに行ってくる!」

サザンドラはニンフィアを無理やり引きはがすと、逃げるように空の彼方へ飛んでいってしまった。

「まったくー、サザンドラ君ってば照れ屋なんだからー」
「…なあ、ニンフィア」
「なあに?」
「あいつの事、あんまり悪く思わないでくれ。 あいつは、ちょっと不器用なだけなんだ」
「そんなの初めて会った時から知ってるよー。 そういうところも含めてわたしはサザンドラ君が好きなんだもん!」

青いリボンを風になびかせながら、ニンフィアは曇りのない笑顔で答えた。
クリムガンは、迷いなくそう言い切ってくれたニンフィアにホッとしたと同時に少し嬉しくなった。
サザンドラは毎日、森のパトロールを続けていて、森のポケモンからは森の守護竜と呼ばれるぐらいに親しまれている。
けど、本当の意味でサザンドラと友達の関係を築けているポケモンはごく少数だった。
そんな中でサザンドラと恋仲になろうとするポケモンは今まで1度もいなかった。
いくら森の守護竜として親しまれていても『きょうぼうポケモン』と言われるだけあり、外見は控えめに言っても怖く、森のポケモンも一定距離以内には近づこうとはしない。
しかし、このニンフィアだけは違った。
初対面の時から、サザンドラに臆せず抱きつきに行き、いくら邪険に扱われようと全く気にする素振りを見せず、こうして毎日サザンドラに会いに来てくれるのだ。
このニンフィアがサザンドラを変えてくれるきっかけになってくれればと、クリムガンは密かに期待しているので、変に誤解されてニンフィアがサザンドラを避けるようになったりしないか心配していたのだが、杞憂だったようだ。

「あいつの事、これからもよろしく頼むな」
「まっかせてよー! …さてと、サザンドラ君も行っちゃったし…わたしも帰ろうかなー」
「もう少しゆっくりしていけばいいじゃない?」
「ううん。 今日はきのみを採りに行こうと思ってたから、やっぱり帰るよ。 またね~、クリ君! ガッちゃん! 」
「わかったわ。 ….あっ、ごめんなさいニンフィア! 今度、きのみを使った料理を教えてくれないかしら?」
「りょうかーい! 何か考えとくよ~!」

ニンフィアは左耳からリボンのように伸びる2本の触覚で器用に円形を作り、ガチゴラスにOKサインを送ってから、森の中に走り去っていった。

「…………そろそろ出てきてもいいんじゃないか」

ニンフィアが見えなくなったのを確認すると、クリムガンは背後の茂みに向かって声をかけた。
すると茂みの中から、気まずそうな表情をしたサザンドラが出てきた

「…気づいてたのか」
「当たり前だ。 何年、お前の友達やってると思ってるんだ」
「えっ!? 午後のパトロールにいったんじゃなかったの?」
「行ったフリだよ。 それに、午後のパトロールをする時間はまだまだ先だ。 こいつは、見た目のわりにそこら辺は無駄にきっちりしてるからな」
「いつもと時間がズレると何か気持ち悪いだけだ」

サザンドラは体毛についた落ち葉を両腕の先端についた2つの頭で器用に払いのけると、地面に腰をおろした。

「ねぇサザンドラ。 あなたは…ニンフィアのことが、その……嫌い…なの?」

ガチゴラスは少しためらいながらも、サザンドラにそう問いかけた。

「ん? 嫌いじゃないぞ?」
「じゃあ、どうして遠ざけるような事をするの?」
「そ、それは…」

ガチゴラスは瞳を潤ませながらサザンドラに再度、問いかける。
サザンドラはその問いかけから逃れるように目を伏せ、言葉を詰まらせた。

「……話しても、いいか?」

クリムガンの言葉に静かに頷くサザンドラ。

「ガッちゃん。 サザンドラがこうなったのには理由があるんだ」
「理由?」

そこから、クリムガンはガチゴラスにサザンドラがまだモノズの時だった頃の出来事を話した。
あるポケモンと友達になったこと。
その友達は、凶暴なポケモンに襲われているモノズを庇って顔に怪我をしたこと。
そして、モノズを逃がすために1匹で凶暴なポケモンの元に戻ったきり、帰ってこなかったこと。

「……もう10年以上前の話だ。 サザンドラはその名前も顔も知らないポケモンをずっと待っているのさ」
「…そうだったの。 でも、それがなんでニンフィアを遠ざける事に繋がるの?」

ガチゴラスは気の毒な話だと思ったが、これがどうしてニンフィアを遠ざけようとする理由に繋がるのかわからなかった。

「…約束、いたんだってよ。 そのポケモンと」
「え…でも、もうその10年以上前の話じゃ…」
「それでも! 約束したんだッ!!」

ガチゴラスが言いかけた言葉を遮るように大きな声を出したサザンドラ。

「……ごめん」
「ううん。 あたしの方こそ変なこと言いかけて、ごめんなさい」
「いや……いいんだ。 今のはオレが悪かった」

ガチゴラスの言葉に力のない笑みを浮かべながら答えるサザンドラの姿は、森の守護竜と呼ばれるポケモンとは思えないほど、弱々しく見えた。

「オレはこの森が好きだ。 この森と森で暮らすポケモンを守れるぐらいに強くなるってのがオレの夢だった。 だからオレは…いつかあのポケモンが戻って来た時に胸を張って、夢を叶えたって言えるよう….今日まで過ごしてきたつもりだ」

自分の夢を叶えるために、サザンドラは毎日欠かさず森をパトロールして、この森を10年以上、外敵から守り続けてきた。
あの日、たった1匹の友達と交わした約束を守るためにも…

「ニンフィアがオレに好意を持ってくれているのは素直に嬉しい。 だけど、オレの気持ちは名前も顔も知らないあのポケモンに向いたままなんだ。 そんな状態でニンフィアの言葉に応えることはできない。 だけど、この気持ちをニンフィアに伝えたら、きっとニンフィアは傷つく…」

再会できるかもわからない。
名前も顔も知らないポケモンへの気持ちをずっと引きずってしまっている事をサザンドラも自覚していた。
そして、もしこの心の内をニンフィアに伝えたら?
名前も顔も知らないポケモンにサザンドラの思いがずっと向いていたと知れば、ニンフィアはきっと傷つく。
誰だって、好きな相手が自分よりも名前も姿も分からない存在に気持ちが向いていると知れば悲しくなるのは当然だ。
だから、サザンドラは自分に好意を向けるニンフィアを遠ざけるしかなかった。
サザンドラにとって、ニンフィアは傷つけたくないと思うほど大切な存在になっているのだから。

「ありえないと思うけど…その友達がニンフィアって可能性はないの?」
「匂いが違った。 モノズ..というかジヘッドの時もだが、オレはサザンドラになるまで目が見えなかったんだ。 だから、ポケモンの匂いと声でいつも誰かを判別していた。 まあ、声に関しては進化すると変わるポケモンもいるから判別は難しいけどな」
「あー、確かにガッちゃんもチゴラスの時と比べて、ずいぶん低くなっ…..うっ!」

話しているクリムガンの脇腹にガチゴラスの【ドラゴンテール】がきれいに入った。

「クリく~ん? 何か言ったかしら?」
「な、なにも…言ってません」

不気味なほどニコニコした表情のガチゴラスにクリムガンは汗をダラダラ流しながら先ほど言いかけた言葉を撤回した。
サザンドラはそんな2匹に呆れた表情をしながら話をつづけた。

「まあそういうわけで、匂いだけがそのポケモンを判別する唯一の手掛かりなわけだったんだが、あのニンフィアは匂いが全然違う」
「確かにニンフィアはいつもいい香りするわよねー。 【アロマセラピー】でも使っているのかしら?」
「そもそもニンフィアって【アロマセラピー】は覚えないだろ。 それに、使えたとしても毎日使うってことはなくね?」
「わからないわよ? なんでも人間と一緒にいた頃はコンテスト? っていう美しさやかわいさを競う大会で何度か優勝したって言っていたし、あのニンフィアならやりかねないわ」
「だとしても! あいつは…ニンフィアは…あのポケモンが持っているはずの特徴を持ってないから違うんだ」
「顔の傷…か」
「あの時、オレが感じた血の匂いからして、傷跡は残るぐらいの怪我をあのポケモンは負っていた筈だ…いくら進化していようと傷跡は消えない…だから、違うんだ!」

ニンフィアは自分を助けてくれたあのポケモンではないと、まるで自分に言い聞かせるように話すサザンドラの姿はクリムガンとガチゴラスの瞳に痛々しく映った。
きっと、サザンドラもその可能性を何度も考えていたのだろう。
クリムガンとガチゴラスが言っていたように[声]と[匂い]が違う理由を探して、ニンフィアがそのポケモンである可能性が消えないようにしても、[顔の傷]が無い以上、別ポケモンと言わざるをえない。
クリムガンとガチゴラスもサザンドラの元によく来る関係上、ニンフィアとは頻繁に顔を合わせていたが、目立った傷跡などは無かったと記憶している。
それこそ、毎日会いに来られている立場のサザンドラはクリムガン達以上に顔を見ている。
そのサザンドラが無いと言っているのだから、間違いないだろう。

「まあ、なんだ。 ニンフィアがサザンドラの待っているポケモンじゃなくても問題ないだろ」
「そうね。 きっとニンフィアはあなたの気持ちの整理が着くまでいくらでも待つと思うわ」
「なんでそう言い切れるんだ..?」

サザンドラの疑問に2匹は声をハモらせて答えた。

「「だって、ニンフィアだから」」

その答えにサザンドラは少し呆気にとられた表情をした後、すぐに笑いだした。

「あはははっ! なんだよそれ、無茶苦茶だな! でも、なんか納得できる」
「だろ? ハハッ」
「フフッ、そうね。 あのニンフィアならきっと諦めないと思うわ」

さっきまでの暗い気持ちなど吹き飛んでしまったと思うほどに、3匹はしばらく心から笑いあった。


***


あれから数日が経過した。
最近では、サザンドラが早朝のパトロールを済ませ、昼寝から起きる頃にニンフィアと一緒にクリムガンとガチゴラスも遊びに来るようになった。
ニンフィアはガチゴラスでも作れる簡単な料理を教え、2匹でいろんな料理を披露した。
いろんなきのみをブレンドしたジュースや元気が出るようにと考えられたオボンの実とラムの実を混ぜたスープ。
森で暮らす炎タイプのロコンやニャビーなどに協力してもらい、ちょっとしたピザ風の
キッシュなども作っていた。
どの料理もとてもおいしく、なぜ料理に詳しいのか尋ねると「一緒に旅をしていた人間の友達に教わった」とニンフィアは嬉しそうに話していた。


そんな楽しい日々が日常となっていたある満月の夜。
事件は起こった。
その夜、森がやけに騒がしく感じたサザンドラは、普段はしない夜のパトロールを行う事にした。

「今夜は雲がほとんどないから月の光でまだ見えるが、曇って月が出ていなかったら何も見えなかったな、こりゃあ….」

サザンドラは月明かりを頼りに上空から森に大きな異変が無いか確認していると、その異変はすぐに見つかった。
サザンドラの視線の先には、森で暮らしているヤミカラスやタマゲタケ、ポポッコといった比較的小さなポケモンが1匹の大柄なポケモンによって傷つけられていた。
すでにヤミカラスとタマゲタケは地面に倒れている事から意識が無いようで、のこるポポッコは、まだ意識はあるようだが、上空から見て、わかるほど傷だらけでまともに立ち上がることすらできないような状態であった。
そして、今まさに大柄のポケモンがポポッコに止めを刺そうとした瞬間――
空から急降下したサザンドラの【ドラゴンダイブ】により、大柄なポケモンは吹き飛ばされた。

「大丈夫か!?」
「しゅご…りゅう、さま?」
「ああそうだ。 オレが来たからにはもう安心だぞ」
「よかっ……た……」

傷だらけの体でホッとした表情を浮かべたポポッコは、そのまま意識を失ってしまった。

「おい! しっかりしろ! おい!」

サザンドラは慌ててポポッコを抱き上げる。
抱き上げたポポッコの体はまだ温かく、呼吸もちゃんとしている。
どうやら、サザンドラが助けに来てくれた安心感から気絶してしまったようだ。

「ったく、急に攻撃とかずいぶんな挨拶じゃねぇか…」

ポポッコが生きている事に一安心したサザンドラの前に、ポポッコ達を傷つけていたポケモンがゆっくりと姿を現した。
そのポケモンは『あごオノポケモン』のオノノクス。

「この匂い…なるほどな。 どうりで、森が騒がしく感じたわけだ」

サザンドラにとってこのオノノクスの姿を見るのは始めてだ。
ただし、会うのは始めてじゃない。

「相変わらずだな。 オノノクス…!」
「あ? 何言ってやがる?」

どうやらオノノクスはサザンドラの事を覚えてはいないらしい。
なにせ、サザンドラがこのオノノクスと合うのは10年以上ぶり。
当時、サザンドラがまだモノズだった頃、襲ってきたポケモンこそがこのオノノクスなのだから。

「お前、この森の守護竜とか呼ばれてるやつだろ? ちょうどいい、俺とバトルしろよ。 こいつらじゃ憂さ晴らしの相手にすらならなくて退屈してたんだ」

サザンドラはオノノクスを睨み付けながら、近くに倒れているヤミカラスとタマゲタケを抱き上げる。
呼吸は浅いが、2匹とも気絶しているだけのようだ。
サザンドラは意識のない3匹を戦闘に巻き込まないよう、少し離れた木の根元に静かに降ろし、オノノクスと向き合う。

「守護竜様はずいぶんと仲間思いでいらっしゃるようだな。 いくら弱者と馴れ合おうが弱者は弱者にすぎねぇってのに…」
「何が言いたい?」
「少しがっかりしただけさ。 弱者と仲間になったところでそいつらはただの足手まとい。強者の妨げにしかならねえ存在だ」
「……なら、お前は強者だとでも言うのか?」
「そうだ。 俺はそこら辺の弱いポケモンとは違う! 生まれ持ったこの牙と爪、そして戦闘能力! どれをとっても俺が強者の証というにふさわしいと思うだろ?」
「思わないな! オレは…力ある者の力は弱き者を守るためにあると思っている。 自分よりも戦う力の劣っているポケモンを傷つけて、自分が強者だと思い込んでいるだけのお前は、ただの悪者でしかねぇッ!」
「弱者は強者に淘汰されるのが世の理だ。 俺は何も間違ったことはしてねぇよ! ヒャハハハ!」

オノノクスは笑いながらそう言いきった。

(こんな自分本位な考え方しかしない奴に、オレは…あのポケモンは….!!)

サザンドラは怒りにまかせて【りゅうのはどう】を放つが、オノノクスはそれをいとも簡単に避けた。

「おいおい。 守護竜って呼ばれているくせして、ずいぶんと不意打ちが好きなご様子だなぁ? えぇ?」
「黙れ! オレはお前を倒す! それだけだ!」
「やる気になったってわけか…せいぜい俺を楽しませろよ?」

オノノクスは口元を不気味に歪めながら笑い、サザンドラが再び放った【りゅうのはどう】を最小限の動きで避けると、【りゅうのまい】を使って、自身の攻撃力と素早さを上昇させた。
その隙を狙って、サザンドラは【かえんほうしゃ】を放つが、その攻撃も簡単に避けられてしまう。

「ちゃんと狙えよー? そんな攻撃じゃ俺を倒すことなんて出来ねぇぞぉ? ヒャハハハハ-」
「クソッ! すぐにその減らず口を叩けないようにしてやるッ!」

遠距離攻撃が当たらないと判断したサザンドラは、上空に高く飛びあがり、そこからオノノクス目がけて一気に突撃した。
ポポッコを助けるため、最初に繰り出した技【ドラゴンダイブ】。
空を飛ぶ事ができないオノノクスにとって、空中で自在に軌道を変える事のできる、この攻撃を避ける事はできないとサザンドラは思ったのだ。
しかし、攻撃が当たる直前にオノノクスはわずかに体を横に反らすことでサザンドラの攻撃を避け、その一瞬の隙に【ダブルチョップ】を繰り出し、サザンドラを地面にねじ伏せた。

「ぐあッ…!」

【ダブルチョップ】とは思えないほど、強力な威力にサザンドラから苦痛の声があがる。

「この俺に同じ技が2度も通用するとでも思ったかぁ? バカが! お前は俺の策にはまったんだよッ!」
「な..なにッ!?」
「不満そうな顔してんなぁ? いいぜ、教えてやるよ。 俺は【りゅうのまい】をすでに3回使っていたのさ」
「なっ..!? 1回しか使ってなかったはずだ..!」

オノノクスが【りゅうのまい】を使っていたのは、サザンドラも見ていたから知っている。
しかし、サザンドラが目撃したのは1度きりだ。 2回も見逃すわけがない。

「俺の安っぽい【ちょうはつ】に乗ったお前が、空高く飛びあがってくれたおかげで、だいぶやりやすかったぜっ! ヒャハハハハー」
「ッ!?」

オノノクスの言葉にサザンドラはやっと気づいた。
自分はオノノクスの手のひらの上で踊らされていたという事に。

「森の守護竜なんて大そうな呼ばれ方をされってっから、少しは期待していたんだが…とんだ弱者だったぜ。 ま、準備運動ぐらいにはなったか。 ヒャハハハハハッー!」

高笑いをするオノノクスに足で強く押さえつけられる。
【りゅうのまい】で力が強くなったオノノクスに為す術もなく、地面にうつぶせで張りつけられているサザンドラは、歯を食いしばる事しかできなかった。

何が森の守護竜だ。
そんな呼ばれ方をして調子に乗って、強くなった気でいたのはオレの方だ。
オノノクスに偉そうなことを言っておきながら、簡単にあいつの挑発に乗って、冷静さを欠いた結果がこのざまだ。
何がこの森と森で暮らしているみんなを守れるぐらいに強くなるだ。
結局、オレは10年以上前から何も変わってないじゃないか。
こんなんじゃ、あいつに…あのポケモンに…!

「顔向けが…できるわけねぇぇぇッ!」
「そうだよ、サザンドラ君! 諦めちゃだめ!」
「チッ! 新手かッ!」

サザンドラが気合を込めた叫びと共に力を振り絞って、オノノクスの拘束から抜け出そうした時、聞きなれた声がしたと同時にオノノクスがサザンドラから離れた。
直後、オノノクスがさっきまでいた場所に強烈な風が吹き荒れた。
その風は荒々しくも、なぜか懐かしさをサザンドラに感じさせた。
まだ倒れた状態のサザンドラが顔をあげて声の主に視線を向けると、そこには夜空の満月を背に青いリボンを右耳につけた1匹のニンフィアがいた。

「サザンドラ君、大丈夫?」
「ニ、ニンフィア…どうして?」
「その話はあとでね」

サザンドラの目の前まで来たニンフィアは、傷だらけで気を失っているポポッコ達を見つけ、悲しそうな表情をした。

「みんな傷だらけ。 それに…」

ニンフィアは振り返って、みんなを怪我させたポケモンを睨み付ける。

「オノノクス。 よりによって、あんたが相手だなんてね….」
「ヘッ! 森の守護竜を助けに来たポケモンがどんな奴かと思ったら、ニンフィアとは傑作だッ! 弱者は弱者同士仲良くするのがお似合いってわけだ! ヒャーハッハッ!」
「お前..!」

ニンフィアを馬鹿にしたオノノクスにサザンドラが再び、怒りをぶつけようとするのをニンフィアが左耳から伸びる触覚で制止した。

「落ち着いて、サザンドラ君。 ここからは、わたしが戦うからサザンドラ君は気を失っているポポッコ達を守ってあげて」
「なに言ってるんだ! お前だけに戦わせ…」

サザンドラの言葉を遮るように、ニンフィアがサザンドラの頬にやさしくキスをした。

「森の守護竜なんでしょ? なら、森のみんなを守って。 サザンドラ君はわたしが守るから…!」
「えっ..」

ニンフィアは笑顔でサザンドラに伝え終わると、オノノクスと対峙するように向かい合った。

「俺の目の前でいちゃつくとは、ずいぶん余裕だなぁ?」
「わざわざ、待ってくれてどうもありがとう。 だけど、あんたの楽しみに長く付き合っていられるほど、わたし達は暇じゃないの」
「言うじゃねぇか! なら..俺を少し楽しませてみろッ!」

【りゅうのまい】の効果がまだ継続しているオノノクスの素早さは高く、一気にニンフィアとの距離を詰めると、【ドラゴンクロー】を放った。
【りゅうのまい】により強化されたオノノクスの攻撃は、早さと威力を両立しており、並大抵のポケモンなら、反応することすら出来ずに攻撃が直撃し、それで勝敗がつくだろう。
だが、ニンフィアはその早い攻撃にしっかりと反応し、すんでのところで回避に成功する。

「逃がすかよぉ!」

オノノクスは攻撃の手を緩めずに【ドラゴンクロー】を連続で繰り出した。
ニンフィアは身を屈めたり、ジャンプする動作に加えて、前後左右に小さくステップを踏みつつ、ときどきフェイントをかけて攻撃を誘う不規則な動きをすることでオノノクスを翻弄し、連続で繰り出される【ドラゴンクロー】を全て避けきっていた。

「すげぇ…」

まるで月に照らされた舞台でダンスをするかのように攻撃を避けるニンフィア。
その姿にサザンドラから思わず感嘆の声が漏れる。
攻撃を当てることに夢中になっているオノノクスは気づいていないみたいだが、ニンフィアは【ドラゴンクロー】をただ避けているわけではない。
移動しながら避けているのだ。
オノノクスと対峙した時、ニンフィアが最初にいた位置はサザンドラの目の前だった。
だが今は、最初にいた位置からは大きく離れ、サザンドラと戦闘をする2匹の距離は十分すぎるほど開いていた。

「しかも、オノノクスが攻撃した方向にオレ達が入らないように立ち回ってやがる……」

攻撃を避けることで、攻撃の余波がサザンドラとポポッコ達にいかないように、軸をズラしながらニンフィアは戦っている。
少し離れた位置で戦闘を見ているとその事がよくわかる。
戦闘をする立場から見る立場になった事で冷静さを取り戻したサザンドラは、気になる事があった。
サザンドラを助けに来てくれたニンフィアは、毎日のようにサザンドラを訪ねてきたニンフィアで間違いない。
間違いないのだが、何か引っかかる。
見た目はいつもと変わらない。
人間から貰ったと話していた青いリボンもつけていたので間違いない。
少しだけだが言葉を交わした時にも違和感はなかった。
キスは…まあ、あのニンフィアならいつかはやると思っていたのでおかしくない。
というか、普通のポケモンだったら戦闘中にあんな事、するわけない。
だけど、何かがいつもと違う。
そんな根拠もない確信を頼りにサザンドラはニンフィアが来てからの記憶を思い出していく。
そして、キスされた際に感じたニンフィアの匂いがいつもと違う事を思い出した。

「ニンフィア。 まさか、お前…」

そこまで言いかけて、サザンドラは首を横に振った。
それはありえない。
たとえ特徴が一致しなくても、こじつけの様な理由で無理やり可能性を見出しては、最後の要素が不足していて否定してきたことだ。
今さらこじつけまでして目をそらしていた否定の材料が1つ消えたところで、何も変わらない。
….変わらないはずだ。
なのに、どうしてもサザンドラは期待せずにはいられなかった。
あのニンフィアはやっぱり…

「クッソ! ちょこまか動きやがってぇッ!」

苛立ったオノノクスの怒鳴り声で思考の海から戻されたサザンドラは、今は戦闘の状況を把握する事が優先だと思い、戦っている2匹に意識を向けた。
どうやら、未だに回避し続けてるいニンフィアに、だんだん苛立ちを隠せなくなったオノノクスは攻撃を当てようと躍起になっているようだ。
怒りや苛立ちは確実に攻撃の精度を落とし、やがて致命的な隙をうむ。
つい先ほどサザンドラがそれでやられたばかりなうえ、その事を指摘したのはオノノクスだったのだが…..

「どうやら忘れちまってるみてぇだな…」

サザンドラはオノノクスに同情こそしないが、先ほどの自分も似たような状態だったと思うと、なんだか複雑な気分になる。
サザンドラがそう思った時、拮抗状態だった戦局が動いた。

「…ッ!」

ついにオノノクスの攻撃がニンフィアを捉えた。
しかし、攻撃が直撃したわけでなく、ただニンフィアのつけている青いリボンを掠めただけのようだが、ニンフィアは動きを止めてしまった。
ここまで、オノノクスの攻撃を完全に回避しきっていたニンフィアに攻撃が当たるようになったということは、ニンフィアの体力に限界が見えてきたということだ。

「はぁ...はぁ….」

俯きながら息を切らすニンフィアの姿をみて、オノノクスもその事に気づくと、口元を歪ませて不気味に笑った。
そして、ニンフィアに大きく振り上げた鋭利な爪を勢いよく振り下ろした。

「そいつを…待っていたのよ!」

ニンフィアはオノノクスの爪が自身の体を捉えるよりも先に、オノノクスの懐に飛び込んだ。
直後、ニンフィアがいた場所に振り下ろされたオノノクスの腕が地面に当たる音が響く。
一方、懐に飛び込んだニンフィアはスライディングの要領でオノノクスの股下をくぐり抜ける。
ズサザザと地面を滑る音とそれに伴って巻き上げられた土の匂い。
オノノクスよりも小柄なニンフィアだからこそできた回避方法。
自分の背後に回られたことを悟ったオノノクスは、咄嗟に顔だけ後ろに向けてニンフィアの姿をとらえようとした瞬間、オノノクスの顔に【どろかけ】が命中した。

「クソ! 目に泥なんかかけやがってッ! どこ行きやがっ…ぐあっ!」

急に視界を奪われたオノノクスは目を擦りながら、ニンフィアの姿を探していると、強烈な風の攻撃【ようせいのかぜ】をまともに受けて吹き飛ばされた。

「さっきまでの威勢はどうしたの? オノノクス..」
「クッ….」
「また、泥をかけられて逃げられるとでも思ったの?」
「また...だと?」

ニンフィアが地面に倒されたオノノクスに近づき、その巨体を見下ろす。
それと同時に、攻撃を掠めたことで破れかけていた青いリボンが地面に落ちた。

「なっ..!?」

サザンドラはリボンが外れたニンフィアを見て、目を大きく見開いた。
今までこじつけの様な理由で無理やり可能性を捨てきらなかったのに、なぜこんな簡単な事には気づけなかったのか?
あの時、モノズと約束したポケモンは顔に傷を負っている。
この事にとらわれ過ぎて、傷を隠している可能性を無意識のうちに排除していた。
サザンドラの瞳に映るニンフィアの顔には、今まで青いリボンで隠されていた場所に深々と切り裂かれたような傷跡が残っていた。

「今度こそわたしが…いいえ、わたちがサザンドラ君を守るんだから!!」
「思い出したぜ..お前、あの時のイーブイかッ!」

ヨロヨロと立ち上がったオノノクスは、ニンフィアを見下ろした後、サザンドラに視線を移す。

「ってことは..守護竜様はあの時のモノズってわけか。 感動の再会ってもんはあるみてぇだなぁ? ヒャハハハ」

不気味に笑うオノノクスはピタリと笑いを止めて、ニンフィアを睨み付けた。

「あの時は人間の邪魔が入ったから逃がしちまったが..今度はそうはいかないぜぇ?」
「わたしだって、あんたからもう逃げるつもりはない!」
「へぇ~、いい度胸だ。 だけどよぉ、お前は後回しにさせてもらうぜ!」

オノノクスはニンフィアに背を向けると、サザンドラがいる方向に走り始めた。
ここでもし、遠距離攻撃技を放たれ、サザンドラが攻撃を避けると、背後で気絶しているポポッコ達がやられてしまう。
サザンドラにその場から動く選択肢は最初から無いという事がわかっていて、オノノクスは自由に動けないサザンドラを倒しに向かったのだ。

「先に手負いの奴から潰すのが戦いのセオリーってなぁ!? ヒャハハハハ!」
「あの野郎..どこまでも性根が腐りやがって!」

オノノクスは笑いながらも【ギガインパクト】発動させ、サザンドラに迫っていた。
【りゅうのはどう】で迎撃しても、きっとオノノクスは止まらない。
どうする….どうする!?

「サザンドラ君!!」

焦って、軽くパニックになりかけていたサザンドラの耳にニンフィアの声が響いた。
その声に視線を向けると、ニンフィアは4つの触覚を空に向けていた。

「森の守護竜でしょ? できるよ、サザンドラ君なら! わたしにカッコいいところ、見せてよ!」
「まったく…相変わらずキミの言うことはいつも無茶苦茶だなっ!」

サザンドラは小さく笑みを溢すと覚悟を決めたように空を見上げた。
ニンフイアがどこでこの技を知ったのかは知らないが、今までサザンドラはこの技を成功させたことがない。
この技は本来、広範囲に攻撃する技。
それを突っ込んでくるオノノクスの軌道上のみに絞るなんて芸当を成功した事のない技でやるなんてイカれてる。
だけど…

「オレだって、強くなったところを見せなきゃ、あの時の約束は叶わねぇ! そうだろ!? ニンフィア!」

サザンドラは空に強く願った。
目の前のオノノクスを止めるために、みんなを守るために、友達との約束を守るために!
瞬間、空から無数の星々が降りそそいだ。

「【りゅうせいぐん】だとぉ!? バカなッ!」

【りゅうせいぐん】、それはドラゴンタイプのポケモンでも習得は難しいとされる特別な技。
サザンドラの願いに呼応するかのように、星々はオノノクスにだけ命中するように降りそそぎ、【ギガインパクト】を発動させていたオノノクスの足を止める事に成功した。

「サザンドラ君! さいっっこうに、かっこいいよ!!」
「ああ。 後は任せたぞ、ニンフィア!」
「うん! これで最後だよ! オノノクス!」

ニンフィアは、サザンドラが【りゅうせいぐん】で足止めをしてくれた間に、準備していた【ムーンフォース】をオノノクスに向けて解き放った。

「くそがぁぁぁぁ!」

不発に終わったとはいえ、【ギガインパクト】を発動させたことによる反動で体が動かないオノノクスはただ叫ぶ事しかできず、【ムーンフォース】の光をまともに受けて気絶した。

「やった! 勝ったよ! わたし達、勝ったんだよ! サザンドラ君! ..サザンドラ君?」

ニンフィアの嬉しそうな声が遠く聞こえる。

「サザンドラ君!? しっかりして! サザンドラ君!!」

(うるさいなぁ..そんなに騒がしいと、眠れないだろ。 ニン..フィァ…)


***


「ふぁぁぁっ……あー、今日も頑張るとするか」

朝日の眩しさに目を細めながら、眠そうに大きな欠伸を1つしながら体を起こしたのは、『きょうぼうポケモン』のサザンドラ。

「サザンドラく~~ん!」
「うわっ! おい、朝からいきなり飛びついてくるなよ」
「えへへ~」

満面の笑顔でサザンドラの胸の体毛から顔をあげたのは『むすびつきポケモン』のニンフィア。

あの事件からすでに1週間が経過し、怪我をしたポケモンはみんな元気になっていた。
サザンドラが意識を失った後、ニンフィアが一緒に旅をしたと言っていた人間がやってきたらしく、サザンドラを含めた、森のポケモン達を手当てしてくれたそうだ。
戦闘で破れてしまったニンフィアの青いリボンは、人間が新しい同じ色のリボンをニンフィアに再び渡したようで、今日も右耳にしっかりと結び付けてあった。

後から聞いた話だが、その人間とニンフィアの出会いは、ニンフィアがまだイーブイだった頃、オノノクスと遭遇したちょうどあの夜だったらしい。
森の騒ぎを聞きつけた人間は、オノノクスに痛めつけられるイーブイを助けるために戦い、怪我をしたイーブイを介抱した後、森に返すつもりだったらしいがイーブイが強くなるために人間と一緒に旅をすることを選んだため、そこから数年間いろんな地方を旅したそうだ。
その人間はバトルすることよりも、ポケモンの魅力をアピールするポケモンコンテストを好んでいて、ニンフィアも何度かコンテストで優勝した経験があるそうだ。
その人間はコンテストを好んでいるからといって、バトルが強くないわけではなくむしろその逆。
バトルの実力は相当高いものだったらしく、ポケモンの特性や弱点、周囲の地形などあらゆる要素から戦術を組み立て、活路を見出すことに事に長けていたらしい。
そんな人間の元で特訓したら、あのニンフィアの強さや戦闘中の視野の広さにも納得がいく。
ニンフィア曰く、「あの人はポケモンの性格とか気持ちを汲み取るのは上手なのに、人間のメスの友達の気持ちを汲み取るのは下手」だとか。

それでその人間もニンフィアがオノノクスと再戦する事を強く望んでいる気持ちを汲み取り、徹底的な回避戦術や作戦を教えたらしい。
オノノクスとの戦闘中に息切れして、足を止めたのも実は演技だったらしく、相手にわざと隙を見せる事で逆に相手の隙を誘う戦術だったとか。
暴れていたオノノクスはというと、ニンフィアを鍛えた人間が捕獲したらしい。
なんでも知り合いにドラゴンタイプ使いのメスの友達がいるから、あずけてみるとか。

とまあ、いろいろあったが、この森はまた平和を取り戻したというわけだ。

「そう言えばなんでニンフィアはあの時だけ匂いが昔と一緒だったんだ?」
「あー、それは人間の友達に花を使った香水の作り方を教えてもらったの。 いい香りを纏えば、サザンドラ君のハートをゲットできると思って毎日つけていたんだけど、あの夜は出かける前につけ忘れちゃっただけ」
「じゃあ、そのリボンは?」
「これは人間の友達がわたしに似合うと思うってくれたリボンなの。 額の傷を隠すこともできるし、何よりサザンドラ君と同じ色っていうのが気に入ってるの!」
「うーん…。 ったく、そんなことしなければもっと早くお前だって、オレも気が付けたのになんで言わないんだよ」
「それはあの約束と違うからね。 サザンドラ君が森のみんなを守って、私がサザンドラ君を守った時に夢が叶う方が素敵でしょ?」

笑いながら話しているニンフィアだが、きっとニンフィアも自分の正体を明かさないでサザンドラの前に立つことは相当辛かったと思う。
サザンドラがモノズの時にイーブイに恋したように、ニンフィアもイーブイの時にモノズに恋をしていたのだから。

「おーい、サザンドラ!」
「あたし達もきたわよー」
「クリ君にガッちゃん!」
「うごっ..!」

ニンフィアはサザンドラのお腹を踏み台に勢いよくジャンプし、クリムガンとガチゴラスの元に向かった。
一方、踏み台にされたサザンドラはお腹を抱えて悶絶していた。

「お前なぁ…オレの腹を踏み台にするんじゃねぇよ..」
「あー、ごめんね! あはははは!」

笑いながら謝るニンフィアにサザンドラは呆れた顔をするしかなかった。

「ねぇ、ニンフィア。 この前、教えてもらったレシピなんだけど…こうしたらどうかな?」
「あ! そのアレンジは面白いね! それなら、ここをこうしたら….」

ガチゴラスと料理の話をし始めたニンフィアをやさしく見ていると、クリムガンがサザンドラに話しかけてきた。

「サザンドラ…よかったな」
「何がだ?」
「夢が叶った事、かな?」
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな。 変な事でも考えているわけじゃないよな?」
「さあな。 理由をつけるとするなら、お前が嬉しそうな顔してたからだな」
「ハハッ、なんだよそれ」
「俺もよくわかんねぇわ。 ハハハッ」
「おーい、2匹ともそろそろ出かけるわよー」
「サザンドラ君もグリ君も早く早く―!」

気が付くとニンフィアとガチゴラスはいつの間にか出かける準備をおえて、20メートルぐらい先にいた。

「今、行く! 行こうぜ、サザンドラ!」
「ああ。 ありがとな、クリムガン」
「ん? 何か言ったか?」
「いや何も!」

サザンドラとクリムガンは先を歩く2匹の元に急いで向かった。

クリムガン。
オレが嬉しそうな顔していた理由は、夢が叶った事以外にもう1つだけあるんだ。
それは、ニンフィアが約束をちゃんと守ってくれた事。
オレの夢は、その約束が果たされなければ叶わない夢だったんだ。
夢と約束。
思えばオレはこの2つにずっと縛られていたのかもしれない。
けど、それでよかったと今は思える。
途中で諦めたり、信じられなくなった時もあったけど、その縛りが今を作ってくれたのだから。
誰もが夢に向かって諦めずに進めるわけではない。
誰もが約束を信じ続けてじっと待てるわけではない。
それは当たり前だ。
どちらも人の数だけ形があって、ポケモンの数だけ特徴があるのだから。

「サザンドラ君、だーい好き♪」
「オレも好きだよ。 ニンフィア」
「….ッ!? さ、さ、サザンドラ君がデレたっ!?」

急に顔を真っ赤にして、慌てて両前足で顔を隠すニンフィア。

「ん? もしかしてお前、自分から言う分には平気なくせして、言われると恥ずかしいタイプか?」
「そそそ、そんなこと、ななないんだから!」
「どう見たって図星だろ! ハハハッ」
「も~う! そんなこと言うサザンドラ君にはお仕置きだ!」
「ちょ、何するんだ!」
「よーし! さあ飛び立てぇ~! サザンドラ君!」

ニンフィアはサザンドラの背中に飛び乗ると、空を前足で示しながら楽しそうに言った。

「先に行けよ。 サザンドラ」
「あたし達も後から向かうから」
「クリムガン、ガチゴラス。 …わかった。 おい、しっかり掴まってろよ、ニンフィア!」
「りょうかーい! それじゃあ、れっつごー!」

空を舞う竜とその背にまたがる妖精。
2匹の約束は果たされたが、夢はまだまだ続く。
夢はゴールであり、スタートラインでもあるのだから。
だからこの物語はこれで終わりではない。
2匹の本当の物語はこれから始まるのだ。