チィタンの木の実

きのこ
イラスト
編集済み
 昨日の夕方から続いた暴れん坊の嵐も、今朝はすっかり過ぎ去りました。
雲間から青空が覗き、朝の明るい日差しが木の実農園を照らしています。
地面には、いたずら好きの子供がカラーボールを散らかしたみたいに色とりどりの木の実が落ちていて、みんな、雨の雫を反射してきらきら輝いています。
農園の柵は壊され、果樹を覆っていたネットや案山子も飛ばされてしまったものですから、お腹を空かせたポケモン達が、木の実を食べに次から次へとやってきます。
いつもは顔を真っ赤にしてカンカンに怒りながら脅し鉄砲を鳴らす農園のおじさんも、今回ばかりは、どうしたものやら、と、ぼんやり軒下でたばこをふかせています。

 そこに、ドデカバシと、ケララッパと、ツツケラの三兄弟が、お腹を空かせてやってきました。
 ドデカバシは、一番上のお兄さん。
熱した嘴で木の実を焼いて食べるのが大好きな、グルメなお兄さんです。
 ケララッパは、二番目のお兄さん。
食べることより、食べた後に木の種を飛ばして遊ぶのが大好きな、やんちゃなお兄さんです。
 ツツケラは、一番末っ子。
でも兄弟で一番、食いしん坊。
お兄さんたちが1日かかって集めた木の実を、その日の晩のうちにぜーんぶ食べてしまうのです。
それで、次の朝にはお腹が空いただなんて、チィチィ森中に響く声で鳴くものですから、みんなからは、食いしん坊のチィタンと呼ばれていました。

 「ほら、チィタン。美味しそうな木の実だね。私が焼いてあげよう。チィタンも大きくなれば、種までこんがり焼けるようになるよ。」
「ほらほら、チィタン。種はこうやって飛ばすんだよ。おかしいなぁ、チィタンは食べるのは上手なのに、種を飛ばすのは全然上手にならないなぁ。」
なんて、お兄さんたちは言いますが、食いしん坊のチィタンは、
「ぼく、種までこんがり焼けなくても、種を上手に飛ばせなくても、美味しい木の実が食べられれば、それでいいなぁ。」
だなんて、思っているんです。

 チィタン達が3羽で仲良く木の実を食べていると、チィタンが、黄色くて大きな木の実が落ちているのを見つけました。
「わあ、この木の実、なんて美味しそうなんだろう!」
「本当だ!これは、焼いたらいい匂いがしそうだぞ。」
「本当だ!この木の実の種は、飛ばし甲斐がありそうだな。」
そう、チィタン達が黄色い木の実を取り囲み、今にも食べようとした時でした。

 「お願い。お願い。食べないで。」
とーっても小さいけれど、誰かの声が聞こえました。
チィタン達はキョロキョロあたりを見渡します。
ですが、チィタンも、お兄さん達も、声の主を見つけられません。
「だぁれ?この木の実を食べないでほしいのは?」
「ぼくだよ、ぼく。」
そう言う声のする方を探して、チィタン達はびっくり。
なんと、黄色い木の実が喋っているのです。

 「お願い。ぼくを食べないで。」
「チィチィ、君はこんなに美味しそうなのに、どうして食べちゃいけないの?」
チィタンが尋ねると、木の実はわけを話してくれました。

 「ぼくの名前はオボン。ぼく達木の実は、地面に落ちると、種から芽を出して、新しい木になれる。そして、ぼくには、とても見晴らしがよく、美しい景色が見えるところで、大きな木になるという夢がある。だから、ここで君たちに食べられると、とても困る。お願いだから、ぼくを食べずに、景色の綺麗な場所まで運んでおくれ。」
「そりゃあすごい!ぼくも、美しい景色を、見たい、見たい!」
オボンのお願いを、チィタン達は喜んで叶えてあげることにしました。
問題は、誰が木の実を運ぶかです。
きっと、長い旅になるでしょうから、またこの森に戻って来られるかもわかりません。

 「それじゃあ、私が運ぼう。」
と、ドデカバシのお兄さんが進み出ると、
「ダメダメ。君の嘴はうんと熱くなるんだろう?私の種が焼けたらおしまいだよ。」
と、オボンは言います。
 「それじゃあ、おいらが運ぼう。」
と、ケララッパのお兄さんが嘴を反り返らせると、
「ダメダメ。君はすぐに種をそこらじゅうに飛ばすんだろう?ぼくを何処か変な場所に飛ばされちゃかなわないよ。」
と、オボンは言います。

 「それじゃあ、ぼくが運ぶよ。ぼくは、嘴も熱くならないし、まだ種も飛ばせない。それに、本当はぼくは、黄色い木の実がきらいで食べられないんだ。だからぼくが行けば、安心だ。」
とチィタンが言いました。
本当はチィタンは、黄色い木の実が大好きでした。
でも、どうしてもオボンを運ぶのは自分がよかったので、こんなことを言いました。

 チィタンの言葉を聞いて、オボンは大喜び。
「よろしくね。チィタン。」
オボンはチィタンが運ぶことに決まりました。
オボンの返事に、チィタンも大喜び。

 「ドデカバシお兄さん、ケララッパお兄さん、さようなら!」
「気をつけていくんだぞ!」
「しっかりやるんだぞ!」
お兄さん達に励まされ、チィタンは細い両足でしっかりとオボンを掴むと空へ飛び立ちました。
オボンはチィタンには大きくて重かったようでしばらく少しふらふらしていましたが、力強く羽ばたいていきました。

***

 チィタンとオボンは、青空の中を飛んでいます。
チィタンとオボンは、森を超え、川を越えました。
山を一つ超えたところで、お腹を空かせたムクバードが飛んできて、チィタンに話しかけます。

 「やぁ、おチビさん。おいらとってもお腹が空いているんだ。その木の実をほんの少し分けておくれよ。」
「ごめんなさい、ムクバードさん。この木の実はとっても大事な木の実なんだ。だから食べちゃダメなんだ。」
「食べちゃダメな木の実だなんて、変なの。少しでいいから、分けておくれよ。」
「ダメだよ。ムクバードさん。この木の実は特別なんだ。」
「なんて、ケチンボなおチビさん!こんなに美味しそうな木の実を食べないなんて変なの!変なの!」
怒ったムクバードは、どこかに飛んで行ってしまいました。
けれど、ムクバードの言う通り、オボンはとっても美味しそうでした。

 すると、チィタンのお腹が、ぎゅるるるきゅるん、と鳴りました。
「ああ。ぼくもお腹が空いたなあ。」
「チィタン。まさか、ぼくを食べないよね?」
「チィチィ、もちろんさ!ぼくは黄色くて、硬い木の実が生まれた時から苦手なんだ!」
チィタンはそう言って胸を張ります。
だけど本当は、チィタンは黄色い木の実だって、硬い木の実だって大好きなのです。
きっと、オボンはとっても美味しいに違いありません。
オボンから甘酸っぱいいい香りがただよってくるので、嘴から涎が垂れてしまいそうなのを、チィタンは必死に我慢しました。

***

 チィタンとオボンは曇り空の中を飛んでいました。
チィタンとオボンは、町を超え、湖を越えました。
また山を一つ越えたところで、空からポツポツと雨が降り始めたので、チィタンとオボンは森に降りました。
雨宿りのために入った木の穴の中には、母親の帰りを待つ、小さなパチリスの子供達がいました。

 「こんにちは、小鳥さん。私達とってもお腹が空いているの。その木の実を少し分けてちょうだい。」
「ごめんなさい、パチリスさん達。この木の実はとっても大事な木の実なんだ。だから食べちゃダメなんだ。」
「食べちゃダメな木の実なんて、変なの。私達、お母さんがこの雨で帰ってこないから、何も食べてないの。ほんの少しでいいから、分けてちょうだいよ。」
「ダメだよ。パチリスさん達。この木の実は特別なんだ。」
「独り占めだなんて、なんていじわるな小鳥さん!木の実をくれないなら、私たちのお家から出ていってよ!」
パチリス達は怒って、チィタンにパチパチ電気を散らします。

 けれどパチリス達の言う通り、ここはパチリス達のお家です。
チィタンが困っていると、オボンが言いました。
「チィタン。この子達に、ぼくを少し齧らせてあげよう。」
「ダメダメ、ダメだよ!みんなで齧ったら、オボンがなくなっちゃう!」
「少しずつなら、平気、平気。チィタンもお腹が空いたなら、ぼくを食べてもいいんだよ。」
「チィチィ、とんでもない!ぼくは黄色くて、硬くて、大きな木の実は、生まれた時から食べられないんだ!」
チィタンはそう言って首を横に振ります。
だけど本当は、チィタンは黄色い木の実だって、硬い木の実だって、大きな木の実だって大好きなのです。
きっと、オボンを食べるとほっぺたが落ちるに違いありません。
パチリス達が一口ずつオボンを齧ると、爽やかな香りがチィタンの鼻をくすぐります。
自分もオボンに飛びついて食べてしまいそうなのを、チィタンは必死に我慢しました。

***

 チィタンとオボンは、冷たい風の中を飛んでいます。
チィタンとオボンは、谷を越え、滝を越えました。
オボンはパチリス達に齧られたので、デコボコのおかしな形になっています。
山をもう一つ越えようと、荒野を飛んでいるチィタンへ、バルジーナが飛んできて優しく話しかけてきました。

 「おやおや、珍しい。可愛いツツケラのぼうやじゃないか。少し私にも齧らせておくれよ。」
「ごめんなさい、バルジーナさん。この木の実はとっても大事な木の実なんだ。あなたに食べられたら、この木の実はなくなっちゃうから、あげられないよ。」
「安心おし、小さなぼうや。私が食べたいのは……。」
すると、バルジーナは目をらんらんとさせて大きな口を開けました。
「ぼうや、お前だよ!」
バルジーナは恐ろしい顔でチィタンに襲いかかってきました。
チィタンはバルジーナの嘴をかわし、爪を避けながら、山へと逃げます。
ですが、オボンを持ったチィタンでは逃げきることができません。
バルジーナの恐ろしい顔が、後ろからチィタンに迫ってきます。

 チィタンは叫びました。
「助けて!誰か助けて!」
「おほほ、誰が助けになんて来るもんか!」
その時、もっと大きな翼が、バルジーナの顔に覆いかぶさりました。
山陰から、じっとバルジーナを狙っていたウォーグルです。
「キーッ!お待ちなさい!ぼうや!ぼうや!」
バルジーナは金切り声を上げますが、ウォーグルが襲って来るので、チィタンを追いかけることができません。

 チィタンは死にものぐるいで飛びました。
右も左もわかりません。
冷たい風鳴りが耳を刺し、景色が物凄い速さで流れていきます。
あの恐ろしい金切り声が聞こえないところを目指して、今までで一番早く飛びました。
翼がちぎれそうになるくらい、羽が抜け落ちそうになるくらい、一生懸命逃げました。

***

 チィタンとオボンは、雪降る山を飛んでいます。
雪はだんだん吹雪に変わり、チィタンの体も軽々と吹き飛ばされてしまいます。

 寒くて、疲れて、お腹が空いて、とうとうチィタンは羽ばたけなくなってしまいました。
雪に落ちたまま動けないチィタンに、オボンは声をかけます。
「チィタン、チィタン、しっかりして。そこに小さな洞窟がある。休もうチィタン。」
オボンの声を聞いたチィタンは、よろよろと洞窟に入ります。
洞窟の中には、ちらちらと少しの雪が舞い込んでくるだけです。
でも、チィタンはお腹がぺこぺこ。
飛びつかれて、へとへと。
だんだんチィタンは弱っていきます。
すると、オボンは言いました。

 「チィタン、ぼくを食べて。」
オボンの言葉で、チィタンの目はハッと覚めました。
オボンはもう一度言いました。
「チィタン、僕を食べて。このままでは、チィタンは弱って死んでしまう。」
「そんなのいやだ!」
「チィタン、お願い。ぼくを食べて。」
「やだやだやだ!僕はオボンの実なんて大きらいなんだ!」
チィタンは、何度も何度も首を横に振ります。
だけど本当は、チィタンはオボンの実が大好きなのです。
チィタンは、オボンがきらいだから食べたくないのではありませんでした。

 オボンは言いました。
「チィタン。ぼくは、春になればまた種が芽を出して木になれる。でもチィタンはぼくを食べないと死んでしまう。チィタン。本当は、チィタンは、ぼくが美味しそうで仕方ないんでしょう?」
オボンは気がついていました。
チィタンが、オボンの前で涎を垂らしちゃいそうなのを我慢していたことも。
オボンに飛びついて、思いっきり食べちゃいたかったことも。
本当は、チィタンはオボンが大好きなことも気がついていました。

 オボンの言葉が、チィタンの頭の中で回ります。
ぐるぐる、ぐるぐる、食べてもいいんだ。
ぐるぐる、ぐるぐる、食べちゃダメだよ。
お願い、お願い、食べないで。
お願い、お願い、ぼくを食べて。

 チィタンは、どうしたらいいのかわかりません。
チィタンの見る世界は、ぐるぐるぐるぐる、回っていきました。

***

チィタン、チィタン。
朝だよチィタン。
目を覚まして。

夢の中で、誰かがチィタンを呼んでいます。

ほら、チィタン。
とっても美しい朝日だよ。

それがオボンの声だと気づいた時、チィタンはオボンの名前を呼んで飛び起きました。

***
 チィタンが目を覚ますと、吹雪は止み、暗い洞窟には一筋の朝日が差しこんでいました。
なんだか、随分と長い間眠っていた気持ちがします。
チィタンはぼんやりと洞窟を見渡します。
ところが、チィタンは目の前にあるものを見て真っ青になりました。

 そこには、お腹を空かせたたくさんのバチュル達がいました。
バチュル達はオボンに群がって、美味しそうにオボンを食べています。
「ああ、美味しい。」
「生き返るみたいだなぁ。」
「なんて美味しい。」
「元気が湧いてくるぞ。」
それを見て、チィタンはもう大混乱。
「やめて、やめて、食べないで!」
チィタンはバチュルを追い払います。
バチュルは慌てて洞窟の外へ逃げていきました。
けれども、オボンはもう、いくつかの種だけになっていました。
オボンは何も話しません。

 「ああ、どうしよう!どうしよう!」
チィタンは涙を流しながら、種をそっと抱き上げます。
そしてチィタンはオボンの種を口に含むと、最後の力を振り絞って、洞窟の外へ飛び出しました。
オボンの種は、甘くて、酸っぱくて、少し苦い味がします。

 チィタンは、汚れた体でふらふらと飛び続けます。
散らつく雪はあたたかい雨に変わり、横薙ぎの冷たい風は、緩やかな向かい風に変わっていきます。
風に乗り、やがてチィタンは雪山を越えました。

 そして今、濃紺の空が白んでいきます。
昇る太陽が、世界を横から照らしあげます。
するとそこには、美しい緑の草原が広がっていたのです。

 チィタンは、緑の草原へ滑るように降りました。
草原の向こうには、朝焼けの空が広がり、虹がかかっています。
チィタンは、虹を初めて見ました。

 「なんて、見晴らしが良くて、美しい景色なんだ。きっと、ここが、ぼく達が探していた景色に違いない。」
チィタンは、そっと、オボンの種を地面に寝かせます。
「ほら見て。こんなに美しい景色は、初めて見るでしょう?ねぇほら、これ以上の景色はきっとないでしょう?」
そう、チィタンはオボンに何度も何度も話しかけます。
しかし、オボンは何も言ってくれません。
オボンはもう、言葉を話しませんでした。

 チィタンは泣きました。
チィチィ泣きました。
チィタンは、悲しくて泣きました。
「チィチィチィ。オボンが死んじゃった。チィチィチィ。」
草原中に広がる大きな声で、チィタンは泣きました。
チィタンの目からからポロポロと涙が溢れ、オボンの種を濡らします。

チィチィチィ。
チィチィチィ。
チィチィチィ。

 そんな時、泣き声の響き渡る草原に、1匹のゴーゴートのおじいさんがやってきました。
あまりにも大きな泣き声が聞こえてきたので、一体誰が泣いているのだろうと探してみると、そこには、ぼろぼろに汚れた小鳥がいるではありませんか。
ゴーゴートのおじいさんはチィタンに泣いているわけを聞くと、チィタンに教えてくれました。

 「いいかい。まずは、お日様が当たり、穏やかな風が吹く場所を探しなさい。そしてこの種をふかふかの土に埋め、朝露を集めて土の上にかけてやりなさい。そうすれば、この種はまた元気な芽を出すだろう。」
チィタンは目に涙を溜めながら、しっかりと頷きました。
「ごらん、西の空に虹が出ている。じきに雨が来るだろう。種を埋め終えたら、君もどこかで雨宿りしなさい。」
「ありがとう。親切なおじいさん。」
チィタンが泣き止むと、ゴーゴートのおじいさんはまた草原の向こうへ歩いて行きました。

 チィタンはゴーゴートのおじいさんの言う通りに、お日様があたたかく、そよ風が心地よい場所を探しました。
そうして、長い嘴を上手に使ってふかふかのベッドのような土に穴を開け、オボンの種を寝かせると、そっと土をかけました。
それから木の葉をお皿に朝露を集め、土の上にかけました。

 「ああ、早く芽を出さないかなあ。」
しかし、ふかふかの土は、静かなままです。
今か今かとチィタンは待ちますが、そよそよと、優しい風が吹くばかりです。

 「そうか、お腹が空いているんだね?オボンは、何が大好きなの?ぼくに、教えてちょうだいよ。」
そう、チィタンはオボンの種に耳をすませるように、土のそばに寝そべりました。

 チィタンは静かに目を閉じ、耳をすませます。
すると、なんと、チィタン、チィタン、と、オボンの声が聞こえてきました。
しかしそれは、チィタンの胸の奥から聞こえてくるようです。
それがわかったチィタンは、優しいまどろみの中へと、ゆっくり、ゆっくり落ちていきます。

 その時でした。
チィタンの中から、たくさんの記憶が溢れてきました。
覚えていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた大切な記憶でした。
生きているものみんなが持っていて、生きているうちに忘れてしまう、大切な記憶でした。

 オボンが誰かの命を繋いでくれたように、チィタンも他の誰かの命を繋ぐことができること。
オボンはチィタンを食べられなくても、チィタンとオボンの命は繋がっていること。
たくさんの命が巡り巡って、チィタンとオボンは繋がっていること。

 チィタンは思い出しました。
そうして思い出すと、チィタンの体の力が、紐がするすると解けるように抜けていきました。

 きらきらと鮮やかに輝く草原は、さらさらと風に揺れています。
チィタンの羽も、草原のように優しく揺れていました。
それから間もなく、草原にはあたたかい雨が降りました。

***

 それから、長い長い月日が経ちました。
何度も何度も、朝が来て、夜が来て、また朝が来ました。
あの、木の実農園のそばの森に、食いしん坊のツツケラのチィタンがいたことなんて、みんな忘れてしまったくらい、長い長い時間が過ぎた頃。
チィタンが辿り着いた草原には、たくさんのオボンの木がありました。
そして、あの黄色い木の実をたくさんつけ、草原を甘酸っぱい香りでいっぱいにしていました。

***

 分厚い雨雲が晴れ、空はすっかり青空です。
雲の隙間から顔を出した太陽を浴びて、雨露に濡れた木の実がきらきらと輝いています。

 そこに、1羽のツツケラがお腹を空かせてやってきました。
「なんて、すてきな場所なんだ。こんなに美しい場所に、こんなに美味しそうな木の実が、こんなにたくさんあるだなんて。」
 その時、ツツケラに誰かが話しかけてきます。
ツツケラはびっくり。
だって、話しかけてきたのは、黄色い木の実だったのですから。

 「こんにちは、小鳥さん。お腹が空いているのかい?それじゃあ、これを食べて元気を出して。」
すると、黄色い木の実が一つ、ぷつん、と枝から取れて、ツツケラの前に落ちました。
ツツケラは余程お腹が空いていたのでしょう、それを口いっぱいに頬張りながら食べました。
そうしてなんだか気分が良くなって、ぷぷぷと種を飛ばします。

 「ああ、なんて美味しいんだ。こんなに美味しい木の実は初めてです。あなたは、なんという名前の木なんでしょう?」

 木は答えました。
「ぼくの名前は、チィタン。チィタンの木だよ。」

 お腹いっぱい、元気になったツツケラは、青空の向こうへと飛んで行きます。
ツツケラの消えた空には、チィタンの大好きな、大きな大きな虹がかかっていました。