おちびとおいちゃん
まろまろ
イラスト
これは、嵐の翌日の物語。ちょっとした物語。
*
ようやく笑った青い空、照れ屋な太陽は雲に隠れて。
木々は、ようやく訪れた平穏な時間が嬉しいようで、さわさわとその身を揺らしている。
枝から垂れ下がる金の果実も一緒に揺れ、その表皮で静かに身を寄せ合うしずく達が、きらきらと光を弾いてこぼれ落ちた。
「きょうのおそらはわらってるのっ!」
弾んだ声音と共に、木のうろからぴょこんと幼子が顔を出した。
その声に驚いてしまったのか、身を寄せ合っていたしずく達が、逃げるようにぽたりと滑り落ちていった。
「でも、まだおかぜはきげんがわるいの……」
今度は元気のない声音。
見開かれていた大きな瞳も、心なしか輝きが鈍くなっていた。
荒さの残る風が、幼子の言葉に文句を言うように吹き抜けていく。
びゅっと吹き抜けた風に思わず目をつむった幼子は、むっとして黄の丸模様がある頬を膨らませた。
「もうっ、おかぜのおこりんぼさんっ!」
とんがり耳をぴっと弾くのは、吹き抜けた風に対する抗議の表れ。
白と空の二色の身体に、くるんっと大きな尾が印象的なパチリスの幼子。
そのパチリスが不意に鼻をひくつかせ、鼻腔の刺激に首を傾げた。
「へんなおにおいがするの」
変な匂いの元はどこだろう。
しばらく鼻をひくひく動かしていたのだが、途端にとんがり耳がぴんっと伸びた。
変な匂いは下からだ。
たたたっとすぐに木を駆け降りて行く。
パチリスが草地に足を着けたとき、その衝撃に驚いたしずく達が土へと逃げた。
「へんなおにおいはどこから?」
匂いの元をたどろうと鼻をひくつかせるのだが、邪魔をするように風が吹き抜ける。
それにまたむっとして、パチリスは頬を膨らませた。
ぱちぱちという音は、勢い余って頬からもれた電気が小さく弾けた音。
そうしたら今度は、ごうっと音をたてながら勢いよく風が吹いた。
「おかぜのいじわるぅーっ!」
風に負けまいと踏ん張るパチリスだったが、幼子が勢いのある風に勝てることはなく、ころりんっとそのまま転がって行く。
けれどもそれは、すぐに動きを止めた。
むくりと起き上がったパチリスが、ふるふると首を振って振り向いたとき、大きな存在を見つけた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
四肢をたたんで草地にうずまっていた大きな存在が、前足でパチリスを受け止めていた。
「うんっ!ありがと、おいちゃんっ!」
にこりと笑ったパチリスが立ち上がり、無事を知らせるようにぴょんぴょんと跳ね回る。
それに対して、そうか、よかったと返した大きな存在は、重ね合わせた前足に顎を乗せて一つ息をこぼした。
「おいちゃん、つかれてるの?」
不思議そうに首を傾げるパチリスに、大きな存在は赤の瞳を向けた。
闇色に身を包んだ身体に、その赤の瞳は強く映える。
「そうだな、おいちゃんは疲れたよ」
口元に仄かな笑みを形つくる。
湾曲した角が印象的なヘルガーだ。
「疲れて」
赤の瞳がかげりを帯びて。
「もう、動けないかな」
仄かな笑みを形つくっていたヘルガーの口元は、自虐的な笑みへと形を変える。
胸中に渦巻く様々なものに目を伏せ、ヘルガーがもう一つ息を吐き出した。
その時だ。
「おいちゃん」
ヘルガーの耳にパチリスの声が突き刺さった。
はっと見開かれた赤の瞳に、それを覗きこんだパチリスの姿が映る。
「おいちゃん、だいじょぶなの?」
不安そうな表情を浮かべるパチリスに、ヘルガーの瞳は取り繕うように優しげな光を宿した。
「ああ、大丈夫。お嬢ちゃん、ありがとう」
「おいちゃん、つかれてる。おちびのおうちでやすんでいいの」
大きな瞳を揺らして、パチリスは小さな前足を懸命に上へ伸ばして指し示す。
その先を追えば、木の幹にぽっかりと空いた小さな穴。
そこにうろがあるだろうということは、ヘルガーにも検討がつく。
「ここはもしかして、お嬢ちゃんのお家なのかい?」
ヘルガーの問いかけに、パチリスは元気に頷いた。
「うんっ、そなのっ!」
「お父さんやお母さんはお家?」
その言葉に、パチリスのとんがり耳がぴくりと反応した。
「パパとママ、きのう、おでかけしたままかえってこないの」
「出かけた、まま?」
ヘルガーの目元に剣呑なものが宿る。
「あのね、きのうね。おかぜがぐわあんって、おそらとおもりをまぜまぜしちゃったの」
小さな手をぐるぐる回したり、あちらこちらに動かしながら、パチリスは懸命に説明を続ける。
「パパね。たべものしんぱいって、ようすをみてくるねって、そーこまでいったの」
幼子の言葉の隙間に、自分を主張するように風が吹き抜けて行った。
荒さの増す風に、パチリスは思わずぶるりと身を震わせた。
「おかぜ、またきげんがわるいの……」
「ああ、まだ嵐は近くにあるからな」
ヘルガーの言葉に、パチリスが首を傾げた。
「あらしって、きげんのわるいおかぜが、おそらとおもりをぐわあんってまぜまぜしちゃうこと?」
「ん。……そうだな」
幼子にどう説明しようかとヘルガーは一瞬悩むが、パチリスが言っていることが間違っているとも思えなかった。
「ああ。嵐は、風が空と森をかき混ぜてしまうことだな」
ヘルガーの同意を得られたパチリスが、嬉しそうにとんがり耳をぱたぱたとさせた。
「おちび、ひとついいこになったっ!」
えっへん、と胸を張ってみせるパチリスに、ヘルガーは自然と頬が緩むのを自覚する。
けれども、すぐにそれを引き締めると、すくっと立ち上がった。
「…………っ」
ずきん。身体を駆けた痛みに顔をしかめる。
もう少しだけ待って欲しい。
そう静かに念じた。
「あ。へんなおにおいしたの」
パチリスが言葉をこぼす。
ヘルガーが立ち上がった時に、ふわりと鼻腔を刺激した匂いで思い出した。
そうだ、この変な匂いを追いかけていた。
「へんなおにおいは、おいちゃんから?」
首を傾げて、パチリスはヘルガーを見上げた。
大きな瞳が不思議そうに瞬く。
「おいちゃん?」
パチリスがヘルガーを呼ぶ。
呼ばれたヘルガーもまた、赤の瞳を瞬かせて。
「まいったな……」
ふっと、ヘルガーは小さく笑う。
「お嬢ちゃんは、とっても鼻がいいんだな」
「おいちゃん……?」
「お嬢ちゃんのいう変な匂いは、森とは違う匂いなのだろ?」
「うん」
「ほら、とっても鼻がいい」
最後にそうこぼして、ヘルガーは口を閉じてしまった。
口元にうかぶのは、またも自虐的な笑み。
「おい、ちゃん……?」
パチリスもまた、それを最後に口を閉じた。
何となく、それ以上の言葉を発することは出来なかった。
その耳元で、先ほどから荒れる風が唸る。
草木はまるで、そんな風に怯えているようにその身をざわざわと震わし、太陽は厚い雲に隠れてしまう。
それがヘルガーに陰りを落として。ふと、風の向きが変わり、パチリスのとんがり耳が立つ。
つんっとした匂いが鼻腔を刺激した。
この匂いは。
ぱちっと、頬の電気袋から電気が弾いた。
「本当に、お嬢ちゃんは鼻がいい」
突如、降ってきた声に顔を上げた。
「ごめんな、全部おいちゃんの匂いだ」
「おいちゃん?」
ぱちぱちと頬の電気が弾く。
それに応えるように、風が耳元で唸った。
「おいちゃん、もう行くから」
ヘルガーの脚が動く。
動かす度に走る痛みに瞳を歪めながら、ヘルガーはパチリスに背を向けた。
けれどもすぐに振り返って。
「でも、おいちゃんのことは内緒にしていて欲しいな」
「?」
「おいちゃん、嫌われ者だからね」
それだけ告げると、また向き直る。
遠くへ行こう、なるべく遠くへ。
そう思ったときだった。
ぴたりと何かが脚に張り付いた。
「おいちゃんっ、だめなのっ!」
パチリスがヘルガーの脚に張り付いていた。
「おいちゃん、おけがしてるのっ!おちびのおうちでやすむのっ!」
「お嬢ちゃん……」
ヘルガーは視線を落として、パチリスを見た。
ぎゅうっと脚に張り付いたパチリスは、大きな瞳を揺らしてヘルガーを見上げていた。
「このおにおいは、おけがしたときのおにおいなの。おちび、しってるの」
ぎゅうっとする前足に力を込めて、パチリスは続ける。
「だからおいちゃん、おちびのおうちでやすむの」
うんしょ、うんしょ、と。
ヘルガーを木のうろへ連れて行こうと引っ張り始めた。
けれども、幼子の力でヘルガーは動くはずもなく、うんしょという幼子の声だけが残る。
「おいちゃん、おうち、いこ」
早くも力尽きたパチリスが、ぺたりとその場に座り込んでしまった。
「おいちゃん、やすむの」
それでも、パチリスの瞳は力強かった。
自分を見上げるそれに、ヘルガーは、ふっと小さく笑みをもらした。
本当にまいったな。
「分かったよ、お嬢ちゃん。少し休ませてもらうよ」
ヘルガーの言葉に、パチリスはえへへと笑う。
ぴょんっと立ち上がったパチリスは、さあ行こうとばかりにヘルガーの脚を引っ張る。
それにまたヘルガーは笑って。
「おいちゃんは、お嬢ちゃんのお家に行くのは無理かな」
「え、どしてなの?」
「おいちゃんとお嬢ちゃんでは、大きさが違うからね」
きょとんとしたパチリスは、ヘルガーを見上げて、頭から足元まで視線を動かす。
次いで、確認するように自身の身体を見渡して。
うん、と一つ頷いた。
「でも、パパもママもいないの。おでかけしてるの」
だから大丈夫だ。
ヘルガーを見上げる瞳が、そう告げていた。
「それでも、おいちゃんは無理だよ」
苦笑をもらし、ごめんね、とだけヘルガーは返して、再び同じ場所に四肢をたたんで草地にうずまった。
動作で痛みが身体を駆けたが、それには気付かぬふりだ。
重ねた前足に顎を乗せて、ふすうと深い息をつく。
それを見ていたパチリスが何かを閃いた。
「おいちゃん、おちびいってくるのっ!」
そう叫び、とててと木を駆け登って行った。
それを見送ることしか出来なかったヘルガーは、不思議そうに赤の瞳を瞬かせた。
パチリスは何をしに行ったのだろう。
それでも、懸命に木を登って行った姿は愛らしく、どうしても頬が緩んでしまう。
不意に風がごおっと唸り、木葉を舞い上げた。
顔を上げたヘルガーの瞳がそれを追うと、その先に広がるのは笑む空。
それでも、荒い風に押された雲が覆い始めていて、何だか泣き顔にも見えた。
「嵐はまだ、近くにいるからな」
ぽつ。ぽつん。
ヘルガーの呟きと重なるように、刺すような冷たさを感じた。
目を凝らせば、幾重の筋が見える。
「雨だ」
やがて、ぽとぽとと音が響き始めた。
草木に粒が落ちる音。
それに比例するように、ヘルガーはぶるりと身震いをした。
ふうと一つ息を吐いて、ヘルガーは再び重ねた前足に顎を乗せる。
少しばかり、身体がかたかたと震えていることに気付く。
「寒いな……」
そっと呟く。
ぽとぽと、粒が草木に落ちる音。
それに耳を傾けて、ヘルガーは目を閉じた。
ここに居れば幸い濡れることはなく、それで体温を奪われることもないだろう。
けれども、ヘルガーがかたかたと震えている理由が別にあることも、ヘルガー自身はよく分かっていた。
いろいろと流しすぎたのだ。
その時だ。ふわり。何かがヘルガーの鼻腔をくすぐった。
「おいちゃん、さむいの……?」
ヘルガーがゆっくりとまぶたを持ち上げれば、金の果実を抱えたパチリスがいた。
「おちびも、ごろんするの」
パチリスが座り込み、ヘルガーへともたれた。
「これでおいちゃんもあったかいの」
えへへと笑うその顔が、ヘルガーにとっては何だかくすぐったくて、むずむずとした気持ちにさせる。
「お嬢ちゃんは、何を持ってきたんだい?」
問いかけるヘルガーに、パチリスは再びえへへと笑うと、うんしょと抱えていた金の果実を差し出した。
ふわりと香る果実の匂い。
これは先ほど、ヘルガーの鼻腔をくすぐったものだ。
「これ、おおぼんっていうのっ!」
「おおぼん?」
「うんっ!」
艶やかな表皮はいくつもしずくを乗せていて、パチリスが笑った反動で、するりと表皮を滑っていった。
「おおぼんはね、かりってたべると、ふおおってげんきたくさんなるの」
食べると元気が出る。
パチリスの言葉で、ヘルガーの古い記憶が呼び起こされた。
降り積もった埃を払うようにして、それをゆっくりと拾い上げる。
「おおぼんは、オボンか……。滋養作用があるから、怪我にはよく効く」
懐かしむような光を瞳に宿す。
けれども、その光はどこか痛みもはらむ。
「だから、おいちゃんたべるのっ」
パチリスがぐいっとヘルガーの口元へオボンを押し付けた。
それでも、ヘルガーは前足でやんわりとそれを押し返す。
「おいちゃん、もうあれだから」
「おおぼんはね、たべるとふおおってげんきなるのっ!」
ヘルガーに押し返されたオボンを、パチリスは負けじと再び押し付ける。
「おいちゃん、たべるのっ!」
それでもヘルガーは押し返して、突然むくりと立ち上がる。
はずみでオボンは転がり、パチリスはぺたんと後ろへ倒れてしまう。
荒い風に縮こまっていた草が驚きで身を震わせて、乗せていたしずくをはたきおとす。
パチリスを見下ろす赤の瞳と、ヘルガーを見上げる大きな瞳が交差して。
ごおっと唸った風が吹き抜ければ、草木を再び震わすのには十分で。
「おい……」
木々の畏怖のはずみで落ちてきたしずく達が、その二匹を冷たく刺す。
ぽとぽとと空から降るしずくの音が、どこか遠退いて聞こえた気がした。
「おい、ちゃん……」
パチリスが何とか声を絞り出したときだ。
ヘルガーの視界が歪んだ。
「…………っ」
平衡感覚が狂う。
そのまま身体は傾いで、どさりとその場に倒れこむ。
「おいちゃんっ!」
慌てて駆け寄るパチリスの鼻腔を、またあの匂いが刺激した。
つんっとしたあの匂い。先ほどよりも強く感じた。
「おいちゃん、おおぼんたべるの」
そう訴えたときだ。
きゅるるるる。
何かが鳴った。
「おちびのおなかちがうの」
きゅるるるる。
「おちび、おなかすいてないの」
ちがうちがうと必死に言葉を重ねるパチリスに、ヘルガーが笑った。
「ははっ。お嬢ちゃん、慌てすぎだ」
「おちび、おなかすいてないの」
きゅるるるる。
「でも、お嬢ちゃんのお腹は空いてるって言ってるな」
「おちび、ちがうの」
口を尖らせて鳴る腹を抑えるパチリスに、ヘルガーは近くで転がっていたオボンを手繰り寄せた。
「このオボンは、お嬢ちゃんが食べな」
ヘルガーの言葉に、パチリスは首を横に振る。
「おいちゃん、おけがのおにおいがするの。つよいおにおいがするの」
ちらりと大きな瞳がそこへ向けられる。
ヘルガーの脇腹から伸びるそれに、小さな前足を懸命に伸ばして指し示す。
「おけがのおにおい、ここからするの」
伸びる根本からじわりと滲んでいるその色は、闇色に身を包んだ身体に強く映える。
だから、とさらに言い募ろうとするパチリスを制して、ヘルガーは口を開く。
「これはこのままでいいんだよ。もう、痛くないから」
ふっと笑うヘルガー。
「昨日の嵐で、倒れてきた木がここに……」
そう少し言いかけて、すぐに口を閉じた。
パチリスにはいらない話だ。
そう思って、別の言葉を口にした。
「おいちゃん、お腹いっぱいだから。これはお嬢ちゃんが食べな」
手繰り寄せたオボンをパチリスへ差し出した。
それでも、なかなかそれに前足を伸ばそうとはしなかったパチリスなのだが。
きゅるるるる。
パチリスの腹は素直だった。
「ほら」
にやりと笑うヘルガーに、パチリスは口を尖らせて言った。
「おちび、ちがうの。おいちゃんがおなかいっぱいだから、おちびがたべるの」
オボンに前足を伸ばして。
「おおぼん、たべてほしいって。だから、おちびがたべるの」
オボンを抱えたパチリスが、すとんとヘルガーに体重を預けて座った。
ずしっ、というよりも、ちょこんと感じるパチリスの体重を感じながら、ヘルガーは再び重ねた前足に顎を乗せて瞳を閉じた。
ぽとぽとと、草木にしずくが落ちる音に耳を傾ける。
忘れた頃に感じる冷たさは。
吹き抜ける風にさらわれたしずく達が、ときたまヘルガーとパチリスを刺し、じわりとひろがるもの。
その中で、かりっと音が響く。
やけに鮮明に聞こえたその音は、パチリスがオボンをかじった音。
「おいしいのっ!」
そう言って、かりかりと音が何度も響いた。
とんがり耳が嬉しそうにぱたぱたと動き、滴っていたしずくを弾き飛ばす。
「お嬢ちゃん、お腹が空いてたんだな」
「おちび、とってもすいてたの」
返ってきたパチリスの言葉に、ヘルガーは小さく笑う。
「きのうからすいてたの」
かりっと、音が響く。
「とってもおいしいのっ!」
えへへと笑うパチリスの言葉に、引っ掛かりを覚えたヘルガーは、片目を持ち上げて問う。
「お嬢ちゃんのお父さんは、食べ物を心配して、倉庫の確認に行ったんだよな?」
「うん、おかぜのきげん、わるくなってからいったの。しんぱいって、ちょっといくって、パパ、いっちゃったの」
パチリスは、かりっとかじったオボンを口の中で転がしては、おいしいのと笑う。
「じゃあ、お嬢ちゃんのお母さんは?」
「ママね、パパかえってこないねって、しんぱいって、おそらがわらって、いっちゃったの」
ぽとぽとと空から落ちてきた音が、ざーと激しいものに変わり始める。
「お父さんを探しに行ったのか」
「おちびはまっててねっていったの。だから、おちびまってたの」
パチリスはオボンをかりっとかじり、ふうと一つ息を吐いた。
腹をさすっているあたり、腹が膨れたのかもしれない。
「お腹いっぱいかい?」
「そなの。もう、たべられないの」
けぷうと、パチリスの口からおくびがもれた。
背をヘルガーへ預けて、パチリスは空を見上げた。
けれども、そこから見えたのは空を覆う木の葉ばかりで。
その隙間から覗く空も、厚い雲に覆われていて見ることは出来なかった。
「パパとママ、おそいの」
ぽつりと呟いた言葉は、びゅっと吹いた風に溶けて行く。
それでも、ヘルガーの耳には届いていた。
「その、食べ物の倉庫はどこにあるんだい?」
「おっきなおかわのむこうなの」
川なのか。
そう呟きかけて、ヘルガーは口を閉ざした。
ここにたどり着くまでの間、大きな川の橫を通ってきた。
その川は、明らかに普段よりも水かさは増しているようで、濁流と化していた。
昨夜の嵐の影響なのだろう。
もし、あの川を越えようとしていたのだとしたら。
けれどもそれを、パチリスに伝えようとは思わなかった。
知らなくていいことも、きっとあるのだから。
それに、川を越える以外の術もあるのかもしれない。
「早く、帰って来るといいな」
「うんっ!」
明るい返事と共にパチリスが勢いよく立ち上がれば、ヘルガーの瞳を覗き込んで、にぱりと笑う。
「おいちゃん、おはなしするの」
「おいちゃんが?」
「おちび、おはなししたの。おいちゃんもおはなしするの」
とすんとその場に座り込むパチリスは、かじりかけのオボンを抱えて、ヘルガーの動きを待っていた。
いつの間にか空から落ちてくる音は、ざーという激しいものに移り変わっていた。
「お嬢ちゃんは、おいちゃんのこと怖くないのかい?」
「こわい……?」
小首を傾げるパチリス。
「なんでおいちゃん、こわいの……?」
「おいちゃん、こんな見た目だし」
顔を上げたヘルガーの瞳が歪んだ。
「それに、森とは違う匂いがしたんだろ?」
「へんなおにおいしたの。でも、おいちゃんこわいのないの」
パチリスの言葉に、ヘルガーは首を横に振った。
「そんなことないさ。染みついた匂いは、どれほどの時間が流れても消えない」
空を見上げ、目を細めた。
染みついた長年の匂いは、水でも洗い流せない。
「おいちゃんはね、森とは違うところで育ったんだよ」
「ちがうところ?」
首を傾げて問う幼子に顔を向ければ。
赤の瞳に白と空の幼子が映り、まるでヘルガーの瞳に、青空が溶け込んだようだった。
「おいちゃん、別の生き物と居たんだ。二本の足で歩く、ひょろっとした生き物で……」
パチリスの大きな瞳が瞬き、ヘルガーはそこで言葉を紡ぐのをやめた。
「おいちゃん?」
パチリスがヘルガーの瞳を覗きこむ。
「いや、これはお嬢ちゃんは知らなくていいことだな」
ふっと小さく笑みをこぼすと、パチリスの頬は大きく膨れた。
「おいちゃん、よくわからないの」
話を途中でやめられ、パチリスは不機嫌を示すように、大きな尾をばしばしと地へ叩きつけた。
「ははっ、おいちゃんもよく分からないな」
不機嫌なパチリスにそう返したヘルガーは、もう何度目かになる動作で重ねた前足に顎を乗せた。
耳を傾ければ、ざーという空から落ちてきた音だけで。
けれども、その勢いは少しだけ弱まった気もした。
「お嬢ちゃんは、地獄の使いって言葉を聞いたことはあるかい?」
唐突なヘルガーの問いに、パチリスの頬の空気は一気に抜けた。
「じごくの、おつかい……?」
ヘルガーの言葉を少し違う形だが繰り返して、パチリスは記憶を掘り返してみた。
けれども、掘り返すほどのない記憶の中には、その言葉はなかった。
「おちび、わからないの。じごくのおつかいってなに……?」
地獄のお使い。
少し響きが違うだけで、随分と可愛らしく聞こえるのだな。
パチリスの言葉に小さく笑いながら、ヘルガーはそっと口を開いた。
「地獄の使いってな」
途端にヘルガーの瞳に不穏な光が宿った。
それは冷たく、一瞬、パチリスはぶるりと震えた。
「爪で身を引き裂いたり」
そこでわざとらしく、ヘルガーは重ねていた前足を組み換えた。
その動作は自然と、パチリスの視線をそこへと向けさせることになる。
ヘルガーに備わっている爪が鈍く光を弾き、無意識下でパチリスは、自身の大きな尾を手繰り寄せるようにしてしがみついた。
「牙で噛み砕いたりする」
ヘルガーがぺろりと舌で口元を舐めれば、鋭い牙がちらりと見える。
パチリスの前足に力がこめられ、しがみついたままだった尾は、抱き締めるという表現に近くなる。
「これが、地獄の使いだ」
ヘルガーの瞳が細められ、その奥に、ちろりと冷たい何かが灯った。
けれども、途端に瞳は歪められ、一瞬にしてその冷たさは霧散した。
「な、怖いだろ?」
ヘルガーの呟きは、まるで吐息のようで、その口元では小さな笑みを形つくっていた。
パチリスの瞬きが見えた。
尾を抱える様が、なぜだかヘルガーには鮮明に映って、思わずその目を伏せた。
「こわいの」
ヘルガーの胸中に燻るものに、その幼子の言葉はゆっくりと溶け込んでいく。
「じごくのおつかいは、こわいの」
ほらな。
ヘルガーの赤の瞳が震えた。
「おいちゃんは、怖いだろ……?」
ヘルガーの言葉は勢いがなく、そのまま地に落ちてしまう。
「おちび、おいちゃんこわくないの」
「は?」
弾かれたように顔を上げたヘルガーと、ずっとヘルガーを見ていたパチリスの視線が交差した。
「おちび、おいちゃんこわくないの」
えへへ、と笑う幼子。
「な、ぜ。地獄の使いは、怖いんだろ?」
ヘルガーの瞳が瞬く。瞬いて、震えた。
「それはこわいの。でも、おいちゃん、こわくないの」
「なぜ…………?」
「おちび、おいちゃんすきなのっ!」
ヘルガーの瞳が見開かれた。
それから、くっくっと喉の奥からくぐもった笑いがもれる。
「本当にまいったな……」
それはもう、本当に。
幼子の言葉は、ぽたりと一滴のしずくのように落ち、波紋をつくった。
その波紋は広がり、ヘルガーの胸中に燻るものが軽くなった気がした。
ふわりと舞い上がった心地は、きっと気のせいなのだろう。
けれども、何だか許された気がした。
そんなことがないだろうことは、ヘルガー自身がよく分かっているのだけれども、そんな気がしてしまったのだ。
もう、いいか。そう思ってしまった。
「おいちゃん?」
小首を傾げるパチリスに呼ばれ、ヘルガーは仄かに笑った。
「ありがとな、お嬢ちゃん」
そのままヘルガーは、重ねた前足に顎を乗せ、そっと瞳を閉じた。
「おいちゃん、おねむなの?」
オボンを抱えたパチリスが、とことことヘルガーに歩み寄る。
「そうだな……おいちゃん、ちょっと眠いな」
細く開けたヘルガーの瞳が、パチリスへゆっくりと向けられた。
パチリスはとすんと座り込むと、再びヘルガーへもたれた。
「おちび、おうたをうたってあげるの。おうたはとくいなの」
えっへん、と胸を張った幼子は、小さな口で音を紡ぎ始めた。
それは拙い音で、少しでも触れてしまえば、ぽとりと落ちてしまいそうなものだった。
それでも、一つ一つ大切にそっと音を掴んでは、ふわりと声に乗せる。
とても耳障りのよい音。
「お嬢ちゃん、うまいな」
吹き荒れていた風は落ち着きを思いだしたように、パチリスとヘルガーをそっと撫でて行く。
幼子が紡ぐ拙い音は、その風にさらわれ、草木は楽しそうにさわさわと身を揺らす。
「えへへっ」
少し照れ笑いをもらして、パチリスは音を紡ぐ。
ふわり舞い上がったそれは、照れ屋な太陽が顔を出すきっかけにもなり、嬉しそうに空は笑った。
草木に身を寄せ合っていたしずくが、きらきらと光を弾き始めて。びゅっと風が吹き抜けた。
驚いたパチリスが思わず目をつむり、紡いでいた音が途切れた。
次いで目を開いたときだ。
「わあっ!おそら、にっこにこなのっ!」
見上げた空に、七つの色の橋が架かっているのを見つけた。
「おいちゃんっ!おいちゃんっ!」
ぱしぱしと傍らのヘルガーを軽く叩く。
けれども、反応のないヘルガーに、パチリスは頬を膨らませた。
「おいちゃん、ぐっすりおねむなの」
口を尖らせて。
「もう、しかたないの」
ぽとり、嘆息を一つ落とした。
それならば、ヘルガーが目を覚ましたときに教えてあげよう。
あ、そうだ。ヘルガーが嵐という言葉を教えてくれたように。
あの、空に架かる七つの色についても教えてくれるかもしれない。
「えへへ、それはたのしみなの」
楽しみのあまり、頬が熱を帯びた。
「おちび、またひとついいこになっちゃうのっ」
見上げる空は、とてもきらきらと輝いていた。
*
これは、おちびとおいちゃんの物語。ちょっとした物語。
*
ようやく笑った青い空、照れ屋な太陽は雲に隠れて。
木々は、ようやく訪れた平穏な時間が嬉しいようで、さわさわとその身を揺らしている。
枝から垂れ下がる金の果実も一緒に揺れ、その表皮で静かに身を寄せ合うしずく達が、きらきらと光を弾いてこぼれ落ちた。
「きょうのおそらはわらってるのっ!」
弾んだ声音と共に、木のうろからぴょこんと幼子が顔を出した。
その声に驚いてしまったのか、身を寄せ合っていたしずく達が、逃げるようにぽたりと滑り落ちていった。
「でも、まだおかぜはきげんがわるいの……」
今度は元気のない声音。
見開かれていた大きな瞳も、心なしか輝きが鈍くなっていた。
荒さの残る風が、幼子の言葉に文句を言うように吹き抜けていく。
びゅっと吹き抜けた風に思わず目をつむった幼子は、むっとして黄の丸模様がある頬を膨らませた。
「もうっ、おかぜのおこりんぼさんっ!」
とんがり耳をぴっと弾くのは、吹き抜けた風に対する抗議の表れ。
白と空の二色の身体に、くるんっと大きな尾が印象的なパチリスの幼子。
そのパチリスが不意に鼻をひくつかせ、鼻腔の刺激に首を傾げた。
「へんなおにおいがするの」
変な匂いの元はどこだろう。
しばらく鼻をひくひく動かしていたのだが、途端にとんがり耳がぴんっと伸びた。
変な匂いは下からだ。
たたたっとすぐに木を駆け降りて行く。
パチリスが草地に足を着けたとき、その衝撃に驚いたしずく達が土へと逃げた。
「へんなおにおいはどこから?」
匂いの元をたどろうと鼻をひくつかせるのだが、邪魔をするように風が吹き抜ける。
それにまたむっとして、パチリスは頬を膨らませた。
ぱちぱちという音は、勢い余って頬からもれた電気が小さく弾けた音。
そうしたら今度は、ごうっと音をたてながら勢いよく風が吹いた。
「おかぜのいじわるぅーっ!」
風に負けまいと踏ん張るパチリスだったが、幼子が勢いのある風に勝てることはなく、ころりんっとそのまま転がって行く。
けれどもそれは、すぐに動きを止めた。
むくりと起き上がったパチリスが、ふるふると首を振って振り向いたとき、大きな存在を見つけた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
四肢をたたんで草地にうずまっていた大きな存在が、前足でパチリスを受け止めていた。
「うんっ!ありがと、おいちゃんっ!」
にこりと笑ったパチリスが立ち上がり、無事を知らせるようにぴょんぴょんと跳ね回る。
それに対して、そうか、よかったと返した大きな存在は、重ね合わせた前足に顎を乗せて一つ息をこぼした。
「おいちゃん、つかれてるの?」
不思議そうに首を傾げるパチリスに、大きな存在は赤の瞳を向けた。
闇色に身を包んだ身体に、その赤の瞳は強く映える。
「そうだな、おいちゃんは疲れたよ」
口元に仄かな笑みを形つくる。
湾曲した角が印象的なヘルガーだ。
「疲れて」
赤の瞳がかげりを帯びて。
「もう、動けないかな」
仄かな笑みを形つくっていたヘルガーの口元は、自虐的な笑みへと形を変える。
胸中に渦巻く様々なものに目を伏せ、ヘルガーがもう一つ息を吐き出した。
その時だ。
「おいちゃん」
ヘルガーの耳にパチリスの声が突き刺さった。
はっと見開かれた赤の瞳に、それを覗きこんだパチリスの姿が映る。
「おいちゃん、だいじょぶなの?」
不安そうな表情を浮かべるパチリスに、ヘルガーの瞳は取り繕うように優しげな光を宿した。
「ああ、大丈夫。お嬢ちゃん、ありがとう」
「おいちゃん、つかれてる。おちびのおうちでやすんでいいの」
大きな瞳を揺らして、パチリスは小さな前足を懸命に上へ伸ばして指し示す。
その先を追えば、木の幹にぽっかりと空いた小さな穴。
そこにうろがあるだろうということは、ヘルガーにも検討がつく。
「ここはもしかして、お嬢ちゃんのお家なのかい?」
ヘルガーの問いかけに、パチリスは元気に頷いた。
「うんっ、そなのっ!」
「お父さんやお母さんはお家?」
その言葉に、パチリスのとんがり耳がぴくりと反応した。
「パパとママ、きのう、おでかけしたままかえってこないの」
「出かけた、まま?」
ヘルガーの目元に剣呑なものが宿る。
「あのね、きのうね。おかぜがぐわあんって、おそらとおもりをまぜまぜしちゃったの」
小さな手をぐるぐる回したり、あちらこちらに動かしながら、パチリスは懸命に説明を続ける。
「パパね。たべものしんぱいって、ようすをみてくるねって、そーこまでいったの」
幼子の言葉の隙間に、自分を主張するように風が吹き抜けて行った。
荒さの増す風に、パチリスは思わずぶるりと身を震わせた。
「おかぜ、またきげんがわるいの……」
「ああ、まだ嵐は近くにあるからな」
ヘルガーの言葉に、パチリスが首を傾げた。
「あらしって、きげんのわるいおかぜが、おそらとおもりをぐわあんってまぜまぜしちゃうこと?」
「ん。……そうだな」
幼子にどう説明しようかとヘルガーは一瞬悩むが、パチリスが言っていることが間違っているとも思えなかった。
「ああ。嵐は、風が空と森をかき混ぜてしまうことだな」
ヘルガーの同意を得られたパチリスが、嬉しそうにとんがり耳をぱたぱたとさせた。
「おちび、ひとついいこになったっ!」
えっへん、と胸を張ってみせるパチリスに、ヘルガーは自然と頬が緩むのを自覚する。
けれども、すぐにそれを引き締めると、すくっと立ち上がった。
「…………っ」
ずきん。身体を駆けた痛みに顔をしかめる。
もう少しだけ待って欲しい。
そう静かに念じた。
「あ。へんなおにおいしたの」
パチリスが言葉をこぼす。
ヘルガーが立ち上がった時に、ふわりと鼻腔を刺激した匂いで思い出した。
そうだ、この変な匂いを追いかけていた。
「へんなおにおいは、おいちゃんから?」
首を傾げて、パチリスはヘルガーを見上げた。
大きな瞳が不思議そうに瞬く。
「おいちゃん?」
パチリスがヘルガーを呼ぶ。
呼ばれたヘルガーもまた、赤の瞳を瞬かせて。
「まいったな……」
ふっと、ヘルガーは小さく笑う。
「お嬢ちゃんは、とっても鼻がいいんだな」
「おいちゃん……?」
「お嬢ちゃんのいう変な匂いは、森とは違う匂いなのだろ?」
「うん」
「ほら、とっても鼻がいい」
最後にそうこぼして、ヘルガーは口を閉じてしまった。
口元にうかぶのは、またも自虐的な笑み。
「おい、ちゃん……?」
パチリスもまた、それを最後に口を閉じた。
何となく、それ以上の言葉を発することは出来なかった。
その耳元で、先ほどから荒れる風が唸る。
草木はまるで、そんな風に怯えているようにその身をざわざわと震わし、太陽は厚い雲に隠れてしまう。
それがヘルガーに陰りを落として。ふと、風の向きが変わり、パチリスのとんがり耳が立つ。
つんっとした匂いが鼻腔を刺激した。
この匂いは。
ぱちっと、頬の電気袋から電気が弾いた。
「本当に、お嬢ちゃんは鼻がいい」
突如、降ってきた声に顔を上げた。
「ごめんな、全部おいちゃんの匂いだ」
「おいちゃん?」
ぱちぱちと頬の電気が弾く。
それに応えるように、風が耳元で唸った。
「おいちゃん、もう行くから」
ヘルガーの脚が動く。
動かす度に走る痛みに瞳を歪めながら、ヘルガーはパチリスに背を向けた。
けれどもすぐに振り返って。
「でも、おいちゃんのことは内緒にしていて欲しいな」
「?」
「おいちゃん、嫌われ者だからね」
それだけ告げると、また向き直る。
遠くへ行こう、なるべく遠くへ。
そう思ったときだった。
ぴたりと何かが脚に張り付いた。
「おいちゃんっ、だめなのっ!」
パチリスがヘルガーの脚に張り付いていた。
「おいちゃん、おけがしてるのっ!おちびのおうちでやすむのっ!」
「お嬢ちゃん……」
ヘルガーは視線を落として、パチリスを見た。
ぎゅうっと脚に張り付いたパチリスは、大きな瞳を揺らしてヘルガーを見上げていた。
「このおにおいは、おけがしたときのおにおいなの。おちび、しってるの」
ぎゅうっとする前足に力を込めて、パチリスは続ける。
「だからおいちゃん、おちびのおうちでやすむの」
うんしょ、うんしょ、と。
ヘルガーを木のうろへ連れて行こうと引っ張り始めた。
けれども、幼子の力でヘルガーは動くはずもなく、うんしょという幼子の声だけが残る。
「おいちゃん、おうち、いこ」
早くも力尽きたパチリスが、ぺたりとその場に座り込んでしまった。
「おいちゃん、やすむの」
それでも、パチリスの瞳は力強かった。
自分を見上げるそれに、ヘルガーは、ふっと小さく笑みをもらした。
本当にまいったな。
「分かったよ、お嬢ちゃん。少し休ませてもらうよ」
ヘルガーの言葉に、パチリスはえへへと笑う。
ぴょんっと立ち上がったパチリスは、さあ行こうとばかりにヘルガーの脚を引っ張る。
それにまたヘルガーは笑って。
「おいちゃんは、お嬢ちゃんのお家に行くのは無理かな」
「え、どしてなの?」
「おいちゃんとお嬢ちゃんでは、大きさが違うからね」
きょとんとしたパチリスは、ヘルガーを見上げて、頭から足元まで視線を動かす。
次いで、確認するように自身の身体を見渡して。
うん、と一つ頷いた。
「でも、パパもママもいないの。おでかけしてるの」
だから大丈夫だ。
ヘルガーを見上げる瞳が、そう告げていた。
「それでも、おいちゃんは無理だよ」
苦笑をもらし、ごめんね、とだけヘルガーは返して、再び同じ場所に四肢をたたんで草地にうずまった。
動作で痛みが身体を駆けたが、それには気付かぬふりだ。
重ねた前足に顎を乗せて、ふすうと深い息をつく。
それを見ていたパチリスが何かを閃いた。
「おいちゃん、おちびいってくるのっ!」
そう叫び、とててと木を駆け登って行った。
それを見送ることしか出来なかったヘルガーは、不思議そうに赤の瞳を瞬かせた。
パチリスは何をしに行ったのだろう。
それでも、懸命に木を登って行った姿は愛らしく、どうしても頬が緩んでしまう。
不意に風がごおっと唸り、木葉を舞い上げた。
顔を上げたヘルガーの瞳がそれを追うと、その先に広がるのは笑む空。
それでも、荒い風に押された雲が覆い始めていて、何だか泣き顔にも見えた。
「嵐はまだ、近くにいるからな」
ぽつ。ぽつん。
ヘルガーの呟きと重なるように、刺すような冷たさを感じた。
目を凝らせば、幾重の筋が見える。
「雨だ」
やがて、ぽとぽとと音が響き始めた。
草木に粒が落ちる音。
それに比例するように、ヘルガーはぶるりと身震いをした。
ふうと一つ息を吐いて、ヘルガーは再び重ねた前足に顎を乗せる。
少しばかり、身体がかたかたと震えていることに気付く。
「寒いな……」
そっと呟く。
ぽとぽと、粒が草木に落ちる音。
それに耳を傾けて、ヘルガーは目を閉じた。
ここに居れば幸い濡れることはなく、それで体温を奪われることもないだろう。
けれども、ヘルガーがかたかたと震えている理由が別にあることも、ヘルガー自身はよく分かっていた。
いろいろと流しすぎたのだ。
その時だ。ふわり。何かがヘルガーの鼻腔をくすぐった。
「おいちゃん、さむいの……?」
ヘルガーがゆっくりとまぶたを持ち上げれば、金の果実を抱えたパチリスがいた。
「おちびも、ごろんするの」
パチリスが座り込み、ヘルガーへともたれた。
「これでおいちゃんもあったかいの」
えへへと笑うその顔が、ヘルガーにとっては何だかくすぐったくて、むずむずとした気持ちにさせる。
「お嬢ちゃんは、何を持ってきたんだい?」
問いかけるヘルガーに、パチリスは再びえへへと笑うと、うんしょと抱えていた金の果実を差し出した。
ふわりと香る果実の匂い。
これは先ほど、ヘルガーの鼻腔をくすぐったものだ。
「これ、おおぼんっていうのっ!」
「おおぼん?」
「うんっ!」
艶やかな表皮はいくつもしずくを乗せていて、パチリスが笑った反動で、するりと表皮を滑っていった。
「おおぼんはね、かりってたべると、ふおおってげんきたくさんなるの」
食べると元気が出る。
パチリスの言葉で、ヘルガーの古い記憶が呼び起こされた。
降り積もった埃を払うようにして、それをゆっくりと拾い上げる。
「おおぼんは、オボンか……。滋養作用があるから、怪我にはよく効く」
懐かしむような光を瞳に宿す。
けれども、その光はどこか痛みもはらむ。
「だから、おいちゃんたべるのっ」
パチリスがぐいっとヘルガーの口元へオボンを押し付けた。
それでも、ヘルガーは前足でやんわりとそれを押し返す。
「おいちゃん、もうあれだから」
「おおぼんはね、たべるとふおおってげんきなるのっ!」
ヘルガーに押し返されたオボンを、パチリスは負けじと再び押し付ける。
「おいちゃん、たべるのっ!」
それでもヘルガーは押し返して、突然むくりと立ち上がる。
はずみでオボンは転がり、パチリスはぺたんと後ろへ倒れてしまう。
荒い風に縮こまっていた草が驚きで身を震わせて、乗せていたしずくをはたきおとす。
パチリスを見下ろす赤の瞳と、ヘルガーを見上げる大きな瞳が交差して。
ごおっと唸った風が吹き抜ければ、草木を再び震わすのには十分で。
「おい……」
木々の畏怖のはずみで落ちてきたしずく達が、その二匹を冷たく刺す。
ぽとぽとと空から降るしずくの音が、どこか遠退いて聞こえた気がした。
「おい、ちゃん……」
パチリスが何とか声を絞り出したときだ。
ヘルガーの視界が歪んだ。
「…………っ」
平衡感覚が狂う。
そのまま身体は傾いで、どさりとその場に倒れこむ。
「おいちゃんっ!」
慌てて駆け寄るパチリスの鼻腔を、またあの匂いが刺激した。
つんっとしたあの匂い。先ほどよりも強く感じた。
「おいちゃん、おおぼんたべるの」
そう訴えたときだ。
きゅるるるる。
何かが鳴った。
「おちびのおなかちがうの」
きゅるるるる。
「おちび、おなかすいてないの」
ちがうちがうと必死に言葉を重ねるパチリスに、ヘルガーが笑った。
「ははっ。お嬢ちゃん、慌てすぎだ」
「おちび、おなかすいてないの」
きゅるるるる。
「でも、お嬢ちゃんのお腹は空いてるって言ってるな」
「おちび、ちがうの」
口を尖らせて鳴る腹を抑えるパチリスに、ヘルガーは近くで転がっていたオボンを手繰り寄せた。
「このオボンは、お嬢ちゃんが食べな」
ヘルガーの言葉に、パチリスは首を横に振る。
「おいちゃん、おけがのおにおいがするの。つよいおにおいがするの」
ちらりと大きな瞳がそこへ向けられる。
ヘルガーの脇腹から伸びるそれに、小さな前足を懸命に伸ばして指し示す。
「おけがのおにおい、ここからするの」
伸びる根本からじわりと滲んでいるその色は、闇色に身を包んだ身体に強く映える。
だから、とさらに言い募ろうとするパチリスを制して、ヘルガーは口を開く。
「これはこのままでいいんだよ。もう、痛くないから」
ふっと笑うヘルガー。
「昨日の嵐で、倒れてきた木がここに……」
そう少し言いかけて、すぐに口を閉じた。
パチリスにはいらない話だ。
そう思って、別の言葉を口にした。
「おいちゃん、お腹いっぱいだから。これはお嬢ちゃんが食べな」
手繰り寄せたオボンをパチリスへ差し出した。
それでも、なかなかそれに前足を伸ばそうとはしなかったパチリスなのだが。
きゅるるるる。
パチリスの腹は素直だった。
「ほら」
にやりと笑うヘルガーに、パチリスは口を尖らせて言った。
「おちび、ちがうの。おいちゃんがおなかいっぱいだから、おちびがたべるの」
オボンに前足を伸ばして。
「おおぼん、たべてほしいって。だから、おちびがたべるの」
オボンを抱えたパチリスが、すとんとヘルガーに体重を預けて座った。
ずしっ、というよりも、ちょこんと感じるパチリスの体重を感じながら、ヘルガーは再び重ねた前足に顎を乗せて瞳を閉じた。
ぽとぽとと、草木にしずくが落ちる音に耳を傾ける。
忘れた頃に感じる冷たさは。
吹き抜ける風にさらわれたしずく達が、ときたまヘルガーとパチリスを刺し、じわりとひろがるもの。
その中で、かりっと音が響く。
やけに鮮明に聞こえたその音は、パチリスがオボンをかじった音。
「おいしいのっ!」
そう言って、かりかりと音が何度も響いた。
とんがり耳が嬉しそうにぱたぱたと動き、滴っていたしずくを弾き飛ばす。
「お嬢ちゃん、お腹が空いてたんだな」
「おちび、とってもすいてたの」
返ってきたパチリスの言葉に、ヘルガーは小さく笑う。
「きのうからすいてたの」
かりっと、音が響く。
「とってもおいしいのっ!」
えへへと笑うパチリスの言葉に、引っ掛かりを覚えたヘルガーは、片目を持ち上げて問う。
「お嬢ちゃんのお父さんは、食べ物を心配して、倉庫の確認に行ったんだよな?」
「うん、おかぜのきげん、わるくなってからいったの。しんぱいって、ちょっといくって、パパ、いっちゃったの」
パチリスは、かりっとかじったオボンを口の中で転がしては、おいしいのと笑う。
「じゃあ、お嬢ちゃんのお母さんは?」
「ママね、パパかえってこないねって、しんぱいって、おそらがわらって、いっちゃったの」
ぽとぽとと空から落ちてきた音が、ざーと激しいものに変わり始める。
「お父さんを探しに行ったのか」
「おちびはまっててねっていったの。だから、おちびまってたの」
パチリスはオボンをかりっとかじり、ふうと一つ息を吐いた。
腹をさすっているあたり、腹が膨れたのかもしれない。
「お腹いっぱいかい?」
「そなの。もう、たべられないの」
けぷうと、パチリスの口からおくびがもれた。
背をヘルガーへ預けて、パチリスは空を見上げた。
けれども、そこから見えたのは空を覆う木の葉ばかりで。
その隙間から覗く空も、厚い雲に覆われていて見ることは出来なかった。
「パパとママ、おそいの」
ぽつりと呟いた言葉は、びゅっと吹いた風に溶けて行く。
それでも、ヘルガーの耳には届いていた。
「その、食べ物の倉庫はどこにあるんだい?」
「おっきなおかわのむこうなの」
川なのか。
そう呟きかけて、ヘルガーは口を閉ざした。
ここにたどり着くまでの間、大きな川の橫を通ってきた。
その川は、明らかに普段よりも水かさは増しているようで、濁流と化していた。
昨夜の嵐の影響なのだろう。
もし、あの川を越えようとしていたのだとしたら。
けれどもそれを、パチリスに伝えようとは思わなかった。
知らなくていいことも、きっとあるのだから。
それに、川を越える以外の術もあるのかもしれない。
「早く、帰って来るといいな」
「うんっ!」
明るい返事と共にパチリスが勢いよく立ち上がれば、ヘルガーの瞳を覗き込んで、にぱりと笑う。
「おいちゃん、おはなしするの」
「おいちゃんが?」
「おちび、おはなししたの。おいちゃんもおはなしするの」
とすんとその場に座り込むパチリスは、かじりかけのオボンを抱えて、ヘルガーの動きを待っていた。
いつの間にか空から落ちてくる音は、ざーという激しいものに移り変わっていた。
「お嬢ちゃんは、おいちゃんのこと怖くないのかい?」
「こわい……?」
小首を傾げるパチリス。
「なんでおいちゃん、こわいの……?」
「おいちゃん、こんな見た目だし」
顔を上げたヘルガーの瞳が歪んだ。
「それに、森とは違う匂いがしたんだろ?」
「へんなおにおいしたの。でも、おいちゃんこわいのないの」
パチリスの言葉に、ヘルガーは首を横に振った。
「そんなことないさ。染みついた匂いは、どれほどの時間が流れても消えない」
空を見上げ、目を細めた。
染みついた長年の匂いは、水でも洗い流せない。
「おいちゃんはね、森とは違うところで育ったんだよ」
「ちがうところ?」
首を傾げて問う幼子に顔を向ければ。
赤の瞳に白と空の幼子が映り、まるでヘルガーの瞳に、青空が溶け込んだようだった。
「おいちゃん、別の生き物と居たんだ。二本の足で歩く、ひょろっとした生き物で……」
パチリスの大きな瞳が瞬き、ヘルガーはそこで言葉を紡ぐのをやめた。
「おいちゃん?」
パチリスがヘルガーの瞳を覗きこむ。
「いや、これはお嬢ちゃんは知らなくていいことだな」
ふっと小さく笑みをこぼすと、パチリスの頬は大きく膨れた。
「おいちゃん、よくわからないの」
話を途中でやめられ、パチリスは不機嫌を示すように、大きな尾をばしばしと地へ叩きつけた。
「ははっ、おいちゃんもよく分からないな」
不機嫌なパチリスにそう返したヘルガーは、もう何度目かになる動作で重ねた前足に顎を乗せた。
耳を傾ければ、ざーという空から落ちてきた音だけで。
けれども、その勢いは少しだけ弱まった気もした。
「お嬢ちゃんは、地獄の使いって言葉を聞いたことはあるかい?」
唐突なヘルガーの問いに、パチリスの頬の空気は一気に抜けた。
「じごくの、おつかい……?」
ヘルガーの言葉を少し違う形だが繰り返して、パチリスは記憶を掘り返してみた。
けれども、掘り返すほどのない記憶の中には、その言葉はなかった。
「おちび、わからないの。じごくのおつかいってなに……?」
地獄のお使い。
少し響きが違うだけで、随分と可愛らしく聞こえるのだな。
パチリスの言葉に小さく笑いながら、ヘルガーはそっと口を開いた。
「地獄の使いってな」
途端にヘルガーの瞳に不穏な光が宿った。
それは冷たく、一瞬、パチリスはぶるりと震えた。
「爪で身を引き裂いたり」
そこでわざとらしく、ヘルガーは重ねていた前足を組み換えた。
その動作は自然と、パチリスの視線をそこへと向けさせることになる。
ヘルガーに備わっている爪が鈍く光を弾き、無意識下でパチリスは、自身の大きな尾を手繰り寄せるようにしてしがみついた。
「牙で噛み砕いたりする」
ヘルガーがぺろりと舌で口元を舐めれば、鋭い牙がちらりと見える。
パチリスの前足に力がこめられ、しがみついたままだった尾は、抱き締めるという表現に近くなる。
「これが、地獄の使いだ」
ヘルガーの瞳が細められ、その奥に、ちろりと冷たい何かが灯った。
けれども、途端に瞳は歪められ、一瞬にしてその冷たさは霧散した。
「な、怖いだろ?」
ヘルガーの呟きは、まるで吐息のようで、その口元では小さな笑みを形つくっていた。
パチリスの瞬きが見えた。
尾を抱える様が、なぜだかヘルガーには鮮明に映って、思わずその目を伏せた。
「こわいの」
ヘルガーの胸中に燻るものに、その幼子の言葉はゆっくりと溶け込んでいく。
「じごくのおつかいは、こわいの」
ほらな。
ヘルガーの赤の瞳が震えた。
「おいちゃんは、怖いだろ……?」
ヘルガーの言葉は勢いがなく、そのまま地に落ちてしまう。
「おちび、おいちゃんこわくないの」
「は?」
弾かれたように顔を上げたヘルガーと、ずっとヘルガーを見ていたパチリスの視線が交差した。
「おちび、おいちゃんこわくないの」
えへへ、と笑う幼子。
「な、ぜ。地獄の使いは、怖いんだろ?」
ヘルガーの瞳が瞬く。瞬いて、震えた。
「それはこわいの。でも、おいちゃん、こわくないの」
「なぜ…………?」
「おちび、おいちゃんすきなのっ!」
ヘルガーの瞳が見開かれた。
それから、くっくっと喉の奥からくぐもった笑いがもれる。
「本当にまいったな……」
それはもう、本当に。
幼子の言葉は、ぽたりと一滴のしずくのように落ち、波紋をつくった。
その波紋は広がり、ヘルガーの胸中に燻るものが軽くなった気がした。
ふわりと舞い上がった心地は、きっと気のせいなのだろう。
けれども、何だか許された気がした。
そんなことがないだろうことは、ヘルガー自身がよく分かっているのだけれども、そんな気がしてしまったのだ。
もう、いいか。そう思ってしまった。
「おいちゃん?」
小首を傾げるパチリスに呼ばれ、ヘルガーは仄かに笑った。
「ありがとな、お嬢ちゃん」
そのままヘルガーは、重ねた前足に顎を乗せ、そっと瞳を閉じた。
「おいちゃん、おねむなの?」
オボンを抱えたパチリスが、とことことヘルガーに歩み寄る。
「そうだな……おいちゃん、ちょっと眠いな」
細く開けたヘルガーの瞳が、パチリスへゆっくりと向けられた。
パチリスはとすんと座り込むと、再びヘルガーへもたれた。
「おちび、おうたをうたってあげるの。おうたはとくいなの」
えっへん、と胸を張った幼子は、小さな口で音を紡ぎ始めた。
それは拙い音で、少しでも触れてしまえば、ぽとりと落ちてしまいそうなものだった。
それでも、一つ一つ大切にそっと音を掴んでは、ふわりと声に乗せる。
とても耳障りのよい音。
「お嬢ちゃん、うまいな」
吹き荒れていた風は落ち着きを思いだしたように、パチリスとヘルガーをそっと撫でて行く。
幼子が紡ぐ拙い音は、その風にさらわれ、草木は楽しそうにさわさわと身を揺らす。
「えへへっ」
少し照れ笑いをもらして、パチリスは音を紡ぐ。
ふわり舞い上がったそれは、照れ屋な太陽が顔を出すきっかけにもなり、嬉しそうに空は笑った。
草木に身を寄せ合っていたしずくが、きらきらと光を弾き始めて。びゅっと風が吹き抜けた。
驚いたパチリスが思わず目をつむり、紡いでいた音が途切れた。
次いで目を開いたときだ。
「わあっ!おそら、にっこにこなのっ!」
見上げた空に、七つの色の橋が架かっているのを見つけた。
「おいちゃんっ!おいちゃんっ!」
ぱしぱしと傍らのヘルガーを軽く叩く。
けれども、反応のないヘルガーに、パチリスは頬を膨らませた。
「おいちゃん、ぐっすりおねむなの」
口を尖らせて。
「もう、しかたないの」
ぽとり、嘆息を一つ落とした。
それならば、ヘルガーが目を覚ましたときに教えてあげよう。
あ、そうだ。ヘルガーが嵐という言葉を教えてくれたように。
あの、空に架かる七つの色についても教えてくれるかもしれない。
「えへへ、それはたのしみなの」
楽しみのあまり、頬が熱を帯びた。
「おちび、またひとついいこになっちゃうのっ」
見上げる空は、とてもきらきらと輝いていた。
*
これは、おちびとおいちゃんの物語。ちょっとした物語。