海の思い出

ベルべヒ
「波音」「マスク」「神経衰弱」
夏になると多くの人々やポケモン達が海水浴に行きたくなってしまうのはなぜなのだろうか。もしその理由が涼むためだったら、そんなことしなくても家の中でエアコンとか扇風機とか使って涼めばいいし、はしゃぐために海に行くのなら代わりにお祭りに行けばいい。なんでわざわざ海に行くのだろうか。いや、よく考えたらその疑問自体が"愚問"というやつだろうか。

そんなことを思いながら、海で遊ぶ人々やポケモン達を見つめるポケモンがいた。
「ほらほらぁ。せっかくのアローラ旅行なんだし、元気出しなよぉ。マフォクシーが水嫌いなのは分かってるけどさぁ」
「……マフォ…」
カロス地方で活動している女性ポケモントレーナーの手持ちであるマフォクシーはこうべを垂れていた。このマフォクシー、実はお風呂に入って数秒ぐらいで耐えられなくなって出てしまうほどの大の水嫌いであり、海も例外ではない。だからマフォクシーはトレーナーと他の手持ちポケモンと海に行きたくなかったが、トレーナーとポケモン達が遊んでいる間に荷物を見張らなければならなかったので、渋々同行していた。
「じゃあ、行ってくるから、荷物番頑張ってねぇ~。」
「…フォ」
「よっしゃ、海を楽しむわよぉ!オー!」
「ンネー!」「ヌメルー!」「トリー!」
「マッフォマッフォ~…」
砂浜でトレーナーとポケモン達を見送ったマフォクシーは、パラソルの下のビーチチェアに座ってうなだれていた。

(…ッたく、めんどくせェなぁ…)
水が嫌いなマフォクシーにはなぜ人々やポケモン達が波打ち際でばしゃばしゃしたり、沖まで泳いで遊べるのかがどうしても分からなかった。別に過去に水と関係のあるトラウマがあるわけではないのだが、どうしても体が受け付けないのだ。だからといって海水が体につかないように砂浜でビーチバレーをしたところで、どうせ砂だらけになった体を後で洗わなければならないのだから、結果的に体がビショビショになってしまう。そうマフォクシーは思うと、はしゃいでいる声やビーチバレーのボールの弾む音、しまいには波音さえも騒音のように聞こえてきた。これだけでも十分に腹が立つ材料がそろっているのに、やりたくもない荷物番を自分がやらなけらばならないという状況によってますますムカッ腹が立ってくる。そんなのはロッカーに預けるかすればいいのだ。そうすれば自分は家で涼みながらゴロゴロしたり自分のバトルの質を高めることができるのに、とマフォクシーは苛立ちながら頬杖をついていた。

ふと自分の視界の端にある海の景色に目をやると、マフォクシーの見たことのないアシカ型のポケモン、三匹の雌のアシレーヌ達が波打ち際でばちゃばちゃ遊んでいるのが見えた。
(海ねェ……どこが楽しんだか俺にはどうしても分かねェ…あの白くてアシカみてェな奴らは最ッ初から海に慣れているからなァ…きっと俺と違って楽しんでるに違いない……はァ、海で楽しめる奴らが羨ましい)
そうマフォクシーが物思いにふけっていると、アシレーヌ達からちょっと近い距離でアシレーヌ達を見つめている一人の男がいて、その男は帽子とマスクを着けているのが分かった。
(何だァ…あの妙な格好は……帽子とマスクって…ん、待てよ……あれって…もしかして、ご主人さんが言ってた”スカル団”ってやつのメンバーかァ?……スカル団は色んな悪事を働くっていうし、ちょっと注意して見張ってようかなァ…)
なんてマフォクシーが考えるな否や、その男がおもむろに銃型の武器を取り出し、なんとアシレーヌ達の方に向けて捕獲用の網を発射したのだ!アシレーヌ達は遅れて気づいたものの、成す術なく捕まってしまった。
マフォクシーはその光景を目にしてしばらく唖然としていたが、だんだんと許せない気持ちになっていた。野生のフォッコの頃、罪のないポケモン達がテロ組織のメンバーに非合法に捕まえられているところを何度も見ていたので、このマフォクシーは人一倍、もとい、ポケモン一倍、罪のないポケモン達を無理やり手にする輩に対する憎悪が激しかった。そうなると海に入りたくないだとか、砂まみれになって体を洗う羽目になりたくないだとか、荷物を見ないといけないだとか戯言を言ってられなくなり、マフォクシーは急いでアシレーヌ達のもとへ走っていった。

『おいテメェ、そのお嬢さん達を捕まえるんじゃねェぞ…』
「…アァン、何だ?見たことねぇポケモンだなぁ……オレに何か用かぁ?」
『そのお嬢さん達を放さねェと、俺のこの枝で痛い目に合わせてやる』
マフォクシーがジェスチャーを用いて言うと、
「……なるほど、オレの計画を邪魔しようってんだな……やだね!オレはこのアシレーヌ達の真珠を売ってがっぽがっぽ儲けるからなぁ!」
『やめて!真珠が奪われたら私達のパワーが減ってしまうわ!』『冗談じゃないわよ!今すぐアタシらを放して!』
「しゃなるんしゃなるんうるせぇ!黙ってろ!」
と男は言ったと同時に砂を蹴ってアシレーヌ達にかけた。
(ますますこの屑野郎を見過ごせなくなったな…許せねェ……)『火炎放射!!』
マフォクシーはアシレーヌ達を捕らえた網を溶かそうとしたが、ビクともしなかった。
「無駄だ、この網は全てのタイプの技に耐性のある素材でできているからなぁ!……ん、お前のその腕輪から判断するに誰かの手持ちのポケモンみたいだな……よし、そんなにオレの邪魔をしたいんなら、オレの三体ポケモンとバトルしろ。お前が全勝したら今回は見逃してやるが、一体にでも負けたらこのアシレーヌ達はオレがお持ち帰りするぜ!……どうだ、やるか?」
『……あぁ、上等だこの野郎ォ』
『ありがとう、キツネ君!あいつをやっつけてちょうだい!』
「…フン、後で後悔しやがれ……行けッ!デカグースッ!ヤトウモリッ!」
男はモンスターボールからポケモン二体を出した。
「グースッ!」「ヤトウッ!」
「デカグースッ!砂かけだ!」
「デカッ!」とデカグースは砂をマフォクシーの目にかけた。するとマフォクシーは、
『炎の渦!』と叫ぶとかかりそうになった砂を炎の渦で巻き上げた。しかし、
「ヤトウモリッ!この隙に竜の怒り!」
「モリィィァァッ!」『何?!しまっ……!ウガァ!』
マフォクシーはもろにヤトウモリの不意打ちを受けてしまった。
『ちょっと!二体同時で攻撃するのは卑怯だわ!』『そうよそうよ!』
「お前らは黙ってろぉ!」
『……お、おのれェェェ…二体同時に攻撃仕掛けるんじゃねェ…』
マフォクシーがそうジェスチャーを用いて言うと、
「…知るか!大体オレは一体ずつで勝負するなんて最初に言ってないかんなぁ~!勝っちまえば何でもいいんだよぉ!!!」
『……糞野郎ォォォォ!』
「デカグースッ!怒りの前歯!ヤトウモリッ!ベノムショック!」
「デカァァァッ!」「モリィィァァッ!」
(………なるほど、勝っちまえば何でもいいのかァ……じゃあ俺が何しても文句を言うなよ…)
マフォクシーがパワーを素早く溜め切った瞬間、
『炎の渦:螺旋地獄ヘリックス・ヘル!!!』
地面から巨大な炎の渦が轟音と共に現れ、デカグースとヤトウモリは巨大な炎の渦の勢いに呆気なくやられてしまった。
「……グース…」「…モリィ…」
「……何…だって……お前、ただのポケモンじゃねぇなぁッ!」
それもそのはず、このマフォクシーのご主人であるトレーナーはカロスリーグでベスト8まで進出したし、トレーナーの手持ちの中ではマフォクシーは一番強いのである。

「……こうなったら一か八か……行けッ!ルガルガンッ!」
男はモンスターボールから最後の切り札のポケモン、ルガルガン(真夜中の姿)を出した。
「…ガルルルルゥゥゥゥ……」
(やべェな……明らかに凶暴そうだ……)
「ルガルガンッ!体当たり!」
「…ガルガルルルゥゥゥ……」
しかし、ルガルガンは何もしなかった。
「おい、ルガルガンッ!聞こえなかったのか!体当たりだ!」
「………ガルゥ……」なんとルガルガンはその場で伏せてしまった。
(………あれ…ひょっとして……懐いていねェ…のか?)
「ルガルガンッ!何やってんだよ!早く攻撃しろ!!」
『……何か拍子抜けしちゃったわ……』
(……さっさとこの人狼野郎もやっつけるかァ…)『マジカルフレイム!!』
マフォクシーの攻撃がルガルガンにクリーンヒットした、
かに見えた。
(……何?命中してるはずなのに、ビクともしてねェ……だとォ?)
『………ガハハハハハハァァ!引っかかったな、この馬鹿キツネが!カウンターだァ!!!』
「おぉ!よくやったぞ、ルガルガン!」
『当身技か畜生ォォォォォッ!』マフォクシーは勢いよく飛ばされ、沖よりの方へと落ちてしまった。
『クッソォォォォォォォッ!!!よりによって海かよォッ!!助けてくれェェェェェ!!!俺マジで水ダメなんだよォォォォォォォッ!!!』
『『『キツネ君ッ!!』』』
「ハハハ、オレのポケモン二体を簡単に倒したお前が、まさか海で溺れるとはなぁッ!!無様にも程があるぜぇ!」
『助けてくれェェェェェ!!!マジで助けてくれよォォォォォォォッ!!!』
マフォクシーはスカル団の男の罵倒に反応する暇もなく、助けを求めるのに必死だった。だがその切なる願いも空しく、
『………助………………け…………』マフォクシーは海の中へと沈んでしまった。

海中を下っていくマフォクシーは焦るどころか、冷静になっていた。するとなぜか今までの記憶が走馬灯のように蘇ってくる。思い返せば、自分はとことん水と相性が悪かったのだった。お風呂は温度に関係なく数秒も入ってられなかったし、今までの戦績だって相手のポケモンが水タイプの時の勝率は一番低かったし、雨の時は本当に外に出るのが憂鬱だった。そして今、自分は海に殺されようとしている。忌み嫌っていた水が最終的に自分を死に追いやってしまうのだろうか、自分は最後まで水に翻弄される運命だったのだろうか。やっぱりアシレーヌ達を助けようと余計なことをしなければ、いや、元はと言えばご主人さんと海に行かなければこんなひどい状況にはならなかった。なぜご主人さんは自分を海に連れていくという嫌がらせみたいなことをしたのだろう。……いや、ご主人さんはそもそもそういう嫌がらせをわざとするような人なのだろうか。あれは自分を少しでも海に慣れさせようという親切心で自分を海に連れて行きたかっただけかもしれない。でもいくら考えたところで自分が海で死ぬことには変わりはない。いっそのこと考えるのをやめてしまおうかとマフォクシーは意識が朦朧とする中で自暴自棄になっていた。その時のマフォクシーの状態は弱っているというレベルではなく、文字通り”神経衰弱”の状態だった。

その時、黒い影が自分に向かって来るのが見えた。ああ、あの黒い影に食われて死んでしまうのかとマフォクシーが悟った瞬間、黒い影が沈みゆく自分を素早く持ち上げ、海上へと一緒に飛び出る。そして、マフォクシーは黒い影と共に砂浜へと飛んで行った。この短い間にマフォクシーは具体的に自分の身に何が起こっているかは分からなかったが、少なくとも助けられたのだと意識が霞む中で理解した。
……た…………じょう………すか?………あな…………だい…………ぶで…………
マフォクシーはこの黒い影の声を最後に、意識が途切れた。



(…………ん…何だろう………悪夢を見たような………うぅ……寒気が……)「フォオアアァッックシュッ!!」
『あ、キツネさん!やっと起きたのですね!』
『…ん?誰だ、お前さん?』
『私は、溺れたあなたを助けたアシレーヌです』
『…………そうか。助かったんだ、俺……いやァ、俺はマジでだっせェなァ………っていうのはさ、スカル団の屑野郎に捕まった白アシカのお嬢さん達を助けようとしたらさ、逆にやられて海に落ちて溺れちゃって、俺が助けられる立場に……ってヤバいッ!まだ白アシカのお嬢さん達を助けてな…!』
『落ち着いてください、キツネさん!三体のアシレーヌ達は私が助けましたし、あのマスク男とルガルガンも私が倒しましたわ』
『……そう……あ、よく見たら三体のアシレーヌ達が俺の方を見てるし…あの捕獲用の網からどうやってアシレーヌ達を出したんだァ?……』
『……あれには本当に苦労しましたわ。どんな技を使ってもビクともしませんもの。でも、外のついている小さいボタンがあるのが気になって、強く押してみたら網が急にほどけたんですよね……』
『………俺…一体何しにアシレーヌ達の方に……行ったんだろ……ただ俺が恥を晒しただけじゃん……』
『そ……そんなに落ち込まないでください………私が海の上でゆっくりしていた時に、沖の方で大きい炎があがっているのが見えたんですよ。そしたら、溺れているあなたと捕まっているアシレーヌ達が見えて………あの大きい炎はあなたが出していたんでしょうか……』
『……う~ん、あん時俺は助けを呼ぶのに必死だったから、細けェことは覚えてねェけど………多分そうかもしれねェ』
『…あの大きい炎が無かったら、もしかしたら私はあなたとアシレーヌ達を見つけて助けることができなかったかもしれませんし……』
『……そう考えると…ゾッとするなァ……………ということは………………俺は別に何もできなかった…………わけではないのか……』
『…何を言っているんですか、あなた。アシレーヌ達から聞きましたよ、あのマスク男のポケモン二体を同時に難なく倒したって………』
『………………まあ、な……………………………………ところでなんだけどさァ、話を聞いてくれないか?』
『……えぇ』
『………………実は俺………………水が嫌いなんだよね…』
『……そう、なんですか…』
『………まあお前さんには分からんよな、体の感じからして水に相当慣れているようだし………俺の場合、水と関係のある記憶でいいのが思い浮かばないんだよなァ……風呂には入れねェ、水タイプのポケモンとの相性は最悪、雨の日はだるい、でもって今回は海に落ちて死にかけたし…………』
『……では、なぜ水嫌いのあなたが海に?』
『俺のご主人さんと他のポケモン達が海に行きたがっていたから、俺はその荷物番として来ただけだ……本当は行きたくなかったけどな……………あ、クソッ、よく考えてたら荷物番を途中ですっぽかしたから、後で説教確定だなこれ…………ッたく……お前さんは良いよな。水で色んなことができるんだからなァ……』
『…………そ…………そんなこと、ありませんわ!』
『………へ?』
『……確かにあなたなら、私達のようなポケモンを羨むのは分からないことはないのですが………私だってあなた方のようなポケモンが砂浜で走って遊んだり、陸上でいろんなことができるのが本ッッ当に羨ましいんですッ!!私たちなんか…こういう体だから…海で遊んだりすることしか……楽しみがないんです…………』
『……………何か……悪いことを言ってしまったみたいだ………』
『…………いいえ、あなたは何も悪くありませんわ……こちらこそ取り乱してしまってすみません……』
『……………………そうだ……なァお前さん。俺と一緒に来る気はないか?』
『……………え?どういうこと……ですか……?』
『シンプルに言っちゃえば、俺のご主人さんのポケモンにならないかってことだ。そうすれば陸上での楽しみが増えるし、ポケモンとバトルしてもっと強くなることができるし、そんでもって美味いもんもいっぱい食える……俺のご主人さんは明るくて、ポケモンに対してマジで優しい奴だからあのクソマスク野郎みたいなことは絶対しないけど………嫌だったら別に』
『なるほど!!私、是非あなたのご主人様のポケモンになりますわッ!!!』
『決断早くねェか?!…もうちょっと、こう…こういう決断ってお前さんの人生にかかわるからじっくり考えなきゃいけねェはずじゃ』
『大丈夫です!!水嫌いのあなたがあのアシレーヌ達を助けに命を張ってくれたんですもの!!あなたのご主人様だったら信用できますわッッ!!』
『………まあいいや、その代わりといってはなんだが……俺の水嫌いを克服するのを手伝ってくれないか……なァ……なんて』
『いいですよ!丁度アシレーヌ達が向こうで遊んでますし、早速水嫌いの克服、始めましょうか!!!』
『え……おい、ちょっと待て!』

それからというもの、マフォクシーは荷物の見張りをサボったことをトレーナーに叱られるまで、ずっとアシレーヌ達と水嫌いを直す練習をした。具体的には、アシレーヌ達と一緒にどこまで海に入れるかを頑張ったり、泳ぐ練習をしたり、貝合わせという貝殻を使った遊びをしたり、アシレーヌ達のリサイタルを聞いたり……マフォクシーはこれで水嫌いが克服できるかどうかは不安だったが、アシレーヌ達と遊ぶのは結構楽しかったのであまり気にしなくなった。

あの出来事の後、マフォクシーを助けたアシレーヌはマフォクシーのトレーナーのポケモンとなり、ポケモンバトルでは欠かせないポケモンとなった。アシレーヌが加わったばかりの頃は、マフォクシーを除く他のポケモン達はアシレーヌの持つ天性の高貴さに少し圧倒されていたが、次第に馴染むようになったし、アシレーヌ本人も陸上の生活に何も障害を感じなかった。マフォクシーは相変わらず水が嫌いだが、思えばあの出来事は……自分が海で溺れるという悪い記憶もあるが……自分が水嫌いを克服するきっかけでもあり、アシレーヌが陸上での生活を楽しむきっかけを生んだいい思い出もある。その貴重な水との良い思い出を無駄にしてはいけないと自分に言い聞かせて、バトルの練習に加えてアシレーヌと水に慣れる練習をするのだった。

………全く、皮肉なもんだぜ。今まで見向きもせずに嫌っていた水が、俺がさらに強くなるチャンスを与えるってなァ………どうやら俺は水に弄ばれるだけの運命じゃァなさそうだし………頑張ってみるかなァ………