超・鋼・探・偵 ダンバル!

突進、突進、また突進
「波音」「マスク」「神経衰弱」
編集済み
 ノーマル、炎、水、草……
 ポケットモンスター、略してポケモンには、全部で18のタイプが存在する。

 ここでクイズだ。
 ポケモンのタイプの中で、一番力強く強靭なタイプは何か?
 
 そう、それは鋼タイプ!

 もう一つ、クイズを出そう。
 ポケモンのタイプの中で、一番知的なタイプは何か?

 そう、勿論エスパータイプだ!



『つまり、鋼とエスパーの複合こそが、最も優れたタイプ組み合わせと言っても過言ではない』
「何をぶつぶつ独り言を言っているんだ?」

 成人男性「ユウゾウ」は、ソファに沈む彼のポケモンに問いかける。

『わからないのか? 「自己暗示」の練習だ』

 鉄球ポケモン「ダンバル」は、ユウゾウへと「人間の言語」で返答する。
 何故、独自の言語を持つポケモンである筈のダンバルが、人間の言葉を理解するどころか、流暢に会話することができるのか?

『鋼とエスパーの複合タイプである我らは、スーパーコンピューターに例えられるほど知的な種族だ。その中でもとりわけ優秀で、才能に溢れ、イケメンである俺にとって、人の言葉を解し、発信するくらい造作もないこと……』
「いやだから、何をぶつぶつ言ってるんだ。怖いって」

 ユウゾウは、ダンバルの重い身体を持ち上げ、デスクへと移動させた。

「ふぅ」
『何をする』
「そろそろ依頼人が来る時間だ。席を開けろ」
『依頼人? 何だ、聞いていないぞ』
「そりゃあ、お前はずっと「自己暗示」とやらに耽っていたからなぁ」

 そんな中、事務所にチャイムが鳴り響く。
 ユウゾウがドアを開けると、そこには高校生ほどの若い女性が立っていた。

「UZO探偵事務所にようこそ。貴方が依頼人の……」
「ワカバです。すみません。私を助けて欲しいんです」
「お待ちしていました。まずは話を伺いしましょう。ソファにどうぞ」

 誘導され、ソファへと座ったワカバは、ユウゾウへと頼みごとを語り始める。

「ふむ、ふむ……」
「……ガリリッ……」

 デスクに文鎮のように鎮座するダンバルもまた、依頼人の言葉を聞いていた。

 依頼人「ワカバ」はポケモンバトルサークルに所属する女子高生であり、二日前、ナゾノクサの群生地として有名なモエギ草原で、他校生徒とバトルを行っていたらしい。
 負けられないバトルであり、彼女は姉が大切にしていた「先制の爪」のペンダントを無断で借りて、勝負に挑んだのだが……決着がついたその時、悲劇は起こった。
 攻撃の弾みで飛んで行った先制の爪のペンダントが、ひょっこり歩いていた野生のナゾノクサの身体に引っかかってしまったのだ。
 ワカバは慌てて取り戻そうとしたが、混乱して走りだしたナゾノクサはナゾノクサの群れに紛れてしまい、それっきり姿を見失ってしまったのだと言う。

「つまり、そのナゾノクサを探し当て、先制の爪を取り戻して欲しいと。しかし、先制の爪ならば、探偵に依頼するより再購入した方が確実なのでは?」
「あの先制の爪のペンダントは、ジムリーダー・ツツジのサイン入りの限定品で……私、知らなかったんです。まさかあのペンダントに、私のバイト代なんかじゃとても手が出せない、超プレミア価格が付いていたなんて!」

 ワカバはポケナビを操作し、ユウゾウに、件の先制の爪のペンダントの画像と相場価格を見せた。

「"先制の爪・ツツジエディション"……?」

 人気ジムリーダーのサイン入りの先制の爪には、お洒落な金属チェーンが取り付けられており、ポケモンバトルの道具としてだけではなく、人間用のアクセサリーとしても使用可能なペンダントに仕上がっている。
 そして、参考画像と共に表示されている相場価格は、女子高生のバイト代どころではなく、ユウゾウの生活費が数ヵ月分消し飛ぶ金額であった。

「……なるほど」
「探し続けたいけど、学校は休めない。直に姉は気付いてしまうし、その前に何とか取り戻せないと、私……!」
「お話はわかりました。この依頼、引き受けましょう。日当、経費……成功の暁にはこれだけの料金を。失敗した際には、お代は頂きません」

 ユウゾウは料金を提示し、ワカバは契約書にサインをする。

「探偵さん、どうかよろしくお願いします!」
「ええ」

 ワカバがソファから立ち上がったその時、彼女を見送るかのように、デスクの上のダンバルは、ふわりとユウゾウの傍に浮いた。

「あっ、ダンバル」
「彼は私の助手です」

 ユウゾウは、ワカバへと微笑んだ。

「この案件。我ら二人にお任せを」 
「ガガッ」



○□○□○□○□



『どうせなら、もっと俺の優れた頭脳を活かせる依頼を受けたいものだ。この青銅色の脳細胞が泣いている』
「文句を言うな。遺失物探しだろうと、迷子のポケモン探しだろうと、UZO探偵事務所は、収入が見込める依頼ならば引きうけるさ」
『……収入とは言うがな、ユウゾウ。今回の依頼はタイムリミットまで猶予が無いぞ?』
「ああ。だから、今すぐにやるしかない。今月も生活費はカツカツなんだ」 

 早速モエギ草原にやって来たユウゾウとダンバルは、周囲を見渡す。
 天気は快晴であり、涼しい風が芳しい薫りを運び、とても心地良い。ところが、一つ問題があった。
 依頼人からは、モエギ草原はナゾノクサの群生地と聞いていたのだが、そのナゾノクサの姿がどこにも見当たらないのだ。

「ナゾノクサが居ないぞ」
『当然だ』
「知っているのか弾吾郎(だんごろう)」
『俺が賢く聡明であり、お前が無知なだけだ。そしてその名前は止めろ! 俺の最終進化形態はギガイアスじゃないんだぞ!』

 弾吾郎。
 それがユウゾウがダンバルにつけた名前であるのだが、ダンバル自身は大変不本意であるらしい。

「良いから、理由を言ってくれ」
『……ナゾノクサは夜行性だ。連中は、昼間は地面の中で眠っている』
「ほう」

 ユウゾウは、改めて周囲を見る。
 するとなるほど、ナゾノクサの姿は見当たらないが、草原の至るところに、ナゾノクサの頭部らしき葉が生えている。
 
「これの全てがナゾノクサか……どうしたものかね」
『まさか、全部引っこ抜く気じゃないだろうな』
「お前が「地震」の一発や二発撃てたら、それで済みそうな気はするんだけどなぁ」
『…………』

 依頼人達はバトルでフィールドをも揺るがす技を使用し、寝ていたナゾノクサを目覚めさせてしまったのだろう。
 とは言えダンバルはそんな技を有しておらず、ユウゾウはダンバルへ意地悪に笑い、ナゾノクサらしきものに近づいた。
  
『ユウゾウ。お前は頭が悪い上に、性悪だ!』 
「怒るなよ」
『一々引っこ抜いていたら間に合うものか。アレを使え、アレを!』

 ダンバルはユウゾウの鞄に軽く突進をかまし、ユウゾウに無理やり「アレ」を取り出させる。
 それは、二本の金属の棒で構成された、失せもの探しの道具であった。

「探偵七つ道具の一つ。ダウジングマシン……」
『依頼の先制の爪のペンダントには、金属のチェーンが取りついている。金属製品ならば、そいつで探し当てられるだろう』
「本気でそう思っているのか?」
『何だと?』

 ユウゾウはダウジングマシンを起動させる。
 すると、二本の金属棒は強く反応し、ある一点を示した。

「…………」
「………ガリッ」

 強い磁力を帯びた、ダンバルの身体を。

『……さぁ、何をもたもたしている! 時間は無いぞ。ナゾノクサを引っこ抜いて、引っこ抜きまくれ!』
「開き直るなよ」

 ユウゾウはナゾノクサ?の頭部を引っ張る。
 ところが、抜き出たそれは、ナゾノクサではない。

「……カブ・カブブ……」

 それはカブ。
 何とも奇妙な形状をした、「謎のカブ」であった。

「違うっ!」

 ユウゾウは謎のカブを放り投げ、次なるナゾノクサ?に挑む。

「どっこいしょー!」
「ジュウウ!?」

 今度は正解であり、本物のナゾノクサであったが、その個体は先制の爪を身につけていなかった。
 即座にユウゾウはナゾノクサを放し、次のナゾノクサ?に飛び付く。

「弾吾郎! お前も手伝え!」
『生憎、俺には手足が無い。手も足も出ない、お手上げというやつだ』
「わはは……じゃないって。上手いこと言ったつもりか?」
『この俺はウィットにも富んだ、非凡なダンバルなのだ』

 ダンバルは労働に参加せず、ユウゾウは単身ナゾノクサ?を引っこ抜いては放り投げていく。
 周囲には謎のカブと、パニックに陥って走りまわるナゾノクサだらけになっていく。
 厄介なことに、ナゾノクサは二度寝するべく、地面に埋まり直す個体もいる。それに気が付かず、ユウゾウが引っこ抜き直すこともあった。

『……うぅむ……』

 ダンバルは思った。
 引っこ抜くまでわからない、ナゾノクサと謎のカブ。
 そして抜いても、再び埋まるナゾノクサ。その配置を記憶しつつ、「当たり」を求め、地面から引っこ抜き続けるその様は、まるで神経衰弱のゲームのようであると。

『ユウゾウ、その個体は違う! さっき抜いた奴だ!』
「紛らわしいな!」

 作業開始から、かれこれ数時間。
 ダンバルは二度寝ナゾノクサを見分け、ユウゾウをサポートするが、それでもキリが無い。
 草原は広く、そしてナゾノクサ?はまだまだ大量に生えているのだ。
 
『これでは体力の無駄だ。連中は夜になると活動を始める。日が落ちるまで待った方が良いんじゃないのか』
「お前は闇夜でナゾノクサの群れから当たり個体を見付ける自信があるのか? 俺には無い」

 ところで、とユウゾウはダンバルに振り返り、人差し指を立てた。

「元ポケモントレーナーからのクイズだ。色違いの野生ポケモンと出会える確率は、何分の何と言われている?」
『1/8192だ。ポケモン図鑑に書いてあった』
「ピンポン! ……かどうかは知らないが、お前が言うなら多分正解なんだろう。それでもって、結構な低確率だが、案外いるもんなんだ。色違いポケモンを持っているトレーナーって」
『何が言いたい』
「運の良さって、トレーナーに求められる資質の一つらしいってことさ」

 ユウゾウは次のナゾノクサ?を引っこ抜く。
 引き当てたのはカブではなくナゾノクサであり、そして、何たるご都合展開。
 そのナゾノクサの身体には、先制の爪のペンダントが引っかかっていたのだ!

「ガガガッ!?」
「本当に出た―っ!?」
 
 引っこ抜いた本人が驚く中、ナゾノクサは暴れ、ユウゾウの手から脱出する。

「うおおっ。逃がすな弾吾郎! サイコキネシス!」
『嫌味か!』

 サイコキネシスなど使えないダンバルは、ナゾノクサに「突進」するが、ナゾノクサは単調な一撃を回避し、逃げていく。
 
「ガリリィッ!」
「ジュジュ……」

 草を散らし、ダンバルはナゾノクサを追いかけるが、このナゾノクサは非常に足が速く、ダンバルの身では距離を詰めることができなかった。

『ユウゾウ、ナゾノクサの中には、「逃げ脚」に優れる個体がいる! こいつもきっと』
「うおおお、待てぇ生活費!」
「ジュウッ!?」

 だが、いくら足が速いとはいえ、ナゾノクサと人間の「足」では歩幅が違った。
 ダンバルを追い抜き、ユウゾウはナゾノクサに飛びかかる。

「ジュウウッ!」
「わぁ、蹴るな蹴るな、その爪返してもらったら帰るから……!」
「ジュウウウウーッ!」

 ナゾノクサは絶叫しながら、ユウゾウへとメガトンキックもどきを連打している。
 
『……あっさりだったな……』

 ナゾノクサとユウゾウが揉み合う中、ナゾノクサが身に着けていた先制の爪のペンダントが宙に飛び、ダンバルはペンダントのチェーンを身体で引っかけた。

『ジムリーダーツツジのサイン入り。間違いない』

 依頼者の探し物と相違無いことを確認したダンバルは、ユウゾウに呼びかけた。

『先制の爪は回収した! 仕事は終わりだ、帰るぞ!』
「あ、あぁ、今行く……」

 ユウゾウは暴れるナゾノクサを手放し、立ち上がる。
 だがそんな中、彼らは、波音を聞いた。

「…………」
『何だ? この音は』

 波音は大きくなり、彼らは見た。
 草原から、波が押し寄せてくる。
 それは群体。眠りから目覚め、地上へと這いあがったナゾノクサ達で構成された波だった。

「あのナゾノクサが喚んだのか!? に、逃げるぞ」

 ユウゾウはダンバルに呼びかけて走り出すが、彼は気が付いた。
 突如漂ってきた、強烈な悪臭に。そして、ダンバルがついてこないことに。

「弾吾郎!」 
「……ガ、ガガッ!」

 ユウゾウが振り返る。
 そこには、先ほどのナゾノクサが激情で進化した姿なのか。蔓の鞭でダンバルを拘束する「クサイハナ」の姿があった。
 
「……!」

 ナゾノクサの波は直ぐそこまで迫っている。
 ユウゾウは悪臭による吐き気を堪え、鞄から護身道具である球体を取り出し、ダンバルを拘束するクサイハナへと接近した。

「探偵七つ道具……イヤイヤボール!」

 ユウゾウが投げたイヤイヤボールは炸裂し、凝縮されていた虫よけスプレーの成分が、クサイハナを中心として放たれる。
 怯んだクサイハナの蔓は緩まり、巻き添えになって身悶えするダンバルを蔓から解放したユウゾウは、彼を宙へと放り投げた。

「ガボッ、ガボボッ」

 暫く宙で悶え、ようやく身体が正常に戻ったダンバルは、地上を見る。
 先ほどまで自分たちが居た場所は、毒の粉をまき散らすナゾノクサの波で埋まっていた。

「ガリッ?」

 ダンバルは草原を見渡す。
 どこにもユウゾウが居ない。

『ユウゾウ? おい、どこにいる!』

 ポケモンの身ならともかく、これだけ大量の毒の粉を浴びてしまえば、人間は命にかかわるだろう。

『ユウゾウ! 返事をしろー!』

 ダンバルが叫びながらユウゾウを探し求める中、彼は見覚えのあるものを発見した。
 ナゾノクサの波の隙間から、ユウゾウの鞄の一部が見えているのだ。

『ああっ……!』

 ダンバルは鞄に向かって降下する。
 だが、助けに向かおうとするダンバルの身体を、痛烈な一撃が襲った。

「……!?」
「ヒュイイイインッ」

 それは、先ほどのクサイハナが更なる進化を遂げた姿なのか。
 攻撃の主は、巨大な「ラフレシア」だった。
 彼は怒りの罵声を放ちながら、ダンバルへと草の刃「はっぱカッター」を連射する。 

「ガガガァッ!」

 草の攻撃は、ダンバルの鋼の身体には効きづらい。
 だがそれでも、一方的な連続遠距離攻撃により、彼の身体に裂傷が刻まれていく。
 突進しかできないダンバルの身では、反撃することもできなかった。

「……ガ……」

 やがて、力尽きたダンバルは、ナゾノクサの波へと落下する。
 毒の粉は鋼タイプのダンバルには通用しないが、痺れ粉も噴霧されているのか。
 ダンバルの全身は痺れ、ナゾノクサに揉まれる中、身動き一つ取れなかった。

「…………」

 有害な粉に塗れながら、ダンバルは思い出した。

 人の手で孵され、捨てられ、一族に受け入れられず……群れから追放され、攻撃され、ヒビだらけの身体で地に転がった日のことを。
 身動きも取れず、汚れたまま、一人ぼっちで死を迎える筈だった自分に、柔らかな手を伸ばした人間のことを。

 あの日と変わらない、惨めな姿。
 だが、今はもっと惨めだった。 
 大切な者の危機を前にして、何もできずに転がっているのだから。 

「……ガガァ……」

 だが、そんなダンバルの身体は、柔らかな両手に持ち上げられた。

「重いっ……おい、弾吾郎!」
「……!?」

 ダンバルは仰天して、宙に飛びあがった。
 彼を抱えたのは、ガスマスクを装着した人間だったのだ。

『ゆ、ユウゾウ! ユウゾウなのか!?』
「おう」
『そのマスクは、探偵七つ道具』
「防塵ゴーグル・人間用だ。持って来てて良かったよ」

 防塵ゴーグル。
 それは、ポケモンのあらゆる粉攻撃から身を守ってくれる道具である。
 人間用に造られたそれは、さながらガスマスクのような形状をしており、装着者の顔は一切見えない。だが、こもってこそいるものの、その声は明らかにユウゾウのものだった。

「さぁて、依頼は達成したし、帰りたいところなんだが……」

 ナゾノクサの波は引いていき、彼らはラフレシアとユウゾウ、そしてダンバルを円状に取り囲んだ。
 それはまるで、ナゾノクサで構成されたコロシアム。

「ヒュイイイッ」

 ユウゾウとダンバルを睨むラフレシアは、小さなおててをクイクイ、と動かす。
 それは、彼の挑発であった。

「何だって?」
『このナゾノクサ・リングで、俺とのデスマッチを受けるが良い。決闘だ……と言っている』
「決闘?」
『てめえらが勝てば見逃してやる。そうでなければ、瀕死にして持ち物全部ケーシィの店に売り飛ばしてやる……と言っているな』
「何だそりゃ……」

 「ケーシィの店」が気になるユウゾウであったが、殺気を露わにするラフレシアを前に、覚悟を決める以外に無かった。

「トレーナーはもう引退したんだけどな」
『ユウゾウ……』
「だが、そうも言っていられないか」

 ユウゾウはラフレシアに指をさし、ダンバルへと命じた。

「ポケモンバトルだ! 弾吾郎、突進!」

 ダンバルは、ユウゾウの指示と同時にラフレシアへと突っ込むが、元々の鈍足に加え、痺れた身体ではまともな速度が出ない。
 ラフレシアは突進をあっさりと回避し、ダンバルの身体に鉄拳を叩きこむ。
 格闘攻撃、ドレインパンチである!

「ガガアアッ!」

 吹っ飛んだダンバルはユウゾウの傍に叩きつけられ、彼は力無くユウゾウを見上げた。

『ユウゾウ、駄目だ……俺じゃあ、ヤツに勝てない……』
「何を言っているんだ弾吾郎。お前はエスパーの賢さと鋼の強さを揃えた、超硬度の探偵だろう?」

 ユウゾウは、ダンバルの頭部に触れる。

「力押しが駄目なら、頭を使え」
『頭、を……?』 

 更なる追撃を叩きこむべく、拳を握りしめたラフレシアが迫る。
 体勢を立て直したダンバルは頭を使い、考えた。
 今のこの状況で、ラフレシアを倒すための策を。

 そして、一瞬の思索の果てに、ダンバルの青銅色の脳細胞に過ぎった、その答えは……

『……! おい、まさかユウゾウ』
「弾吾郎! 超鋼探偵の絶好調を、見せてやれ!」

 ダンバルが「嫌な予感」に体色を更に青くしたその時、ユウゾウはダンバルを掴み、ラフレシアへと放り投げた。

「「頭突き」だぁ!」
『やっぱりー!』

 文句を言うダンバルだったが、彼は飛んだ。
 成功確率は低いが、格上の相手を倒すためには、それこそ運に賭けるしかない!

「ヒュッ」

 のこのこ飛んできたダンバルを粉砕するべく、ニヤリと笑うラフレシアは深く構える。
 だが、ダンバルが身につける先制の爪のペンダントが光ったその時、ダンバルは急激に加速した。

「ヒュボォッ……!?」

 ダンバルの頭突きは、ラフレシアの攻撃よりも速く、その身体へとクリーンヒットする。
 ラフレシアは頭突きによって怯み、ダンバルはその巨体にラッシュを畳みかけた。

「ガガガガガッ!」
「ヒュイィイイイッ!」

 ペンダントが光り続ける中、ダンバルは頭を使った攻撃を連打する。
 頭突き、頭突き、そして頭突き! おまけに頭突き、もう一つ頭突き!

『ふ、ふふ……どうだ。先制の爪と頭突きによる、怯み戦法!』

 突進と頭突き。
 ダンバルが放つこの二つの技は、一見全く同じに見え、実際同じ技なのだが、その効果は似て非なるものである。

 遂にラフレシアは白旗を上げ、息を荒げるダンバルは、自分自身を無理やり納得させるかのように独り言ちた。

『相手にターンを渡さない……これこそインテリジェントな戦いだ』

 ラフレシアの敗北を見届けたナゾノクサ達は、ダンバル達に罵声を浴びせつつも、解放の約束に従い、再び地面へと潜っていく。

「やったな、弾吾郎!」
『ユウゾウ』
 
 有害な粉も収まり、ユウゾウは防塵ゴーグルことガスマスクを鞄にしまい、ダンバルの傍にしゃがみこんだ。

「格好良かったぜ」
『本当か?』
「ああ」
『…………』

 ダンバルは微笑み、ふらりと地面に倒れる。
 そして、彼の意識は暗転した。



○□○□○□○□



 ユウゾウ。

 お前が何でポケモントレーナーを止めたのか、俺は知らない。

 ボロボロになったポケモン図鑑。
 時々見せる、憂いを含んだ瞳。

 お前が何を想っているのか、俺は知らない。
 だが……TVのリーグ中継を眺めるお前の姿は、まだポケモンバトルの世界を諦めたようには見えなかった。
 
 ユウゾウ。

 何も持たなかった俺には、お前しかいない。

 お前が探偵の道を進み続けるなら、俺は「超鋼探偵」として……誰よりも賢いポケモンになってやる。 
 だが、お前がポケモントレーナーの頂点、ポケモンマスターになるというのなら、俺は最強のポケモンになってみせる。

 お前の為なら、俺は何だってしてやる。

 お前の為なら、俺は何にだってなってやるさ。

 ユウゾウ。

 お前は、俺の……





「おぉい、弾吾郎」
「!」

 ダンバルは眼を開く。
 そこはUZO探偵事務所のソファの上であった。

『ユウゾウ』
「身体は大丈夫か? 傷薬と麻痺直しは使ったが……」
『あ、ああ。何ともない』

 ダンバルはふわりと浮き、窓の外を見る。
 既に日は落ちて真っ暗であり、時計の針は深夜を回っていた。

「依頼は無事完了。依頼人のワカバちゃん、泣いて喜んでいたよ」
『つまり、収入も手に入れたわけだな。ではユウゾウ、明日は豪華に』
「いいや、節約だ。明日も食事はオレンの実です」
『何故だ!』
「防塵ゴーグルの修理代、服のクリーニング代、お前の薬代……ラフレシアに身ぐるみこそ剥がされはしなかったが、財布の中身を色々持っていかれたんだよ……」

 でも、とユウゾウは台所へと向かい、鍋を手に戻って来た。

「謎のカブだけはこんなにある」

 鍋の中には、輝く紫色と悪臭を放つ、カブの煮込み料理らしきものが入っている。

『な、何だその色と臭いは。産業廃棄物じゃないか』
「なぁ、食べてくれよ弾吾郎……処分に困ってて」
『馬鹿、俺はカビゴンやベトベターじゃないんだぞ!?』
「鋼タイプには、毒は無効だろう?」
『止めろ! 近づけるな! 絶対に! 食べないぞっ!』

 かくして、一つの依頼を見事に解決した成人男性ユウゾウと、そのポケモンダンバル。
 だが、彼らに安息は無い。
 既に、ユウゾウのメールボックスには、新たな依頼が届けられているのだ。

「頼むよ。お願いだって……」
『駄目だ、止めろぉーっ!』

 悩める依頼者のため、ままならぬ生活費のため……彼ら探偵コンビは、明日も奔走するのであった。