ボスゴドラが住んだ場所

廃墟マニア
イラスト
 その年は、壊滅的な飢饉の年であった。五月だというのに寒さで蓑を被らねばいられない日々が続き、夏になっても汗をかかずに農作業ができた。しかし、それは嬉しいことではなく、その寒さのせいでその年の実りは史上最悪となり、米はもちろん、寒さに強い雑穀や芋すらもわずかばかりしか実らなかった。
 当然、そのわずかな食料だけでは冬を越すことは出来るわけもなく、飢えた村人たちは盗賊に身を落として、少しでも食料が残っている場所から奪おうと、近隣の村を襲撃した。各々が、鉈や斧、弓矢や刺又などを持ち、グラエナを連れて村を襲撃するも、相手も黙ってやられるわけもなく、当然のように反撃にあった。
 防衛する者たちは、放った弓矢に、糞を塗り付けており、その矢で傷つけられた者は、破傷風に苦しんだ。そして逃げ帰るさなかに雨に見舞われた結果、風邪を病んだ者もいる。二つの病気に掛かってしまった村人は、村へ帰りつく前にバタバタと倒れた。傷も負わず、風邪も引かず、運良く帰りつけた者も収穫はなし。そんな有様では、もう何もできずに死を待つしかなかった。食料を持って帰ってきてやると大人たちに言われ、村に残った子供や老人も、一人残らず餓死していった。
 もはや後はないと、餓死するまに生存の希望をかけて村を後にした者たちは、どこの村を訪ねても食料をわけてもらうどころか、手に持っていた食料を奪われたあげく、飢えてやせ細ったグラエナの餌にされた。
 かくして、その村からはすべての人が消えた。死体が野ざらしになっていたためか、その周囲にはしばらくの間ヨマワルやサマヨールが漂い、気味の悪い雰囲気に満ちていたため、近隣の村の者たちは誰も近よろうとせず、一度だけ金目のものがないかと不届き者が金品を漁って以降、誰も近寄る者はいなくなってしまった。

 その後、手入れする人手を失い、放置され、雑草が生え放題となったその村に数年ぶりの客人が現れたのは冬が明けて多くのポケモンが冬眠から目覚めたころのことであった。
 冬眠を開けて親離れが済み、独り立ちしたコドラは、冬眠明けのすきっ腹を、路傍に転がる岩を食べ、草むらを歩く小さな生物を食べ、住処となる場所を求めて彷徨っていた。
 長い旅路の果てに彼が見つけたのは、廃村となったこの村であった。彼は、親元を旅立ってから、まず清流を求めて川べりを歩いていたが、人間もポケモンも水辺のほうが住みやすいというのは同じようで、住みよい土地を探す過程で漂ってくる、錆びた鉄の匂いに惹かれてここにたどり着いた。
 自然界にあるものとは違う、生成された鉄の塊がごろりと置いてあるその村を見て、コドラは何を思ったか。ともあれ、素敵な食料のある場所と感じたのは確かであった。
 放置された家々は荒れ果てていたが、それは人間の感覚で語ればのこと。ポケモンにとってみれば多少の埃っぽさや黴臭さなど、ねぐらとするには何の問題もない。洞窟などを掘る必要もなく、雨風が防ぐ場所ができて幸運としか思っていないだろう。
 彼は、包丁も、鍬も、鉄くぎも、もちろんきれいな水ある、夢のような食糧庫へたどり着いて、ここを安住の地と決めた。

 鋼タイプと岩タイプを併せ持つコドラだが、彼らも鉄だけ食べて生きているわけではない。虫を食べ、草を食べ、村で野生化していた木の実を食べ、生きていく。その過程で、彼は強くなるために縄張りへ入り込んだ野生のポチエナやジグザグマなどを積極的に排除し、その縄張りには糞や尿を撒き、岩を砕いてその印とした。
 その岩というのも、がけ崩れの時に山肌から析出した岩もあるが、村を見守ってきた地蔵菩薩像や、神体を奉納した祠の土台となる石垣、死体を埋めた目印に置いた大きな岩など、人が生活していた証となるものばかりだ。将来、彼がボスゴドラに進化して、雌を奪い合うようになった時、こうして頭突きで岩を砕いていく訓練は必ず役に立つことだろう。
 人間たちにとっては、そこに生きた証を奪われて、墓石を荒らされて、天国か地獄か、それとも全く別の場所かで怒っているかもしれないが、人の心がわからぬ獣にはどこ吹く風であった。

 コドラは、すくすくと成長していった。なわばりに入り込んだポケモンたちを殺して喰らい、虫や木の実を食べて体内に力を蓄え、ここにたどり着いた翌年の夏、彼は進化する。
 巨大な体躯となり、二足歩行になった彼は、手足を自由に使うこともできるようになり、なわばりの手入れも楽に行えるようになる。強くなった分、大概の外敵には負けない強さとなりなわばりの範囲も広げることができるようになった。その縄張りの広さは山一つ分であり、その広さのせいも相まって周囲の村では廃村に鉄鬼が住み着いたともっぱらの話題となっていた。
 鉄鬼は、人がいなくなった場所に住み着いては、そこを荒らして去っていく、疫病神とも、火事を起こし焼けた山々に、木々を植えて復活させる神ともされていたが、この場合は後者と判断されるだろう。グラエナなどが徒党を組んで戦えば勝てない相手ではないが、鉄鬼には攻撃受ければ受けるほど強い反撃を見舞う厄介な技があり、もう打ち捨てられた廃村のためにその技を食らい危険を冒す必要もないだろうと、周りの村に住む者たちは、放置を決め込むのであった。

 成長してもよいことばかりではない。まず、床が抜けた。今までは人間が作った民家をねぐらにしていたが、自重で床が抜けてしまったため、板張りの床はもう使えなくなってしまった。しかし、そこはポケモン、大した問題には感じていないようで、床が抜けて縁の下が露出した家の中でも、彼は平然と寝起きをしている。
 そして重大な問題として進化して体重が重くなった分、食べる量も多くなってしまっている。当然、縄張りが広がったといえど、食料が自分から寄ってくるわけではないので、自分が賄える分だけの食料を手に入れるのも一苦労だが、その解決方法は本能が知っている。
 ボスゴドラは、進化するとともに、木の実を地面に植えて育てるようになる。畑を耕し、時には周りの腐葉土を集めてやせた土地に栄養を与え、周囲の草を抜き、実のなる木を育てるためにせっせと働いていく。
 この村では、古くから傷薬にオボンの実を利用しており、野生化した木の実が村のそこかしこに生えている。ボスゴドラは「まず、元から生えている木の周りの草むしりをして、新たにオボンの実を生やして食料を増産するべく、もぎ取った木のみをそのまま地面へと入れる。ふかふかの地面に、乱暴にオボンの実を突っ込んで、それが終われば放置という、とても乱暴かつ原始的な農業だが、生命力のたくましいオボンの実ならばこんな物でも結構育つ。
 肥料もおろそか、剪定や虫燻しなどの世話もしていないため、虫に食われ放題、栄養は木の実同士で奪い合いになり、そうしてできた木の実は味も質も量も人間が作るものより劣るのだが、怪我をした時の応急処置や、食料としては十分である。
 そのオボンの実が新しく実るのは一年後の夏であった。それまでの間、大きな体を維持するには少々食料が足りず、彼はボスゴドラの中では貧相な肉体であった。もちろん、ボスゴドラに進化したての頃なんて、どの個体もそんなものである。彼が特別弱いわけではなかった。
 オボンが実る前の春の季節は雌を求めてに他の雄と優劣をつけあっていたのだが、その季節に貧相な体というのはつらいものである。
 というのも、雌が発情期の準備段階となる匂いを放ち始めると、、雄たちは雌が見守る前で喧嘩をするようになる。喧嘩をするといっても、殴り合いの喧嘩をして大怪我をしては元も子もないので、お互いの頭を打ち付ける頭突きの威力と耐久力で勝負をつけるというものだ。なわばりの誇示に頭突きで岩を砕く作業の成果は、ここで試されるのだ。
 最終形態まで進化した彼といえど、相手も当然ボスゴドラなわけだから、勝つことは当然難しい。若く、まだ体が完成しきっていないその体で頭突きあいで勝つことなど土台不可能であった。相手の体は使い込まれており、相手が纏う鉄の鎧無数についた小さな傷と、長い角はその鍛え具合を物語る。
 そんな、自分よりはるかに格上の装甲を纏った年上の雄の頭突きを食らうと、彼は一発で吹っ飛ばされて転げてしまう。彼は年を重ねた雄の強さに怖気づき、雌のほうを女々しく振り返りながら逃げ帰った。
 当然、雌を勝ち取り子孫を残す権利を得られるのは強いボスゴドラのみであり、その戦い以外にも、何度か他の雄に挑んだ彼だったが成果は振るわず、勝てたのは、同年代に数回だが、しかしそんな戦績では雌が振り向いてくれるはずもなかった。そうしては悶々とした気分を抱えたまま、やりどころのない性欲を抱えて発情期を過ごす羽目になる。

 彼はその苛立ちを食欲と怒りに変え、村に残された鉄器、家のそこかしこに打たれた鉄くぎまで、バリバリと食べてより強い装甲を纏おうと努力した。当然、草花や木の実、虫や小さなポケモンなど、体内にある筋肉や内臓を育てるための食事も欠かさない。オボンの木に加え、どこからか持ってきた体の不調を治すのに適したラムの実、疲労を癒すヒメリの実も育て上げ、食料に余裕が出てきた彼は、より一層体を作り、体を鍛え、次の年に雌を勝ち取れるよう、強くなった。
 次の春、彼が勝ち取れた雌はたった一匹であった。本当に強い雄は、三、四匹の雌を当たり前のように囲い、時には二桁に達する個体もいるという。だが、たとえ一匹だけでも、雌を囲うことができたのは彼にとってとても嬉しいことのようで、たくさんの木の実が生い茂るその土地まで雌を案内して、山一つ分の縄張りを喜び勇んで紹介する。
 発情期を間近に控えた雌は、彼がため込んでいた金属をそれはもうよく食べた。この村の住人が薪割りに使ったであろう斧、木の枝を払うのに使ったであろう大きな鉈。稲を刈るための鎌に、家を壊して入手した沢山の鉄釘。井戸の滑車に使われていた金具。
 何せ、卵の中にはココドラ一匹分の鉄を詰め込まなければならないのだ、雌はそれはもう必死で食べた。
 雌の出産に備えて、たくさんの食料と鉄を与えてよい卵を産ませようと働いた彼は、まだそれほど狩りの腕がうまくないこともあって、交尾を終えるまでの間に、すっかり痩せて体力を落としてしまった。
 受精卵を身ごもった雌は、雄に守られながら卵を産み、自分の体を日光浴で温めては、巣に戻って卵を温め続ける。卵を巣の外にさらすのは危険なので、ねぐらと外を何度も何度も往復して卵を温める。彼が狩りを終えた後は、今度は彼が同じように卵を温め、雌が狩りに出かけるようになるため、交代制で仕事ができる分だけ負担は少しだけ減る。
 季節は夏なので、虫タイプのポケモンも多く、弱点タイプである岩タイプの攻撃をタイプ一致で使えるボスゴドラにとっては非常に嬉しい季節だ。岩で撃ち落とすことも楽なため、食料にできる量も多くなる。落ちた体重は、虫たちを食べて取り戻した。
 卵が孵り、ココドラが生まれると、雌は子供を連れて旅だって行く。秋の季節から再来年の春までの一年半、彼女は母親として生き、そして子供が親離れをすると、再び彼女は雌になるだろう。
 彼は、雌がいなくなった村で彼女との生活の余韻に浸りながら、また来年雌を勝ち取るために、食べて食べて強くなるのであった。

 そうやってこの場所に暮らし始めてから四年も経つと、あれほど大量にあった鉄器たちの姿はもうなくなっていた。懐卵を控えた雌を二回も連れてきたため、飢えた雌に鉄をあらかた食われてしまったのが大きいだろう。このころになるとすべての家屋は破壊されて、そこにあった鉄釘も食い尽くされてしまった。もとから、この場所は鉄が取れるような場所ではないため、土や岩を食っても鉄分の補給はままならない。
 こうなってしまうと、ボスゴドラが鋼の体を維持するためには、この場所にとどまることは出来なくなってしまう。そうすると、砂鉄が豊富な砂地か、それとも酸化鉄が多く埋蔵する鉱山か。そういったものを求めて、今の縄張りを名残惜しそうに出ていくのだ。
 よく手入れされた木々も、世話をする者がいなくなればいずれ雑草や雑木に覆われてしまうだろう。しかし、大きく育った大樹ゆえ、そう簡単には枯れはしない。
 明らかに人工物である石垣や石像は崩れ、朽ち果て、苔に覆われているが、それでもここに人間が住んだ証にはなる。そして、不自然に密集し、果樹園のように密集した木々は、その廃村にボスゴドラが住んでいたという事実を、語り継ぐ人間がいなくなっても、ひっそりと伝え続けるだろう。

 人が消え
 替わりにいつく
 鉄鬼の

 植えたる木々が
 見守る時よ