ベルのおつかい

つるつる絹ごし美味しいね
「波音」「マスク」「神経衰弱」
 やってしまった。
 しかし彼女は、いつの日か自分がこんなことをしてしまうんじゃないか、とも思っていた。
「無い……どうして……」
 背負っていたショルダーバッグは、ギラギラと照り付ける真夏の石畳に放り出されている。それにこれだけの容量が入るのかという程の荷物を、更にしっちゃかめっちゃかに散らして。彼女は息を吸い込み、吐き出す。
 やっぱり、無いのである。新米トレーナーに渡すはずの、約束のポケモン図鑑が。
 
 記憶は、昨日の朝にさかのぼる。
「じゃ、宜しくね!」
 彼女の上司であるアララギ博士とその父、チラーミィたちに見送られて彼女、ベルはカノコタウンからヒオウギシティへと出発した。自転車に乗り、まずは中継地のヒウンに向かう。そこから船に乗り、最西端の町を目指すのだ。
今回の任務の内容は、アララギ博士のご友人の娘に、ポケモン図鑑を託すことだった。博士の助手になって2年余り。初の出張任務である。わたしも先輩になるのか。ベルは一人ごちた。
 このポケモン図鑑を受け取る子らの旅は、どんなものになるだろう。何年も前のあの日、父の反対を押し切って冒険へ飛び出した彼女からすれば、親から旅に出る後押しを受けている彼らを、ちょっぴり羨ましくも思う。しかし、その始まりをサポートできると思うと、ベルは一層のやりがいも感じた。
 ポケモン図鑑を所持するということは、それを完成させる使命を帯びるということだ。ベルはポケモン図鑑の保持者として、幼馴染と三人一緒に、イッシュ全土へと旅へ出た経験があった。ここカノコタウンから出発したあの日を、しみじみ思い出す。あの日から、ベルの人生はきっと大きく変わった。いろんなポケモンと出会い、様々な価値観に触れた。自分の出来ることや苦手なこと、やりたいことも見つかって、今はその経験を活かし、博士の助手として研究に励んでいる。
 新緑の一番道路、草むらでポケモンと対峙するトレーナーが目に映った。そうだ、とベルは幼馴染の一人を思い出した。チェレンは、ヒオウギのジムリーダーになったんだっけ。久しぶりに会いに行ってみようかな。あまりドジなことをしないようにしなきゃ。しっかり者になったわたしの姿を、チェレンに見てもらうんだ。バッグに詰め込んだ荷物をぽんぽんと確かめて、颯爽と自転車を漕いでいく。

 しかし、こうだ。
 ベルは、散乱した荷物を眺めていた。図鑑と一緒に渡すポケモンたちが入ったモンスターボールから、こちらは見えていないといいけど。ぼんやりしている場合じゃないのに。本当に自分に嫌気がさす。しかし、ヘコむ前に行動をしなければならない。ダメだ、と呟く。
 冷静に、冷静に。今までの道順を思い出す。ヒウンシティで船に乗り、タチワキシティへ。ホテルで一泊し、空が白むのを20番ゲートで待っていた時は、確かにあったはずだ。その後、朝目が覚めた元気なポケモンたち、そして腕白な子どもたちにポケモンバトルを挑まれながら、起伏の激しい20番道路を経て。今、彼女はサンギタウンのシンボルである時計台の下で座り込んでいた。落としたとすれば、20番道路のどこかだろう。ポケモンバトル2回、野生のポケモンとの遭遇が3回。とりあえず、その周辺を探してみよう。
 自転車に飛び乗って、しかし。バッグを閉めただろうかと思い返し慌ててブレーキをかける。その振動で、バッグの中からモンスターボールが転がってしまった。気づいてすぐに拾い上げる。中のムシャーナが、心配そうな顔で見つめていた。ベルはもう泣きそうになった。
 
 引き返してきた20番道路。ベルはムシャーナと、もう一匹の相棒、ムーランドを繰り出した。
「本当にすみません、また、なんです」
 弱弱しい主人の言葉。仕方ないですね、のようにふわり浮かぶ桃色と、どこか自信満々の栗毛。モンスターボールの内側から見やる主人の慌てぶりは見慣れていた。任せなさい、と言わんばかりの二体だ。
「ごめんね。ムシャーナは、荷物を見張っていてくれるかな? ムーランドはサポートをお願い!」
 重いバッグと自転車を草むらに隠し、その上にムシャーナがふわりと浮かんだ。ベルはムーランドを連れ、モンスターボールを取り出したであろう場所へと急ぐ。

「あれ?」
 草むらに飛び込んですぐに、ベルは驚く。ムーランドも驚く。草むらの奥に、きらり赤く光るもの。あれ、ポケモン図鑑も赤かったはず。すぐじゃん、あったじゃん! ベルはもはや夢中で駆け寄った。ああ、よかったー!
手を伸ばす。手が触れる。しかし、柔らかい。おや? 疑問符の主人より先に、ムーランドの方が、すぐに反応した。
「~~!」
 瞬間、毒の粉。
「うわあ!」
 ムーランドは相手の姿を認めると、すぐベルとそれの間に入った。番犬の特性は、威嚇。飛び上がった相手を、ベルも目視した。
「タ、タマゲタケ!?」
 ムーランドに慄いたタマゲタケが、草むらに潜り込んでとことこと逃げて行く。ベルは、へたり尻もちをついて、ムーランドを心配させた。
「大丈夫、まだ若い個体みたい」
 漂う粉末を手で振り払い、咳も収まった。マスクもバッグの中に入れておくべきだったな、とベルは思う。しかし、驚いた。タマゲタケって本当に道具そっくりの光り方してるんだ。というか、そもそもなんで20番道路にタマゲタケが? 思いめぐらせ、深呼吸の後、ふと視界が開けた。
 見渡す草むら、その中にぽつん、ぽつん、赤く丸いフォルム。仲間が居たのね。ムーランドは主人を休ませようとしているのか、虱潰しにしていくつもりか。ベルを置き去りに、陽光を反射するその一つへと、勢いよく駆け出した。



「いやあ、すまないな」
 アデクはそう言って、しかし、申し訳無いとは思っていないような顔をしていた。
「ジムリーダーとしての初仕事としては、地味なものになってしまったな」
「まあ、まだジムは工事中ですし。頼ってもらえるのは有難いので」
 チェレンは、年老いて尚バイタリティ溢れる人柄に、圧倒されながら答える。ジムリーダーと呼ばれるのは、照れ臭くも誇らしいなとも思いつつだ。
 二人は、アデクが主催する寺小屋に居た。「子どもらに見せようと思い知人から借りたタマゲタケが、散歩している間に逃げ出してしまったのだ。探すのを手伝ってほしい」との依頼を受けて朝イチで、ジムのあるヒオウギシティから、ここサンギタウンまでやって来たのだ。
「アデクさんの手持ちで、十分捕まえられるとぼくは思いますけどね」
「借りてきたタマゲタケは元気がいっぱいだ。わしも若い頃はあんな風に飛んだり跳ねたりしておったが、歳には勝てん。素直に受け止めて、若い力を頼ろうと思ってな」
 語るアデクの後ろに控えるのは、アデクの相棒のウルガモス。その足元に居るのは、子どもたちだ。寺小屋の子たちだろう。心配そうな瞳で、しかしジムリーダーである憧れのチェレンを仰いでいた。ハプニングすら、ぼくを育てる材料に使うのか? アデクの微笑みからすると、そういうことだろう。チェレンはそう思いながら、師のような存在の老君を見やった。
「よし、早速探しましょうか。ぼくは20番道路の方を探しますから、アデクさんは19番道路の方へ。子どもたちは、ウルガモスと一緒に待っていてね。見つかったら、すぐ呼ぶからさ」


赤い光沢、心なしか角ばっている? 今度こそ、今度こそ。
「~~!」
「うわあ!」
 叫ぶベル。威嚇するムーランド。「あんまり乱暴なことはやめたげてよお」と後ろ姿に声をかけた。特性なんだからどうしようもないよベルちゃん、と言わんばかりの顔で振り返るムーランド。逃げる赤いフォルムを見送って、また怪しい影を探す。こんなんで見つかるんだろうか? まるで神経衰弱みたい。しかもトランプとは違って、こっちはポケモン。飛んで、跳ねて、動くから、難易度は桁違い。もう、何をやっているんだろう。落とし物には注意しようと、ドジは踏まないようと、注意しているはずなのに、油断したらすぐこれだ。相棒たちに甘えてしまっている所は、本当に反省しなきゃいけない。ベルは時計を見やる。もう10時を過ぎていた。昼過ぎにはヒオウギにたどり着かなければならないのに。初夏の太陽がぎらりと彼女たちを照り付け、湿気をはらむ空気は汗にまみれた彼女らを疲弊させる。子どもたちの元気な声も増え始めた。トレーナーズスクールに通うんだろうか? チェレンは先生もやっているんだっけ。こんな姿、見せたくないな。また、手を伸ばす。手が触れる。ふにっ。
「~~~!!」
「もー!!!」


 女声。聞こえた気がした。チェレンはそちらを見やるも、20番道路は起伏が激しく、奥までは見渡せない。楽しそうに談笑するトレーナー、夏休みではしゃぐ子ども、潜んでいるポケモンたち。
 その奥で、ひときわ目立つピンク色の個体。一定の場所で漂っている。タブンネか? いや、違う。駆け寄って、徐々にフォルムを認める。夢の煙を吐き出し、ふわふわと浮かび上がって眠るポケモン、ムシャーナだ。こんなところになぜムシャーナが居るんだろう。驚かさないように歩みを緩めて、そっと近づく。辺りに主人は居ないのだろうか? 浮かぶ個体の下には、自転車とバッグ。事件にでも巻き込まれたか? 後ろ姿のそれに、声を掛ける。
「きみ、どうした? 主人はいないのか?」
 振り返ったその顔に、なんだか見覚えがあるような気がした。あれ? と思った瞬間。その個体もチェレンの姿を認めるや否や、瞳をキン、とひらいた。何もかもを見透かされているような心地。そして、何もかもが通じ合えそうな心地。瞬く間にチェレンはそのムシャーナの瞳に吸い込まれた。そして送り込まれた念力の色に、彼は確信した。
「おまえ、まさか、ベルの?」
 やっぱり、と言わんばかりにムシャーナは、瞳をすっと閉じてチェレンにすり寄った。頭を撫でてやり、そうか、そうかとチェレンはほころんだ。
「嘘だろ、2年ぶり? 驚いた。すっかりムシャーナの姿が様になってるよ。よく育ててもらってるんだね。そうだよ、ベルは? 主人はどこに居るんだ?」
 そうだ、伝えなくては、と言わんばかりに、ムシャーナは身体を少し屈めた。チェレンの頭上にはもくもくと、夢のけむりが漂い始める。心なしか、いい香りがするような。ベルからもこんな香りがしていたような。思ったとたん何故だか胸がつんとして、はっとそれを自覚した彼の視界は、既に若草色に染まっていた。ムシャーナが見てきた夢に、ベルの姿に、そのけむりは姿を変える。
 それは映写機で映した古い映画のようなイメージ。ばつん、ばつんとシーンが途切れては繰り返される。画面の中で、ベルが笑っていた。2年ぶりの対面だ。少し背が伸びたか? そう思って、なんだか恥ずかしくて、口には出さない。そうか、博士に頼まれてここまで来たのか。ポケモン図鑑を渡すんだね。連絡してくれればよかったのに。ライブキャスターの連絡先を交換しないとな。夢は続く。チェレンは、事件にでも巻き込まれたんじゃないか、とか、主人が変わったんじゃないか、とか、そういった不安は感じなかった。あまりにも穏やかなムシャーナの夢。フィルムが回る。ヒウンの摩天楼、タチワキのコンビナート、そして、20番道路を越え。チェレンは事の顛末を把握した。
「ベルらしいな。昔からちょっと抜けてるんだ」
 口元に笑いが残ったまま、ムシャーナを見やる。それはチェレンの言葉を受け、首を横に振った。
「どういう意味?」
 チェレンが聞き返す前に、新しい夢のけむりに包まれた。それはやはりムシャーナの主人の姿で、しかしどれも同じ日でないことは、彼女が着ている服から分かった。夜、文献を漁り、研究に没頭する姿。夏、苦手なバトルに挑戦する姿。いつの時も、博士の助手として奮闘する姿――。視界のすみずみに散らばったベルの姿は、2年間のムシャーナの記憶だ。ベルも頑張ってたんだな、といよいよチェレンは一人ごちた。自分の理想と真実に向かって突き進んでいたのは、自分だけじゃないとは、もちろん分かっていた。彼自身も、イッシュ全土の旅を終えてから自分なりの努力はしてきたし、仲間たちはそれぞれ頑張っているはずだと思って過ごしてきた。だから、頑張れたのだ。改めて、様々な彼女の表情を見ていると、その2年間信じてきた友人への信頼と、それを糧にしてきた自分の信念が報われた気がした。ぼくの成長も、ベルに見てほしい。こんな形の、一方的な再開になってしまったけれど、改めてベルに会いたい。だけど。
「それならさ」
 夢が醒めた桃色の身体は、しかし瞳を閉じたままでチェレンにすり寄った。それを撫ぜながら、チェレンは続ける。
「きっとベルは、今のこの状況をぼくに見られたくないよね。今、アデクさんと探し物をしていたんだ。だから、アデクさんを呼んでくるよ。大丈夫、ぼくがきみを見かけたってことも言わない。上手いことやっておく」
 ムシャーナに別れを言って、チェレンはサンギタウンへと駆け戻った。言わなくても良いことって、きっとあるよな。



「いやあ、面白かった。タマゲタケにここまで驚かされるとはな!」
 豪快に笑うアデク。それを囲う子どもたち。半泣きのベルは「ありがとうございます!」と言いながら、アデクの見つけたポケモン図鑑に傷が無い事をすみずみまで確認した。新しい製品であることを示す、傷防止のビニルに砂が付いている。彼女はそれを、ふう、と吹き飛ばした。どこからどう見ても、こんなドジをしたとは分かるまいその図鑑を見て、彼女は一先ず安心した。それから、この状況が申し訳ないのと恥ずかしいので、頭と心がいっぱいになった。
「はあ、もう、本当に助かりました。アデクさんが居なければどうなっていたか。久々の再会が、こんな形になってしまって、本当にお恥ずかしい限りで」
「気にするでない。わしもタマゲタケの管理が甘かった、その無礼をお前さんとタマゲタケに謝罪しよう。そして、活躍してくれた子どもらとポケモンに感謝せねばならん」
 それを聞いて寺小屋の子どもたちは、照れ臭そうに、誇らしそうにベルを見る。そして、特性の物拾いを生かして捜索を手伝ってくれた、ジグザグマとマッスグマも次いでベルを見やった。
「ジグザグマとマッスグマは、誰のポケモンなのかな?」
 子どもたちに聞くと、各々返事が返ってくる。
「あのね、野生のポケモンなんだよ!」
「アデクさんが好きでよく遊びに来るの!」
「親子なんだよ、僕めちゃくちゃ可愛がってるんだ」
 へえ、とベルは感心して、同時に、野生の個体が、しかも警戒心が強いはずの母ポケモンが人間を助けるという事例に立ち会えたことに驚いた。彼女は、自身がアララギの元で研究している“ポケモンは人と人を仲良くさせるためにそばにいてくれるのか”というテーマを思い返す。地域に住まう野生のポケモンが、人の手助けをしてくれるなんて。マッスグマに目線の高さを合わせて。「ありがとう」と言ってそのつやつやとした毛並みを撫ぜようとした。マッスグマはそれをじっと見つめてから、受け入れるかのように、ベルが差し出した手のひらに身体を摺り寄せる。それに、子ども達も続いた。それを、微笑ましく見守るムシャーナとムーランド。
 それを見て、アデクは感心していた。頻繁に寺小屋に通ってくるとはいえ、野生のポケモン。警戒心を抱かせない何かが、彼女にはある。ポケモンという種族に問いかけるような、驕ることも怯えることもしないその姿勢は、2年前から変わっていない。それにしても、手慣れているようにも感じた。野生のポケモンに出会う機会が多いのだろうか。
「お前さん、今も旅をしているのか?」とアデクは問う。ベルは答えた。
「アララギ博士の元で、研究のお手伝いをしています。野生のポケモンを調査したり、誰かのポケモンの夢を見せてもらったりして。人と喋るより、ポケモンと一緒に居ることの方が多い日もあるんです」
 なるほど、とアデクは思う。初対面のポケモンと関わることが、彼女にとっての日常になっているのだ。そしてベルは、きっとそれを当たり前のように感じているだろう。そもそも、若い女性が野生のポケモンと近い距離に居ることは危険を伴う為、ポケモントレーナー以外の一般には稀なことだった。子どもの頃無邪気に触れ合っていた子どもたちも、徐々に種族の違いによって距離が離れていく。昔から家に住んでいたり、人間生活に身近なポケモン意外とは積極的な関りを持たなくなっていくのだ。しかし、ベルは今でもこうして様々なポケモンと心を通わせている。その動機が何なのか、アデクには分からない。しかし、きっと2年前にやり遂げたイッシュ全土の旅が、その道中に起こった出来事のすべてが、今の彼女の原動力になっているのだろうと、アデクはそう確信している。彼女のような真実を追い求める研究者が、理想へと忠実に行動する研究者が、ポケモンと人をつなぐ架け橋になってくれるに違いないとも彼は思った。
「そうだ!」
 ひとしきりマッスグマとジグザグマを撫で終えたベルは、時計を見やって、ばたばたと周りの物を仕舞い始めた。
「すみません、また後でお礼をしに来ます。待ち合わせがあるので、これで失礼します!」
 協力してくれたみんなに向かって手を振って、自転車にまたがる。バッグがきちんと閉まっていることを指差しで確認して、彼女はヒオウギに向かい自転車を漕ぎ始めた。アデクはそれを見送って、それから、ベルと出会ったことをチェレンにも教えようと思った。それから、はて、と彼は思う。チェレンは、ベルに会わなかったのだろうか?


 季節は初夏。ネジ山から運ばれてくる風が気持ち良い。ベルは、ヒオウギ見晴台で太陽を仰いでいた。待ち合わせの時間まで、こうしていようと思う。自転車を漕ぐのに限界まで使い切った体力を回復したかったのと、流れた汗を乾かしたかったからだ。先輩なんだから、少しは見栄を張らねばならない。
 眼下に広がるのは、自然あふれるイッシュの風景。サンギ牧場が小さく見え、その奥にはコンクリート色の街、あれはタチワキだろうか。だとしたら、ポケウッドの方まで見えるかもしれない。目の端に動くものを見つけたような気がして、東の方に目を向ける。山あいの奥、地平線の果てに海が広がっていた。見えたのは、鳥ポケモンの群れ。悠々と海上を、遥か南に向かって飛んでいた。波音が、ここまで聞こえるような気がして、耳をそばだてる。ベルは手すりに身を乗り出し、夢中になって景色を眺めた。カノコの空と、ヒオウギの空はよく似ている。こちらの方が、地元より都会だけど。ここには、チェレンが就任したジムもあるし。そうだ、この任務が終わったら、会いに行かなくちゃ。チェレンともこの景色を一緒に見たいな。
 ふと、見晴台の階段を昇る足音に気づく。とんとんとん、と軽い。この景色を、誰かと共有したくて、思わず、ベルは声に出した。
「絶景だよね……」
 そして、振り返る。
「ねえねえ、あなたもそう思うでしょ?」