「おめでとう」を夢見ながら

4分の3の投げキッス
「波音」「マスク」「神経衰弱」
編集済み
「ああ、負けちゃったよ。」
「ふーん、マーレイン、僕に勝つなんてまだまだ先のようだね!」
「預かりシステムのメンテナンスでまともに寝てないのを言い訳に使っていい?」


それぞれ手に持っていたトランプの束を背比べさせれば、それは本当に僅かな差だった。
白い歯をニカッと見せて笑う親友は、僕の精一杯の強がりをさらりと流してしまう。


「もう一度やるかい?神経衰弱。」
「いや、もう十分。」


久々にこのホクラニ天文台にやってきて、日が落ちてもなかなか帰らないのを不思議に思えば「今日は泊まるよ!」と言い出したこの破天荒な親友、ククイは子供の頃からの付き合いを持ってしても掴みどころが無いと思う。
いつも突発で猪突猛進なんだ。この意味のないトランプ勝負も彼が言い出しっぺ。

トランプを紙製の箱にしまってふいにテレビを付けると、ニュースがやっていた。画面の中のお姉さんが何やら慌てて資料を受け取って、カメラ目線で口を開く。


『続いてのニュースです。本日、ロイヤルマスクが一年間の活動休止を宣言しました。』


聞いた途端に勢い良く振り向いて、『ロイヤルマスクの正体』を凝視する。そんな僕にククイは一瞬驚くも、何も問題は無いとばかりに微笑む。しかしそんなの無視して僕は詰め寄る。頭の中は絶賛パニック中で、普段より大きな声が出ているのに気が付かない。


「僕聞いてないよ!どういうこと!?」
「この前のバトルロイヤル見ただろう?カントーから来た少年。」
「ああ…バッチ8個を鞄に付けてた子、10連勝したんだよね。」
「あんなに強いトレーナーが世の中にはまだまだ沢山居るんだと思うとワクワクしないかい?」
「まさか、ククイ、きみ…。」


喉の奥で出したくないのに出そうな言葉を必死に抑える僕とは裏腹に、ククイの顔は始めてポケモンを持つ少年のようにキラキラと輝いている。あ、これはこの先彼が言うことはもう決定事項で、僕が何を言っても無駄なパターンじゃないかな。


「カントーでチャンピオンを目指すと決めたんだ!」


ほらね、彼は本当に突発なんだ。
嫌な予感が的中したのと、呆れが混ざった僕のため息なんて彼の視界にも入らない。君がアローラを離れたら、研究所は、僕は、どうなる?
あと…

とある人物の顔が思い浮かぶと同時に訪問者を知らせるベルが鳴った。今日はお客さんが多いな、この時間帯じゃあ従兄弟のマーくんではないだろう。


「ちょっと!ククイ!私に黙ってなんのつもり!?」


お迎えに行くよりも早く中に入ってきたのは褐色の肌に白い髪が映える彼女。そう、バーネット。ククイの恋人。
手には男らしい字が並んだ手紙。怒りに満ちた表情に、まさかと僕が背筋を凍らせたのに対し、彼はきょとんとしている。


「黙ってないだろう。ちゃんと連絡した。」
「どうしてそういつも突拍子もないのよ!これで連絡したなんてよく言えるわね!」


彼女の手から滑り落ちた手紙を拾って目を通す。「一年くらいカントーに行ってチャンピオン目指してくるよ!明日の朝には出発する!」
ちょっとそこのポケモンセンターに行ってくる、みたいなノリの文章。
なんて一方的なんだろう!どうしてこれで彼女が怒らないと本気でククイは思ったのか。

しかし、本人は悪いなんて微塵も思っていない。ヘラヘラと笑うばかりだ。


「そうカッカするなよ、ちゃんとカントーチャンピオンになって帰ってくるからさ。」
「なら、今、私とバトルして勝ってみせなさい!」
「おっ!いいね!」
「えっ、」


モンスターボールを手にしたバーネット君とククイを慌てて止めて、外でバトルするように促した。どうして今、僕は痴話喧嘩に巻き込まれているんだ?神経衰弱で負けたのを合図と言わんばかりに僕の心は穏やかな時を過ごせていないじゃないか!ちょっと泣きたい。


確か、前にもこんなことあったな。あれはバーネット君がイッシュで仕事の為に半年程アローラを離れるって決まったのをククイが知った時。あの時も色々ひと悶着あって、何故かククイがバーネット君に告白する流れになったんだっけ。そういえば、場所もここだった。あはは、懐かしい。


そんな思い出に僕が浸っているとは露知らず、前を歩く2人。こんな時に「似たもの同士だね。」なんて言ったらどうなるだろう?少なくともいい未来は見えないと思うから、このまま黙っておこうか。



外に出れば、昼間の熱を孕んだままの風が吹く。少しだけ空に近いここは星もよく見えた。
天文台の裏は主に僕とマーくんがバトルするために作られたフィールドがあるので、そこで二人には暴れてもらうことにする。


「一対一、先に戦闘不能になったほうが負けでいいかい?」
「おう!」
「いいわよ!」


それぞれ位置について、2つのモンスターボールが宙を舞う。そこから出てきたのはイワンコと、ゴンベ。


「あなたウォーグルは?」
「この試合、僕達だけで十分だよ!イワンコ、たいあたり!」
「ナメられたものね!ゴンベ、たくわえる!」


イワンコが物凄いスピードで突っ込んだが、ゴンベは全くダメージを受けていない。やる気満々な鳴き声は「支持をくれ」と言っている様だった。


「のしかかり!」
「かわして、がんせきふうじ!」


獲物を捕らえ損ねたゴンベの真上に複数の岩が落とされる。砂ぼこりが舞い上がり、目を細めた。中からゆらりと立ち上がる黒い影に僕とククイが声を漏らす。


「のみこむ、か。」
「それだけじゃないの。」


砂ぼこりが消え、外灯に照らされたゴンベの首元で何かが光った。赤紫色の丸いそれを確認したククイ君は右手で顔を抑え、頭を振る。
そう、ゴンベはしんかのきせきを持っているじゃないか!


「最高だよ!流石僕のハニー。」
「あなたのイワンコ、何処まで持つかしらね。」
「おっと、未来のチャンピオンはこんなことで挫けないぜ!」


楽しそうだなぁ、なんて審判という立場を忘れて二人のバトルに魅入る。ポン!と僕の腰から音がして視線を移せば、相棒のダグトリオが足元に居た。空に浮かぶ真ん丸に近い月に負けない金色の髭を揺らして静かに滾っているようだ。


「どっちが勝つと思う?」
「ダグっ!」
「…そうだね、ふふ。」


そうやって、よそ見をしていた時に激しい閃光と共に大きな爆発が起きた。地面が低く呻き、僕の脊髄が振動する。腹の底が重力に引っ張られ、耐えながらも何が起きたのかとバトルフィールドに注目したが、先程より大量の砂ぼこりはなかなか消えてくれない。

決着が着いたであろうこの瞬間を、静かだ。と感じるとほぼ同時に、微かに波音が聞こえてきた。こんな高い丘の上でも海の気配を感じられるのか、と驚いたがこれはきっと、この爆破で飛び散って風に乗った砂や小石が奏でたものだろう。

やっと視界が晴れた時、目を回して倒れているゴンベと息を切らして何とか立っているイワンコを確認した。耐久型をほぼ一撃で沈めたなんて、やっぱり彼の腕は一級品だ。


「ゴンベ戦闘不能!イワンコの勝ち!」


バーネット君がゴンベをボールに戻し、ぺたりとその場に座り込んだ。ククイもイワンコを撫で回してからボールに戻す。「まさか、はかいこうせんを出すとはね!」との一言で、ゴンベのゆびをふるだったか。と爆発の原因を把握した頃、2人が僕の元へと帰ってくる。


「それをがんせきふうじで押し返す方も予想外よ。」
「言ったろう?僕らは未来のチャンピオンになるんだって。」
「…いいわ、カントーに行ってらっしゃい。」


負けを認めた彼女は吹っ切れたように清々しかった。なんとか喧嘩が丸く収まって良かったと胸を撫でる。僕のダグトリオを見たククイが僕に一戦交えないかと誘って来たが、もう夜も遅いからと断った。残念そうな彼に、さっき勝負したじゃないかとフォローを入れ、僕らは天文台に戻った。





青春時代もとうの昔に終えた僕らが男女混ざって同じ空間で寝るなんて事はモラル的にも気が引けるということで、バーネット君に別の部屋を用意してまた男2人だけの状況に戻る。
窓がない代わりに稼働している機械の明かりが青くぼんやりと僕らを照らす。
ソファの上に窮屈そうに寝転ぶククイに、同じように向かいのソファに仰向けになったまま言葉を投げた。


「明日、何時頃に出るの?」
「10時の船の予定さ。」
「頑張れよ。」
「もちろん!」


拳を高く突き出して、高らかに返事をした彼は少し間を置いてから寝返りを打って僕の方を向いた。何も言わない僕を不審に思ったらしい。そんな彼の空気を受け取ってから僕はあることを切り出す。


「そっちもそうだけどさ、言うんだろう?明日。」
「…あれ、言ったっけ?」
「言わなくても分かるよ。ポケモン以外で勝負を仕掛けてくる時は大抵大きな決断をしようとしてる時だろ。悪い癖だよ。」
「…参ったな。」


ようやく頭ごと動かして彼の方を見れば、ククイが今度は僕に向けて拳を差し出していた。手を伸ばすと掌に僅かな重みを感じる。小さな白い四角い箱。薄暗い中、蓋を開けて中を確認するとだんだんと笑いが込み上げ、遂には我慢できずに腹を抱えてうずくまった。
ククイが怪訝そうに身を起こして僕から箱を取り上げる。


「おい、何もそこまで。」
「ごめんごめん、君にこんな日が来るなんて。夢にも思わなかったから。」
「あー、ハイハイ。」


あ、しまった。完全に機嫌を損ねる前に眉尻を目一杯下げて謝罪する。フン、と鼻を鳴らされてからお許しの言葉を貰らう。良かった、と口元がニヤけた。


「上手く行くと思うかい?」
「大丈夫だよ、ククイなら。」


カントーの旅も、プロポーズも。

また一歩大人になろうとしている親友に、祈りにも似た想いを込めながら僕は眠りについた。