花火よりも大音量な胸の内

騒がしい祭り囃子に打ち上がる花火。
今まさにロマンティックメーターは絶好調に上昇中。
言うんだ、言うんだ自分……!!

事の始まりは家でダラリと過ごしているときだった。もう夏休みも終わりかぁと憂いていたらお母さんに「あんた暇??」と目をつけられたことだ。
「ちょっとおつかい行ってきてよ」
「えぇ、外めちゃくちゃ暑そうなのに??」
「ないとお昼食べられないわよ」
「タケルに頼めばいいんじゃん」
「タケルは今あんたと違って宿題中。ほら行った行った!!」
抵抗はしてみたものの、やはり無駄でしかなかった。お釣りで好きなものを買っていいとは言われたがやっぱり気は乗らない。
フリだけでも勉強にしておけばよかったかな、とサンダルを引っかけて外に出る。
ムワッとした蒸気によってより凶悪になった太陽光から逃げるように日陰を歩いた。暑さのあまりに鳴くのをやめているのか、よく響いていたテッカニンの鳴き声も今日はイマイチだ。
そもそもこの素麺ラッシュの時期にめんつゆを切らせてしまうだなんて、大人たちが口にしている「マネージメントが甘い」ってやつなんじゃないのかと恨み言を脳内で回していたら、向かいに同じように日陰を歩く人影が見えた。
ニビ色のおさげが2つ、同じクラスのカナちゃんだ。
「あれ、偶然だねぇ」
「こんな暑いのにどうしたの、カナちゃん」
「今からポケモンセンターに行くの。うちの子、暑さに参っちゃったみたいで……」
心配そうに撫でられたモンスターボールには、カナちゃんの相棒が居るのだろう。学校で習った金属の熱の話を思うと、確かにはがねタイプは大変そうだなぁと思った。自分の相棒はほのおタイプだから、そこまでバテていない。タケルの相棒がこおりタイプで家が良い具合に冷えるからかもだけど。
「お大事にね」
「ありがとう。そっちはどうしたの??」
「こっちはおつかい。いやぁ、宿題がすべて終わっていたがゆえに頼まれてしまったよ」
わざとらしく首をすくめると笑ってくれた、よかったウケた。
「ふふっ、エライけど暑いから大変だね」
「ほんとだよ、めんつゆ一本のためにさぁ」
「おつかれさま、だね。そうだ、今夜って空いてる??」
今夜って確か……
「夏祭り、一緒に行かない??宿題終わってて大丈夫そうな子誘ってるんだぁ」
エビワラーも顔負けのアッパーポーズを心の中で決める。複数人だけど嬉しいことには変わらない。
ガッついていないよう気をつけて、返事はもちろん。
「行く!!宿題終わらせててよかったぁ!!」
「おっけー、じゃあ夕方5時に銅像前ね!!」
またね、と手を振ってそれぞれの目的地へと別れていく。
大ハズレのジョーカーが実は大当たりでした!!って出来事に、暑さも忘れてマーケットへと駆けていく。
尚、お釣りは練るほど色が変わる知育菓子が限界だった。やはりお母さんには敵わない。
帰宅して戦利品を手渡すときに夏祭りにいくことを伝えると、気を付けていくのよと快諾してもらえた。
そのままタケルの部屋に向かう。一応ノックして声をかけてから入ると、机からこちらに顔を向けてきた。
「夏祭り行くからさ、タケルのニューラ連れてっていい??」
「なんでわざわざ……あ、わかったカナちゃんと行くんだろ」
図星だ。暑さ対策の他に、かわいいものが好きなカナちゃんのためにニューラを連れていこうと思ってるのだ。こういうところは妙に鋭いんだよな。
「図星指すんなら連れて行かせてくれよ、このお菓子あげるから」
「別にダメとは言ってないって。じゃあそっちのバリヤードと交換っ!!」
交渉成立。ボールを交換し、手の中にいるニューラによろしくと声をかける。
ニューラもこういうタケルとの一時的な交換に慣れているから、ご機嫌な返事をしてくれた。

そして迎えた夕方5時。より早い15分前、銅像前に来たが誘われたであろう子たちは見当たらない。
ちょっと早かったかな、とソワソワしていたら信号の向こうからこっちに来る人影。
「わわ、お待たせ!!」
淡いピンクにエーフィー柄の浴衣を着たカナちゃんだ。髪の毛も昼に会ったときとは変わってお団子になっており、マルマインのとんぼ玉のかんざしが刺さっている。なんてこった、かわいいぞ。
自分も昼間に着ていたTシャツから、お気に入りのなみのりタンクトップに着替えてきたが、もうちょっと違う方向な服装にすればよかったかと後悔する。
「あ、なみのりピカチュウだ!、可愛い~」
「そ、そうかな??ありがとう!!その、カナちゃんの浴衣もかわいいよ」
「ほんとー??ありがとー!!おばあちゃんが着せてくれたんだ」
オーケィ、何も問題はなかった。本当は浴衣でなくカナちゃんを褒めたかったがまぁ良いだろう。
「じゃあ行こっか」
そう促されたけれど、今この場にいるのは自分とカナちゃんの二人だけだ。もう何人か誘っていたはずではと首をかしげたのに対し、カナちゃんが答えてくれる。
「なんかね、みんな行けなくなっちゃったんだって」
「えっ、アリサちゃんは??」
「観察日記終わってないの忘れてたんだって」
「きーやんは宿題終わってそうだけど??」
「きーやんはリンパ腺??が腫れたとかなんとか……残念だけど心配だよね」
「リンパ腺でなく扁桃腺だと思うな……」
他にも数人、誘われたであろう子にアタリをつけて聞いてみたけれどみんな急に行けなくなったらしい。
え、これもしかして気遣われている……!?
非常に恥ずかしい上に、カナちゃんがちょっと落ち込んでるので申し訳なさを感じてしまう。
「みんな用事ができちゃったりして寂しかったんだけど、待ち合わせ場所に来てくれてたから嬉しかったんだぁ。だからね、一緒にお祭り来てくれてありがとう!!」
みんなありがとう、今日はゼッタイに決めてみせる!!送り出してくれたみんなと、腰のボールにいる相棒の応援を無駄にはしないと誓った。

カントーのタマムシシティやジョウトのコガネシティのように都会ではない町だけれど、やはりお祭りとなると人がたくさん集まってくる。もちろんポケモンも。
人の流れなんて何のそのなヤドンに躓きそうになったり、お兄さんとリザードが抜群のコンビネーションで焼き上げる焼きそばの誘惑に負けそうになったり。
あっ、ねんりきで型抜きはずるいと思うなスリープ!!
ペロッパフなわたあめを買って味わっていたら、互いの相棒が自分も!!と主張してくるのでボールから出し、わたあめを分ける。
「カナちゃんのクチート、元気になったんだね」
「うん、こういうとき何処をどう冷やしてあげたらいいか教えてもらったんだぁ」
「そうなんだ、よかったね」
冷やす、というワードに相棒と一緒に外に出したニューラが反応した。
頼ってくれても良いのよ、といったポーズに二人して笑みがこぼれる。タケルにはどんぐりあめを買っていってあげよう。
ピッピやピカチュウ、エネコといった可愛い系ポケモンを模したぺビーカステラの大入り袋を二人で購入してみんなでつまんでいると、お祭り本部の方まで歩いて来ていたようだ。運営の大人たちが法被を着てあれこれ忙しなく動いている。
その本部に隣接されている長机から垂れ下がっている紙に書かれているのは『受付中』の文字。お祭り、といったらそりゃあ欠かせないアレの受付だろう。
家族で来たときだったら間違いなく申し込んでいただろう。
けれども今日はカナちゃんと来ているのだ。このまま輪投げしたり射的したり、さっき見たバイバニラなかき氷を食べたりした後、クライマックスの花火を楽しむべきだろう。
だから回れ右をしようとしたのだけれと、グイと阻まれた。
相棒のガーディだ。目がキラキラしている。
出るよね、参加するよねと期待する瞳。相棒だもんな、自分も出たいってその気持ちよく分かる、けれど……。
そんな葛藤を振り払うように肩を叩かれた。
「参加、したらいいよ!!私はクチートたちと応援してるし!!
バトルしてるとこ見るの好きだから、私のことは気にしなくて良いよ!!」
カナちゃんの良いところってこういうところなんだよな。
笑顔で送り出されたのでガーディと一緒に受付にいく。ニューラにはカナちゃんと一緒にいて守るようにと言いつけた。
エントリーは完了だ。
さぁ、ポケモンバトルの始まりだ!!

なんて気合いをいれたが、結果は一回戦敗退だ。
ものすごく頑張ってくれたガーディはもちろん、勢い余ってスッ転んだ自分も、出張で本部に設置されている臨時ポケモンセンターで手当てを受けている。
情けないなぁ、正直かなりへこむ。相手がデルビルだったのもおいうちだ。
先手をとられたのがいけなかったのかな、あのわざの対処がよくなかったのかな、反省点が山のように出てくる。
涙がじわり、浮かびかけたとき、テントから下げられた簾を上げてカナちゃんが入ってきた。
「おつかれさま」
にこりと笑いかけてくれるけど、なんて答えたらいいんだろう。せっかく送り出してくれたのに。顔を見ていられなくて視線をそらしてしまう。
言葉が出ないことを察してくれたかどうかわからないけど、そのままカナちゃんが続けた。
「えっと、すっごく落ち込んでるみたいだけどね、私にはすごくカッコよく映ったよ」
「そんなっ」
慰めにしてはあからさまだと伏せていた顔をあげると、とても嘘を言っているとは思えない表情をしていた。
「最初にかみつくされちゃったけどさ、ガーディは怯まなかったし、すぐに立て直してひのこで対応したでしょ??それからえっと、にらみつけるで危ないなって思ったから距離をとったりしてさ」
よく見てくれている。語られる内容と紅潮した頬がそれを示している。
「最後のだましうちでやられちゃったけど、ちゃんと頑張ってバトルしてるんだなって思ったよ」
転んだときに擦りむいた手を優しく撫でられながら言われると、堪えた涙がこぼれそうだ。
そんなときだった。テントの外からドンッドンッパーンと大きな音が聞こえた。
「花火……」
「始まったんだぁ。……立てる??」
頷くと、撫でていた手がそのまま握られる。普段とは違ってドキドキした気持ちと凪いだ気持ちがまぜこぜだ。
手を引かれてテントを出る。クチートたちはガーディに寄り添っている。
テントの外は絶好のビューポイントではないけれど、遮るような高い建物がないから花火がよく見える。
ここでも人気者のピカチュウは花火の柄となって夜空を彩っている。
モンスターボール柄も打ち上がる。
花火もきれいだけれど、ちらりと横目で見たカナちゃんが普段よりも一層キラキラと眩しく見えた。
「キレイだね」
「うっうんそうだね」
危ない、見ていたことばれてないよね。
慌てて花火に向き直ろうとしたら、今度はカナちゃんがこっちを向いた。
「やっぱりね、バトルしてるところ、すごく……カッコよかったよ」
一際大きい花火が上がったのが音や歓声で分かる。
今まさに、ロマンティックのボルテージがぐーんとあがっている。
言え、言うんだ自分。
「あのっ、カナちゃんのことが……っ」

結末はテントの中からこっそり見守っていた相棒が知っている。